YEW冒険譚

第七章  激戦



 かにまる達が村に到着した時、そこに広がっっていたのは
無数のオーク達の死体だった。

 かにまるはそれを見ると小さく口笛を鳴らした。


「おーおー、すげぇすげえ。
 これみんなラッコ達がやったのかよ」
「かにまる。
 無駄口をたたいてる暇はないわよ。
 さっさと二人と合流しないと。
 これだけの数を相手にしたって事は疲労ももうピークのはずよ。
 こんな奴らにやられるとは思えないけど、さっきのオークロードのこともあるわ」
「…だな」
「わーってるって。
 …だが、その前にお客さんだ」


 ラッコ達を探し駆け出そうとしたかにまる達の前に数体のオーク達が
姿を表した。


「ま、ラッコ達だけじゃさすがに全部ぶったおすのは無理だわな」
「まったく、うじゃうじゃと…」
「…なに、これくらいなら手間はさしてかからん」
「そういうこった。
 さっさと片付けて探すとするか」


 そういって駆け出そうとするかにまるとイサをチヅルの声が遮った。


「それもそうね。
 それに私もいいかげん我慢の限界がきてるし……
 暴れさせてもらおうかしら」
「「……へ?」」


「大気に宿りし万能なるマナよ!
 天かける紫電の編み上げて
 すべてを貫く閃光となれ!!」


「Chain Lightning!!」


 チヅルの詠唱と共に無数の紫電がオーク達を撃ちつけた。
 声を上げるまもなく黒焦げになって倒れるオーク達。
 
 電撃の駆け抜けた後に立っているオークは一匹もいなかった。

 チヅルは満足そうに頷くとかにまる達へと視線を向けた。
 かにまるとイサは武器を構えたままだ。


「…おいおい」


 かにまるが呆れたように武器を下ろした。


「…ったく」


 イサもまた武器を下ろし、チヅルへ視線を向ける。
 そこに僅かばかりの苛立ちが見えたのは気のせいではあるまい。
 チヅルと同じくイサもまた先ほどの戦いの鬱憤がたまっていたのだから。


「あはは、そんな睨まないでよ。
 先を急ぐんでしょ」
「けっ」
「ま、むくれんなよ、イサ。
 オークどもがこれだけの訳ねえしな。
 嫌でも戦いになるさ」
「さ、先を急ぎましょ」


 そういって駆け出すチヅルを二人は一人は苦笑を浮かべて
もう一人は無言で追いかけた。



 まあ、余談であるが……

 その後、現れたオークはかにまる達の姿を確認するより早く
処刑斧によって首を飛ばされた。
 そのオークには何が起きたのかさえわからなかっただろう。

 気の毒といえば気の毒な話である。






 村を駆け回り、既に二桁のオークを仕留めた頃。

 ようやく、チヅルは視界の端にココナの姿を捉えた。


「あ、いた!!」
「ココナか」
「ちっ、倒れてんのはラッコの奴かよ!?」
「その前にいるのは……子供?」


 そう、そこに転がるのは無数のオークの死体。

 そして、同じく倒れたラッコの姿。


 ココナと少年はラッコのそばに立ち、お互いに動かない。
 ココナから少年に向けられた槍と少年の持つダガーが
状況を混乱させている。


 一体何が起きているのか?


 そんな思考に捕らわれた為かチヅルの足が僅かに速度を落とした。


 未だこちらに二人は気付いていない以上、
黙って状況を見極めるべきかもしれない。


(ラッコのことは気になるんだけどね…)


 ココナは一流の戦士だ。
 おいそれとあの少年にやられることもあるまい。

 チヅルは視線でかにまるとイサに合図を送った。

 かにまる達も同様に考えていたのか軽く頷くと
静かに足を緩めた。



 それは……明らかな過信。



 それに気付いたのは、少年の声が風に乗って聞こえてきたときだった。


「実はこのダガー、毒付きなんですよ。
 即効性でないのがいまいち欠点ではありますけどね。
 もうそろそろ毒も回ったころかな。
 体、そろそろ動かないんじゃないですか?」
「くっ!?」


 ココナの悔しげなうめきに答えるように少年がナイフを
振り上げた。


「じゃ、お休み。
 おねーちゃん。
 自分の意志で起きる事は、もうないと思うけどね」
「…くっ!」


 慌てて駆け出したが、距離がありすぎた。


「やべぇ!!」
「ちぃ!!」
「だめっ!!
 間に合わない!?」



 どれだけ急いだところで辿り着くよりもダガーを振り下ろすほうが早い。
 詠唱は間に合わない、何よりあの位置では届きはしない。


 絶望の中、それでも駆け出した3人の脇を一条の矢が駆け抜けた。


 それは希望の光。


 その矢は吸い込まれるように少年のダガーを持った腕へと吸い込まれた。


「ぐっ!?」


 衝撃と共に弾かれるダガー。


「弓……だと!?」
「…!? フロット!?」


 ココナの頭に助けを呼びに行った少年の姿が浮かぶ。
 矢が飛んできたであろう方向に視線を向けると
そこにはミチコに支えられるように立つフロットの姿があった。

 その手にはしっかりと弓を握り締めて。


「へへ…」
「もうっ。無茶しすぎです!!」


 ミチコに耳元で叫ばれ、フロットは苦笑を浮かべた。


「あは、そう言わないでよ。
 仲間がやばい時に無理しないで、いつ無理するのさ」
「でも…」
「大丈夫、もう無理はしないよ。
 というか、動けないしね」


 それだけ呟くとミチコに体を預けて崩れるように膝をついた。
 慌ててミチコが様子をうかがうが、そこには満足そうに微笑むフロットの姿があった。

 ミチコは呆れたように呟いた。


「……まったく」
「後はかにさん達が何とかしてくれるよ。
 さ、おいらは大丈夫だからミチコさんも行ってあげて」
「でも…」


 ミチコの反論を首を振って否定するとフロットは
ココナ達へと視線を向けた。

 その意味はミチコにも理解できた。
 あそこには多くの傷ついた人たちがいるのだ。


 おそらく、自分でなければ助けられない人も…


 ミチコは一度頷くとゆっくりとフロットを寝かせた。


「わかりました。
そこで、休んでてくださいね」
「うん」


 フロットの返事を聞くとミチコは駆け出した。
 
 傷ついた仲間の元へと。








 その頃、かにまる達は少年の所へと辿り着いていた。


「おい、ガキ。
 ちっとおいたが過ぎやしねえか?」


 睨みつけるように詰問するかにまるに少年は肩をすくめると
ため息をついた。

 イサ達は少年とココナ達の間に入るように移動している。


「あらら、またお客さんか。
 これじゃあ、ここにいるオークだけじゃ無理かな?」
「なんなんだ、このガキは?」
「やだなー、ガキガキって。
 こう見えても僕ここにいる君達より年上なんだよ」
「え?」


 ラッコたちの怪我の具合を確認しようとしていたチヅルの動きが止まり
少年を見上げた。
 そこに佇む少年は未だ笑みを浮かべていた。


 絶対の自信。


 そんなものを感じさせる。


 チヅルの背中に何か冷たいものが流れた。


 もしかしたら、こいつが…


 そんな予想に答えるように少年は笑みを深くする。


「そういえば、自己紹介もまだだっけ。
 僕の名前はケイオン=ニール。
 そこにいる君は魔術師だよね。
 僕のこと、聞いたことない?」


 そういってチヅルを見つめる。


 ケイオン=ニール。


 その名は知っていた。
 実際会ったことはなかったが、魔術の世界に身を置くものなら
名前くらいは聞いたことがあるはずだ。



 その忌まわしき名を…



「まさか、不死人ニール!!」
「あはは。
 やっぱり知ってた。
 有名人はつらいよねー」
「まさか、だってあなたは…」


 そう、そんなはずはない。
 ありえないのだ。
 あの男は3年前に…


「死んだはず?
 まっさかー、僕は不死人だよ」


 ゆっくりと笑いながら佇む少年。
 いつのまにかフロットの放った矢は抜け落ち、そこには既に傷跡も見えない。



 ……まさか、本物なの?



「おい、ちー。
 こいつのこと知ってんのか?」
「ええ、聞いたことくらいはね」
「どんな奴だ?」


 かにまるの言葉にチヅルは搾り出すように答えた。


「子供の頃、魔術実験の暴走に巻き込まれて以来
年を取らなくなった魔術師。
 その後、やばい実験を続けまくって最後には魔術学院を追放されたっていう
いわくつきの邪術師よ。
 ブリテンの騎士団に3年前に殺されたって聞いてたんだけどね」


 その時の騎士団の被害は……


 チヅルはその言葉を振り払うように頭を振った。

 そんなチヅルにかにまるも深く追求はせず、視線を
少年へと向けた。


「ま、要するに、こいつが今回の黒幕か」
「そうなるね」


 二人の間に緊張が走る。



 ……二人。



 そう、かにまるとチヅルの二人だ。



 本来いるべきもう一人は……既に動いていた。



 少年の意識がチヅルに向いていた時、
既に準備は出来ていた。


 チヅルの言葉に確信を得た時、体は動いていた。


 無言のまま、死角から処刑斧が少年の首めがけて打ちこまれる。


 瞬間、少年の呆けた顔が見える。
 だが、イサは心動かされることなく斧を振り切った。



 きぃぃぃぃんっ……



 だが、死の刃が少年の首を刈り取る直前、光の壁によって斧は弾かれた。


「!?」


 イサの目が驚愕に見開かれる。

 最も少年も完全に無傷というわけではない。
 その首からは少なからず血が流れ出していた。

 だが、それも少年が首をさすると共に消える。

 少年は自分の手についた血を眺めると面白そうに笑った。


「あはは。
 すごいすごい。
 今の一撃よかったよ。
 子供の姿をしていても躊躇いもない不意打ち。
 さっきのお姉ちゃん達とはちょっと違うみたいだね」


 少年は心底感心したようにイサへと笑顔を向けた。



 かにまる達は呆然と少年を見詰めていた。


「…なんだよ、今の」
「……魔術防御?」
「そう。
 すごいでしょ。
 誰も僕を殺すことなんて出来ないんだよ」


 そういって笑う少年にイサは斧を構えなおす。
 かにまるもブロードソードを構え、ゆっくりと少年へと歩み寄った。


「そいつは…やってみなくちゃわからんさ」
「ちー、ココナとラッコを頼むぞ」
「ええっ!!
 そっちも油断しないで!!」


 チヅルは少年からココナ達を庇うように立つと
ラッコたちを壁際へと移動させる。
 少なくとも背後からの襲撃を防ぐためだ。

 少年のことはかにまる達に任せることにして
チヅルはラッコ達へと視線を向けた。


 ラッコは全身血まみれで倒れている。
 既に相当量の血が流れているだろうし、見えない傷もあるだろう。
 少なくとも放っておいていい怪我じゃない。


 ココナにしても既に満身創痍だ。
 全身に回った毒物の為に満足に動くことも出来ない。
 毒物によっては即座に対応しなければ生死に関わる。
 だが、解毒の奇跡はチヅルには使えない。
 毒の種類がわからなければ解毒薬も使えない。


 とりあえず、ラッコの手当てを行おうと視線を動かした時、
そこに動くものを見つけて小さく舌打ちした。

 見れば先ほどまで立ち尽くしていたオーク達が
その動きを取り戻している。
 ゆっくりとこちらに近づいているのが見て取れた。


(まったく、こんな時に…!?)


 そしてその先にこちらに駆け寄るミチコの姿。

 そんなミチコに襲い掛かろうとするオーク達。
 その姿を見た時、チヅルの口からは既に詠唱が始まっていた。

 これ以上、オークどもに仲間を傷つけさせるつもりは微塵もなかった。


「大気に宿りし万能なるマナよ!
 地獄の業火への道を開け!!
 炎を従え、煉獄の炎操りて敵を焼き尽くせ!!!」


「Flamestrike!!」


 叫びを上げることもなくミチコに襲い掛かろうとしたオークは燃え尽きた。


「チヅルさん!!」
「ミチコ!!
 早くっこっちに!!
 ラッコ達をお願い!!!」
「はいっ!!」



 ミチコが駆け寄る。
 ラッコ達の様子に一瞬息を飲むがすぐさま術の詠唱に移る。


「ブリタニアに住まいし数多の神々よ。
 その御力を今、ここに…
 全ての命の源たる原始の神々よ!!
 彼の者に癒しの奇跡を!!」


「Greater Heal!!」


 少しずつラッコの傷が癒えていく。
 それに伴ってミチコの全身に玉の汗が浮かぶ。

 ミチコもまたフロットを助ける為に相当な魔力を消費していた。
 それでも、詠唱は止まることはない。


 そんな時、ココナの声が聞こえた。


「そのままじゃ、駄目。
 ラッコ姉、毒にやられてるの。
 お願い、急いで!!」


 自分も毒が回り、既に立っていることも出来ず
 しゃべることも苦しい状況でココナは搾り出すように
ミチコへと伝えた。

 ミチコは答えるように頷くと詠唱を切り替えた。


「ブリタニアに住まいし数多の神々よ。
 その御力を今、ここに…
 全ての命の源たる原始の神々よ!!
 彼の者を蝕む不浄に聖なる浄化を!!!」


「Cure!!!」


 呪文の効果かそれまで意識のなかったラッコが僅かにうめきをあげた。
 顔色も多少とはいえ回復してきている。
 少なくともこれで最悪の事態は免れただろう。

 ミチコは息をつくと、今度はココナへと解毒の奇跡を唱えた。


「ブリタニアに住まいし数多の神々よ。
 その御力を今、ここに…
 全ての命の源たる……」



 そこまで唱えたところで眩暈と共に膝をついた。

 魔力が尽きたのだ。

 朦朧とする意識の中、詠唱を続けようとするが既に全身に力が入らなかった。
 ココナは既に目を開けていることも出来なくなっている。
 

 このまま行けば……


 最悪の事態がミチコの頭に浮かぶ。

 そんなミチコの視界にオークの姿が映る。


「一体逃した!?
 駄目!!
 ミチコ、逃げて!!」



 慌てて叫ぶチヅルを他所にミチコは動くことが出来なかった。

 いや、例え動けたとしてもラッコ達を見捨てて逃げることなど出来なかっただろう。


 チヅルは無数に湧き出すオーク達の相手でこちらには来れない。
 今までミチコ達の下へオークを近づかせなかった事だけでも
賞賛に値するのだ。
 既に、この場所には村中のオーク達が集結してきている。

 ニールにとって敵はここにいる人間だけ。
 わざわざ、村中にオーク達を散らばらせておく必要などもはやなかった。


「神よ!!
 せめてみんなを!!」



 …ミチコには神に祈り、その身を盾にする以外の道は残されていなかった。




 その頃、かにまる達もまたオークなどとは比べ物にならない化け物と戦っていた。

 ある意味、最悪の相手だ。
 全ての攻撃が光の壁によって弾かれる。
 あれから、数十という打ち込みをイサと共に行ったが一度として
ニールには届いていない。

 そして、ニールの魔術は的確にこちらの傷を増やしていく。


「ちぃ、なんて奴だよ。
あたりゃあしねえ!!」


 かにまるが苛立たしげに呟く。

 イサもまた、かにまるほどでないにしろ焦りを感じていた。

 かにまるの考えはわかっている。
 あれが、魔術の防御というのなら発動が無限ということはありえない。
 ならば、その発動を上回るだけの攻撃を与えればいい。
 発動のトラブルが起こりうることも考えればそれほど勝算の低い戦いではないだろう。


 だが、ニールの余裕の笑みが気にかかる。


 …もし、こちらの力尽きるほうが早ければ?


 実際、今の所ニールに変化は感じられない。


 なにか方法はあるはずだ。
 不死身の人間も鉄壁の防御も存在はしない。


 第一、ニールは既に一撃を自分によって受けているのだ。


「…いや、フロットのを入れれば二撃か」


 そういって、苦笑を漏らす。
 そこで、ニールの言葉を思い出した。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『あはは。
 すごいすごい。
 今の一撃よかったよ。
 子供の姿をしていても躊躇いもない不意打ち。
 さっきのお姉ちゃん達とはちょっと違うみたいだね』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「!?」


 頭に浮かんだ考えと今までの今までの戦いを思い返す。


(そういうことか…)


「かにまる」
「んーだよ、イサ」


 こちらを向いたかにまるにイサは僅かに唇だけ動かした。
 ニールからは死角となっている。

『しゃべるな。
 あのガキに聞かれたくない』


 かにまるはニールに切り結びながら軽く頷く。
 どうやら、意図を汲んでくれたようだ。

 剣撃の中の無言の会話。
 読唇術の心得がある者ならこの会話を知ることも出来ただろう。
 無論、ニールにはけして唇の動きは見せない様、細心の注意を払っている。


『この防御結界は恐らくこいつの意識によって展開されている』
『どういうことだ?』
『簡単にいえば、攻撃されることを意識してなければ発動はしない。
 だから、不意打ちだったフロットや俺の一撃が当たったんだ』
『…なる。
 だが、どうする気だ?
 この状況で不意打ちなんて無理だぞ』
『…とりあえず、例の攻撃でタイミングを崩してみる』
『あれか。
 ヤル価値くらいはあるか』


「相談は終わった?」


 ニールの声が響く。
 無数の剣撃と魔法が飛び交う中、ニールは二人の様子を感じ取っていたようだ。


 もっとも、二人ともそれを気にした様子はない。
 内容が知られていないなら、問題ないのだ。



 弾かれたようにかにまるがニールに斬りかかる。
 
 後の事などまるで考えぬ乱打。

 瞬間、ニールの視界がかにまるによって遮られた。
 そして、かにまるはその瞬間にその胴へと抜き胴を打ち付け転がるように
その場を駆け抜ける。


 当然、その一撃を魔法障壁によって防いだニールの瞳に目の前にイサの存在が映る。

 確認するまもなく、下から振り上げるように振られる処刑斧。
 
 だが、ニールの顔にはまだ余裕が見て取れる。


 イサはそれを気にすることなく斧を振り上げた。

 

 僅かに地面を抉り、土くれがニールの顔に直撃するよう計算された一撃を!!



 処刑斧よりも瞬間早く、土くれが再度ニールの視線を塞いだ。

 その瞬間、ニールの顔に初めて笑み以外のものが浮かぶ。


 狙いはかにまるの放った一撃の僅か横。

 未だ、かにまるの攻撃を防いだ障壁は残っている。
 その隙間を縫うように一撃を放つ!!

 打ち付けられた土くれと自らの障壁に阻まれニールはどこに
一撃が来るかは知りようがないはずだ。

 イサの一撃がニールの体へと届く直前、ニールの叫びがあがった。



「ふざけるな、雑魚どもがっ!!!」



 その直後、ニールとイサの間に光の壁が現れる。

 先ほどまでの小さなものでなくニールそのものを覆い隠すほどの強固な壁が。
 処刑斧はその壁に阻まれあと僅かという所で届くことはなかった。


「ちっ!!」
「その程度の攻撃で…!?」


 …イサの舌打ちとニールの憎々しげな言葉の途中だった。



 抜き胴と共にニールの背後に回りこんだかにまるのブロードソードがニールを
貫いたのは!!!



「ああ、だからこっちが本命だ」

 刃を突き刺したまま、かにまるの声が響く。

 一撃は後ろから腹を貫通している。
 致命傷かどうかは微妙だが少なくとももう戦えはすまい。


 ニールは怒りの篭った目でかにまるを睨みつけた。
 そして、怨嗟の声が響き渡る。


「うぉぉぉぉっ!!!」


 その声に反応するように発動した魔術によって
かにまるとイサが弾き飛ばされる。

 だが、実害はなかったのかすぐに起き上がり二人とも武器を構えた。


「うまくいったみたいだな」
「ケ、いいとこ譲ってやったんだ。
それくらい当然だろう」


 イサの言葉にかにまるが苦笑を浮かべる。
 だが、次の瞬間その顔に驚愕が浮かぶ。

 ニールが撫でるだけで腹の傷を癒して見せたのだ。


「…バケモンが。
 マジで不死身かよ」
「……いや、そうでもなさそうだ」


 イサの言葉にもう一度ニールを見る。

 ニールのその顔に既に余裕の笑みはなかった。
 息は切れひどく疲労している。
 よく見れば腹の傷も完全には塞がっていない。
 服の切れ間が少しずつ朱に染まっていく。


「なるほど。
 限界もあるってことか」
「ああ」


 恐らく膨大な魔力による治癒なのだろう。
 これだけの魔法障壁を操り、3度にわたる怪我を
癒したのだ。
 魔力がもう底をつきかけている。


 ならば、十分に勝機はある!!


 ニールは睨みつけるように二人に視線を向けた。


「こんな屈辱、久しぶりだよ。
 それに見合った罰を…受けてもらうよ」


 言葉と共にニールの手からダガーがイサに向けて放たれた。


 イサは読んでいたのか斧によって難なくそれを弾いた。
 
 その瞬間に香る甘い香。

 ニールがイサの方へと暗い笑みを向けていた。
 それが合図であるかのようにイサの視界がぼやける。





 ……甘い匂いを感じた。

 頭の中に靄がかかり、どこからともなく声が聞こえた。


『ねえねえ、なんであなたみたいな人がそんな人たちと一緒にいるの?』


 少年の声。
 それが誰のものか…わからなかった。


「そんな人達、だと?」

 声に答えるように、何人かの人物が浮かぶ。

 漆黒のプレートの剣士。
 ピンクの衣装を纏った女魔術師。
 若葉色の服を着た女神官。

 見覚えがあるような気がしたが、誰なのかはわからない。
 
 …ただ、ひどく心が疼いた。


『あなたはどう考えても僕の側の人間だよ。
 ダークロードの称号、伊達じゃないんでしょ?』


 少年の声が響く。
 その言葉が真実のように思えてくる。
 心のどこかで否定する声もあった。
 だが、その否定はひどく力が弱い。

 ……だから、叫んだのかもしれない。



「黙れ!」



 その叫びにも少年の声は動じた様子はない。
 親しげに優しく、暖かい声。


『落ち着いてよ。
 僕は味方だよ』


 意識にかかる靄が深くなる。


「み…かた……」


 自分の声がひどく遠くに感じる。


『そう、味方。
 敵は別にいるんじゃないかな?』


 その声と共に目の前に先ほどの3人が現れる。
 3人は無言のまま、こちらへと武器を構えた。




 ……そうか、こいつらが敵。





 ニールとイサの視線が合ったのは僅か数秒。

 何かニールが術を発動させた事はわかったが、それがなんなのか
かにまるには知り様がなかった。

 ゆっくりと、イサが構えていた武器を下ろす。
 そのまま、何か呟いていた。


「敵…敵……」


 その呟きはかにまるにも届いた。
 驚きのまま、かにまるがイサに声をかけた。


「お、おいっ、イサ!!」


 その声に反応するようにイサはかにまるに目を向けると
ゆっくりと処刑斧を構えた。




…かにまるに向けて。




「な!?」

 驚きの表情を浮かべるかにまるにニールの声が響く。

「僕の取っておきだよ。
 邪龍香っていってね。
 この匂い嗅ぐと、心の闇が増大する。
 特に、心に闇を持つ人はね。
 心の闇を開放する一瞬、全ての生物の知的防御は取り払われる。
 その瞬間なら大抵の暗示は簡単にかかっちゃうんだよ。
 もっとも、この香ももうこれで終わり。
 もったいないけど、プライドと命には代えられないよね」
「……てめえ!!」


 ニールの言葉にかにまるが怒りをあらわにした。
 だが、ニールは気にした風もなく言葉を続ける。
 既にその顔には笑みが戻っていた。


「いったでしょ。
 罰を与えるって。
 信頼する仲間同士の殺し合い。
 なかなかだと思わない?」
「・・・」
「ほらほら、僕にかまってる暇はないんじゃないかな?」


 ニールの言葉と共にかにまるに処刑斧の一撃が襲った。
 辛うじてブロードソードで受け流すかにまる。


「……イサ」


 苦々しく仲間の姿を見るが、その瞳に正気の色はなかった。


敵…敵は……殺す!!


 イサの言葉が全てを表していた。

 かにまるもブロードソードを構える。


「…馬鹿、野郎が!!」


 ……かにまるの吐き捨てるような苦しげな声が、戦いの合図だった。



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