YEW冒険譚
第五章 急転
結論から言えば、オークロードの斧が振り切られることはなかった。
その刃とフロットの間に一筋の閃光が閃いた。
それと共に弾かれる凶刃。
「ずいぶん…好き勝手にやってくれてるじゃねぇか」
現れたのは黒き剣士。
閃光は一振りの刃。
突然の横槍にオークロードは驚愕の目を剣士に向けた。
漆黒のプレートを纏った剣士、かにまるはそんなこと気にせず、一度フロットへと
視線を転じると眉をしかめた。
そして、その手に握られたナイフと背に背負われたままの弓に気づき
口元を歪ませる。
「馬鹿やろうが……弓、使わなかったのかよ」
だが、何故そうなったのかは理解できた。
そうしなければ、今ここに自分たちが来ることもなく
助けを求めに来た少女もまたその命を散らしていたかもしれないのだ。
…そう、今からわずかばかり前。
自分たちはまだ、この異変に気づくことはなかった……
静かな昼下がり。
特にやることもなく、気ままな仲間達と過ごす緩やかな時間。
傷ついた少女が彼らのいた酒場に転がるように飛び込んできたのは
そんな時だった。
「お願い!!
お兄ちゃんを、村を助けてっ!!」
手順としては最速のものだったと思う。
少女から状況を聞きだし、助けに向かった。
その時、酒場にいたのはかにまる、イサ、チヅル、ミチコの4人。
状況を考えれば、他の奴らを呼んでいる時間はなかった。
酒場のマスターに少女を託し、伝言も頼んだが時間的に考えても
誰が間に合うのかいささか疑問だ。
人数的には些か不安も残るが、先に行っているラッコ達と合流できれば
どうにかなるだろう。
そう思って飛び出した矢先にこの状況だった。
ラッコ達に何時もついてまわっていた馬鹿ガキ、フロット。
…そいつが、今まさに殺されようとしていた。
(まさか、ここまでになっているとはな)
少女からフロットが彼女を逃がすためにオークと戦っていると聞いたときは
それほど心配はしていなかった。
子供とはいえフロットも冒険者だ。
弓の扱いにはかにまる達も一目置いていた。
オーク程度に遅れをとる訳がない。
だが、来てみれば敵はオークではなくオークロード。
おそらく、少女にはオークとオークロードの区別がつかなかったためだろう。
そして、フロットの手にはあまりにも小さく見える一振りのナイフ。
考えてみれば、すぐわかる。
少女を逃がすには弓では無理だ。
肉薄し、その身を盾にしなければならない。
「…馬鹿が。
それはお前の役目じゃねぇだろうが…」
それだけ呟くとかにまるは怒りに燃えた瞳をオークロードに向けた。
「俺のダチにここまでやったんだ。
覚悟は…できてんだろうな!!」
そんな時、僅かにフロットが身じろぎした。
既に意識はないようだ。
その体は血溜まりの中、倒れ伏している。
出血の具合から見てもそう長くは持たないだろう。
「…う」
「まってな、馬鹿ガキ。
すぐ仲間が来る」
そんな、言葉を待っていた訳でもないだろうが
それに答えるように一組の男女が姿を表した。
一人は漆黒のリングメイルに身を固めた斧戦士、イサ。
もう一人はピンクの衣服に身を包んだ魔術師、チヅル。
チヅルはかにまるの姿を見つけるとぼやくように口を開いた。
「ったく、かにまる。
早すぎよ、一人で突っ走って…」
かにまるは、チヅルの言葉をさえぎると視線でフロットを指し示した。
「んーな事ぁ、どうでもいい!!
ちー、イサ。
フロットを頼む!!」
そこでフロットに気づいたチヅルとイサはフロットへと駆け寄った。
かにまるの前にいるオークロードなど初めから気にした様子もない。
「!? な、何よ、この怪我…」
「む…」
フロットの様子を見て二人は声を無くした。
だが、次の瞬間チヅルは懐から魔道書を取り出すと詠唱をはじめた。
「大気に宿りし万能なるマナよ!
その力、生物の根源とも成りえたり!!
そは癒しの奇跡たりえん!!」
「Heal!!」
だが、フロットの様子に変化はない。
効いていない訳ではない。
手ごたえもあった。
だが…
(傷がひどすぎる!!)
もともと、魔術には癒しの奇跡は存在しない。
新陳代謝を高め、一時的に傷の治りを早めるのがせいぜいなのだ。
小さな傷ならごまかしも効くがこれだけの怪我には気休めにしかならない。
何より失った血まで戻るわけではないのだ。
(やっぱり魔術の癒しじゃあ!!
効率が悪すぎる!!)
チヅルは唇をかみ締めると悔しげに叫んだ。
「だめ!!
このままじゃあっ!!」
「ミチコはまだ来てねーのかよっ!?」
「…ちぃっ」
イサがその声に促せれるように今来た道へと視線を向けた。
そして…
「はぁ、はぁ…い、今…到着…しましたぁ……」
そこには息を切らせた若草色の服に身を包んだ女性、ミチコの姿があった。
全身に汗をかき、お気に入りであろう服も所々引っ掛けられて破れている。
もっとも、状況が状況な為か気にした風はない。
かにまるはオークロードから視線を外すことなく口を開いた。
「わりいが、休む暇はねえ。
フロットを頼む」
「!? フロット!!
は、はい!!」
その言葉に倒れたフロットに気づきミチコが駆け寄った。
そして、その怪我の状況を見て言葉を失う。
「!? ひ、ひどい…!!」
どうすれば、ここまで傷つけることが出来るのか?
そんな思いも頭に浮かぶが、今はこの少年を助けることに集中すべきだった。
「ブリタニアに住まいし数多の神々よ。
その御力を今、ここに…
全ての命の源たる原始の神々よ!!
彼の者に癒しの奇跡を!!」
「Greater
Heal!!」
術は効いている。
だけど、間に合うの?
(…このままじゃ、いえ!!)
ミチコの瞳に決意の光が宿る。
額には玉の汗が浮かんでいる。
チヅルがミチコに近づき汗をふき取るが、気休めにしかならない。
疲労は溜まっていく。
だが、ミチコの詠唱は続き、その右手からは暖かい光がフロットへと降り注ぎ続けた。
だが、ミチコの決意をあざ笑うかのようにフロットの出血は続く。
そんな様子に目を向け、オークロードは笑みを強くした。
それがかにまるには癪に障った。
「図に乗るな!!
弓さえ使ってれば、あいつがお前なんかに負けるかってんだよ!!」
ブロードソードを振るうがフロットを気にしている為か何時もの切れがない。
苛立ちが刃を曇らせていく。
……悪循環、だな。
そんな様子を眺めていたイサはゆっくりと背中の斧に手を伸ばした。
それをチヅルが視線で制する。
「…」
「…抑えなさいよ、イサ。
かにまるにやらせたげなよ」
「けっ…」
「私だって…我慢してんだからね」
「わーってるよ」
不貞腐れたようにイサが斧を背中に戻した。
チヅルも言うほど納得してないのか憮然とした視線でかにまるの方を眺めた後
ミチコへと視線を戻した。
苛立ちが募る。
怒りが空回りするのは理解していたが、そう簡単に感情を制御できるほど
自分は器用な人間じゃない。
(ちぃっ、いらつかせてくれる!!)
そんな時、ミチコとチヅルの声が耳に入った。
「助かるの?」
「…助けて、見せます!!」
力に満ちた声。
その答えを聞いた瞬間、かにまるの口元に笑みが浮かぶ。
(女子供ががんばってんだ。
俺も少しはいいとこ見せねーとな!)
かにまるのブロードソードがオークロードの斧を弾く。
それと共に後ろに叫んだ。
「上等!!
任せたぞ!!」
「はい!!」
少しずつではあったが、状況は好転していった。
傷はあらかた塞がった。
後はフロットの生命力と意思力次第。
(自分はそれを手助けするだけ…)
「フロット、がんばって!!」
フロットに手をかざしながら祈るように口にする。
かにまるとオークロードの戦いも佳境を迎えようとしていた。
オークロードの首筋、フロットによって傷つけられた傷口から流れ出す血が
少しずつオークロードの力を削いでいったのだ。
それに焦りを感じたのか次第にオークロードの攻撃も荒いものが多くなってくる。
そんな状況をかにまるが見逃すはずもなかった。
オークロードの振り下ろす斧の一撃をかわしざまにブロードソードの背で勢いをつけるように
打ち付けた。
その勢いに流されるようにオークロードの体が一瞬前によろめく。
かにまるは打ち付けた反動を利用してブロードソードを引き戻すとその勢いのまま
オークロードへと詰め寄った。
オークロードの瞳に恐怖の色が浮かぶ。
そんなオークロードに侮蔑の視線を向けたまま、かにまるは
首筋に白刃を打ち付けた。
そして…振りぬいた。
「けっ。
敵に怯えるような奴に、勝ちがあるかよ。
雑魚が!!」
それだけ言い捨てると、ミチコ達のの元へと駆け出した。
かにまるがミチコのもとにたどり着いた時、既にミチコの術の詠唱は終わっていた。
ミチコは真剣な眼差しをフロットに向けて、その顔についた血をぬぐってやっていたところだ。
「ミチコ、そっちはどうだっ?」
「…出来ることはやりました。
後は、フロット次第です」
「…そうか
サンキュな」
「いえ、フロットは私にとっても大切な友達ですから。
それに…まだ、わかりません」
「なぁに、大丈夫だよ。
このガキがそう簡単にくたばるかってんだ」
「…そうですね。
フロットを信じましょう。
私たちの仲間なんですから」
そういってミチコは優しい笑みをフロットに向けた。
かにまるもフロットに視線を向ける。
先ほど見たときに比べればずいぶんマシになっている。
楽観的かもしれないが、かにまるは助かるほうに信じた。
そんな二人にイサの声が聞こえてきた。
「おいっ、ちょっとこいつを見てくれ」
イサは先ほどオークロードがかぶっていたと思われる兜を手にしていた。
ミチコにフロットを任せてチヅルと共にかにまるもイサの元に向かった。
「どうしたの?」
「…見てみろ」
「オークロードの、兜?」
「なんだこりゃ!?」
イサが見せた兜の内面には幾本かの針と魔術文字が描かれていた。
針の長さは様々だが中には10cm近いものまで存在している。
この兜をかぶっていたという事は、その針が根元まで頭に突き刺さっていたことを
意味していた。
「針?」
「おまけに術印まであるじゃない」
「なんだよ、これ?」
「さあな。
だが、どうやらただのオーク族の襲撃って訳でもなさそうだ」
イサの言葉にも苦い物が混じる。
オークロードなどかにまるに任せてチヅルと共に村に向かうべきだったかもしれない。
フロットのことがあった為につい結末を見届けるまで留まってしまったが…
いや、それ以前にオーク程度の襲撃と甘く考えてた事が原因だろう。
「……急いだほうがよさそうだな」
「そうね」
嫌な予感が膨らむ。
チヅルはミチコに声を掛けた。
「ミチコ、フロットを頼むわね。
私たちは村に向かうわ」
「はい!!
ラッコさん達のことはそちらにお任せします!!」
「ええ、任せといて!!」
ミチコの声を聞く前にかにまるとイサは走り出していた。
チヅルもミチコの声に頷くと二人の後を追った。