YEW冒険譚

第四章  死闘


 既に体中傷だらけで無事なところなんてほとんどなかった。
 立っている事さえ不思議なくらいだった。

 致命傷と呼べるほどの傷がないのがは単に運が良かっただけ。
 対してオークロードの顔にはまだ余裕があった。
 無数の傷はあったがそのほとんどはオークロードの着る鎧が防いでいた。
 そもそもナイフ程度で傷つくような装備ではないのだ。
 ここまで善戦したフロットにこそ賞賛を送るべきだろう。


 …少女を逃がしてから十数分。


 もう武器を持ち替えて戦う余力は残っていない。
 
 そして、数度の打ち合いの末、ついにフロットの膝が地についた。
 力尽きたかのように崩れ落ちる。
 そこに悠然とオークロードが歩み寄ってくる。

 絶望的状況ではあったが、フロットの瞳に絶望の色はなかった。


(後……少し。
 一撃だけでも…!)


 オークロードがフロットの前に立ち、斧を振り上げるのと
フロットが一撃を繰り出すのは同時だった。

 フロットがこの化け物に勝つには不意打ちの一撃しかない。
 それは最初からわかっていた。
 だから、この一瞬にかけていたのだ。

 完全に虚を突かれたオークロードは棒立ちのまま
そのナイフの一撃を防具のない首筋へと受けた。

 そして吹き出る鮮血。

 ゆっくりとオークロードの体が倒れ落ちた。
 その頭から兜が外れ転がっていく。




 ……そしてしばしの間の後、


 ゆったりと起き上がったのはオークロードだった。
 深い傷ではあったが致命傷には程遠い。

 その瞳は怒りに狂い、ただ倒れた少年の命を刈ることしか考えていない。
 もうフロットには体を動かす力など残っていなかった。
 出血の所為で意識さえも朦朧としてきている。


(やっぱ、ココナみたいにはいかないか。
 でも……あの子は逃げられたよね)


 そこまで思って、フロットは自分が逃がした少女の名前も知らないことに思い至った。


(名も知らぬ女の子の為に命をかける、か。
 三流のサーガみたいだ。
 おいら、らしいや)

 
 口元に苦笑が浮かぶ。

 死にたくはない。
 だが、やれることはやった。
 そんな達成感があったのも確かだ。


(誉めて……くれるよね、みんな)


 だが、フロットの頭に浮かんだ仲間たちは皆、ひどく悲しげで怒った顔をしていた。


(みんな、やっぱ厳しいや)


 もう一度、苦笑しようとしたが、もう口元さえ動いてくれなかった。

 視線を転じれば怒り狂ったオークロードの姿。
 フロットの瞳には今まさに振り下ろされようとする斧の姿が見えていた。


 それをあがらう術は……フロットには残されていなかった。


 ……そして、オークロードの斧が振り下ろされた。



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