YEW冒険譚

第参章  激昂


 実際の話、この混乱に溢れた村の中で術者を探すのは不可能に近かった。
 かといって、それ以外の手もない。
 ラッコたちは二手に分かれると村の中を駆け回った。
 僅かな手がかりでもかまわない。
 それが先へ進む道標になるのだから。


(まったく、嫌になるわね)


 ココナは向かってきたオークを斬り捨てると辺りを見渡した。
 未だ、オークの数は多い。
 操られている為か、それとも必要がないのか。
 動かなくなった村人にオーク達が止めを刺すことはなかった。
 だが、放って置けば間違いなく死にいたるものも多い。
 それらの人たちを助けるにはやはりこのオーク達をどうにかするしかなかった。


(こうも数が多いと…)


 既に槍の穂先は血油にまみれ、切れ味など望むべくもない。
 疲れの所為もあってかオークを斬り伏せるのにかかる手数も増えてきていた。


「ラッコ姉、大丈夫かな?」


 視線を巡らすが辺りにラッコの姿は見えない。
 ラッコも戦士としては一流だがこれだけの数だ。
 心配するなというほうが難しい。
 何よりあの心優しい姉貴分が傷つき倒れた村人を前にどこまで
冷静に戦っていられるのか?
 ココナはそれが気がかりだった。




 そんなココナの不安を他所に、事件は起こっていた。
 オークと戦うラッコの前で今まで倒れ伏していた少年が僅かに身をよじったのだ。
 そしてゆっくりと頭を振った。


(……最悪)


 ラッコの周りには3体のオークの姿があった。
 ラッコもまた今までの戦いから動かなくなった村人たちへのオークの
攻撃がないことは悟っていた。
 だからこそ、オークを倒し、術者を見つけることに集中できていたのだ。
 だが、今目の前の少年は起き上がり歩き出そうとしている。
 意識がはっきりしないのか緩慢な動作で。


「馬鹿!!
 寝てなさい!!」



 だが、ラッコの言葉も少年には聞こえていないのか、その動きが止まる事はなかった。

 それはこの状況では死を意味する。
 程なくしてオークに気付かれその命が散ってゆくだろう。

 ラッコの前にはオーク達。
 刀は血油にまみれ棍棒と大差ない状況だ。
 普通に考えれば助けることなど不可能だろう。

 そして、少年に気付いたオークが少年へと歩を進める。

 …その手に血塗られた斧を持って。


 少年の年の頃は14,5歳。
 その姿が先ほど別れたフロットと重なる。


「あの馬鹿と同じくらいか。
 …まだ、死ぬのには早いわよね」


 そう口の中で呟くとラッコは口元に笑みを浮かべた。


「もう出し惜しみはなしよ!!」


 そう叫ぶとラッコはその術を口ずさむ。


大気に宿りし万能なるマナよ!
 その力、集いて我が盾となれ!!
 全てを防ぎ、全てを弾け!!!


Reactive Armor!!!


 その詠唱と共にラッコの体が光に包まれる。
 そして、それと共に襲い掛かる疲労感。

 それを振り切るようにラッコは少年へと駆け出した。

 無論、目の前のオーク達がそれを見過ごすはずもなく
ラッコは無数の斧に襲われる。

 だが、次の瞬間その斧は光の壁に阻まれ跳ね返された。

 ラッコはそんな様子にもかまわず駆け抜けた。


 だが、後僅かで少年へと到達というところでラッコの体から光が消えた。


(…!!
 早すぎる!?)


 次の瞬間、背中に襲いくる激痛。
 だが、その痛みの中ラッコは少年の元へと辿り着いた。
 そして勢いをそのままに少年のそばに立っていたオークを斬り伏せる。


「大丈夫?」
「……」


 少年の返事はない。
 まだ意識が朦朧としているのか?
 それともショックで話せずにいるのか?

 それを確認するだけの余裕はラッコにはなかった。
 背中の傷、そして目の前のオーク達。
 状況は悪化の一途だ。
 おまけに後ろには子供まで抱えている。
 笑い出したくなるような不利な状況だ。


(……でも、諦めたりしたげないんだからね!!)


 そう胸で呟くとラッコは刀を構えた。
 背中は焼けたように熱かったがとりあえず動きに支障はない。
 だが、手当てが遅れれば出血の為に動けなくなるだろう。


「だったら…」


(…それまでの間にこいつらを蹴散らしてこの子を逃がせばいい)


「簡単なことじゃない」


そう呟くとラッコは目の前のオークを斬り伏せた。


「さあ!!
 死にたい奴からかかってらっしゃい!!」



 そして、ラッコが目の前のオーク達を全て斬り伏せたのはそれから
僅か数分の後の事だった。
 



 その頃、ココナは辺りに注意を払いながらも一つの疑念を感じていた。

 …違和感といえばいいだろうか?

 いくらこの村に兵士がいないとはいえ、ただのオークにここまで反撃も
許さずにやられるものだろうか?
 どんな村でも自警団の一つはあるものだ。
 自分達が来た時、明らかにオーク達の死体が少なすぎた。
 その時はオークロードの存在でもあったのかと思ったがその様子もない。


 
 その答えは村に倒れた死体からわかった。
 数多い死体の中、その遺体は武器を持ち鎧を着ていた。
 明らかに戦士風の男。


 …その男の背中には数本の矢が突き刺さっていた。


「!?」


(オークだけじゃない!?)


 オークは本来斧を主要武器とする。

 弓を使うのは…


「…オークスカウト!」


 闇にまぎれ敵を弓撃つ狩人。
 その存在は下手なオークロードよりも性質が悪い。
 そいつが敵にいるとなれば自ずと戦略も変わってくる。


(早くラッコ姉に知らせないと!!)


 内心の動揺を抑えるようにココナは駆け出した。




 そして、ココナはラッコの姿を見つけたのはそれから程なくしてのことだった。

 無数に傷つき血溜まりの中に立ちながらラッコは武器をゆっくりと下ろした。
 それに合わせるようにラッコの前に立っていた最後の一体のオークが崩れ落ちる。

 どうやら、まだ無事のようだ。
 少なくとも生きている。
 ラッコはココナに気づいたのか僅かに笑みを浮かべた。


「ラッコね…!!」


 ラッコに声を掛けようとしたココナの視界に今まさにラッコに矢を放とうとする
オークスカウトの姿を捉えた。


「ラッコ姉!!
 オークスカウトが狙ってる!!
 逃げてぇっっっ!!!!」



 その声に弾かれたように視線を動かした時、ラッコもオークスカウトの存在に気付いた。
 それと共に放たれる一条の矢。

 避けられない距離じゃなかった。
 傷ついた体も思いの他よく動いてくれた。

 …でも、ラッコはゆっくりと手を広げてその場に留まった。

 そして、ココナへと視線を向け…悲しげに笑った。



 ココナは目を見開いてその状況を見ていた。

 そして気付いた。

 ラッコの後ろに立つ少年の姿に。
 矢を避ければ間違いなく少年に当たるだろう。
 だから、自らの体を盾にしたのだ。
 あの姉貴分が自分の為に少年を犠牲にするはずがなかった。


 だが、それがわかったから何になるというのだ?


 矢がラッコの体に吸い込まれるのを見届ける前にココナは…切れた。
 言いようのない怒りが胸を焦がす。

 そこにいた少年の存在。
 ラッコの自己犠牲。
 今の状況。

 全てが許せなかった。

 そして何より、ラッコを撃ち抜いたオークスカウトの存在が。


 ココナはオークスカウトに視線を向けると一直線に駆け出した。
 だが、既にオークスカウトは姿を消そうとしていた。

 常に安全な距離から敵を撃つ。
 それが奴らの戦いだった。

 オークスカウトの口元に浮かぶ嫌らしい笑みが浮かぶ。
 今、この距離からの追撃は槍が主武器のココナには不可能だ。
 それがわかるからこその笑みだろう。


 ココナはそんな事は気にしないかのように右手に槍を持ち替えると
開いた左手を動かした。

 青白い軌跡と共に空中に魔方陣が描かれる。

 それが正確な姿を表す前にココナの声が響く。


「精霊シルフ。
 天かける風邪の乙女よ!!
 契約の元、その力を我に!!
 我が身を覆いし束縛の鎖を打ち破れ!!
 羽よりも軽く、風よりも早く!!!」


「Agility!!!!」


 その叫びと共に魔方陣(召還陣)に透き通った少女の姿が浮かんだ。

 そして次の瞬間、ココナの体が軽くなる。
 それと共に速度が飛躍的に高まり、永遠とも思えるその距離を一瞬で打ち消した。

 そして、驚愕の表情のまま胸を刺し貫かれオークスカウトは倒れた。
 何が起こったのかさえもオークスカウトは理解出来ていなかっただろう。


「気に入らないのよ。
 あなたは…」


 そんなココナの呟きも聞こえたのかどうか?
 ココナは槍を引き抜くとオークスカウトの死体に冷たい視線を向けた。
 そして、興味を無くしたかのようにラッコの元へと駆けて行った。

 時は流れ行く。
 それは破滅かそれとも希望へと向かっているのか。

 誰にもわからぬままに……



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