YEW冒険譚
第弐章 決断
最悪だった。
それが少女を追ってきたのかどうかはわからなかった。
だが、それは確かにフロット達の前に立ちふさがっていた。
…それが、純然たる事実だった。
「……オーク、ロード…」
オーク族の中でもトップクラスの戦士。
並みの戦士では相手にもならないだろう。
それがフロット達の行く手を遮るように存在していた。
(この子を狙って?
逃げなきゃ……でも……)
自分一人ならまだしも少女を連れた状態で逃げ切れるとは思えない。
また、オークロードもこちらを逃がす気はなさそうだ。
ゆっくりと斧を構え、こちらに注意を払っている。
(弓なら……いける)
無意識のうちに背に背負った弓へと手が行った。
実際、フロットはオークロードと戦った事がないわけではない。
仲間達に守られてきた少年とはいえ、フロットも冒険者だ。
だが、フロットの戦い方は基本的に戦士のそれと大きく異なる。
森に紛れ、木々の中から敵を撃つ。
フロットは狩人としての戦いしか知らないのだ。
(でも……)
フロットは必死に自分の服にしがみつく少女の事を思った。
(弓じゃ、守れない)
ラッコ達が自分の様子に気付いてこの子を口実に逃がしてくれた事には
わかっていた。
そして、彼女達がどれだけ不利な状況にいるかも。
もちろん、助けを呼んできて欲しいといった彼女の言葉に嘘はないだろう。
だが、その助けも果たして間に合うかさえわからないのだ。
それを知った上で逃げたのだ、自分は!!
その事が先ほどからフロットの胸に重い影を落としていた。
これ以上、ラッコ達の期待を裏切ることは出来ない。
なにより早く助けを呼ばなければ、それだけラッコ達が不利になっていく。
ここで足止めを食っている暇はないのだ。
(…なら、答えは決まってるよね)
フロットは背中の弓から手を離し、腰にさしていたナイフを抜いた。
それはオークロードの持つ斧に比べればあまりにも貧弱だ。
そのナイフを持つ手さえも震えていた。
それでもフロットは笑って少女に声を掛けた。
「いいかい、合図したら真っ直ぐ駆け抜けるんだ。
森を抜ければすぐにユーの町がある。
そこの酒場に行けばきっと誰かしらいるから。
村のことをみんなに伝えるんだ」
「……お兄ちゃんは?」
「おいらも冒険者だからね。ラッコ姉達の言いつけは守らないと。
大丈夫、あいつくらいなんでもないよ。
おいらはこう見えても強いんだから」
「でも……」
「さっ……、行って!!」
言葉に混じる不安を少女に悟らせぬよう叫ぶように言い放った。
その声に弾かれたように駆け出した少女をオークロードが追おうとするが
その前にフロットが立ちふさいだ。
手は震えたままのナイフを構えて。
「行かせないよ。あの子が逃げ切るまで」
(あの子がきっとみんなに知らせてくれる。
そうすれば、村に行ったラッコ達もなんとかなる)
そう自分に言い聞かせると、フロットはオークロードへと刃を向けた。
勝ち目見えない戦い。
それはフロットにとって初めてのものだった。
だが、引く気はない。
深き森の中、その戦いは……始まった。