YEW冒険譚

第壱章  攻防


 ラッコ達が村に着いた時、辺りはむせかえるような血の匂いで満ちていた。
 そこらに無造作に転がる村人達の姿。
 生きているのか死んでいるのかさえも判断はつかなかった。

 そして、今だ殺戮を繰り広げるオーク達。
 既に村人に抵抗するだけの力は残っていないようだ。
 ろくに逃げることも出来ず斬り伏せられている。

 そんな様子に眉をしかめながらラッコは誰にともなく呟いた。


「フロットを置いてきて正解だったかもね」
「そうね。あの子にこんなの見せられないわ」


 そう答えながらココナは必死に現状の打開策を考えていた。
 目に見えているオークだけで十数体。
 村全体に散っているとすればその数は数えるのも嫌になる。
 これだけの数のオークを倒すなど無理以前の問題だ。
 何も考えず突っ込めばそう遠くなく自分達の躯が村人の隣に転がるだろう。
 
 ……とすれば。

 ココナは自分の考えに眉をしかめた。
 それがどれだけ冷徹な事かわかっていたから。
 ラッコに対してどれだけ無理を強いるか、知っていたから……


「ここまで、とはね」
「うん。結構やばいよ、ラッコ姉。
 少なくとも二人でどうにかなるもんじゃない」
「そうね……でも」
「村人の避難を優先しましょう。
 動けない人や倒れてる人は、見捨てるしかない」
「……くっ。それしか、ないの?」
「ラッコ姉の気持ちもわかるけど今私達にできるのはそれくらい。
 下手に手間取れば助かる人も助からない」


 ココナは感情を表さない声で静かに答えた。
 それに触発されたかのようにラッコの声が重なる。


「でも!!」
「しっかりしてよ!
 私たち神様じゃないんだよ!!
 出来ることだって出来ない事だってあるんだから!!!」

「…そうね、ごめん。
 いきましょう」


 普段、あまり聞かないココナの叫びに落ち着きを取り戻したのか
ラッコは軽く息をつくとそれだけ答えて駆け出した。
 その後を追うようにココナも無言で続く。
 
 手が白くなるほどきつく握られた漆黒の槍だけが彼女の心を知っているのかもしれない。




 ラッコは考えていた。
 

 状況を見据えなければいけない。
 何かあるはずだ。
 みんなを、少しでも多くの人を助ける術が。




 実際、ココナ自身も自らの提案に納得しているわけではない。
 それしかないと信じるからこその苦言だ。

 まだ子供のフロット、そして戦士としては甘すぎるラッコ。
 そんな中、ココナは自分の役目を自覚していた。

 この仲間たちを守る。

 その為に自分は冷静でなくてはいけない。
 感情に流されず、全てを見極める。
 もっとも的確と思える手段を見つけるんだ。
 それがどんな冷酷なものであろうと。


(私は楔にならなくちゃいけない。
 決して、死なせないんだから。
 たとえ、恨まれたって!!)


 だが、その決意を持ってしても今の状況を乗り切れるかどうか、ココナにはわからなかった。




 ……そして幾ばくかの時が流れた。




 状況は悪化の一途を辿っていった。
 既に何体のオークを切り伏せたかわからない。
 ラッコもココナも体に無数の傷を負っていた。
 息が切れ、慣れ親しんだ武器さえも重く感じる。


「早く行きなさい!!」
「森を抜けてYEWに向かいなさい!!」



 二人の声に促されて何人もの村人が森へと逃げていった。
 だが、それと共にオークに切り伏せられる犠牲者も着実に増えている。
 村には既に自分で逃げられるだけの余力を残したものは存在していなかった。

 ココナは状況の限界を悟っていた。
 このままここに留まればどうなるかなどわかりきっている。
 オークの数は限界を知らず、いくら斬り伏せても状況は変わらなかった。
 だが、ここにまだ生きている人達がいる以上、ラッコが引くことはないだろう。
 それもまた、わかりきった事なのだ。
 なにより、ココナ自身この村人たちを見捨てたくはなかった。


 そんなココナの葛藤を他所にラッコはひとつの疑念にとらわれていた。
 周りにはオークしかいない。

 それがおかしい。

 これほどの大部隊で村を襲っているのだ。
 それを指揮するものがいるはず。
 この村への襲撃を示唆した存在があるはずなのだ。


「ココナ。変じゃない?」
「何が?」
「これだけ戦っているのにオークしか姿が見えないことよ」


 その言葉でココナも悟った。
 確かにおかしい。
 これだけの集団なのだ。
 オークロードなりオークメイジなりの存在がいるはずだ。
 だが、それらしき姿が見えない。
 もっとも、その姿がなかったからこそ今こうして無事に立っていられるのだ。
 敵の中にそれらが混じっていたとしたら、村人を逃がす余裕すらなくなっていたはずだ。


「確かに、変ね」
「どう思う?」
「いくつか考えられるわね。
 私たちが来る前にそれらが倒されたのか。
 あるいはどこかに行ってしまったのか……」
「それはないわね。
 今までそれらしい死体は見てないし、何より全てのオークロード達が倒されているなら
オーク達にここまで統率の取れた行動を取るのは無理よ」


 ラッコの言葉にココナは頷くと考えを巡らせた。

(確かに、そうね。
 でもだったら何で出て来ないの?
 これだけの集団ならオークロードやオークメイジの数体はいてもおかしくないのに。
 出て来れない理由があるの?)

 そこまで考えてココナの脳裏にあるひとつの可能性が浮かんだ。


(…そんなこと、出来るの?)


 だが、考えてみればおかしな事は他にもあった。
 オークロードたちと異なりオーク自身はそれほど勇猛果敢な魔物ではない。
 だが、今戦ってきたオーク達はまるで自分の命など気にも止めないかのように
向かってきている。


(……まるで、操られてるみたいにね)


 確信にいたる材料はない。
 だが、現状を打破できるなら掛けてみるのもいいかもしれない。


「ラッコ姉、もしかすると行けるかもしれない」
「どういうこと?」
「二つの仮定があるわ。
 一つはオークロードたちの数が極端に少ない場合。
 オークロード達を失えばオーク達の活動は今のような統率の取れたものじゃなくなる。
 それを恐れて隠れて指示を出しているって可能性」
「なるほどね。
 でも、あのオークロードやオークメイジがそこまで考えるかしら?
 オークメイジはまだしもオークロードは黙って隠れてられるほど
大人しい奴じゃないわよ」
「そう、だからもう一つの仮定…」


 ココナは一度言葉を切るとラッコへと視線を移した。


「…オーク達が別の第三者に操られているとしたら?」
「え?」
「オークロード達がいないのはオーク達より抵抗力が強かった為に
操れなかっただけだとしたら?」
「そんなことが、出来るものなの?」
「確証があるわけじゃない。
 でも、このまま戦うよりはましなはずよ」
「……そうね」
「探しましょう。
 どこかにいるはずよ。
 隠れてオーク達を操っている誰かが。
 オーク達の統率を考えれば誰かがリアルタイムで状況を見ながら
 指示を与えている可能性が高い。
 つまり、こちらの動きが見える範囲にそいつがいるってこと」


 無論、そいつがこの村にいない可能性もある。
 ただ単に今までオークロード達に会わなかっただけという可能性もだろう。
 だが、現状ではその可能性に賭けるしかない。
 始めから選択肢なんてなかった。
 だったら、迷う必要はない。

 ラッコはココナを信じた。
 いや、もとより疑う気なんてない。
 彼女が自分達の為にどれだけ心を裂いているか知っていたから。
 何よりも信頼すべき仲間の言葉なのだから。


 ふと、フロットの事が頭に浮かんだ。

 自分のもう一人の仲間はどうしただろうか?
 時間的に考えればもうYEWに着いた頃だろう。
 そうなれば、他の知り合い達も助けに来てくれる。
 楽観的ではあったが、その事もまたラッコは疑ってはいなかった。
 子供とはいったがフロットもまた間違いなく自分の信頼すべき仲間なのだから。


「さあ!!
 助けが来るまでにがんばって片付けちゃいますか!!」
「ええ!!
 フロットに貸しを作るなんてごめんですからね」


 そういって笑い合うと二人は駆け出した。
 姿の見えぬ傀儡師を求めて。
 だが、その顔に先ほどまでの悲壮感は見えない。

 純然たる信頼と決意、それだけが浮かんでいた。



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