YEW冒険譚
序章 発端
空はどこまでも高く、澄みきっていた。
陽射しは暖かで、吹き抜ける風は辺境のYEWの町に早い春の訪れを告げている。
穏やかな日。
だが、事件とは往々にしてそんな日に起こるものなのだろう。
そう、今日この日のように……
木漏れ日降り注ぐ林の中を3人の男女が歩いている。
「ほら、フロット! 一人で先に行かないの!」
「大丈夫だって、いつまでも子ども扱いしないでよね」
そう言いながらも先頭をはしゃぐように歩いていたフロットと呼ばれた少年は
後を歩く女性、ラッコにたしなめられて歩く速度を落した。
「まったく、そういっていつも一人で先に行って迷子になってるのは誰?
全然懲りないんだから。今度迷子になったら紐つけて歩かせるわよ」
「…うぃ」
その状況を想像したのか最後の女性、ココナが面白そうに笑った。
「うー、ココナ。そんな笑わなくったっていいじゃんかー」
「あら、でも面白そうじゃない。今度といわず今試してみるのもいいかもね。
きっとよく似合うわよ。ね、ラッコ姉」
「あはは。そうね、試してみましょうか?」
「うぅぅ」
ココナとラッコにからかわれ時が流れていく。
何時もと同じ平和な風景。
だが、少なくとも今この時はそう平和には行かなかったようだ。
会話を断ち切るかのように草むらが割れ、傷ついた少女が姿をあらわしたのだ。
年齢は10歳くらいだろうか。
藍色の服は所々擦り切れ、あちこちには赤黒い血の跡まで見て取れた。
少女はラッコ達の姿を見ると転がるように駆け寄ってきた。
その顔は恐怖に引きつり、言葉もはっきりしない。
「いったい何があったの!?」
「……あ、うう…!」
駆け寄ったラッコの言葉にも少女は呻きを漏らすだけで要領を得ない。
「しっかりなさい!!」
「!!」
ココナの一喝によって少女の瞳に正気の色が戻ってくる。
だが、その顔からは未だに怯えの色が見える。
「大丈夫よ。
ここにあなたを傷つける人はいないわ」
ラッコはそういって微笑むと少女をそっと抱き寄せた。
しばらくすると少女も徐々に落ち着きを取り戻していく。
それを感じ取るとラッコはそっと少女を離し、ゆっくりと話し掛けた。
「話して、くれるわね?」
「あ……む、村が……」
「村?」
「お願いっ、みんなを助けて…」
「落ち着いて。村がどうしたの?」
「村に魔物が…」
「魔物?」
「お父さん達は、オークって…」
「数は?」
「わかんない。でも、村がめちゃくちゃになっちゃってお父さん達は
逃げろって言って……はぐれちゃって……」
それだけ言うと少女はラッコの胸で泣き出してしまった。
今まで抑えていたものが溢れてしまったのかもしれない。
この少女の逃げてきたであろう距離を考えればどの村で襲撃が起きたのか
想像するのはたやすい。
というより、この付近の村なんてひとつしか存在しない。
ミネアの村。
人口200人にも満たない小さな集落だ。
村自体が街道から離れており人の行き来も少ない。
この少女がいなければこの襲撃をラッコ達が知ることもなかっただろう。
少女の様子から考えれば、オークの襲撃はついさきほどのことだろう。
今ならば被害は少なくできるかもしれない。
だが、それがわかっていても、フロットは声をかけることができなかった。
それが如何に危険なものであるかわかったから。
魔物の襲撃から村を守る。
言葉にすればかっこいいかもしれないが、そこにかかるのは純然たる自分の命だ。
しかも状況は最悪といっていい。
オークの数は少なく見積もっても数十。
村が被害に合うほどの数とするならもっと多いと見るべきか。
当然、オークロードなどの上位種もいるだろう。
それを考えれば3人だけで助けにいこうなんて自殺行為といってもいい。
だが、放っても置けない。
そんな葛藤に身動きもできない。
怖かった。
戦いが、敵が、何よりも自分に降りかかるかも知れない死が。
そこに何時もの生意気な少年の姿はなかった。
逃げることも立ち向かうこともできない脆弱な存在。
何時も冒険を求めていた自分はどこにいったのか。
その冒険さえも仲間たちに支えられた安全なものだったことに過ぎないことに
フロットはようやく気づいた。
「……」
「…怖いの?」
「ま、まさかぁ。おいらだって冒険者だよ。
怖いわけないじゃんか」
そんなフロットの様子を痛ましげに見つめた後、ラッコは少女をフロットに預けた。
「あなたはこの子を安全な所へ連れっていって」
「え?」
「はやく行きなさい。そして、出来るなら応援を呼んできて」
「で、でも・・・」
「はやくっ!!
時間がないのよ。
さっさと行きなさい!!」
「う、うん」
背中を押し出されるようにフロットは少女の手を引いて駆け出した。
……まるで、何かから逃げるように。
そんなフロット達を見送りながら、ココナは呆れたようにラッコに視線を向けた。
「もう、相変わらずフロットには甘いんだから。ラッコ姉は。
あんなんじゃ、いつまでたっても育たないわよ」
「あはは。ま、わかってはいるんだけどね。
まだ、子供なんだし。無理させることはないわよ。
特に今回みたいなやばそうな時はね」
「そうね」
それだけ話すと二人は村へと駆け出した。
その顔に不安はない。
成すべき事を成す。
それだけのことだ。