脳の謎 (1)   (2)へ  Topへ
    もう半世紀以上も前だが、岩波新書から時実利彦『脳の話』など、大脳生理学の話題となっていて、岡潔も「前頭葉」のことに触れていたので興味を持った。しばらくして角田忠信『日本人の脳』が出て、右脳左脳がしばらく興味を惹いた。「右脳を使え!」と言った、絵画や作詩の本まで出ていた。

野口慊三の脳の受像機説に触れたのは、20年以上も前のことである。

最近、AIの進歩によって、再び、脳のことに興味が湧いてきた。脳に魂が宿るのか?心は脳内現象?

My Stroke of Insight
 奇跡の脳
奇跡の人 ヘレン・ケラー自伝
妻を帽子とまちがえた男
 

  
    My Stroke of Insight by Jill Bolte Taylor
  ジル・ボルト・テイラー 2008
  『奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき
            竹内薫訳新潮文庫) 

  私は、著者が37歳のある朝、脳卒中の発作の起きた所、第4章(訳書では2章となっている)から読み始めた。
  その真迫力が凄い。左脳の麻痺がどんなものであるか、脳科学者が自らの体験を書いているのである。

 助けを求めるにはどうすれば良いか?言葉や数字の能力は失われつつある。間歇的に能力が戻ることもある。
左脳の働きが消えると、過去の自分は死に、体は流体化し、宇宙と繋がり、至福の時が訪れる。
 病院に運ばれる第一日目に3章が割かれ、ハードボイルドの小説に負けない迫力であった。

 入院後5日目に一度自宅へ帰り、2週間後の手術を受ける準備に入るのだが、脳と体の状態が詳細に述べられている。文字も計算も能力を失って、赤子に近くなっている娘を介護、教育する母親の様子もよくわかる。施術後から完治する8年間の様子、これがまた興味深い。同種の病気の患者や医者、介護者でない者が読んでこんなに面白いのだから、関係者には素晴らしい情報であろう。

 巻末に症状のチックリストと「私が最も必要だった40のこと」が付いている。

  残りの6章は、右脳・左脳の役割の違いを、経験者ならではの考察が続く。卒中の際味わった、至福の世界、ニルバーナの体験が大きなウエイトを占める。過去に依存し、善悪を判断する左脳に対して、現在に生き、そのまま共感し、感謝を以って受け入れる楽天的な右脳を対照させながら、右脳の素晴らしい能力に気付いたこと、これが本のタイトルとなっている「The Stroke of Insight」気づきの衝撃なのである。

  勿論、左脳の働きを過小評価するものではない。
 後半は、深い安らぎを得るための具体的な方法を、右脳に焦点を当ての説明なのだが、既存の、ヨガ、太極拳、マントラ、・・・様々な方法も位置づけられており、共感するところが多かった。具体的な方法を示した素晴らしい、「幸福論」である。
  
 最初の章は、著者が,総合失調症の兄を持ち、脳科学者になり、若くして全米精神疾患同盟の理事になるなど、脂の乗り切った所で、脳卒中になるまでの経歴を述べる。2,3章は脳に関する基礎知識。翻訳では「脳についての解説」として巻末に移されている。

私は友人から教えられて下記のYoutubeで著者を知った。

(431) ジル・ボルト・テイラーのパワフルな洞察の発作 - YouTube

  このスピーチ自体がとても優れたもので、まず、これを見ることをお勧めする。
しかし、本はもっと豊かで面白い。

 この本を手にした動機、つまり、これらを体験し、物語っている「私」はどこにあるのか?という疑問には、確かな解答は見出せなかった。
  本書では 「左脳の言語中枢に「わたしはである」ことを示す能力によって、私たちは永遠の流れから切り離され、一つの独立した存在になります。全体から切り離された一つの個体になるわけです。」(訳書230頁、原書142頁)とあるが、左脳の障害の状況を長々と記述している「私」とは一体何ものであろうか?一時、右脳に引っ越ししていたのであろうか?

著者の説明:
あなたは、起きたことすべてをわたしがまだ憶えているのはどうしてだろう、と不思議に思うでしょうか。
私は精神的には障害をかかえましたが、意識は失われなかったのです。人間の意識は、同時に進行する多数のプログラムによってつくられています。そして、それぞれのプログラムが、三次元の世界でものごとを知覚する能力に新しい広がりを加えるのです。わたしは自我の中枢と、自分自身をあなたとはちがう存在として見る左脳の意識を失いましたが、右脳の意識と、からだをつくり上げている細胞の意識は保っていたのです。・・・・・・
  いつも右脳より優勢なはずの左脳が働かなkので、脳の他の部分が目覚めたのです。
」訳書101頁、原文71頁

  2022・9・10  9・25追記
 




翻訳は、読みやすいように、脳の専門的な記述の2章、3章を後に持って行ったり、本文では、原文にないちよっとした言葉を補ったり、意識がはっきりしない所で、平仮名を多用したり、「 」などもちいるなど、様々な工夫がなされている。

翻訳書では、訳注、訳者のあとがきと養老孟子と茂木健一郎の解説がついている。特に参考となるようなことは書いてなかった。

  
   ヘレン・ケラー『奇跡の人 ヘレン・ケラー自伝
   小倉慶郎訳 新潮文庫


サリバン先生に出会って、水にWaterという言葉があることを知った時の感動を述べた第4章は魅力的だが、全体として、彼女がどのように外界、言語を認識・習得したのか具体的に書かれていなようで、期待外れ。

盲聾者としては考えられない程の外界へ描写は、どこか不自然さを感じる。
この事は下記サックス博士の本でも指摘されている。
(同書p53注(2)


  (本項未完)
 
  
   オリバー・サックス
 『妻を帽子とまちがえた男』高見幸郎・金沢泰子訳

 先のジル・ボルト・テイラー博士のMy Stroke of Insightの余勢をかって、脳の仕組みを知りたいと思い、本書を手にした。

  心身の機能の一部が喪失しても過剰であっても、日常生活に異常をきたす。「事実は小説よりも奇なり」で、本書は24の珍しい症例を集めたもの。
 奇妙な現象を医師が探求するのであるが、一部医学的な原因もわかるのだが、全体として、謎に終わっているものが多かった。
 しかし、人間のドラマとして訴えるものがあった。

  私の関心は次のようなものであるが、なにか確信を得ることは出来なかった。
精神(心理)と物質(肉体)とはたがいに別の領域があって、両者のあいだには越えがたい溝が必然的に存在するにちがいない。だが、両者に同時にかつ分ちがたく結びついた研究や話がもし書けるとすればー私がとくに関心をもちこの本でめざしたのは、概してそのようなものであるが、―カテゴリーがちがうその両者を近づけるのに役立つかもしれない。」 p13
   しかし、訳者のあとがきには次のような言葉がある。
ソウル」というのは科学的でないことばだから、彼はためらがちに、わずかな箇所でのみ用いているけれど、そうしか言いようのないあるものを、彼は信じている。」p398

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以下、24人の症例の特徴など::
実は要約が難しかった。各事例いずれも豊な内容を持つ。

第一部 喪失

1.妻を帽子とまちがえた男 
 
視覚情報の一部が、正常な像を結ばず、認識できない。
  視覚的失認症

2.ただよう船乗り 
  記憶というものがなかったら、人生はまったく存在しない。 p55
  1945年以降の記憶が欠落し、現在に及ぶ。
    コルサコフ症候群 ー
  礼拝堂、庭いじりでは情緒安定ー-人は記憶だけ生きているのではない。

3. からだのないクリスティーナ
  6番目の感覚 ー 体の可動部(筋肉、腱、関節)から伝えられる、連続的ではあるが意識されない感覚のの流れ。「固有感覚」の喪失事例。  視覚が補う。
  「肉体的自我」を失う、離人感、非現実感

4.ベッドから落ちた男
 片足が全く自分のものとは思えず、ベットから放り出したら自分の足らしく、自分もベッドから落ちた。

5.マドレーヌの手
  60歳、生まれながらの全盲、手足も思いどうりには動かない人の話。「衝動こそすべてのはじまり」

6.幻の足
 ファントム(幻影肢) 失った手足がいつまでもあるように見える。時には痛む。「幻肢痛」

7.水平に
  自分が垂直に立っていると思っているが、実は斜め。
  内耳感覚、固有感覚、視覚の統合がパーキンソン病でおかされている。メガネに水準器を取り付ける。

8.右向け!右!
 
 左側が認識できない。
  

9.大統領の演説
  大統領の演説を笑う失語症患者
  失語症の患者の能力。「情感的調子」で理解。
  音感失認症、「情感的調子」が働かない。

第二部 過剰

10.機知にあふれるチック症のレイ
  チック症(不規則で突発的な体の動きや発声が、本人の意思とは関係なく繰り返し起きてしまう疾患。)が長い場合トゥレット症といわれる。主人公は一方で素晴らしい音楽感覚を持ち、ドラマーとしても活躍できる。ハルドールという薬が有効で、チックを抑えると、彼の美点もなくなる。
薬との共存の成功事例
 
11.キューピット病
  90歳の女性、88歳の誕生日頃から、急に元気で生き生きと明るい気分になって来た。周りも自分も病気の一種ではないかと思うよになり、ザックス博士のところに来る。
  キューピット病(梅毒)の後遺症?うきうきした気分を壊さずに治療できるか?

12.アイデンティティの問題
  際限なく物語を繰り出す愉快な男、それによってアイデンティティを作り出している。現実感、感情と意味、魂の喪失。コルサコフ症候群。静かな庭では落ち着いている。

13.冗談病
 急に、冗談、ダジャレをいう「軽薄」な女性となった。感情も意味も消え、すべてが「均一化」

14.とり憑たかれた女
  60代の女性、人とすれ違うたびに、通行人のマネをする。トウレット症

  生きる力、生き残りたい意志、あくまでも「個」たる存在として生きたい知という意志こそ、人間のなかにあって最も強い力からである。 p224

第三部  移行

15.追憶
  C夫人(80代)はある時から、アイルランドの曲3曲が繰り返し聞こえるようにんった。M夫人(80代)同じ曲が聞こえるようになった。 側頭葉の病気 「音楽てんかん」
ペンフィールドの集めた症例。抗痙攣剤で治るが・・
ショスタコーヴィチ、ドフトエフスキーの例。
プルースト的追憶
  内面の記録はどのような形態をとるのか?

16.おさえがたき郷愁
  63歳の婦人、パーキンソン病などで24年間入院、Lドーパ投与により劇的に改善するが、そのあと、若い頃に戻る。脱抑制で、吸収的追憶が起きる。

17.インドへの道
 19歳のインド女性、脳腫瘍。子供の頃のインドでの情景があらわれる。側頭葉発作?

18.皮をかぶった犬
 22歳の医学生、薬物常用者、犬になった夢を見る。以降、鋭い嗅覚の発生。3週間後の止む。
何らかの原因で抑制解除が起きたのでは。

19.殺人の夢
  男は恋人を殺しtしてしまったが、全く記憶がない。4年間、精神異常の犯罪者の病院に収監される。5年目出所、自動車事故にあい、2週間半身不随の昏睡状態。回復後、「殺人」の悪夢を見続ける。前頭葉欠損で抑制機能が消えた?何年もかかったが回復。抗てんかん剤のせいか?謎。
20.ヒルデガルドの幻視
  修道女ビルデガルド(1098-1180)の幻視。図がでている。偏頭痛性? 恍惚状態。ドフトエフスキーも同じ体験をしている。

第四部 純真
  知恵遅れの人が持つ温かさは何だろう。
  彼らの持つ「具体性」
  イデイオ・サバン「知恵遅れの天才」
 
21.詩人レバッカ
 レベッカは、19歳の時へ診療所祖母に連れられてくる。何事も不器用、魯鈍だが、物語や詩を聴くのが好き。
ある時、庭に居る自然な姿に出合う。演劇によって統一のとらた人間になる。(本項要約はむずかしい)

22.生き字引き
 知恵遅れだが、抜群の記憶力、特に音楽に関して凄い後に教会の聖歌隊に入り、別人のように生き生きとしてきた。
23.双子の兄弟
  ジョンとマイケルという双子、26歳、7歳から施設にはいっている。自閉症、精神病、精神遅滞・・・記憶力は抜群。過去未来どんな日でも何曜日か分かる。過去度の日でも起こった天気、起こった出来事答えることが出来る。零れたマッチ棒が111本と即座にわかると共に37の3倍だということもわかる。四則演算できない。すべてが見えるようだ。「図像的」
人間の魂は「調和的」
10年後二人は引き離されれ、普通の人間へと。超能力は失われる。

24.自閉症の芸術家
 知恵遅れ、自閉症、しばしば起る発作、15年殆ど家から出ないでいる。絵を描くことができる。話し始める。自閉症の芸術家はありうる。そのためには心の通った関係が必要。
         2022・10・7