漢文力       漢文訓読法へ  Topへ
   西洋ではギリシャ、ロ―マの古典を、東洋では中国の古典を学ぶことが教養の基盤であった。日本人は明治頃までは、教養の基盤としての漢籍が、見事の根を下ろし、言語表現・思考の核を形成していたが、特に戦後に教育を受けたものは、その基盤がなく、せいぜい、民主主義、科学的思考を教えられたにに過ぎない。

漢字の満漢全席
漢文脈と近代日本
漢文力
怪の漢文力
 

  
   加納喜光『漢字の満漢全席』 徳間文庫

  この本は、長らく枕頭にあって、楽しませてくれた。
私は、寝る前、床の中で本を読むのが長年の習慣で、いつも枕頭に数冊の本をおいて、気ままに読む。
 その中で、本書は、最も短い区切りで読み終え、かつ、その内容は奥深かい。
  エピソード、漢字(部首に当たるようなもの)の図、意味、それから作られた漢字。これを1項目2頁にまとめられていて、2,3分で読み切れる。

  漢字の成り立ちについては、音を中心に研究した藤堂明保と形から掘り下げた白川静の両巨匠が聳え立っていて、議論をすれば難しくなるのだが、本書は、藤堂説に拠っていると思われるが、著者の結論だけを示していて分かり易い。



2022・12・31
 

  
   齋藤稀史『漢文脈と近代日本』角川ソフィア文庫

   日本は二千年近く中国文化の影響を受けてきた。それは、文字、言語表現から、制度、文藝、思想・・・広範に及ぶが、主として、書物(漢字、漢文)を通じて、摂取してきたのである。このことを日本人はあまり言いたがらない。
  この100年、和魂漢才を和魂洋才に切り替えて、最近では「漢文の素養」ということも言われなくなっている。
 
  本書は、幕末以降、日本の近代化における漢文の影響を見事に鳥瞰して、分かり易く、我々に示してくれる。
  漢文脈とは漢文から派生した訓読体などを含めた、広く、漢文的な表現、思考や感覚をも含めているからである。
  言語表現と思想・生き方との両面から攻めて、見事な労作だと思った。

  松平定信による寛政の改革で、朱子学を正統なものとされ、昌平黌、藩校などの教育システムが急速に発達し、武士階級は武芸より学問の方がより重要になってくる。四書を中心に「修身、斉家、治国、平天下」ための漢籍を学ぶことになる。これは町人にもおよび、中国の古典は訓点を施されて数多く出版される。これが訓読体の普及に繋がり、明治になっても、公式文章の基本となり、多くの新漢語を生みながら、やがて、口語体へと進む。
  漢文脈の精神的流れを著者は、士人的側面 ー 公的、政治的なものと文人的側面 ー 私的、隠逸的、文学的 に分けて、その観点から、頼山陽、幕末の志士、明治初期の文藝、鴎外、荷風、芥川、谷崎、漱石などの位置づけを、丁寧に、見事にやって見せる。西洋化の波を受けながら、脱漢文、反漢文と近代日本の文化が形成されてきた姿を浮き彫りにしている。

  著者はそこまで手を広げていないのだが、漢文によって吸収したものは、
政治、経済、歴史、宗教・・・計り知れないものがあって、余りにも大きいので意識に登らないほどである。「漢文の素養」がなくなり、巨大な中国文化からの吸収力を失っている。
代わりに「西洋語の素養」を身に着けようとしているのだが・・・・

  2022・3・3
 
     
   加藤 徹 『漢文力』  中公文庫

漢文への興味を誘うために行っている大学での講義を本にしたものである。

漢文力」とはなにか  ー 本書の初めに書かれている。
漢文を読み、そこに展開されている古人の思索を追体験することによって身につく力。歴史や宇宙など、より大きな時空の中に自分を位置づけ、明日を生き抜くための設計図を描く力。

取り上げているテーマは極めて、根源的な問いを含んでいる。、
  〇自分とはなにか
  〇世界、外界となにか
  〇大自然というもの
  〇自分を活かす学問
  〇政治や戦争のこと  等々

これらを「論語」「史記」「荘子」「列子」・・・皆、近づき易い有名な古典から、著者が、学び、思索の基礎となった漢文を取り上げ、紹介している。所謂「漢文入門」とは異なり、、漢文への興味を引き出すためのものである。 合間に、宮澤賢治や金子いすずの詩を挟んだり、著者の様々な蘊蓄が披露されて、飽きないように出来ていている。

例文は、白文、読み下し文、現代語訳と付いていて読むのに支障はないのだが、漢文読解力向上のためには、訓点も付けるべきだと私は思う。
(先生の教育法がどんなものか知らないが・・・)
巻末に名句・成句索引も付いていて便利。

本書は、2004年単行本で発刊されて以降、2007年文庫化。2005年に韓国語語訳(漢文の生活力)、中国語訳(無用術)が出版されている。

   2021・11.・21
 

  
   加藤 徹 『怪の漢文力』  中公文庫


  妖怪変化の話が沢山出てくるのかと思ったら、中国のものの考え方、見方の根底にあるものの話てあった。
  単に古い文献からつまみ食いして紹介するのではなく、著者の思索の中から選び抜かれたもので、ただの雑学ではない。前著『漢文力』同様面白かった。

  前著と異なり索引がないので、目次の一部、特に面白かったものを拾っておきます。

第一章 人体の迷宮

五行説に基ずく分類癖ー五行配当表
各種カテゴリーが面白く、互いに関係しあっている。
古代エジプトのバアとカア
魂と魄
遺体の処理について

第二章 霊と肉の痛み
切腹 断臂
首狩り
生体解剖刑

第三章 変身と幻獣
変身の恐怖
存在の連続性

第四章 性と復活の秘儀
母胎回帰願望
墓、埋葬

第五章 宇宙夷吹く風
循環する自然
音楽について
天文学的知見。

あとがき
禹の九鼎

   2022・2・7