08 //Dear...
本拠地であるソレイユ城の二階。
エルフィードの自室の扉の横に設えられた箱がある。
セイリュウ軍に身を置く者達が、意見や要望、伝えたいことがあれば、手紙をしたためそれをその箱に入れるのだ。
それをエルフィードが目を通す。
この目安箱という仕組みを発案したのは、エルフィードだった。
面と向かってはなかなか言えないことも、手紙ならば伝えやすいだろう考えて。
エルフィードは出来る限り皆と意思の疎通を図りたかったのだ。
外での戦いや調査が長引いても、この城に戻ってきた時には、たとえどれだけ時間が遅かろうとエルフィードは目安箱に入っている手紙を読む。
今日も箱の中に入っていた数通の手紙を、エルフィードは取り出した。
「もう今日は遅いですから、明日にされたらどうですかー?」
後ろから掛けられた馴染みの声に、エルフィードはくるりと振り返った。
そこにはカイルが穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。
けれど、エルフィードの体調を慮っているのだろう、瞳はどこか心配そうだ。
エルフィードも笑顔を見せるが、しかし首を振る。
「心配性だね、カイルは。
これも僕の楽しみの一つだから、無理している訳じゃないよ。
皆、色々なことを書いてくれて面白いんだ。
そうそうアックスも手紙をくれたことがあるんだよ」
エルフィードはそう言って、実に楽しそうに笑い声を上げる。
嘘偽りではなく、本当に目安箱の手紙を読むことが楽しいのだろう。
そんなエルフィードの顔を見ていると、カイルはとても幸せな気分になれる。
辛く厳しい戦いの日々で、エルフィードの癒しになるものがあることが嬉しい。
この笑顔があれば、自分達は負けることなどない―――そう思える。
「今日は一体どんな手紙が入っているんですかー?」
カイルはひょいっとエルフィードの手元を覗き込むが、慌ててエルフィードはそれを隠した。
「駄目だよ、カイル。
いくらカイルでも、僕に宛ててくれた人の手紙を勝手には見せれない」
「えーっ、怪しいなぁ……。
もしかして誰かからのラブレターとか入っているんじゃないですかー?」
「そ……そんなんじゃないよ!カイルじゃあるまいし!」
からかう様に言うカイルに、エルフィードは真っ赤になって反論する。
日々、心身ともにエルフィードが成長していると感じるカイルであったが、こういう色恋に関する話題に対してエルフィードは未だに初々しい反応を示す。
それが何とも愛しい。
カイルは思わず抱き締めたくなるが、こんな所でそうすれば、エルフィードは恥ずかしさに卒倒してしまいかねない。
「えー、酷いなぁ……俺は王子一筋なのに」
カイルがわざと拗ねた口調で言うのに対し、エルフィードは赤い顔のままカイルを睨みつけた。
「よく言うよ!
カイルがくれる手紙はいっつも女の人のことばかりのくせに。
あの人が綺麗だとか、この子は可愛いだとか……」
「少しは妬いてくれたりしてます?」
拗ねた様子から一転、くすくすとカイルは笑いを漏らす。
「全然!」
エルフィードはカイルにべーっと舌を見せると、そのまま身を翻し、自室へと入ってしまった。
「可愛いなぁ」
少々からかい過ぎたかと思ったが、正直な感想がカイルの口をついてでる。
ああいうあどけない姿を見ていると、年相応の普通の少年なのだと、思い知る。
自然とカイルの口元は綻ぶのだった。
「あ〜んまり、いたいけな美少年をからかうんじゃないよ」
そんな声と共に現れたのは、ニフサーラであった。
美少年好きを周囲に憚らず公言する、アーメス新王国の女性である。
「ニフサーラさんこそ、王子にいかがわしい悪戯とかしないでくださいよー。
あんまりそういう免疫ないんですから、王子は」
「あんたに言われたくないよ」
ニフサーラは溜息と共に、肩を竦めてみせる。
「でもねぇ……」
ふと何かを思い出したかのようのに、ニフサーラがぽつりと呟く。
なんですかと目で促すカイルに、ニフサーラが人の悪い笑みを浮かべた。
「あんたが思っているほどあの子、恋愛に疎い訳じゃないのかもしれない」
一瞬自分達のことがバレたのかとカイルは焦ったが、そうではないらしい。
先程のようなカイルとエルフィードのやり取りは日常茶飯事で、単なる主従のスキンシップと認識されているようだ。
「この間、たまたまこの部屋の前を通りかかったら、偶然に扉が少し開いてたんだよね」
たまたまと偶然を殊更に強調して、ニフサーラは話し出す。
「で、ちょっと覗いて見たら、あの子が机に向かって紙に何かを書いていた。
特別な誰かを慈しむようなとっても優しい瞳で―――でも何故か胸が締め付けれるような切なさが漂う雰囲気だった。
あれは絶対に想い人に宛てた恋文だよ。
誰かこの城に相手がいるんだろうさ。
まさかこの状況で大っぴらにする訳にはいかないだろうから、そうやって手紙で絆を深め合ってるんじゃないのかな」
間違いないという確信をもって、ニフサーラはしたり顔で頷く。
「あはは、まさかー」
カイルはそれを可笑しそうに笑い飛ばす。
公言できるはずもないが、エルフィードとは特別な想いを通じ合わせている。
だが、エルフィードから恋文の類の手紙を貰ったことはない。
恐らくニフサーラの勘違いだろうとカイルは笑ったのだ。
「絶対間違いないって!
そんな余裕でいられるのも今だけかもしれないよ……気が付いたら別の人間に取られちゃってたりしてね」
ニフサーラの言葉に、カイルの笑顔が一瞬固まった。
カイルとエルフィードの関係に気付いているかのような話し振りだったからだ。
そんなカイルの顔を目の当たりにして満足したのか、ニフサーラは楽しそうに笑うと、「ま、油断しないことだね」と言い残して去って行った。
侮れない女性だと、カイルは大きな溜息を一つ落す。
しかしエルフィードが誰かに恋文をしたためていたということは、やはり信じてはいなかった。
あのエルフィードが人の心を弄ぶような人間でないことを、誰よりも知っているから―――。
そんな出来事があってから、数日後。
所用で出掛けていたカイルは、偶然にエルフィードと出くわした。
城からは目と鼻の先のセラス湖の遺跡の入り口がある丘の上で。
エルフィードは供の者も付けず、一人丘の上で佇んでいた。
エルフィードの方は未だカイルには気付いていない様子で、じっと眼下に広がる風景を見つめていた。
いくら城から近いといっても、こんな人気のない場所に一人とは危険だ。
カイルは慌てて駆け寄ろうとするが、エルフィードの横顔を目の当たりにして、思わず足を止めた。
優しい穏やかな瞳。
それはいつもと変わらないのに、その中に深い哀しみが色濃く落ちている。
胸をぎゅっと締め付けれるような、そんな切なさ。
大人びた表情のようにも見え、一方で迷子になった子供のようにも見える。
ふとエルフィードは視線を手元へと移した。
彼が手にしていたのは、数枚の便箋と思しき紙であった。
それに気付いたカイルの頭には、数日前のニフサーラの言葉が甦ってきた。
彼女が言っていたエルフィードの表情とは、正に今のようなものだったのではないだろうか?
ニフサーラはそれを想い人に向けた手紙を書いていたのだと理解したようだが、やはりカイルは釈然としなかった。
エルフィードの手にしているそれは、何か特別な想いを込めたものに違いないだろう。
けれど、ニフサーラの言うような恋する相手に向けられたものではないと―――カイルの直感がそう告げるのだ。
エルフィードはその紙を手にしたまま、ゆっくりと屈みこむ。
気分でも悪くなったのかとカイルはどきりとしたが、それが杞憂だとすぐに気付いた。
エルフィードの手が忙しなく動いていたからだ。
何をしているのかまでは、彼の身体で影になって、カイルからははっきりとは見えない。
やがてエルフィードは作業を終えたのだろうか、再び立ち上がる。
片腕で胸に抱えられていたのは、先程とは形を変えた数枚の紙。
空いたもう一方の手で、エルフィードは胸に抱えたそのうちの一つを手に取ると、空に向かってゆっくりと投げた。
風に乗り、すっーっとそれは大気に溶けるように飛び立っていく。
―――紙飛行機だった。
エルフィードがしゃがんでしていたのは、手にしていた手紙を紙飛行機に折っていったのだろう。
その紙飛行機の行方を見つめるエルフィードの表情は、先程と同じで―――。
次々と、腕の中の紙飛行機を放っていく。
「王子……」
とうとうカイルはエルフィードへと声を掛けた。
その紙飛行機に形を変えた手紙が、何であるのか、カイルにも分かってしまったから―――。
驚いたのか、身体を震わせ、エルフィードは視線を廻らす。
その先に、近付いてくるカイルの姿を捉えると、途端に恥ずかしそうな笑みを浮かべる。
「見つかっちゃったか……」
カイルは固い表情のまま、エルフィードの傍らに立つ。
まだエルフィードの腕の中には、数機の紙飛行機が残っていた。
カイルの視線に気付いたエルフィードは、彼には全て見通されていることを悟った。
何も言わずとも、カイルの瞳がそれを物語っていた。
「時々ここから、こうして手紙を出しているんだ―――届くこともなく、そして決して返事も来ることない手紙だと分かっているけれど……」
小さく息を吐き出すと、エルフィードは再び紙飛行機を前方へ投げる。
「今のは父上に宛てた分」
そう―――エルフィードは恋文などではなく、家族に向けての手紙を、紙飛行機にして、送り出していたのだ。
特別な想いを込めるのも当たり前のことだ。
今はもう会うことも叶わない、遠く離れてしまった所へ旅立った父、母、叔母へ。
そして、敵中にただ一人取り残されている妹へ。
「これでおしまい」
最後の紙飛行機を空へと放ち、その軌跡をエルフィードとカイルは静かに目で追う。
「特別なことを書いている訳じゃないんだ。
ただ最近の出来事や仲間のこと、ここでの生活のことなんかを取り止めもなく書いているだけ……。
みんなから色々な手紙を貰って、僕は凄く嬉しく感じたから―――父上達にも伝わればいいなと思って。
こんなことをしても、無駄だって分かっているのに……一方でもしかしたら返事があるんじゃないかなんて、馬鹿げたことを夢想する自分がいる。
現実を受け入れられない、小さな子供みたいだよね……」
ぽつりとぽつりと寂しげに語るエルフィードを、カイルはそっと抱き寄せた。
「きっと王子の想いは届いていると思いますよー。
返事はなくても……ね」
何の根拠もない、ただの気休めに過ぎないだろう言葉。
それでもカイルはそう言わずにはいられなかった。
想いは届く―――例え確証などはなくともそう信じることは自由な筈だ。
「あ……りがと、カイル」
エルフィードはカイルの言葉が嬉しかったのだろう、ぎゅっとカイルにしがみ付くようにして彼の背に腕を廻す。
そんなエルフィードが何とも愛しい。
面と向かって言葉で伝えることをカイルは信条としてきた為に、今までまともな手紙など書いてこなかった。
軽い冗談のつもりで、目安箱に入れた手紙は全て女性絡みのものだった。
それに対するエルフィードの反応が見たいが為に。
自分の方こそ余程子供じみているではないかと、反省する。
城に戻ったら、カイルはエルフィードに手紙を書こうと決めた。
自分の素直な想いを込めた、とびきりの恋文を。
エルフィードの自室の扉の横に設えられた箱がある。
セイリュウ軍に身を置く者達が、意見や要望、伝えたいことがあれば、手紙をしたためそれをその箱に入れるのだ。
それをエルフィードが目を通す。
この目安箱という仕組みを発案したのは、エルフィードだった。
面と向かってはなかなか言えないことも、手紙ならば伝えやすいだろう考えて。
エルフィードは出来る限り皆と意思の疎通を図りたかったのだ。
外での戦いや調査が長引いても、この城に戻ってきた時には、たとえどれだけ時間が遅かろうとエルフィードは目安箱に入っている手紙を読む。
今日も箱の中に入っていた数通の手紙を、エルフィードは取り出した。
「もう今日は遅いですから、明日にされたらどうですかー?」
後ろから掛けられた馴染みの声に、エルフィードはくるりと振り返った。
そこにはカイルが穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。
けれど、エルフィードの体調を慮っているのだろう、瞳はどこか心配そうだ。
エルフィードも笑顔を見せるが、しかし首を振る。
「心配性だね、カイルは。
これも僕の楽しみの一つだから、無理している訳じゃないよ。
皆、色々なことを書いてくれて面白いんだ。
そうそうアックスも手紙をくれたことがあるんだよ」
エルフィードはそう言って、実に楽しそうに笑い声を上げる。
嘘偽りではなく、本当に目安箱の手紙を読むことが楽しいのだろう。
そんなエルフィードの顔を見ていると、カイルはとても幸せな気分になれる。
辛く厳しい戦いの日々で、エルフィードの癒しになるものがあることが嬉しい。
この笑顔があれば、自分達は負けることなどない―――そう思える。
「今日は一体どんな手紙が入っているんですかー?」
カイルはひょいっとエルフィードの手元を覗き込むが、慌ててエルフィードはそれを隠した。
「駄目だよ、カイル。
いくらカイルでも、僕に宛ててくれた人の手紙を勝手には見せれない」
「えーっ、怪しいなぁ……。
もしかして誰かからのラブレターとか入っているんじゃないですかー?」
「そ……そんなんじゃないよ!カイルじゃあるまいし!」
からかう様に言うカイルに、エルフィードは真っ赤になって反論する。
日々、心身ともにエルフィードが成長していると感じるカイルであったが、こういう色恋に関する話題に対してエルフィードは未だに初々しい反応を示す。
それが何とも愛しい。
カイルは思わず抱き締めたくなるが、こんな所でそうすれば、エルフィードは恥ずかしさに卒倒してしまいかねない。
「えー、酷いなぁ……俺は王子一筋なのに」
カイルがわざと拗ねた口調で言うのに対し、エルフィードは赤い顔のままカイルを睨みつけた。
「よく言うよ!
カイルがくれる手紙はいっつも女の人のことばかりのくせに。
あの人が綺麗だとか、この子は可愛いだとか……」
「少しは妬いてくれたりしてます?」
拗ねた様子から一転、くすくすとカイルは笑いを漏らす。
「全然!」
エルフィードはカイルにべーっと舌を見せると、そのまま身を翻し、自室へと入ってしまった。
「可愛いなぁ」
少々からかい過ぎたかと思ったが、正直な感想がカイルの口をついてでる。
ああいうあどけない姿を見ていると、年相応の普通の少年なのだと、思い知る。
自然とカイルの口元は綻ぶのだった。
「あ〜んまり、いたいけな美少年をからかうんじゃないよ」
そんな声と共に現れたのは、ニフサーラであった。
美少年好きを周囲に憚らず公言する、アーメス新王国の女性である。
「ニフサーラさんこそ、王子にいかがわしい悪戯とかしないでくださいよー。
あんまりそういう免疫ないんですから、王子は」
「あんたに言われたくないよ」
ニフサーラは溜息と共に、肩を竦めてみせる。
「でもねぇ……」
ふと何かを思い出したかのようのに、ニフサーラがぽつりと呟く。
なんですかと目で促すカイルに、ニフサーラが人の悪い笑みを浮かべた。
「あんたが思っているほどあの子、恋愛に疎い訳じゃないのかもしれない」
一瞬自分達のことがバレたのかとカイルは焦ったが、そうではないらしい。
先程のようなカイルとエルフィードのやり取りは日常茶飯事で、単なる主従のスキンシップと認識されているようだ。
「この間、たまたまこの部屋の前を通りかかったら、偶然に扉が少し開いてたんだよね」
たまたまと偶然を殊更に強調して、ニフサーラは話し出す。
「で、ちょっと覗いて見たら、あの子が机に向かって紙に何かを書いていた。
特別な誰かを慈しむようなとっても優しい瞳で―――でも何故か胸が締め付けれるような切なさが漂う雰囲気だった。
あれは絶対に想い人に宛てた恋文だよ。
誰かこの城に相手がいるんだろうさ。
まさかこの状況で大っぴらにする訳にはいかないだろうから、そうやって手紙で絆を深め合ってるんじゃないのかな」
間違いないという確信をもって、ニフサーラはしたり顔で頷く。
「あはは、まさかー」
カイルはそれを可笑しそうに笑い飛ばす。
公言できるはずもないが、エルフィードとは特別な想いを通じ合わせている。
だが、エルフィードから恋文の類の手紙を貰ったことはない。
恐らくニフサーラの勘違いだろうとカイルは笑ったのだ。
「絶対間違いないって!
そんな余裕でいられるのも今だけかもしれないよ……気が付いたら別の人間に取られちゃってたりしてね」
ニフサーラの言葉に、カイルの笑顔が一瞬固まった。
カイルとエルフィードの関係に気付いているかのような話し振りだったからだ。
そんなカイルの顔を目の当たりにして満足したのか、ニフサーラは楽しそうに笑うと、「ま、油断しないことだね」と言い残して去って行った。
侮れない女性だと、カイルは大きな溜息を一つ落す。
しかしエルフィードが誰かに恋文をしたためていたということは、やはり信じてはいなかった。
あのエルフィードが人の心を弄ぶような人間でないことを、誰よりも知っているから―――。
そんな出来事があってから、数日後。
所用で出掛けていたカイルは、偶然にエルフィードと出くわした。
城からは目と鼻の先のセラス湖の遺跡の入り口がある丘の上で。
エルフィードは供の者も付けず、一人丘の上で佇んでいた。
エルフィードの方は未だカイルには気付いていない様子で、じっと眼下に広がる風景を見つめていた。
いくら城から近いといっても、こんな人気のない場所に一人とは危険だ。
カイルは慌てて駆け寄ろうとするが、エルフィードの横顔を目の当たりにして、思わず足を止めた。
優しい穏やかな瞳。
それはいつもと変わらないのに、その中に深い哀しみが色濃く落ちている。
胸をぎゅっと締め付けれるような、そんな切なさ。
大人びた表情のようにも見え、一方で迷子になった子供のようにも見える。
ふとエルフィードは視線を手元へと移した。
彼が手にしていたのは、数枚の便箋と思しき紙であった。
それに気付いたカイルの頭には、数日前のニフサーラの言葉が甦ってきた。
彼女が言っていたエルフィードの表情とは、正に今のようなものだったのではないだろうか?
ニフサーラはそれを想い人に向けた手紙を書いていたのだと理解したようだが、やはりカイルは釈然としなかった。
エルフィードの手にしているそれは、何か特別な想いを込めたものに違いないだろう。
けれど、ニフサーラの言うような恋する相手に向けられたものではないと―――カイルの直感がそう告げるのだ。
エルフィードはその紙を手にしたまま、ゆっくりと屈みこむ。
気分でも悪くなったのかとカイルはどきりとしたが、それが杞憂だとすぐに気付いた。
エルフィードの手が忙しなく動いていたからだ。
何をしているのかまでは、彼の身体で影になって、カイルからははっきりとは見えない。
やがてエルフィードは作業を終えたのだろうか、再び立ち上がる。
片腕で胸に抱えられていたのは、先程とは形を変えた数枚の紙。
空いたもう一方の手で、エルフィードは胸に抱えたそのうちの一つを手に取ると、空に向かってゆっくりと投げた。
風に乗り、すっーっとそれは大気に溶けるように飛び立っていく。
―――紙飛行機だった。
エルフィードがしゃがんでしていたのは、手にしていた手紙を紙飛行機に折っていったのだろう。
その紙飛行機の行方を見つめるエルフィードの表情は、先程と同じで―――。
次々と、腕の中の紙飛行機を放っていく。
「王子……」
とうとうカイルはエルフィードへと声を掛けた。
その紙飛行機に形を変えた手紙が、何であるのか、カイルにも分かってしまったから―――。
驚いたのか、身体を震わせ、エルフィードは視線を廻らす。
その先に、近付いてくるカイルの姿を捉えると、途端に恥ずかしそうな笑みを浮かべる。
「見つかっちゃったか……」
カイルは固い表情のまま、エルフィードの傍らに立つ。
まだエルフィードの腕の中には、数機の紙飛行機が残っていた。
カイルの視線に気付いたエルフィードは、彼には全て見通されていることを悟った。
何も言わずとも、カイルの瞳がそれを物語っていた。
「時々ここから、こうして手紙を出しているんだ―――届くこともなく、そして決して返事も来ることない手紙だと分かっているけれど……」
小さく息を吐き出すと、エルフィードは再び紙飛行機を前方へ投げる。
「今のは父上に宛てた分」
そう―――エルフィードは恋文などではなく、家族に向けての手紙を、紙飛行機にして、送り出していたのだ。
特別な想いを込めるのも当たり前のことだ。
今はもう会うことも叶わない、遠く離れてしまった所へ旅立った父、母、叔母へ。
そして、敵中にただ一人取り残されている妹へ。
「これでおしまい」
最後の紙飛行機を空へと放ち、その軌跡をエルフィードとカイルは静かに目で追う。
「特別なことを書いている訳じゃないんだ。
ただ最近の出来事や仲間のこと、ここでの生活のことなんかを取り止めもなく書いているだけ……。
みんなから色々な手紙を貰って、僕は凄く嬉しく感じたから―――父上達にも伝わればいいなと思って。
こんなことをしても、無駄だって分かっているのに……一方でもしかしたら返事があるんじゃないかなんて、馬鹿げたことを夢想する自分がいる。
現実を受け入れられない、小さな子供みたいだよね……」
ぽつりとぽつりと寂しげに語るエルフィードを、カイルはそっと抱き寄せた。
「きっと王子の想いは届いていると思いますよー。
返事はなくても……ね」
何の根拠もない、ただの気休めに過ぎないだろう言葉。
それでもカイルはそう言わずにはいられなかった。
想いは届く―――例え確証などはなくともそう信じることは自由な筈だ。
「あ……りがと、カイル」
エルフィードはカイルの言葉が嬉しかったのだろう、ぎゅっとカイルにしがみ付くようにして彼の背に腕を廻す。
そんなエルフィードが何とも愛しい。
面と向かって言葉で伝えることをカイルは信条としてきた為に、今までまともな手紙など書いてこなかった。
軽い冗談のつもりで、目安箱に入れた手紙は全て女性絡みのものだった。
それに対するエルフィードの反応が見たいが為に。
自分の方こそ余程子供じみているではないかと、反省する。
城に戻ったら、カイルはエルフィードに手紙を書こうと決めた。
自分の素直な想いを込めた、とびきりの恋文を。
2006.07.17 up