06 // Rest of a knight

エルフィードには最近気付いたことがる。
それはカイルのこと。

このセラス湖の遺跡を本拠地として、仲間達と過ごすようになってそれなりの時間が流れた。
その間にも息つく間もなく数々の戦いをこなしてきた。
多忙極める日々の中で、エルフィードはカイルが休んでいる姿を見たことがないと気付いたのだ。
朝はエルフィードが目を覚ます頃には、既にカイルはエルフィードの部屋を守るようにその外に立っている。
エルフィードが外に出るときには、嫌な顔一つ見せずカイルが常に付き従っていたし、夜は夜で、遅くまで巡回しているようだ。

カイルとは幼い頃からずっと共に過ごしてきた。
リオンが護衛になる前は、カイルがその役目を担っていた。
だからエルフィードにとってはカイルが傍にいることは当たり前のことになっていたし、何より彼が傍にいてくれることが心強いし安らぐのだ。

「あっ、王子、おはようございますー」
今日も朝、エルフィードが自室の扉を開けると、カイルの明るい声がいの一番に出迎えてくれる。
いつもと変わらないカイルの笑顔。
「おはよう……カイル」
どこか沈みがちなエルフィードの声音に、カイルは小首を傾げた。
エルフィードの側まで歩み寄り、その顔を見つめる。
「どこか具合でも悪いんですかー?」
心配そうなカイルの問い掛けに、エルフィードは首を振った。
「ううん、違うんだ、カイル」
エルフィードは安心させるように、微笑んで見せる。

「カイルの方こそ無理をしているんじゃない?
毎日毎日、朝早くから夜遅くまで働きづめだから」
するとカイルも再び笑顔へと戻る。
「俺のこと心配してくださってるんですねー、ありがとうございます。
全然疲れてなんていませんよー。
こうして王子のお手伝いを出来る事が俺は何より嬉しいんですから」
「でも……」
と言い募るエルフィードに、
「王子の知らないところで、俺はちゃんと休んでますよー。
何せ不良騎士ですから。
そういう要領は昔から抜群なんですよ」
カイルはそう言って、自慢するようなことじゃないですけどと笑いながら肩を竦めた。

いつもこんな風に自分を思い遣ってくれるカイルがいてくれるからこそ、自分は今の重圧に耐えられているのだと改めてそう感じる。
太陽宮に居た頃から変わらない彼の笑顔が、自分を励まし、支えてくれているのだ。
「ありがとう、カイル」
何度言っても足りない気がする感謝の気持ち。
「何も特別なことなんて、してませんよー」
それを受けて、カイルは珍しく照れた様子で頭に手をあてるのだった。





そんな戦いの日々の中、ぽっかりと空白の時期が突如現れた。
ルクレティアから「しばらくのんびりとしていて下さい」と言われた為だ。
彼女の中では次なる作戦が緻密に組み立てられているらしかったが、今はまだ話す時ではないからと。
皆、それぞれに思い思いの方法でその突然の休息を過ごしていた。
誰もが極度の緊張感から解放され、生き生きとしているように見える。
まだまだ戦いは終わっていない、だが固くなった肩の力を抜き、鋭気を養う良い機会になった。
それもまたルクレティアの思惑だったのかもしれないが。

そのような状態にあったある日、エルフィードは本拠地の一室で、カイルの姿を見つけた。
燦燦と陽が差し込む窓際に置かれた椅子に、彼は腰掛けていた。
正確には―――肘掛に置いた腕を頬杖にし、目を閉じていた。

「カ……」
声を掛けようとしたエルフィードはしかし、そのカイルの姿を認めて、口を閉ざした。
規則正しい寝息を繰り返して、カイルは気持ち良さそうに眠っている。
金の髪に陽の光が反射して、とても綺麗だ。

カイルを起こさぬように慎重に、エルフィードはそっと彼の元へと歩み寄る。
ぐっすりと深い眠りに落ちているのか、目を覚ます気配は無い。
そんなカイルの寝顔を、エルフィードはじっと見つめる。
こんな風に眠る彼を見るのは、初めてのことだった。

―――少し痩せた……?

まず感じたのはそれだった。
いくら女王騎士と言えど、カイルとて人であることに変わりはない。
疲れてなどいないとカイルは笑ったが、やはり疲労は確実に蓄積されていたのだろう。
眠るカイルを見つめるエルフィードの瞳に、辛そうな光が宿る。
やはり自分は相当彼に無理をさせているのだと感じて。
それを口にしてもきっとカイルはまた笑顔で否定するのだろうけれど。

エルフィードは踵返し、ゆっくりと部屋を出た。
そうして部屋を出た瞬間、エルフィードは走り出す。
一目散に自室へと戻り、自分のベッドの掛布を腕に抱えると、再び取って返す。
カイルが眠る部屋の扉の前で、息を整え、エルフィードはまたもやそっと忍び込むように部屋の中へと身を滑らせた。

カイルは先程と変わらぬ姿勢のまま、眠っていた。
ほっと息を吐き出し、エルフィードは自室から持って来た掛布をカイルの身体にふわりとかけてやる。
風邪などを引かぬようにと。
「いつも本当にありがとう。
偶にはゆっくり休んでね」
エルフィードはほんの小さな声で呟くと、部屋を後にしようとした。

だがそれは阻まれてしまう。
後ろから伸びてきた手に、腕を掴まれて―――。
「うわっ!」
思わず短い声を上げて、エルフィードは背後へとバランスを崩す。
しかし、身体が床に叩きつけられるようなことはなく、慣れ親しんだ温もりに包まれるのだった。

エルフィードを後ろ抱きにしているのは、先程まで確かに眠っていたはずのカイルだ。
くすくすと楽しそうな笑い声を漏らしながら、エルフィードを抱く腕に力を込める。
逃さないというかのように。
「カ……カイル!?
寝たふりをしていたんだな!」
騙されていた恥ずかしさに、どうにかしてカイルの腕から逃げ出そうと、エルフィードはじたじたともがく。
が、相手の方が圧倒的に体格に勝っており、抜け出せるはずもない。
暫くエルフィードは抵抗をみせていたが、やがて諦めたのか大人しくなる。

「……一体いつから起きていたんだい?
もしかして最初から僕の気配に勘付いて、起こしてしまった?」
だとしたら、折角休んでいたいたカイルの邪魔をしたのは自分ということだ。
ゆっくりとしてもらいたいと思っていたのに、これでは真逆だ。
エルフィードはぽつりと呟くようにして尋ねる。
「いえ、目が覚めたのはついさっきですよー。
王子が俺に掛布を被せてくださった辺りですね。
貴方の匂いに包まれて、眠ってなどいれませんよー」
対するカイルは今にも鼻歌でも歌いだしそうなほど、上機嫌の様子だ。
余程エルフィードの心遣いが嬉しかったのだろう。

かっとエルフィードの頬に朱色に染まる。
「そ……そういう恥ずかしいことを言わないでよ、カイル!」
エルフィードの匂いに包まれるとは、掛布の匂いのことを差しているのだろう。
それはエルフィードがいつも使っているものだから。
「だって本当のことですからねー。
でもやっぱり……」
カイルはそこで言葉を切り、エルフィードの肩口に顔を埋める。
「本物の王子が一番良い匂いですね。
太陽の匂いがする」
更にエルフィードが恥ずかしくなるような台詞を、さらりとカイルは言ってのける。

「カイル!」
羞恥を隠すためか、エルフィードは怒ったように口を尖らせた。
だがカイルは相変らずエルフィードを離そうとはしない。
「俺は本当に無理なんてしてませんからねー。
王子の方こそあんまり無茶はしないで下さい。
貴方が俺の傍にいてくれることが、俺の疲労回復の為の栄養なんですよー」
口調は軽いが、声音は真剣なものだった。

エルフィードの肩口からふとカイルの気配が消える。
自然とエルフィードは頭を反らし、上を向く。
するとエルフィードを覗き込む、優しい瞳と笑みを湛えたカイルの顔があった。
そのままゆっくりとカイルの顔が降りてきて、それに呼応するようにエルフィードは目を閉じる。
重なり合い、唇から伝わってくるその温もりが、エルフィードの疲弊した心身を癒してくれるのだった―――。



2006.07.03 up