罪に濡れて・・・ #3
※戦争終了後の話です。
色々捏造してます。
甘い系がお好きな方はご注意を!
あの時言えなかった言葉が、抜けない棘となり、ずっと突き刺さっている―――。
空に高く昇る太陽から、柔らかな日差しが降り注ぐ。
額の位置で手を翳し、カイルは空を仰いだ。
今日も快晴だ。
カイルの心とは裏腹に。
そっと小さな溜息を一つ落とすと、カイルは視線を正面へと転じた。
眼前に広がるのは、レルカーの町並み。
あの戦争で町の一部が火で焼かれた。
しかし、黒く焼け焦げた家屋の大部分が、今はもう新しいものへと建て替えられている。
レルカーの再建は、恙無く進行しているようだ。
時の流れを、カイルは感じずにはいられない。
懸命に消火活動を行い、町の人々を非難させたあの日―――。
住民達は一様に肩を落とし、絶望に打ちひしがれていた。
しかし今は、あの時の戦いが嘘だったように、人々の顔には笑顔が戻り、町は活気に満ちていた。
そう―――時は留まることは決してなく、進んでいるのだ。
取り残されているのは自分の方だ。
未だ過去に縛られたまま、歩き出せずにいる……。
縛られることは何よりも嫌いだった筈の自分が。
規律にしろ、常識といわれるものにしろ、女にしても―――何かに縛り付けられるようなことは我慢ならなかった。
なのに今は……。
「ここに居たのか」
ふいに背後から掛けられた声に、カイルは僅かに目を見開き、振り返った。
そこに立っていたのは、良く見知った男だった。
そして出来ることならばもう会いたくはない男だった。
一瞬カイルが覚えた違和感は、いつも男の左眼を覆っていた眼帯がないからだと気付く。
「左眼……見えない訳ではなかったんですね。
お久しぶりです、ゲオルグ殿」
内心など露ほども見せず、カイルはいつも通りの笑顔を浮かべる。
ゲオルグもふと笑うと、
「あぁ、久しぶりだな」
と答えを返す。
だがその瞳が決して笑っていないことに、カイルは気付いていた。
「女王騎士を辞して、旅に出たと聞いてな。
色々探して回ったんだが、ここにいるとは意外だった。
やはり故郷は懐かしいものか……」
するとカイルはあははと声を上げて笑う。
「そんな、旅というほど大げさなものじゃありませんよー。
ただ浮雲のように、毎日気持ちの赴くままに、ふらふらしているだけです。
別に故郷が懐かしい訳ではなく、今日は偶々レルカーに寄ったというだけのことですよ」
カイルは答えながらも、無意識にゲオルグの周囲へと視線を巡らす。
何かを探すかのように。
だがそれに気付いて、はっと眼差しを元の位置へと戻す。
カイルの様子に気付いているのかいないのか、ゲオルグの表情からは読み取れない。
「ゲオルグ殿こそ、旅に出たんじゃなかったですっけ?
それに俺を探してって……女の子になら追いかけられる理由は沢山思い当たるんですが、ゲオルグ殿に何かしましたっけ?
借金……はしてないと思うんだけどなぁ…」
冗談めかした口調で言うカイルを、ゲオルグはじっと見つめている。
そこにはもう先程の笑みもなかった。
ゲオルグが何故自分を探していたのか、カイルには本当に分からなかった。
ただ訳もなくゲオルグが、自分を探していたとは思えない。
恐らく「あの人」に関することだろうと、漠然と予測は出来たけれど。
往来で出来る話ではないと察し、カイルはゲオルグを伴い宿屋に向かった。
まだ時間が早いせいか、客はカイル達以外にはいないようだ。
一室を借り、カイルとゲオルグは部屋に設えられた椅子に、机を挟んで腰を下ろした。
ゲオルグは一向に口を開こうとはしない。
思い沈黙が周囲を支配する。
そんな状況に痺れを切らしたのか、先に口火を切ったのは、カイルの方だった。
「―――あの人は、お元気ですか?」
「……あの人?」
カイルの問い掛けに答える形で、ようやくゲオルグが口を開く。
「いやだな、別に惚けなくてもいいでしょうに。
あの人はあなたと一緒に旅に出た筈でしょう?」
ゲオルグは何故か険しい表情を見せ、眉根を寄せる。
カイルにはますます分からない。
ゲオルグと「あの人」が旅に出たのは事実だろうにと。
あの戦いの後のことをカイルは思い返す。
本当はもう二度と思い出したくなどなかったけれど―――。
「ようやく……終わりましたね……」
カイルは丘の上に立ち、ぽつりと呟く。
そのカイルの傍らには、銀の髪の少年がいた。
少年は蒼い瞳を眼下に広がる大地へと向けていた。
いたる所に戦いの深い疵跡を見て取れる。
長く続いた戦いは勝利で終わったというのに、少年の表情に喜びはない。
哀しそうに瞳を細め、じっとファレナの地を見つめている。
「……カイルはこれからどうする?」
少年は静かにカイルへ訊ねる。
聞かれるだろうとは思っていた。
そしてその答えはもう決めていた。
「俺は女王騎士を退任しようと思ってます」
「そうか……」
カイルの答えに、少年はさして驚いた様子も無い。
それを予想していたかのように。
「理由を聞いても、決してカイルは教えてはくれないんだろうな」
少年はどこか寂しそうに笑う。
二人の間にまた沈黙が訪れる。
「貴方は……どうされるんですか?」
あの時も沈黙を破ったのは、自分の方だった。
「……ゲオルグが一緒に旅に出ないかと誘ってくれた」
「そ……それは良いですよー。
色々な事を体験して、見聞を広げるのには、旅は最適です。
ゲオルグ殿が一緒なら安心ですし!」
努めてカイルは明るく言う。
この場の寂寥感を振り払うように。
いつの間にか、少年の視線はカイルのほうへと向けられていた。
「そう……だな……」
何かカイルに訴えかけるように細められた少年の瞳を、カイルは受け止めることはできなかった。
ふっと視線を逸らし、ぐっと拳を握り締める。
少年はそれを認めて、俯く。
その表情は読み取れない。
そうしてそのままくるりと踵を返すと、丘を降り始めた。
「さよなら、カイル。
元気で」
そう言い残して。
その背に向かい、カイルは思わず叫びそうになった。
だが寸でのところで、思い留まる。
―――駄目だ、俺は……。
それが「あの人」との別れだった。
黙り込んでしまったカイルの姿に、何を見たのか、今度はゲオルグが口を開いた。
「俺はあの戦いの後、あいつを旅へ誘った。
だが……あいつは結局付いては来なかった」
「えっ!?」
カイルは驚き瞠目する。
まじまじとゲオルグの顔を見つめるが、とても嘘を言っているようには見えない。
第一そんな嘘を吐く理由もないだろう。
「お前が知らなかったとはな……。
あいつは結局ファレナに残った」
「あの人」はゲオルグと共に旅立ったのだと思っていた。
ゲオルグを選んだのだと。
それが「あの人」の幸せに繋がるのだろうと信じていた。
―――否。
違う!
そんなものは自分に都合の良い、言い訳に過ぎない。
そう思い込むことによって、自分の選択は間違ってなかったのだと正当化したかっただけだ。
あの時、「あの人」に告げようとした言葉を思い留まったことに対して。
意気地がなく、卑怯な自分のことを棚に上げた。
ゲオルグはそんなカイルを見つめたまま、淡々と続ける。
「リムが強くそれを望んだからでもあったのだが、あいつ自身疲弊しきっていただのだろう。
あいつの小さな肩には想像を絶する重圧と責任が圧し掛かっていた。
結果的に戦いには勝ったが、反面失ったものも多過ぎたからな……。
あいつの心は崩壊寸前だった」
ばんっ!とカイルは握り締めた拳を、机上に叩き付けた。
常からの柔和な笑顔の仮面はそこにはなく、カイルは挑みかかるような鋭い眼差しをゲオルグに向ける。
「あなたに言われるまでも無い、俺にだって分かっていましたよ!
あの人が深く傷付いていることくらい!
抱えきれない程の重荷を一人で背負い込んで、それでも周囲には笑顔を見せていた。
その裏側に隠されていた哀しみも苦しさも!」
「ならば、何故手を離した?
お前はあいつを守りたいと思っていたのではなかったのか?」
激昂するカイルを、ゲオルグは逆に冷めた口調で指弾する。
もちろん「あの人」を守りたいと思った気持ちは事実だ。
偽りなど無い。
ただ―――……。
カイルは唇を噛み締め、ゆるゆると首を振る。
ゲオルグに返すべき言葉など見付からなかった。
何を告げたところで、所詮は言い訳だ。
現実には、「あの人」の手を離し、去ったのだから―――。
「リムからあいつの今の状態について報せがあってな。
もうずっと部屋に閉じこもったきり、誰とも会おうとはしないそうだ。
一度俺もリムの招きに応じて、宮殿へ行った。
あいつは恐らく死を望んでいるんじゃないかと……俺はそう思った。
それを逃げと取るか取らないかはさておき―――あいつはもう限界なんだろう」
あくまでもゲオルグの口調も表情も冷静だった。
カイルは「死」という言葉に僅かながら肩を揺らしたが、口を閉ざしたままだ。
ゲオルグはゆっくりと席から立ち上がる。
告げるべきことは告げたということか。
そのまま扉へと向かうが、そこで一度立ち止まった。
「俺はもうすぐ北の大陸へ発つ。
リムからあいつのことを助けて欲しいと言われたが―――俺には何もしてやれることがないと感じたからだ。
そんな自分が口惜しい……っ!
俺だって出来ることならば、あいつを救ってやりたい!
だが俺では駄目なんだ」
そう言い残し、ゲオルグは扉の向こうに消えた。
ずっと冷静だったゲオルグが、最後に残したその言葉だけは酷く感情的だった。
悔しさが滲んでいた。
カイルは残された部屋で独り、広げた両の掌に顔を埋めるのだった―――。
<続>
空に高く昇る太陽から、柔らかな日差しが降り注ぐ。
額の位置で手を翳し、カイルは空を仰いだ。
今日も快晴だ。
カイルの心とは裏腹に。
そっと小さな溜息を一つ落とすと、カイルは視線を正面へと転じた。
眼前に広がるのは、レルカーの町並み。
あの戦争で町の一部が火で焼かれた。
しかし、黒く焼け焦げた家屋の大部分が、今はもう新しいものへと建て替えられている。
レルカーの再建は、恙無く進行しているようだ。
時の流れを、カイルは感じずにはいられない。
懸命に消火活動を行い、町の人々を非難させたあの日―――。
住民達は一様に肩を落とし、絶望に打ちひしがれていた。
しかし今は、あの時の戦いが嘘だったように、人々の顔には笑顔が戻り、町は活気に満ちていた。
そう―――時は留まることは決してなく、進んでいるのだ。
取り残されているのは自分の方だ。
未だ過去に縛られたまま、歩き出せずにいる……。
縛られることは何よりも嫌いだった筈の自分が。
規律にしろ、常識といわれるものにしろ、女にしても―――何かに縛り付けられるようなことは我慢ならなかった。
なのに今は……。
「ここに居たのか」
ふいに背後から掛けられた声に、カイルは僅かに目を見開き、振り返った。
そこに立っていたのは、良く見知った男だった。
そして出来ることならばもう会いたくはない男だった。
一瞬カイルが覚えた違和感は、いつも男の左眼を覆っていた眼帯がないからだと気付く。
「左眼……見えない訳ではなかったんですね。
お久しぶりです、ゲオルグ殿」
内心など露ほども見せず、カイルはいつも通りの笑顔を浮かべる。
ゲオルグもふと笑うと、
「あぁ、久しぶりだな」
と答えを返す。
だがその瞳が決して笑っていないことに、カイルは気付いていた。
「女王騎士を辞して、旅に出たと聞いてな。
色々探して回ったんだが、ここにいるとは意外だった。
やはり故郷は懐かしいものか……」
するとカイルはあははと声を上げて笑う。
「そんな、旅というほど大げさなものじゃありませんよー。
ただ浮雲のように、毎日気持ちの赴くままに、ふらふらしているだけです。
別に故郷が懐かしい訳ではなく、今日は偶々レルカーに寄ったというだけのことですよ」
カイルは答えながらも、無意識にゲオルグの周囲へと視線を巡らす。
何かを探すかのように。
だがそれに気付いて、はっと眼差しを元の位置へと戻す。
カイルの様子に気付いているのかいないのか、ゲオルグの表情からは読み取れない。
「ゲオルグ殿こそ、旅に出たんじゃなかったですっけ?
それに俺を探してって……女の子になら追いかけられる理由は沢山思い当たるんですが、ゲオルグ殿に何かしましたっけ?
借金……はしてないと思うんだけどなぁ…」
冗談めかした口調で言うカイルを、ゲオルグはじっと見つめている。
そこにはもう先程の笑みもなかった。
ゲオルグが何故自分を探していたのか、カイルには本当に分からなかった。
ただ訳もなくゲオルグが、自分を探していたとは思えない。
恐らく「あの人」に関することだろうと、漠然と予測は出来たけれど。
往来で出来る話ではないと察し、カイルはゲオルグを伴い宿屋に向かった。
まだ時間が早いせいか、客はカイル達以外にはいないようだ。
一室を借り、カイルとゲオルグは部屋に設えられた椅子に、机を挟んで腰を下ろした。
ゲオルグは一向に口を開こうとはしない。
思い沈黙が周囲を支配する。
そんな状況に痺れを切らしたのか、先に口火を切ったのは、カイルの方だった。
「―――あの人は、お元気ですか?」
「……あの人?」
カイルの問い掛けに答える形で、ようやくゲオルグが口を開く。
「いやだな、別に惚けなくてもいいでしょうに。
あの人はあなたと一緒に旅に出た筈でしょう?」
ゲオルグは何故か険しい表情を見せ、眉根を寄せる。
カイルにはますます分からない。
ゲオルグと「あの人」が旅に出たのは事実だろうにと。
あの戦いの後のことをカイルは思い返す。
本当はもう二度と思い出したくなどなかったけれど―――。
「ようやく……終わりましたね……」
カイルは丘の上に立ち、ぽつりと呟く。
そのカイルの傍らには、銀の髪の少年がいた。
少年は蒼い瞳を眼下に広がる大地へと向けていた。
いたる所に戦いの深い疵跡を見て取れる。
長く続いた戦いは勝利で終わったというのに、少年の表情に喜びはない。
哀しそうに瞳を細め、じっとファレナの地を見つめている。
「……カイルはこれからどうする?」
少年は静かにカイルへ訊ねる。
聞かれるだろうとは思っていた。
そしてその答えはもう決めていた。
「俺は女王騎士を退任しようと思ってます」
「そうか……」
カイルの答えに、少年はさして驚いた様子も無い。
それを予想していたかのように。
「理由を聞いても、決してカイルは教えてはくれないんだろうな」
少年はどこか寂しそうに笑う。
二人の間にまた沈黙が訪れる。
「貴方は……どうされるんですか?」
あの時も沈黙を破ったのは、自分の方だった。
「……ゲオルグが一緒に旅に出ないかと誘ってくれた」
「そ……それは良いですよー。
色々な事を体験して、見聞を広げるのには、旅は最適です。
ゲオルグ殿が一緒なら安心ですし!」
努めてカイルは明るく言う。
この場の寂寥感を振り払うように。
いつの間にか、少年の視線はカイルのほうへと向けられていた。
「そう……だな……」
何かカイルに訴えかけるように細められた少年の瞳を、カイルは受け止めることはできなかった。
ふっと視線を逸らし、ぐっと拳を握り締める。
少年はそれを認めて、俯く。
その表情は読み取れない。
そうしてそのままくるりと踵を返すと、丘を降り始めた。
「さよなら、カイル。
元気で」
そう言い残して。
その背に向かい、カイルは思わず叫びそうになった。
だが寸でのところで、思い留まる。
―――駄目だ、俺は……。
それが「あの人」との別れだった。
黙り込んでしまったカイルの姿に、何を見たのか、今度はゲオルグが口を開いた。
「俺はあの戦いの後、あいつを旅へ誘った。
だが……あいつは結局付いては来なかった」
「えっ!?」
カイルは驚き瞠目する。
まじまじとゲオルグの顔を見つめるが、とても嘘を言っているようには見えない。
第一そんな嘘を吐く理由もないだろう。
「お前が知らなかったとはな……。
あいつは結局ファレナに残った」
「あの人」はゲオルグと共に旅立ったのだと思っていた。
ゲオルグを選んだのだと。
それが「あの人」の幸せに繋がるのだろうと信じていた。
―――否。
違う!
そんなものは自分に都合の良い、言い訳に過ぎない。
そう思い込むことによって、自分の選択は間違ってなかったのだと正当化したかっただけだ。
あの時、「あの人」に告げようとした言葉を思い留まったことに対して。
意気地がなく、卑怯な自分のことを棚に上げた。
ゲオルグはそんなカイルを見つめたまま、淡々と続ける。
「リムが強くそれを望んだからでもあったのだが、あいつ自身疲弊しきっていただのだろう。
あいつの小さな肩には想像を絶する重圧と責任が圧し掛かっていた。
結果的に戦いには勝ったが、反面失ったものも多過ぎたからな……。
あいつの心は崩壊寸前だった」
ばんっ!とカイルは握り締めた拳を、机上に叩き付けた。
常からの柔和な笑顔の仮面はそこにはなく、カイルは挑みかかるような鋭い眼差しをゲオルグに向ける。
「あなたに言われるまでも無い、俺にだって分かっていましたよ!
あの人が深く傷付いていることくらい!
抱えきれない程の重荷を一人で背負い込んで、それでも周囲には笑顔を見せていた。
その裏側に隠されていた哀しみも苦しさも!」
「ならば、何故手を離した?
お前はあいつを守りたいと思っていたのではなかったのか?」
激昂するカイルを、ゲオルグは逆に冷めた口調で指弾する。
もちろん「あの人」を守りたいと思った気持ちは事実だ。
偽りなど無い。
ただ―――……。
カイルは唇を噛み締め、ゆるゆると首を振る。
ゲオルグに返すべき言葉など見付からなかった。
何を告げたところで、所詮は言い訳だ。
現実には、「あの人」の手を離し、去ったのだから―――。
「リムからあいつの今の状態について報せがあってな。
もうずっと部屋に閉じこもったきり、誰とも会おうとはしないそうだ。
一度俺もリムの招きに応じて、宮殿へ行った。
あいつは恐らく死を望んでいるんじゃないかと……俺はそう思った。
それを逃げと取るか取らないかはさておき―――あいつはもう限界なんだろう」
あくまでもゲオルグの口調も表情も冷静だった。
カイルは「死」という言葉に僅かながら肩を揺らしたが、口を閉ざしたままだ。
ゲオルグはゆっくりと席から立ち上がる。
告げるべきことは告げたということか。
そのまま扉へと向かうが、そこで一度立ち止まった。
「俺はもうすぐ北の大陸へ発つ。
リムからあいつのことを助けて欲しいと言われたが―――俺には何もしてやれることがないと感じたからだ。
そんな自分が口惜しい……っ!
俺だって出来ることならば、あいつを救ってやりたい!
だが俺では駄目なんだ」
そう言い残し、ゲオルグは扉の向こうに消えた。
ずっと冷静だったゲオルグが、最後に残したその言葉だけは酷く感情的だった。
悔しさが滲んでいた。
カイルは残された部屋で独り、広げた両の掌に顔を埋めるのだった―――。
<続>
2006.12.15 up