『名探偵コナン』のパロディその2でございます。
やっぱり甘々でございます(笑)

しかし……これってやっぱりショタなのかなぁ?
なけなしの理性が、ぎりぎりの所で踏ん張っている
といった感じですな、アハハハ(^_^;)

 闇にまぎれて

辻 桐葉


 三連休第一日目の繁華街は、たくさんの人たちでにぎわっていた。
 大半が若者たちで溢れている通りの一角で、平次はとあるビルの二階を指さして、
明るい声をあげた。
「お、あれや。あの店や。ようやく見つけたがな。おい、工藤、見つかったで、喫茶
『アリス』や」
 そう言って、にこやかな笑顔を足元にいる新一に向けた。新一はふくれっつらをし
ながら、子供の声でぶっきらぼうに答えた。
「ああ、そう。よかったな」
 いかにもおざなりな返答である。平次は不思議そうに首をかしげた。
「なんや、なにふくれとるんや、おまえ?」
 だが新一は無言のまま、プイと顔を背けた。
 平次はいっそう不思議そうな顔をしてみせた。
 今朝突然東京に出てきて、毛利の探偵事務所に押し掛けた時は、新一は表面上では
平静を装ってはいたが、内心では結構再会を喜んでくれていたのは、なんとなく察し
られた。
 昼食を共にとった時だって、いつになくニコニコと愛想も良かった。もっとも、蘭
や毛利氏が一緒だったから、可愛いコナンを演じていたということもあるだろうが。
 それでも、確かにこうして出かける時までは、すこぶる機嫌は良かったのだ。
 なのに、平次が東京に来た目的を話して、それに彼を誘った時から、急につむじを
曲げてしまった。
 花びらのように血色の良い唇をつんと尖らせて、そっぽを向いてばかりいる。平次
はわけがわからず、すねる新一に手を焼いていた。
 それでも天性のお気楽さを発揮して、かまわず彼の手を引っ張って言った。
「ほら、はよ行こや。もうえらい遅刻やで。こりゃあかん。どやされるわ」
 だが新一はその手を荒っぽく振り払って、冷たく言い放った。
「いいよ、俺はいかない。おまえ一人で行ってこいよ」
 平次はびっくりしたように大きな目をむいて、訝しげに新一を見つめた。
「なに言ってんのや。ここまで来といて。いいから行くで、ほら」
 まるで真剣にとりあおうともせず、強引に連れていこうとする平次に、新一は声を
荒げて、きっぱりと拒否した。
「行かないって言ってんだろ! 大体、何で俺がおまえの友達なんかと会わなきゃい
けないんだよ? 俺には関係ないだろ?」
「別におまえに会わせとうて連れてきたわけやあらへんがな。嫌なら横で、黙って
チョコパフェでも食っとき」
 平次はしらっとした顔で、平然と答えた。新一はそれを聞き、思いっきりむっとし
た。
(チョコパフェだってぇ?)
 それでなくてもさんざん子供扱いされているのに、言うに事欠いてチョコパフェと
は。馬鹿にするにもほどがある。
 新一はぎっと平次をにらみつけると、堅く口を結んだまま、身を翻して歩きだし
た。平次が慌てて引き留めた。
「お、おい、工藤。なに怒ってんのや。こら、待ちや、おい」
 だが新一は彼の声を無視して、そのままスタスタと歩き続けた。背中に視線を感じ
たが、気にせず置いていく。平次が焦った顔で追ってきて、肩をつかんで引き留め
た。
 新一はじろりと冷たい視線を向けると、乱暴にその手を叩き落とした。さすがに
むっときたのか、平次もきつい目をしてにらむ。二人は往来の真ん中で、しばし険悪
な視線を交わしあった。
 平次はふうと一度大きく吐息をつくと、呆れたように呟いた。
「しゃあないガキやな、まったく」
 そう言ったかと思うと、ふいに手を伸ばし新一の脇をつかんで、そのまま軽々と抱
き上げ、肩にひょいとかつぎあげてしまった。新一は驚いて叫んだ。
「あ、こら、離せ、バカ! てめえ、下ろせってば。服部!」
 精一杯力を込めて、暴れて身をよじる。だが平次はいっこうにかまわず、彼をかつ
いだまま歩きだした。
 周りの者が、くすくすと笑っている。無理もない。その格好は、どう見てもわがま
まな弟をこらしめている兄といった感じで、仲の良い兄弟ぐらいにしか見えなかっ
た。
 新一は思わず頬を赤らめた。
「離せってば。服部!」
「黙って静かについてくるんなら、離したるわ」
 平次は飄飄として応えた。
「なに言ってんだよ、このヤロー!」
「約束せーへんのやら、このまま抱いてくからな」
 まるで聞く耳はない。新一は悔しくて歯噛みした。
「くそぉ……」
 だがどうにもならないのはわかっていた。今の自分はコナンの体だ。どうあがいて
みたって、十七歳の平次の力にかなうわけがない。それに、彼が見かけよりもずっと
筋肉質で、逞しい男であることはよく知っていた。
 新一はきゅっと唇を噛み、しかたなくつぶやいた。
「……わかったよ。静かにする。だから下ろせよ」
 平次はひょいと肩から下ろすと、自分の目の高さに新一の顔を持ってきて、じっと
目を見つめて言った。
「ほんまやな」
 真剣な瞳だ。新一は目を伏せ、しぶしぶうなづいた。
「うん」
 途端に平次はにっこりと破顔して、一度ぎゅっと抱きしめたかと思うと、約束通り
地面に下ろしてくれた。
 新一はふうとため息をつき、黙って平次に従って歩きだした。
 平次はまた逃げ出されたら大変とばかりに、しっかりと手を握って離さなかった。
新一はもう一度嘆息した。
(まるで……ガキ扱いなんだから)
 歩きながら、ちらりと平次の顔をうかがい見る。きりっとした横顔は、とても精悍
だった。ニタニタ笑って関西弁さえ喋りまくっていなければ、気軽に声さえかけられ
ないほど厳しく見える。現に、道行く女性たちが結構その容姿にひかれて、ちらちら
とうかがい見ていたが、気安くナンパしてくるようなことはなかった。
 新一は自分の姿を振り返ってみた。
 それは悲しくなるほど子供だった。精悍なんて程遠い。可愛いともてはやされるこ
とはしょっちゅうだが、とても平次にかなうものではない。
 いや、世界が違うのだ。彼はもう大人の世界にしっかりと足を踏み出していて、自
分はようやく子供の仲間入りをしたばかりのようなもの。精神はどうであれ、その肉
体は。
 新一はきゅっと眉を潜め、つないでいた平次の手を強く握りしめた。
 平次が気づいて、にっこりと微笑んでくれた。とびきりの笑顔で。


「おー、遅かったやないか、服部ぃ」
 店内の一番奥の角にいた十人ほどの一団が、笑顔で平次の訪れを迎えた。皆同い年
の十七歳。男女がほぼ同数で入り混じっている。
 彼らは全員平次の友人たちだ。中学で仲の良かった者の一人が東京に引っ越してき
ていて、今日はその者が外国へ留学すると言うので、送行会をかねて集まったのであ
る。
 もちろん、その友人以外は皆平次同様、大阪からでてきた者たちだ。だから自然と
会話は関西弁で交わされていた。
 平次は明るく笑って返した。
「あー、悪い悪い。探すのにえろう手間取ってしもうてん。そやけどな、なんでこん
なわかりずらい所に呼びだすんや。こっちは東京なんか不慣れなんやで。もっと目だ
つ所にして欲しいわ。せめて東京タワーとかなー」
 そう言って同意を求めるように、周りの者たちに視線を向ける。皆が苦笑して相槌
をうった。
 彼の明るさは、いっきにその場を華やがせた。それまでも結構にぎわいではいたよ
うだが、場の空気が急に暖かくなる。
 東京に住むという友人が、どこか嬉しそうに言った。
「相変わらずやなあ、おまえ。まあ文句言うとらんで座れや」
「おう、そやな。ーーおい、後ろに隠れとらんで、出てこいや」
 平次はそれまで身を潜めるように後ろにくっついていた新一を、ぐいと前に引きだ
した。と、その場にいた女の子たちが、華やいだ声をあげた。 
「あれえ、服部くん、その子誰やん? 超可愛いーやんか」
「超言うのやめや、気色わるう。ーーこいつは俺の知り合いや。工藤言う……いてっ
!」
 思いっきりむこうずねを蹴飛ばされる。見ると、新一が鬼のような形相でにらみつ
けていた。平次は慌てて笑ってごまかした。
「あー、ハハ、えーとな、工藤言う東京のダチの従兄弟やねん。おい、自己紹介した
らんか?」
 促されて、新一はしかたなく手を膝に揃え、ペコンと頭を下げた。
「江戸川コナンです。はじめまして」
 歳にそぐわぬ丁寧な物言いと大人びた仕草、それが天使のような幼く無垢な姿と相
反して、そのギャップがどうにも可愛らしい。案の定女の子たちは大騒ぎをした。
「きゃーっ、可愛い!」
「なんや、メチャめんこいやん。コナンくん言うの?」
「ねえねえ、こっち座りー」
 もう一瞬にしてアイドル状態である。手を引いて近くに引き寄せ、自分たちの横に
ひっぱりこんだ。だがすぐに平次の手が伸びてきて、新一をそばに引き戻した。
「だめや。こいつは俺の隣。こっちや」
 女の子たちはくちぐちに文句を言った。
「なによう、いいやないの」
 だが彼は当然と言った顔で、そっけなく首を振った。
「あかんのや。こいつはな、えらい恥ずかしがりーで、えらい人見知りすんのや。だ
から俺のそばでないとあかんのや。なあ、く……やない、コナン?」
 そう言ってにっこりと新一に笑みを向ける。それがまた、最上級の笑顔だ。新一は
反抗のひとつもしてやろうかと考えていたのだが、その顔の前には返す言葉もなく、
むっつりと無言でうつむいた。
 平次はよしよしとでも言うように、大きな手でぐりぐりと頭を撫でた。
 二人が座ると、すぐにウェイトレスが近寄ってきてオーダーを聞いてきた。平次は
差し出されたメニューをそのまま新一に手渡し、尋ねた。
「おまえ、なにがええ? 好きなもの頼みや」
 新一はじろりと上目使いで見上げると、精一杯の低い声で、ぼそりと答えた。
「チョコレートパフェ」
 もちろん嫌みである。さきほど平次に言われた侮辱を、そのまま突き返してやった
つもりだった。
 だがとうの平次はまるで気にもかけず、あっけらかんとうなづき、ウェイトレスに
応え返した。
「そうか。じゃそれや、おねーちゃん。俺はコーヒーな」
 若いウェイトレスは、気安くおねーちゃんなどと呼ばれ、いささか戸惑った様子
だったが、それでもハンサムな客相手にまんざらでもないのか、にこやかにひきかえ
していった。
 新一はそれを見て、いっそうむかついた。
 なんで彼は、たかがウェイトレスにまで、あんな極上の笑みを向けるのだ。いくら
それが関西人の人なつっこさだとしても、そんなに愛想の安売りをする必要などない
ではないか。
 新一は思いきり不機嫌になって、運ばれてきたパフェを一言もなく黙々と食べてい
た。
 それでも、くっついてきた子供が一人ふくれていたって、誰も気にする者などいな
い。集まった彼らは、それは楽しそうに、笑いあいふざけあって談笑していた。
 その会話の中心にいるのが、平次だった。持ち前の明るさと、豊かな知識からくる
ウイットにとんだ話しぶりは、同年代の者たちも例外なく虜にする。その場にいる全
員が彼に好意を抱いているのを、はっきりと感じとれた。
 それに女の子たちの中には、友人としての好意以上の感情を抱いているらしき者も
いた。特に新一と反対側の隣に陣取った娘は、少しでも気をひきたいのか、話に乗じ
てやたらベタベタと体を寄せていた。
(なんだよ、この女……)
 いらついて思わず平次のシャツの裾をつかむ。彼が気づいて、不思議そうに顔を向
けた。
「なんや、どうした?」
「……なんでもないよ」
 新一は口を尖ら、面白くなさそうに返答した。平次はちょっと困った顔を見せた
が、すぐに優しく瞳を細めて話しかけた。
「別のもん注文したろか? なにがええ?」
 先ほどのように大きな手を頭に置いて、子供をなだめすかすように微笑む。新一は
苛立たしさと悲しみに胸が痛んだが、隠すように目を伏せてつぶやいた。
「いいよ。もういらない……」
 それっきり黙り込むと、平次は少し当惑していたようだったが、それでもまた友人
たちとの会話の輪に参加していった。
 新一はずっとその横顔を見つめていた。
 平次はとても楽しそうに笑っている。交わされる会話は中学時代の思い出話やら、
それぞれの近況やら、彼らがまさに今生きている世界の話であった。
 それはついこの間まで、新一がいた世界と同じものだ。だから彼らの感情も思い
も、なにもかも理解できる。たとえ面識がなくったって、ちょっと会話を交わせば、
すぐに一緒になって騒げるだろう。
 でもそれは許されないのだ。今の新一は小学生。ほんの子供。対等に生きることな
んてできない。同じ高さになんて立てない。一緒にはいられない……。
 そうして一時間ほどがすぎた頃、中の一人が言い出した。
「おい、そろそろ場所変えようぜ。どこ行く?」
「やっぱカラオケやろ? なあ」
 誰かが提案した意見に皆が賛成し、腰をあげてその店を出た。往来にたたずんで行
き先を決める際になって、別の意見が出る。
「あーでも俺、腹減ったわ。先に腹ごしらえでもしてかへんか?」
「そやな。じゃあどっか食べにいこか」
 口々にに同意見があがり、全員が歩きかけた時、女の子の一人が平次に声をかけ
た。
「ちょっと、服部くん。その子も連れてくん?」
 平次は当たり前のようにうなづいた。
「別にええやろ? こいつ騒いだりせえへんで。さっきの店でも、大人しゅうしとっ
たやろが?」
「まあ、そやけど……」
 その会話に、なんとなく周りの者たちの雰囲気が変わる。女の子が少し言い難そう
に尋ねた。
「なあ、まさか今日ずっと子連れなん?」
「あかんのか?」
「え? いや、まあ、あかん言うわけやないけど……なあ」
 なにかを言い含んだように、友人たちに同意を求める。他の者もちょっと困惑げに
うなづいた。
 平次が言い返そうと口を開きかけたその時、突然、それまでひたすら黙り込んでい
た新一が言った。
「服部にーちゃん。ボク帰る」
「え?」
 平次がびっくりして視線を向けた。だが新一は彼にかまわず、彼の元を離れて歩き
だした。
「おい、コナン」
 慌てた平次が声をかける。新一はくるりとふりむくと、幼い顔ににっこりと笑みを
浮かべ、飛びきり子供らしく首をかしげてみせた。
「一人でも帰れるから大丈夫だよ。じゃあね」
 そして背を向けてパタパタと走り出す。平次が大きな声で引き留めた。
「おい、こら、待て。コナン! コナン!」
 聞こえないふりをしてどんどん走った。人波が小さなその体を、すぐに隠してくれ
た。


 探偵事務所に帰って三階の通路を歩いていると、足音を聞きつけたのか、蘭が居間
から顔を出して、不思議そうに尋ねた。
「あらあ、コナンくん。服部くんは?」
 新一は努めて平静に答えた。
「お友達とレストラン行ったよ。その後カラオケだって」
「え、でもコナンくん、服部くんと行ったんじゃなかったの?」
 訝しげに首をかしげる彼女に、少し嫌みっぽく言ってのけた。
「だって、ボクが一緒じゃ服部にーちゃんの邪魔でしょ? だから一人で帰ってきた
んだ。ねえ、ボク疲れたから先に寝るね。おやすみなさい」
 それ以上なにも聞かれたくなかった。新一は蘭を残して、さっさと部屋に入った。
その後ろ姿に、彼女が戸惑い気味に言った。
「おやすみなさい……」
 返事は扉の閉まる小さな音だけだった。
 それから二時間ほどたったであろうか。今度は服部が帰ってきた。出迎えた蘭に、
彼は少し不安そうに尋ねた。
「コナン、帰ってまっか?」
「ええ、帰ってるわよ。眠たいって、もう寝ちゃったけど」
 それを聞いた平次は、すぐに新一の寝室がある三階へと足を向けた。蘭が慌てたよ
うに声をかけた。
「あ、服部君の部屋、二階に用意したけど」
 平次は階段の途中で振り向くと、笑みを浮かべて答えた。
「いや、俺コナンと一緒に寝るって約束したさかい」
「あら、そうなの? でも狭いんじゃない? 一緒のベッドじゃ」
「大丈夫ですわ。あいつチビやし……。ほな、おやすみ」
 物言いは穏やかだったが、そこには誰にも口出しさせないといった強い意志が感じ
られた。蘭はすっかり気後れし、素直に了承して挨拶を返した。
「おやすみなさい」
 平次はにっこりと笑うと、背を向けて階段を上がっていった。
 新一の部屋は真っ暗だった。明かりのひとつもついていない。ただカーテンの引か
れていない窓から、蒼い月の光だけが差し込んで、うっすらとその空間を照らしてい
た。
 平次は後ろ手で扉を閉めると、怒りのこもった口調で闇に向かって話しかけた。
「工藤、寝てんのか?」
 返事はない。だが本当に眠っているのではないことはわかる。張りつめたような雰
囲気が漂っていたから。
 徐々に暗闇に目が慣れてくると、壁ぎわに置かれたベッドの上に、頭まですっぽり
毛布に埋まっている新一の姿を見つけた。平次はつかつかと歩み寄り、上から見おろ
して、厳しく言い放った。
「おい、なんで先に帰ったんや。一緒にいるって約束したやないか」
 しかし新一はぴくりともせず、ただ沈黙だけが返ってくる。平次はさすがに腹をた
てて怒鳴った。
「返事しいや、工藤! 起きてることはわかってんのや。こっち向け」
 答えが返ってくる前に、乱暴に毛布をはぎ取り、小さな肩をつかんで、ぐいとこち
らに向けた。
 新一が大きな目を開いて、平次を見返していた。
 平次はその顔を見て、ドキンと胸が鳴った。
 黒い瞳が、いっぱいに潤んでいた。花びらのような唇は、まるでなにかを耐えてい
るように、しっかりと結ばれている。
 今にも怒りだしそうな、そして泣き出しそうな、そんな悲壮な表情だった。
 平次は当惑し、つぶやいた。
「……なんや、なんちゅう顔してんのや」
 先ほどまでの怒りは一瞬にして消えてなくなった。感じるのは、ただもう愛しいと
いう気持ちだけ。どうにもならない強い想いが胸の奥から沸き上がってくる。
 平次は静かにベッドに腰をおろすと、いたわるように優しく、新一の顔を胸に抱え
こんだ。
 頑なな心をときほぐすように、大きな手でそっと頬を撫でる。
「どうしたんや? わけ話してみ」
 柔らかな口調で話しかけると、やがて新一が震える声で、ぽそりとつぶやいた。
「俺はガキなんだ……」
 平次の胸の中で、彼は苦しそうに語った。
「どうあがいたって、江戸川コナンはただの子供で、チョコレートパフェ食べてるの
が似合ってて、高校生と混じって食事に行ったり、カラオケ行ったりするのはおかし
いんだ。俺はどうしたって、おまえたちの中には入れない。おまえと一緒にはいられ
ないんだ」
「工藤……」
「だからいやだったんだ。一緒に行くの。こんな風に思い知らされることがわかって
た。おまえと違う世界にいるって見せつけられて、どうにもならなくって、悔し
い……。俺だって、おまえと対等に話したい。同じ体でそばにいたい。でも……でき
ない。俺は……子供なんだ」
 その言葉に、平次はなにかで殴られたような衝撃を感じた。
 彼がそんなふうに考えていたなんて、思ってもいなかった。辛さも苦しさも、まる
で理解してやれてなかった。
 新一は元来気の強い男で、プライドも自信も人一倍だ。負けず嫌いであることもわ
かってる。そんな彼が、体だけ子供に戻るという異常な事態に陥り、しかたなくコナ
ンを演じている。それでも決して弱音を吐かず、平然としていて、時としてその姿に
だまされるが、しかし苦しくないわけがないのだ。辛くないわけがない。
 彼の心は、確かに十七歳の新一のままなのだから。
 平次はしばし茫然とし、やがて優しく彼を胸に抱きながら、そっとささやいた。
「……すまん。俺が悪かったわ。無神経やった。おまえの気持ち、なんも考えてやれ
んかった。すまん、工藤」
「服部……」
「なあ、工藤。俺がなんでおまえ連れてったか、おまえわかるか?」
 新一が小さく首を振ると、平次は静かに身を離し、触れるほど間近に顔を寄せて瞳
を見つめた。
 愛しさと、そして少しだけの切なさを込めて、じっと凝視する。口元に悲しげな微
笑を浮かべた。
「俺な、少しでもおまえと一緒にいたかったんや。ガキのおまえでも、そんなことか
まへんのや。おまえと……いたかった。そばに、おいておきたかった。でも、それは
俺の自分勝手で自己満足な思いやったんやな。おまえを苦しめていただけやっ
た……。悪かった。堪忍してや、新一」
 そう言って、ぎゅっと新一の小さな体を抱きしめた。耳もとで彼の低く甘い声が響
く。
「もう二度と、おまえを苦しめたりせえへん。泣かしたりせえへん。絶対に……」
 新一は応える代わりに、手を伸ばし、力一杯彼の体を抱き返した。腕にあまる広い
背。がっちりと堅い、筋肉質な体。男の匂い。
 小さな体でその胸に抱かれると、ひどく彼に大人を感じてしまう。だから安心し
て、頼りきってしまう。
 プライドが高くて、人に頼るのが大嫌いな新一が、平次にだけは、なぜかよりか
かってしまいたくなるのだ。彼になら、なにもかも預けてもかまわないと、そう感じ
てしまう。
 それは子供の体ならではの錯覚なのか、それとも十七歳の体でもそう感じるのか、
きっと答えは一生でない。
 二人は長い間、黙って抱擁を続けていた。
 ふと平次が顔をあげ、少し困ったように微笑んで尋ねてきた。
「……なあ、ガキでも、キスぐらいなら手ぇ出しても許されるやろか。どう思う? 
新一」
 思いもがけぬ言葉に、新一は真っ赤になって答えた。
「ばか、聞くな……んなこと」
 今度は言葉の代わりに、両方の手のひらが、新一の頬にそっと触れてきた。小さな
頬は、彼の大きな手ではすっかり包み込まれてしまう。
 そして平次は顔を寄せると、静かに唇を重ねた。最初は穏やかに、遠慮がちに、だ
がだんだんと熱がこもって、熱い舌が新一の小さな口の中へと潜り込んできた。
 新一も精一杯それに応え、舌を絡めた。
 優しいくちづけだった。激しいけれど、決して乱暴ではない。あくまでも小さな相
手をいたわるように押し入ってくる。
 彼の体が、静かにのしかかってきた。新一は一瞬ドキリとしたが、それでも平次が
ただ覆いかぶさってきただけで、それっきり動かないのを知って、ちょっとだけ妙な
気持ちを味わった。
 ほっとするような、少し残念なような、切なくてもどかしい思い。
 平次は小さな新一に負担をかけないように、ちゃんと自分の腕で自分の体重を支え
ていた。そんなところにも彼の優しさが溢れている。
 新一はそれに気づいて、いっそう愛しいと思った。彼が好きだと、全身で感じた。
 だが体の反応はないのだ。頭では狂うほど焦がれていても、彼が欲しいと切望して
いても,幼い肉体はそれに応えてくれない。ただ安らぎを覚えるだけ。
 心も体も、不思議なものだと彼は思った。小さな肉体に閉じ込められていると、自
分の意志とは関係なく、それに引きずられるところがある。思いもがけないものを受
け入れたり、拒否してしまったり。
 味覚もそうだ。さっき食べたチョコレートパフェだって、前の自分なら絶対に完食
できなかったろう。
 だが子供の舌は、それを美味しいと感じて素直に受け入れるし、逆にコーヒーのよ
うに苦みの強いものはまずくすら感じてしまう。
 新一はそんな自分にどうしようもなく苛立った。はたして大人の自分、子供の自
分、どっちが本当なのか。十七歳の精神は、いずれ子供の肉体に凌駕されて、消えて
なくなってしまうのではないか。
 恐ろしい予感に体が震える。新一は思わず抱きしめた手に力を込めた。
 失いたくない。たとえ体は子供でも、心はこのままでいたい。平次を愛しいと思う
心を、抱かれたいと感じる欲望を、なくしてしまいたくない。いつか元に戻れる日ま
で。
 と、しがみついてよじった身に、ふと不思議な感触を彼は感じた。足にあたる異物
感。さっきまではそんなもの感じなかったのに。
 なんだろうと考え、突然新一は思い当たってドキンとした。
 もしかしたら……。
「なあ、変なこと聞いてもいい?」
 新一は平次の胸に包み込まれたまま、彼の耳もとにおずおずと話しかけた。だが
返ってきたのは、少し怒ったような低い声だった。
「……聞くな」
 それでもかまわず尋ねた。
「もしかして、おまえ、たってる?」
 するとさっきよりもいっそう苛立たしそうな口調で、平次は吐き捨てるように言っ
た。
「聞くな言うとるやないか。アホ。……くそぉ、なんでこないなガキに欲情せなあか
んのや。俺は変態やないで。子供になんか、感じたりせえへんのや。こんなのあか
ん。間違っとるわ」
「服部……」
「いいから知らんふりしとき。いずれおさまる。いくら俺かて、今のおまえ襲ったり
せえへん。そこまで鬼畜やないから、安心して眠ったれや」
 彼はまるで自分自身に言い聞かせるように、そんなことを言った。それっきり、ぴ
くりともしない。本当に、自分の肉体の変化がおさまるのを、じっと耐えて待ってい
るといった感じだった。
 新一はしばし呆然としていた。意外といえば意外な事態だったから。
 それでなくても平次は新一のことを子供扱いする。まるで本当に事実を理解してい
るのかと疑ってしまう程、コナンの彼をそのまま受け入れて、なんの戸惑いもなく相
対している。だから、まさか今の自分にそんな反応を示すとは思ってもみなかった。
 彼も戸惑っているのだろう。先ほどの言葉も、この沈黙も、すべて自分自身への怒
りの現れだった。
(服部……)
 驚きと当惑に、しばらくはなにも考えられなかった。だが落ちついてくると、いろ
いろな感情がわきだしてくる。
 それは当然といえば当然すぎる反応なのかもしれない。だって彼はりっぱに成熟し
た肉体を持っているのだから。きっと新一だって,立場が逆なら,同じ結果になって
いたに違いない。
 それに、彼がコナンの自分でも感じてくれたのだと思うと,嬉しくもあった。子供
扱いしてはいても,ちゃんと新一だと認め,愛し、欲してくれたのだ。彼は必死に否
定するけれど……。
 新一は胸を熱くして彼の体を抱き返し,そして腕から逃れて,ごそごそと下方向へ
と移動した。平次がびっくりして声をあげた。
「……! 新一! おまえ、なにしとんのや!」
 新一は平次の腰の辺りまでずり下がった場所で,幼い顔をあげて答えた。
「だって、辛いんだろ? ほっとくとおまえ、俺をおかずにして自分で処理しかねな
いじゃないか。そんなのやだからな。おかずにされるぐらいなら、やってやった方が
まだましだ」
「まし、て……。なに言うてんのや。おい、おまえまだ小学生なんやで、体は。わ
かってんのか?」
「わかってるよ。だから……入れるのは,ちょっといやだ。でも、口でなら……。服
部,口じゃいやか?」
「いや,聞かれたかて……。どない答えれちゅうねん……」
 平次はひどく困惑した様子で口ごもった。いつもの自信たっぷりの強引さもどこへ
やら、思いきり狼狽している。新一はそんな彼の姿がちょっと可笑しくって、くすり
と小さく笑った。
 そして答えを待たずに,彼のジーンズの前を開けて,高ぶった彼のものに下着の上
からくちづけした。
「く……」
 平次の体がピクンと震える。切なそうに彼がささやいた。
「あかん、新一。そないなことしたら……」
 だがかまわずに唇で下から上へとなぞる。
「う……く……」
 新一は唇を離し,子供とは思えぬような艶やかな声でささやいた。
「腰あげて,服部。服脱がなきゃ、ちゃんとできない」
 平次は眉をひそめ,戸惑いと困惑の入り交じった目で探るように見返した。
「アホ、知らんで。どないなっても」
「どうなるかぐらいわかってるよ。俺だって男だぜ。それに、この間はおまえにさん
ざんやられたんだ。お返ししてやるよ」
「復讐する気やな?」
「バーカ、お返しだって言ってるだろ」
 新一はニヤリと笑って,平次の体から服を脱がせはじめた。平次ももう抵抗せず,
ちゃんと腰を浮かして,脱がせやすいように協力してくれた。
 やがてあらわになったそれを、新一は愛しそうにじっと見つめた。
 視線を感じるのか、平次が居心地悪そうにもぞもぞと動く。闇夜で顔色まではわか
らないが、きっと耳まで赤くなっていることだろう。
 新一はそっと手にとると、唇を寄せて優しく触れた。そして低くささやいた。
「月が隠れるように祈ってろよ、服部。真っ暗になったら、闇夜にまぎれて何でもで
きる。何でも許されるよ、きっと。闇って……そんなもんだろ?」
「犯罪者みたいなこと言いなや、アホ……」
 平次の毒舌に、新一はくすりと笑った。そして手の中のものに口を寄せた。
 もう言葉は語らない。そんなものが張り込む隙間は、どこにもないのだから……。


 先ほどまで雲の中に身を潜めていた半月が、切れ間から顔を出して、蒼白い光を地
上に投げかけた。
 まるで恋人達の睦みあいが終わるのを待っていたかのように、真っ暗だった部屋を
透明な光で満たす。
 平次は先ほどから一言も口をきかず、ただ難しい顔で眉間にしわを寄せ、ベッドの
上であぐらをかいて、宙を見つめていた。
 どうみても、なにかに腹をたてている様子である。新一は背中からそっと顔を寄せ
て、ささやきかけた。
「……服部、怒ってるのか?」
 返事はない。新一は小さく吐息をついた。
「ごめん、あんまりうまくできなかった。やっぱりガキの口じゃやりにくいな。……
よくなかったか?」
 ごろりと横になって平次の膝に頭を乗せ、屈託なく問いかける。天使のごとく無垢
なその顔に、平次は一瞬戸惑ったような表情を見せたが、またすぐに不機嫌そうなし
かめ面に戻って、怒ったように言った。
「アホ、そないなこっちゃないわ。俺は自己嫌悪にさいなまれてんねん」
「自己嫌悪? なんで?」
「だから……」
 彼は言い淀むと、片手で自分の額を押さえ、投げ捨てるように言い放った。
「くー、俺はもう自分に呆れるわ。なんでこないなことになるんや。ガキに手ぇだす
なんて、ほんま信じられへん」
 激しく後悔の底に沈んでいる。新一はちょっと呆れたように、冷ややかに言った。
「別におまえは手だしてないだろ。出したのは俺。おまえはやられたの」
「言うな。ガキにやられたなんて考えたら、なおさら落ち込むわ」
 そう言って、いっそう暗く沈む。新一はしばらく不思議そうに見つめていたが、そ
のうち起きあがって彼の前に座った。
 真正面からまっすぐに彼の目をとらえて、訝しげな口調で尋ねた。
「なあ、服部。おまえ、俺のこと、ちゃんと理解してる?」
 先ほどから、やたらガキよばわりされて、さすがの新一も腹をたてるのを通り越し
て、不安になってきた。
 さっきは、ちゃんと新一を新一ととらえて反応してくれたのだと嬉しくもなった。
だが、こうもガキ、ガキと連呼されると、なんだか本当に彼は自分のことを子供だと
思っているのではと、疑いたくなってくる。
 平次はしばし無言のまま見返していたが、やがて真面目な顔で答えた。
「当たり前や。だがな、現実に今目の前にいるのは、ガキのおまえなんやで。やって
いいことと悪いことがあるわ。たとえ中身がどうあれ、小学生相手になんて、これは
もう立派な犯罪や。俺は犯罪者や」
「俺、じゃなくて俺達だろ?」
「おまえはまだガキや! 誰も犯罪者扱いなんてせえへんがな」
 新一は呆れた顔でため息をついた。まったく、事実を理解しているのか、どうにも
怪しいことこのうえない。
 それでも平次は平次なりに、いろいろと悩みがあるようだ。これだけむきになると
ころをみると,きっと常日頃から自分に言い聞かせているに違いない。
 どんなに新一を抱きたくとも、それだけは絶対に許されない、決して淫らな欲望を
抱いてはいけないのだと,必死に抑制しているのだろう。
 そう考えて、新一はちょっとおかしく、そして嬉しかった。
 彼はすっと小さな体を平次の組んだ足の上にすべらせると、首に腕を絡ませてニヤ
リと笑って見せた。
「大丈夫だよ。誰にもいわなきゃ、誰にもわからないから。闇夜の完全犯罪成立さ。
だろ?」
 平次は呆れたように眉をしかめた。
「おまえみたいなのを、悪魔の申し子いうんやで、きっと」
 そしてハアッと大きなため息をつき、新一の体を抱きしめて力なく呟いた。
「もしかしたら俺、えらいもんにとりつかれてしもたのかもしれへんわ。俺の人生メ
チャクチャや」
 新一は胸の中で明るく笑った。
「安心しろ。一生とりついててやるよ」
 
 窓の外で、月が瞬いていた

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