俺たちの初舞台
1 二学期は最悪……! |
俺ーー加納哲也(かのうてつや)がこの世で嫌いなもの。
それは、らっきょとホモである。
どのくらい嫌いかというと、単語を耳にしただけで全身がチキン肌になっちゃうぐらい、ものすごーくイヤなのである。
だから、できることなら、その両方から一生遠ざかっていたかったし、また俺の人生そうあるであろうと確信もしていた。
確信して……いたはずなのだ。
だが、なんてこったろう。あろうことか、その後者、つまり「ホモ」とつきあう羽目になってしまったのだ。
それも人生の中で、もっともお気楽で晴れ晴れしい高二の二学期という、この素晴らしい青春のまっただ中でだ。
この運命のいたずらは、いったいなんだ? 誰が、なんの理由で、俺を地獄に陥れようとしているんだ?
この俺が、いったいどんな悪いことをしたっていうんだよーっ!
ーーと、叫んでみても空しいんだよな……。
だってその席替えのあみだは、誰あらん、俺がつくったんだもんな。クスン。
「どあー、だせー話。信じらんねー」
俺は机につっぷして、かりかりと爪でひっかいた。
突然、がくんと大きく椅子が揺れる。
「おらおら、悶えてねーで、さっさと席移れよ、哲也」
椅子の背中を蹴っとばされ、俺は憤然としてふりむいて、にらみつけた。
「誰が悶えてるってぇ、山澄(やますみ)」
そこには俺の中坊ん時からの悪友、山澄の野郎が、にやにやと笑いながら立っていた。
「おーや、違うんですか? わが清心学園のアイドル祐貴くんの隣の席になれた喜びに、俺はてっきり悶絶してるんだと思ったぜ」
「バーロー、なにがアイドルだ。俺はおまえと違って、正常な感覚の持ち主なんだ。一緒にすんな」
山澄はふふんと鼻で笑って、馬鹿にしたように俺を見下した。
「へ、言うじゃんよ。だけどなあ、別に俺ひとりが騒いでるわけじゃないんだぜ。この学校には、祐貴のファンはいーっぱいいるの。おまえが少数派、アウトサイダーなんだよ」
「ふん。なんで男相手にへらへらしなきゃならんのだ。冗談じゃねえぜ」
「古典的偏見の持ち主め。この形而上学的で高尚な世界がわからんのか、愚か者」
「うるせえ、この集団ホモの先導者」
「ファンクラブの会長と言え。ーーそれより、ぐだぐだ云ってないで早くどけってんだよ。今日からそこは俺の席なんだぞ」
山澄は鞄やら教科書やらでふさがった両手の代わりに、がんがんと足で容赦なく椅子を蹴っとばした。
俺は仕方なくのろのろと立ちあがって席を譲った。
思わずハァッと大きなため息が漏れる。
何気なくぐるりと見渡した視線には、むくつけき野郎の姿しか入ってはこない。まったく、なにが悲しくて短い青春のひとときを、男の顔ばっかし見て暮らさなきゃならんのだろうか。
そう、我が清心学園、正式には私立清心学園男子高等学校は、その名の通り男子校。女の子は一人もいないのだ。
頭のレベルが高いだの学風が自由でいいだの、そんな世間の評価はどうでもいい。高校生活に甘い男女交際を夢見ていた俺にとって、女の子がいないというそれだけで、ここはまさに地獄なのである。
もっとも、ここしか受からなかったんだから仕方がないんだけどさ。
「くそぉ、なんでよりにもよって俺が、あんな変態の隣にならきゃならないんだよ、まったく……」
俺はぶつくさつぶやきながら、新しい席へと移った。といっても、ただ二つ後ろにずれただけのことだったが。
「誰が変態だってぇ? 誰が?」
急に横から話しかけられ、俺が思わず顔を向けると、そこには触れるほど間近にあいつの顔があった。
俺はおもいっきり身をのけぞらした。
「な、なんだよ、急に声かけるな。驚くじゃないかよ」
「なーにをいまさら。俺、さっきからずーっとここにいたんだけどね」
あいつは呆れたような顔で、口をとがらせて答えた。
そう、こいつが問題の野郎だ。
仲川祐貴(なかがわゆうき)。名前だけ聞けばなんてことはない、ごく普通のこの男が、俺の苦悩の原因である。こいつは男のくせに学園のアイドルで、おまけに……ホモなのである。
俺は多少たじろぎつつも、負けじと言い返した。
「へ、変態を変態と言って何が悪い。だいたい男ばっかしの学校でアイドルになること自体、俺に言わせりゃりっぱな変態だ」
「別に俺が立候補したわけじゃないもんねー」
その時、いつのまにか山澄が顔をつきだして現れた。
「そうだ。こいつの可愛らしさは万人が認めるものだ。おまえがアホなんだ。美的センスのかけらもないトーヘンボクだ。芸術を解さない原始人だ。馬鹿だ。ノータリン……」
パッコーン!
俺はおもいっきし山澄の頭をぶん殴った。
「い……ってー! 殴ることないだろーが、殴ることー」
「突然しゃしゃりでてきて、言いたい放題いいやがるからだ。くそったれ」
「ひでー。いじめだ。暴力行為だ。ちくってやるぞー」
「いってろ、ばーか」
山澄が頭をさすりながら、恨みがましそうに俺をにらむ。横で見ていた祐貴が、いっそう呆れた顔でつぶやいた。
「ほんと、哲也って絵に書いたような直情型だな。まるっきし体育会系。なんか男子校にすっぽりはまった奴だね」
俺は思いっきり言い返した。
「冗談じゃないぜ! 俺は男子校なんて来る気は、これっぱかしもなかったんだ! 誰がこんな野郎しかいないような所に、来たいかってんだよ」
「じゃあなんで来たんだよ?」
「そりゃあ、あの寿司屋のせいで仕方なく……」
「寿司ぃ?」
やばい! と思ったときには後の祭だった。それまでぶつぶつ文句をたれてた山澄が、突然ゲハハハと腹を抱えて笑いだした。
「ヒーッハハハ、あの、あのなー、こいつな、ヒーッヒヒヒ」
「やめろー! 黙れ、このヤロー!」
しかし山澄は俺が止めるのも無視して、笑いながら話しだした。
「こ、こいつな、ウヒャヒャ、公立の受験日の前日に景気づけだっつって寿司食ってさ、当日下痢ピーになって受験落ちたんだ。ワーッハッハッハ」
と、それまであっちを向いてた周りの連中がいっせいに集まってきて、罵倒の渦に参加した。
「ほんとかよー。バカー。信じらんねー」
「ふつう食うか? 試験の前の日に生物」
「ガハハハ、それも三人前だぜぇ、三人前」
「ワッハッハ、超バカー、大物バカー」
みんな情け容赦なく盛大に笑い狂う。
その中で、祐貴だけは必死に笑いをこらえながら、哀れみの眼差しを注いでくれた。(もっとも唇の両端がしっかりプルプルと震えてはいたが)
「ふ、不幸な事故だったんだな。同情するよ」
そして慈愛に満ちた笑顔を見せる。その顔がやたら、小憎ったらしい。
そう、こいつはこの俺がいやでも認めなきゃならないほど、《可愛い》のだ。
いわゆる耽美な美少年というタイプではないが、くるくるとした薄茶色の目ん玉や、少し上向きぎみの細い鼻、生意気そうにちょっと尖った赤い唇がとても人懐っこくて、魅力的だ。それが柔らかな茶色の髪に縁どられ、絶妙のバランスでもって小さい顔に配置されている。
おまけにスレンダーで手足も細くて長い。身長百八十の筋肉青年、清心の香取慎吾と呼ばれている俺とは、まるっきり正反対のタイプである。
まあ確かに、ルックスだけ見ると、こいつが結構な人気のモデルだってのも納得できる。(こいつはティーンエイジャー向けの雑誌にちょくちょく顔を出してるプロのモデルなのだ)
俺は情けなく真っ赤になった顔をぷいと背けて、強がった。
「ふ、ふん。変態になんか同情されたかないね。だいたい、女なんか、その気になりゃすぐに二・三人はついてくるってんだよ」
すかさず山澄が悪態をついた。
「それは無謀な期待というやつだぜ、哲也くん。こんな不幸な人生背負ったきみに、ついてくる女なんかいるわけがない。きみには男子校こそが生きる道だ。男の園が似合う男なのだ」
「うるせー! 俺はホモじゃねー! 俺はそういう人種は大っ嫌いなんだー!」
「まあまあ、抑えて、哲也」
祐貴は不機嫌な俺をなだめるように、ニコニコ愛想よく笑った。
「長い人生、いろいろあるって。人間苦労しておいたほうが将来大物になるんだぜ」
「苦労なんて、てんで知らないような面してる奴に言われたかぁないわ!」
「きらいな奴とつきあうのも、人生勉強だよ。どうせまたすぐに席替えするんだから、一か月かそこらの辛抱だって。運が悪かったと思って諦めるんだね」
祐貴は悟りきったオヤジのような説教をたれて、カラカラと笑った。
俺に嫌われてることなんか、へとも思っていない。余裕しゃくしゃくである。その泰然とした態度に、余計俺はカチンときた。
だいたい、なんで俺がこんなにもこいつに頭にくるかと言えば、こういう開き直った図々しさが、すごく腹立たしいのである。
アイドルうんぬんは、正直言ってどうでもいい。あいつも言ったように、自分から立候補したわけじゃなし、不幸な運命の奴だと逆に同情もしようというものだ。
だが、である。
なんといっても許せないのは、こいつが『ホモ』で、そしてそれをなんの恥じらいも躊躇もなく、堂々と公言してはばからないということなのだ。
(こいつはあろうことか入学式の日、クラスの自己紹介の場でーー俺は一年の時は違う組だったので居合わせてはいなかったがーー、教師と生徒全員を前にして晴れやかにカミングアウトしたという、超おめでたい奴なのだ)
こいつは後ろめたさなんて、これっぽっちも持ちあわせていないのだ。せめて世間から隠れて秘かにーーってんなら、可愛げがあってまだ許せるってもんなのに。
(てめえの辞書には、卑屈とか恥じらいとかいう文字はないのかよ、……たく)
俺はぶつくさと口の中でつぶやいた。
だいたい、ホモという人種は自然の摂理ってもんをなーんも考えちゃいないんだ。なんでこの世の中に男と女が存在していると思っているんだ?
生殖のために他ならない!
なーんてことは、そりゃあ俺だって思っちゃいないが、少なくともせっかく別々に別れて生まれてきて、お互い補いあうものを持ちながら、凸と凸がくっつきあう不自然さくらいは感じて欲しいというものだ。
残された凹の立場がどうなる?
誰の采配かは知らないが、人間の比率はほぼ一対一。それを片方が破ったら、自然界のバランスが崩れるじゃないか。あぶれた女がかわいそうじゃないか。
そりゃ、選択の幅が広まって、俺にはちょっと嬉しい状況になるかもしれんが……。(あれ? なんか論点がずれたようだな)
ともかくもだ。そんな訳で、俺の新学期は最悪の状況でスタートしたのである。
おまけに、不安と絶望ですっかりパニクってしまった俺の頭は、世の中で命の次に大切な弁当を忘れてきていたことをしっかり忘れて、休み時間にパンを買いに行くのを忘れてしまったのである。
本当に、最悪の二学期の幕開けであった。
2 恋人はおっさん……!
昼休みがやってきた。
そりゃあ、俺が弁当を忘れようがどうしようが、来るべきものは来るのである。
俺は辺り漂う食い物の匂いの中で、空しくシャーペンの芯をかじった。
……まずい。
くそぉ、どうして今日に限って、あの冷えた飯の香りがこんなにも旨そうに感じるんだ?
おまけに横の席からは、ことの他かぐわしい香りがしてきやがるし。
(こいつ、何いいもの食ってんだよ?)
朝からずーっと横を見ることを避けてきた俺だったが、匂いにつられ、思わず顔を向けてしまった。
と、そこには箸の先っぽをくわえ、不思議そうに俺を見つめている祐貴の顔があった。
「芯……、うまい?」
俺は上目使いににらんで答えた。
「うまいよ。最高」
「……意地っぱりだなあ、まったく」
あいつはそう言うと、弁当箱の蓋をひっくり返して自分の弁当の半分をいれ、そいつを俺に差し出した。
「ほら、食え。箸はやらないぞ。手づかみで食え」
「い、いいよ、いらねえ」
「いいから食えってば。俺の弁当食ったからって、ホモはうつんないよ。安心しろ」
奴はけろりとそんなふうに言って、また飯を食べ始めた。
俺はなんだかちょっと感動して(我ながら現金なんだが)、素直にありがたくそいつをいただくことにした。なんたって、本当に空腹で目がまわりそうだったのだ。
だがそいつを一口食うなり、俺は再び感動した。
「うまい……」
思わず漏らした感嘆のつぶやきに、あいつはにっこりと微笑んで礼をいった。
「そりゃどうも。お口にあって嬉しい」
「なんでおまえが嬉しがるんだ?」
「だってそれ、俺がつくったんだもん」
「げ、嘘だろ。だってこれ、本当にうまいぜ」
俺はびっくりして弁当を見やった。とても信じられない。はっきり言って、俺のおふくろのつくる手抜き弁当より良くできてる。
「だから、どうもって。嘘言ってどうすんだよ、そんなこと。誰がつくったと思ったわけ?」
「誰って、そりゃあ、おまえのおふくろさんがさ」
祐貴はちょっと驚いた顔をして俺を見、しばし間をおいてからつぶやいた。
「なん……だ、へえ。知らなかったのかぁ、おまえ。ふうん」
「な、なにがだよ?」
祐貴はごく軽い調子で答えた。
「俺の母親はさ、とっくの昔に死んでんだぜ。親父なんて、生まれた時からいないしさ」
「え?」
とんでもないあいつの言葉に、俺は思わず絶句した。だがとうの祐貴は、あっけらかんとして、明るく言いはなった。
「みんな知ってるからさ、おまえも知ってると思ってたぜ。俺、天涯孤独の身の上なんだ。かっこいいだろ? なーんちゃってな。ほんとは叔父さんがひとりいるんだけどさ、さんざっぱら反抗したから嫌われちまって、もう三年も会ってないんだ。ははははは」
祐貴はカラカラと笑った。だが俺はさすがに一緒に笑うことはできなくて、ただ黙って聞くだけだった。
祐貴がそんな、俺には想像もできないような大変な境遇にいた奴だとは、今の今まで思ってもみなかった。だってこいつは、いつも明るすぎるくらい明るくて、とてもそんなふうには見えなかったから。
そういえば、いつだったか山澄の奴が言ってたのを俺はふと思い出した。こいつには両親がいなくて、いまは恋人だか誰だかのところに厄介になってるんだって話。
まるっきり受け流していたから、すっかり忘れていた。だいたいホモのこいつが、なにが恋人だ、とその時思って……。
ーーえ?
恋……人?
それってもしかして、まさか……、その……。
俺は一抹の不安をいだきながら、おずおずとたずねた。
「あのー、少々立ち入ったことを聞きますけれどー、おまえ今、誰と、どこで暮らしてるわけ?」
奴はウィンナーをくわえながら、屈託のない顔をむけた。
「んー? ああ、恋人のマンションだよ。それがさ、十六階建ての最上階だから、眺めなんか最高でさ。夏の花火大会なんか特等席なんだぜ。こうベランダでビールなんぞ、ぐいーっと飲みながら、うーん、生きてて良かったーってな」
祐貴はなんら隠すことなく、ぺらぺらと答えてくれた。そしてそれ以上聞きもしないのに、自分から意気揚々と、その恋人とやらのことを説明しはじめた。
「一応モデルのバイトの金で食費は少し入れてるんだけど、さすがに部屋代とかまではきつくて。俺、はっきし言って居候ってやつ。でも彼……秋生(あきお)さんっていうんだけどさ、わりと給料いいんだよ。三十歳にしては高給取りってやつ? だから俺、すっかり甘えちゃってるんだ。彼も金のことは気にするなって言うし」
彼……。
三十男がこいつをはべらして、にたにた喜んでいる図……。
げろげろ。やめてくれ。
俺は想像して鳥肌がたった。聞きたくもない話だ。
だが祐貴はそんな俺の事情なんて、ちーっとも気にせず、いとも楽しそうに、にこやかに続きを語って聞かせてくれた。
「俺、あの人に料理習ったんだけどさ。彼、うまいんだよなぁ。特に和食なんてつくらせたら天下逸品でさ。下手な料亭なんかよりずーっと美味しいんだ。おまえにも一度食わせてやりたいぜ、俺は」
い、いらん。そんなもの。
「こないだ作ってくれた海老団子のお吸いものなんか、涙が出るくらい美味しかったよなぁ。あと大根の煮物とか、手作りの胡麻豆腐とか」
……いい。
もういい。やめてくれ。
三十男がエプロンかけて、包丁もって、台所でいそいそおさんどんしてる姿。
うう、考えたくもない。
あなたぁ、ご飯ができたわよぉ。どう、美味しい?
なんつって。ひゃあああ、たまらん!
「おい、哲也……?」
気づくと、祐貴が怪訝そうな顔で俺を眺めていた。見ると、俺の学生服の袖が飯粒にまみれて、水玉模様になっている。
「おまえ……、だいじょうぶ?」
祐貴は不気味そうに俺を見、たずねた。俺はひきつりながら、ただハハハと笑った。
ああ、俺の正常な感覚が悲鳴をあげている。本当にこんなんで一ヶ月ももつんだろうか。
頼む、山澄。いや、誰でもいい。誰か席を代わってくれ。俺をこいつから引き離してくれ。
頼むから誰か、助けてくれよー!
3 そして悪夢は二乗になる……!
「だからさ、そりゃあ偏見ってもんだよ」
机に腰掛けた山澄が、上から俺を見おろし諭すように言った。
「そう……かあ?」
俺は残り少ない紙パックのコーヒー牛乳をずるずるとすすりながら、曖昧に相づちをうった。
「そうだって。祐貴っていい奴だぜ。明るいし、素直だし、それに顔に似合わず男っぽいところもあるしさ。おまえだって一週間隣にいて、少しはわかってんだろうが」
「そりゃまあ……」
俺は煮えきらない口調で答えた。
確かに、山澄の言うとおり、祐貴は俺が思ってたほどいやな奴じゃなかった。性格はさっぱりしてるし、ホモといったって別段お姉言葉で喋るわけでもないから、普通は他の奴らと変わらない。俺も多少食わず嫌いであったということは素直に認める。
でも……、なんというか……、何か違うのだ。
うまく言えないけど、こう、面と向かったときに、なんとなくドキドキしてしまう。一歩かまえてしまうというのか、他の奴を相手にするときとは全然別な気分なのだ。気軽に声をかけられないし、並んで座ってると、どこか落ち着かない。尻がもぞもぞする。
それって俺だけなんだろうか。
と、山澄が俺の愚痴を聞きながら、なんだかニタニタと変な笑いを浮かべているのに気づいた。
目つきが何か言いたげである。俺はいやーな気分になった。こいつがこういう笑い方をする時は、たいがいろくなことを言わないのだ。
こいつとはなんの因果か中学ん時からの腐れ縁だが、なかなかいい性格をした奴で、しょっちゅう俺のことをこけにして面白がっている。
頭もいいしルックスも悪くないし、それにやたら口がうまいので、昔っから女によくもてる、やな奴なのだ。(こんなたらしの権化みたいな奴が、なんで男子校になんてきたのか、いまだに謎なのだが)
山澄はニターッと笑って、俺にすり寄ってきた。
「なあ、哲也。おまえさ、初恋っていつだった?」
俺は内心ドキリとした。
というのは、恥ずかしながら俺は十七歳にして、恋というものを今だかつて知らないのである。
小学生の時はてんで餓鬼だったし、中学時代は剣道部でひたすら熱血スポーツ小僧やってたし、そして高校は……寂しき男子校だもんな。女の子のおの字も入る隙間がなかったわけで、軟派の山澄とは違って、恋のチャンスに恵まれることなく、今まできてしまったのだ。
「なにが言いたいんだよ、山澄」
「だからね」
山澄は三日月みたいに目を細めて、へへらーっと破顔した。
「俺が思うに、面と向かうとドキドキして、気軽に声がかけられなくて、他の奴とは違って感じるっていうのは、ほとんど恋の初期症状ってやつじゃないのか?」
げっ!
その瞬間俺の心臓はひっくり返った。
「じょ、じょ、冗談じゃねえぜ! なんで俺があいつに恋しなきゃならないんだよ! ばばば、ばっかやろう!」
俺が思わず声を裏返して否定すると、山澄は水戸黄門みたいにカッカッと高笑いして、ぽんぽんと肩を叩いた。
「一般論、一般論。誰もおまえが祐貴にそうだとは言ってないって。まあ、むきになって否定するところが、かえって怪しいけどな」
「…………!」
俺は憤慨のあまり返す言葉もなく、あんぐりと口を開けたまま呆れて山澄を見た。
いったい、どこをどう曲解すれば、そうなるんだ? この俺が、この世の誰よりもホモを嫌悪しているといっていい俺が、よりにもよって祐貴に恋、だって?
冗談じゃない! いや、冗談にもほどがあるぞ!
いったいなに考えてやがるんだ、この男は? こいつの頭ん中をかっぽじって見てみたいもんだ。俺の思考範囲をはるかに越えている。
そのうち、俺はなんだか胸がむかむかしてきた。だいたい、なんで俺があんなホモ野郎のことで、こんなに悩まなきゃならんのだ?
くそ、考えてたら腹立ってきたぞ。
俺は無言のまま上目使いにじろりと山澄をにらみつけた。
奴は俺の憤りが怒りにかわったのを敏感に嗅ぎとったか、途端に愛想笑いを浮かべ、猫撫で声をだした。
「あ、ほら、哲也。昼休みが終わったぞ。次ホームルームだぜ。おまえ文化委員だから司会なんだろ? がんばれよな、ほれ」
あいつはへらへらしながら、さっさと自分の席に戻って、行儀よくお座りした。まったく。調子のいい奴だ。まあいい。あとで後ろからぶん殴ってやるぜ。俺がA型で執念深いってことを思い知らせてやる。
そのうち、教室は校庭やら体育館やらで遊んでいた連中がどやどやと帰ってきて、やたらと騒々しくなった。
五時限目も始まる頃になってやっとみんなが揃い、ホームルームがはじまった。
今日の議題は学祭にやる催し物の決定である。
うちの学校は珍しい二期制(前期・後期)なので、十月の始めにやってくる恐怖の期末テストの前に学園祭を済ましてしまう。だから夏休みがあけたら、すぐに準備に入らないと間に合わないのだ。
で、俺はしちめんどくさい文化委員なんつーものになっちまっているので、必然的に学祭委員も兼任することになっている。かったるい話だ。
学祭委員はもう一人必要なのだが、どうせ選出はくじ引きだろう。こういう役はみんな面倒がって誰もやらないんだ。そのくせ文句だけはいっちょまえだからいやんなる。
もっとも、立場が違えば俺も似たようなもんなんだけどさ。
催し物は、出店だの茶店だのありふれたのがいくつか候補にあがったが、出るはしから、みんなここぞとばかりに難癖をつけた。
「喫茶店なんてどこもやるだろー。つまんねえよー」
「金魚すくいってのはどうだ?」
「売れ残ったらどうすんだよ。俺、去年先輩に二十匹も押しつけられて、ひどい目にあったんだぜ」
「お化け屋敷で女の子泣かせるとか」
「ばーか。カップルがいちゃつくの見て、なにがおもしろいんだよ」
こーゆーのを盛りあがってると言うのかどうかはしらんが、やけに議論は白熱した。が、そのわりには建設的な意見ってのはひとつもない。ただの文句の言い合いである。
成果のあがらぬ話合いに、俺がいい加減疲れてきた頃、山澄の馬鹿がきわめて建設的な発言をした。だがその内容は、実にとんでもない代物だった。
「俺たちのクラスにはせっかくプロのモデルがいることだしさ、ファッションショーってのはどうだ? 体育館かりて」
一瞬皆が沈黙し、あっけにとられた顔で山澄を見た。
そりゃそうだ。どこの世界に、脂ぎった男子高の野郎どものむさくるしい姿を、わざわざ見たがる奴がいるというんだ。女子高生ならまだしも。
「あ、それ、いいかも」
は?
「おもしろそー。俺、一回モデルってやってみたかったんだよな」
おいおい、モデルって面かよ。ばーろー。
「いい、いい。それに決定! ファッションショー! 名付けて、清心コレクション!」
どっとクラス中がわきたった。俺が口をはさむいとまもない。いや、なにより、俺は飽きれてものも言えなかった。
まったく、このクラスの連中ときたら、どうしてこう常識なしの脳天気野郎ばっかしなんだろうか?
まともな俺は理解に苦しむ。
「となると、やっぱもうひとりの学祭委員は祐貴に頼むことになるよな」
と、山澄が呆然としている司会の俺を完璧に無視して、話を進めた。
「どうだ、祐貴? 協力するだろ?」
祐貴はくるくるした目で答えた。
「いいけどさ。俺、ショーモデルなんてやったことないよ」
「いいんだよ、適当で。少なくとも俺たちよりは素人じゃないだろ。いろいろアドバイスしてくれれば助かる」
「オーケー、わかった。協力するよ」
「よし、決定だな。ーーおお、文化委員、早く決って良かったな」
山澄は得意そうに顎を突き出してそう言った。
なにが良かったな、だ。俺なんかまるっきり参加させずに勝手に決めやがったくせに。あー、まったく。
だいたい、なんでまた祐貴なんだ? 隣の席だってだけでも、これだけまいってんのに、同じ学祭委員……? あいつと……?
……ったく、俺の受難はいつまで続くんだろうか。
ここまでくると、なにかの陰謀としか思えない。背中に悪霊がついてると言われても信じるぞ。
しかし俺の苦悩をよそに、まわりでは盛りあがって話が続いていた。
そしていつの間にか俺の名前がモデル役にあがりーーしかも、うけを狙って、体格のごっつい奴が女役、華奢なのが男役という逆のパターンでやることになったのでーー、剣道で鍛えた筋肉を持つ俺は当然のごとく女役になって、俺の受難は二重のものとなった。
いや、……二重じゃない。二乗だ。
だって俺の着るのはウェディングドレスで、しかも相手役は……祐貴なのだ。
俺はひとっことの反論もできず、ただ黙って黒板の前でつっ立っていた。
明日からまた新たに訪れる最悪の日々を思いながら……。
4 認識揺らいで、神に祈る……!
まだたっぷりと夏の顔をした太陽が、雲ひとつない空から、悠然と地上を見おろしていた。
俺は開け放した教室の窓から、あー、いい天気だー、なんて思いながら、ボケーッとしてグランドを眺めていた。
と、突然後ろからどつかれた。
「こら、聞いてんのかよ、哲也」
ふりむくと山澄がにらんでいた。
「あー? なにを?」
「……これだもんな。おまえなー、もっとまじめにやれよな、まったく。学祭委員だろうが?」
山澄はやけに偉そうに俺を怒鳴りつけた。俺はふてくされながらも、口答えせず、しぶしぶと謝罪した。
「わりぃ。なにがどうしたって?」
「だからー、今度の日曜に祐貴のうちに行って、ビデオを見せてもらおうって話」
「ビデオ? ビデオってなんの?」
「だー、おまえ、全っ然聞いてないな」
山澄は呆れはてた目つきで俺をにらんだ。横で祐貴が苦笑している。俺は小さくなって黙り込んだ。
俺がなぜ山澄に叱られなきゃならないのかというと、あいつがショーの演出担当者で総合監督だからである。
山澄は演劇部の副部長である。演劇部なんてまったくこいつらしい。目だつことが好きなのだ。
だいたい俺なんかをひっぱりださずに、こういう奴がモデルになって、好きなだけ注目を浴びればいいんだよな。こいつなら他校の女子生徒にも人気があるから、さぞやうけることだろうに。
俺は半分やっかみながら、心の中でそんなことを考えた。
山澄は呆れながらも、もう一度説明した。
「つまりな、俺たちは本物のショーなんて、ちゃんと見たことないだろ? でも雰囲気をつかむためには一度見ておいたほうがいいし、ちょうど祐貴んちにテープがあるから、見てみようって話だよ、わかった?」
「こ、こいつのうちで、か?」
俺は思わず二の足を踏んで聞き返した。祐貴がこっくりとうなづいて答えた。
「うん。秋生さんの会社で以前につくった、婦人服メーカーのデモテープなんだ。ちょっとしたミニコレクションなんだけどさ、ショーの雰囲気とか流れなんかはわかるから。やるからには本格的にやりたいじゃん」
「ま、まあな」
祐貴のキラキラした瞳におされて、俺は思わず相槌をうってしまった。
「服の方は高橋と川相が手配してる。それに松井のねーちゃんがレンタルドレスのショップに勤めてるんで、傷物とか古い型の服を無料で貸しもらえるってことだ。あとは身内とかから集めてさ」
「頭どうするのさ?
まさかみんなそのままで出るってわけじゃないよな」
「あ、そっか。かつらがいるよな。うーん、都合つくかな」
山澄と祐貴はふたりとも真剣な顔で話し合っていた。
そう、落ち込んでる俺とは対象的に、こいつらは結構やる気ののり気だ。特に祐貴は、やっぱりモデルをやってるせいなのか、こんな学祭のアトラクションでもただの遊びとは思ってないようだった。すごく真面目に考えている。
そんなところは、正直いって俺は少し見直したんだ。ほんとはもっとお軽い、いい加減な奴かと思っていた。
実際、否応なくではあるがこいつと接するようになって、俺の見解は少し変わってきた。こいつがアイドルだなんてみんなに騒がれているのも、ただ顔が可愛いからってだけじゃないってのがわかってきた。
一生懸命で明るくて素直な性格。そんなのがきっと好かれるんだろうな。
俺だって、あの例の一点さえなければ、屈託なく好きだと思えるのかもしれない。もちろん、友情としての好きだが。
「それじゃ、あさっての日曜日、午後一時にな」
「あ、地図書くよ。でっかいマンションだからすぐわかると思うけど」
ノートのきれっぱしにさらさらと地図を書いてる祐貴を見ながら、俺はなんとなく少し反省した。でもやっぱり、ホモは勘弁してほしいよなあ。
俺は日曜のことを考えると、少なからず気分が重くなるのを感じた。
しかし、そんな俺の気分とはおかまい無しに、あっという間にその日はやってきた。
日曜日。晴れ。午後一時ちょっと前である。
俺は祐貴の住むマンションのドアの前で、しばしの間たたずんでいた。
チャイムを押すのをつい躊躇してしまう。なぜかというと、今日は日曜日である。たいていの会社は休みである。ということは、あいつの恋人って男も多分休みであって、それはつまり、今ここにいるってことなんだよな。
うーむ、あまり会いたくないぜ。俺の頭の中には、エプロンつけた中年間近のおかま男のイメージがぐるぐると渦巻いてるんだよなあ。せっかく薄れかけてきたホモへの悪印象が、またぶり返しそうな気がする。
どうしよう……。しかし行くと約束をしちまったし、仕事をあいつらだけに押しつけてほっぽりだすわけにもいかないし、まいったなぁ。
「おい、なにやってんだよ」
「うわっ!」
急に後ろから声をかけられて、俺はびっくりして飛びあがった。
ふりかえると、山澄が立っていた。
手には何冊かの女性ファッション雑誌と、コンビニの袋を下げている。中にポテチとコーラが入っていた。さすがはそつのない山澄だ。ちゃんと手土産なんか持ってきている。(俺は手ぶらだった)
山澄はひじで俺の背中を小突いた。
「つったってないで、早くチャイム押せよ。一時すぎてるんだぜ」
「う、うん」
せかされて、俺はしかたなくチャイムを押した。
ちょっと間をおいてから、重いドアが目の前で開いた。
「はい」
中から祐貴じゃない、見知らぬ男の人が顔を出した。が、その人をひとめ見て、俺はものすごくびっくりしてしまった。
なんという、いい男!
あんまり現実離れしてるんで、祐貴のモデルの知りあいか、はたまた芸能人かと思ったくらいだ。
俺もクラスではでかいほうだけど、その俺よりも背が高くって、百八十は軽く越えていそうである。体つきも太すぎず痩すぎず、すらりとスマートでおまけに足も長い。
雑誌から抜け出たような甘いマスクをしていて、それでいてしっかりと知的な感じも漂わせていた。
まったく、男の俺でさえほれぼれするような超ハンサムである。
俺がすっかり挨拶も忘れて呆然としていると、その人は優しく笑ってたずねた。
「ああ、祐貴のクラスメートですね。えーと、きみが加納くん……、かな?」
「あ、はい。そうです」
俺は思わず姿勢をただし、かしこまって答えた。
「それじゃ、そっちが山澄くんだ」
「は、はい。はじめまして」
さすがの山澄も、彼のハンサムぶりには驚いていたらしく、声をかけられて目をまん丸くしていた。
「さあ、どうぞ。入ってください。ーー祐貴、友達がきましたよ」
返事のかわりにパタパタと音がして、奥から見慣れた顔が走ってきた。
「よお、遅かったじゃないか。入れ入れ」
エプロンを着けてたのは祐貴のほうだった。手には泡だらけのスポンジを持っている。
俺たちはすっかり緊張して、なんとなく遠慮がちに中へと入った。
祐貴は俺たちをリビングに連れてゆくと、泡のついたスポンジをふりまわしながら、明るく言った。
「いま、茶碗洗ってんだ。わるいけど終わるまで待っててよ」
そう言って対面式のキッチンで洗い物の続きを始めた。
俺はその姿を見て感心してしまった。俺なんて、生まれてこの方、茶碗洗いなんて一度だってしたことない。いつだって出された物を食って、ただそれだけだ。
天涯孤独だと笑っていた祐貴は、もしかしたら俺よりも数倍大人で、しっかりしているのかもしれない。
俺が感慨深く眺めていると、祐貴の側に例の恋人ーー秋生さんっていったっけーーがよっていって、話しかけた。
「いいよ、私がかわるから」
「あ、いい。俺がやるよ。当番だもん」
「友達を待たせちゃいけない。いいからかしなさい」
「でも……、うん。……ごめん。夜は俺がやるから」
祐貴は子供みたいに素直に謝った。秋生さんがそれに優しく微笑み返す。
あー、くそ。ほほえましいじゃないか。
俺は横で見ていて、思わずちょっと赤面してしまった。なんだか新婚家庭のような雰囲気だ。二人のまわりの空気がやけにホワホワしている。
でも、不思議と俺が想像していたような、おかしなところは全然なかった。とても自然で、普通な感じがした。
秋生さんって人だって、ちっともおかまなんかじゃなかったし、それどころかガキの俺たちにも礼儀正しい、実にかっこよく素敵な人だった。(そう、見た目だけじゃなくってだ)
俺はなんだか、あんなふうに自分勝手に考えていたことが急に恥ずかしくなってしまった。
俺が思っていたのは、本当になんの根拠もない、ただの偏見だったようだ。山澄の言ったとおりだった。俺は自分の狭量さを深く反省した。
ふと山澄を見ると、奴はなんだかやけに神妙な顔をして、祐貴を見つめていた。俺みたいに感心しているのとはちょっと違うようだ。なんというか、ちょっと寂しげな雰囲気。俺の視線に気づくと、気まずそうに目線を反らし、うつむいた。
祐貴は、山澄の持ってきたコカコーラを、きれいなグラスにいれて運んできた。
「わるい、わるい。さて、早速見ようぜ。えーと、テープどこだったっけ」
俺たちは行儀よくコーラを飲みながら、ソファーに座ってビデオを見はじめた。だが俺は時々よそ見して、そっと辺りを見渡していた。
部屋に入る前は、まさか薔薇の花柄模様のカーテンとかがかけてあったりしたらどうしよう、なんてびびったりもしたけど、全然そうじゃなかった。
立派なオーディオが揃ってて、壁に趣味のいいリトグラフがかけてあって、片隅に銀色のランプがあって。センスのいい部屋だ。
ここに二人で暮らしてるわけか。
そりゃ両親もいないんだから、口だしする者もいないんだよな。
誰にもうるさく言われることなく愛の世界をきずいてるわけで、想像すると……なんていうか、……羨ましくはないけど、ちょっといいかなー、なんてなー。ハハハハ。
そりゃあ俺は、相手は女の方が絶対いいけど。でもこう、愛する人と仲睦まじく、おい、もう寝ようか、なーんちゃって。
うはははははは。たまんねーな、おい。男同士ってとこにはおおいに問題があるけど。
「哲也?」
気づくと、祐貴の顔がどアップで目の前にあった。俺は頭をのけぞらした。
「な、なんだよ」
「ちゃんと見てる、おまえ?」
「み、見てるよ」
祐貴は疑わしそうな目つきをむけた。
「哲也ってときどき勝手にトリップするもんな。あっぶない性格」
「わ、悪かったな。おまえに言われる筋合いねーよ」
俺は赤面しながら顔を背けた。山澄が馬鹿にしたようににやにやと笑う。
「何考えてたんだ? 顔がにやけてたぜ」
「なんでもねえよ」
何考えてたかなんて、口が裂けても言えるもんじゃない。俺は焦って話をそらした。
「な、なあ、祐貴。おまえ結構売れてるモデルなんだろ? なんでショーとかにでないわけ? 高校生じゃまずいのか」
俺があわてて横にふった話に、祐貴は素直にのってきた。こういう時は、こいつのこんな性格って可愛いと思う。これが山澄なら、ひたすらあのいやーなニタニタ笑いと三日月目で、いいだけ俺をおちょくるんだろうに。
「歳とかは別にいいんだけどさ。俺って、チビだろ? やっぱショーに出るには、もっとタッパがないとなぁ。まだ少しづつ伸びてはいるんだけど」
「チビって、祐貴、百七十はあるだろう?」
と、山澄が聞く。
「あるけど、それじゃあ全然足りないもんな。百八十以上は絶対必要だもん。女だって、軒並みそのくらいあるんだぜ」
ふーん、そんなものなのか。きれいな顔してても、それだけじゃ駄目なんだな。モデルの世界も結構厳しいわけだ。
しかし、俺よりもでかい女達なんて、あんまりぞっとしないな。モデルの女の子を紹介してもらうのはやめにしとこう。
「そういえばさ、哲也の着るウェディングドレス、合うサイズがなくって困ってたけど、やっとみつかったんだ」
祐貴が嬉しそうに言った。
「へー、よかったな。やっぱ、ウェディングがないと、さまにならないもんなあ」
と、山澄も相槌をうつ。
ちっともよくない。いっそみつからなきゃ俺は出なくってすんだのに。
「秋生さんが探してきてくれたんだ。ちょっと古い型だけど、デザインはいいんだぜ。それがさ、貸してくれた女の子に何に使うのか聞かれて、すっごく困ったんだってさ。俺、あの人の動揺してる姿想像して、思いっきり笑っちまった」
祐貴はまた瞳をキラキラさせながら、ほとんどおのろけってやつを聞かせてくれた。俺は呆れながらも、ちょっと不思議な気分になった。
こいつ、あの人のことを話す時って、目の色が違うんだよな。そんなにもあの人に対して、特別な思いがあるんだろうか。
俺がこんなにもホモのことけなしてるのに、そんなの気にもしてない感じで、楽しそうなことこのうえない。
もし俺が、だ。仮にーーまあ、ホモじゃないとしてもーー普通の恋愛じゃなくて、ひとに後ろ指さされるような、そんな相手とつきあってるとしたら、俺はこんなにも堂々と屈託なく、その恋人のことを話せるんだろうか。他人になに言われたってかまわないくらいに、その人を愛せるだろうか。
こいつみたいに……。
なんだか、俺はちょっと自分に自信がなくなってきた。
祐貴の、甘えるだけじゃなく、きっちりと自分の役割を担って生活してることといい、断固とした愛の信念といい(ちょっとオーバーだが)、本当のところ、俺なんかこいつの足元にも及ばないんじゃないだろうか。
もしかして俺は、世の中で一番嫌いだったこいつよりも、ずっと、ずーっと、ガキだったりなんかして……。うううぅむ。
俺は秘かにため息をついた。
最近、十七年間いだいてきた確固たる認識ってーのが崩れてきていて、俺は正直いって疲れてる。
ときどき祐貴が可愛いなんて思っちまうのも、ものすごーく不安である。
俺……、だいじょうぶなんだろうか?
あーあ、早く学祭が終わって欲しいぜ。こうなったらウェディングでもなんでも着るから、早く済ませて、またノーマルな学生生活に戻りたい。
願わくば、そのあとで席替えがあって、こいつらと離れられますように。
アーメン。
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