YEW冒険譚

ドタバタ☆ピクニック編

序章  春うらら


 ニールの事件から数週間。

 実際の話、あんな大きな事件なんてめったに起こるものではない。
 冒険者達にとって、それがいい事かどうかは別にしてほとんどの日々は
平穏なまま過ぎていくものだ。
 
 特にこのYEWでは。


 これは、そんな平和なお話。






 YEWは春真っ盛り。

 暖かな日差しと心地よい風。
 まさに平和そのものだ。


「んー!!
 いい天気!!」


 洗濯物を干しながらミチコは日差しに目を細めた。
 紫がかった髪が穏やかな風に揺れている。
 風になびく髪を手で押さえながらもミチコの口元に笑みが浮かぶ。

 ここ数日、いい天気が続いている。
 おかげで洗濯物もよく乾く。
 ミチコはご機嫌だった。

 鼻歌でも聞こえてきそうな雰囲気のミチコに後ろから声がかかった。


「ミチコー、こんちはでし」
「あら、ウゴちゃん。
 いらっしゃい」


 ミチコが振り返った先には鹿のかぶり物をかぶった少女、ウゴがいた。
 何故か裸足だったがいつもの事なのでミチコは何も言わなかった。


「ちょっとそこのテーブルで待っててね、ウゴちゃん。
 今、紅茶の用意するから」
「でし」


 ミチコは庭に備えてあるテーブルにウゴを誘うと家に紅茶のセットを取りに行った。

 こんな陽気の日は家の中よりも暖かな日差しの中で紅茶を楽しみたかった。




 春の日溜りの中、ミチコはウゴと共に紅茶を傾ける。
 紅茶に一口、口をつけるとミチコは青空を見上げた。


「いい天気ね」
「ぽかぽかでし」
「そうだねー」


 暖かな日差しにまどろむ様にウゴがゆっくりとテーブルに突っ伏した。

 放って置けばそのまま寝息が聞こえてきそうな感じだ。
 こんな日は昼寝にはもってこいだろう。

 ミチコはそんなウゴを優しげに見つめていた。


 しばしの間心地よい沈黙が流れる。


 紅茶が少なくなってきた頃、ミチコはウゴへ小さく声をかけた。


「…ウゴちゃん」
「…でし?」


 ワンテンポ遅れてウゴから返事が返る。
 どうやら、完全に寝入ってはいなかったらしい。


「前からちょっと気になってたんだけど…」
「でし」
「…その鹿の頭って重くないの?」
「……ちょっと、重いでし」
「無理しないで脱げばいいのに…」
「だめでし。
 これはウゴのぽりしーでし」
「うふふ。
 そっか。それじゃ、仕方ないわね」
「でし」


 ミチコは微笑みながら、少なくなった紅茶を入れなおした。

 紅茶の香りを楽しむとミチコはそれを一口、口に含む。

 満足のいく出来だ。

 香りを楽しむことなく一息で飲みこむウゴを見てると
そこはかとなく不条理も感じるが、それでもおいしく
飲んでくれているなら、それでもいいかなと思う。

 なにより、おいしそうに飲むその姿は見ていて嬉しいものだ。

 ふと、ミチコは頬に手を当てて考えるそぶりを見せた。


(うふふ、ほんとにおいしそうに飲むわね。
 明日にでも、ご飯でも誘ってあげようかしら。
 ……明日、そう言えば明日って特に予定なかったわよね)


 ミチコはウゴへと視線を向けるとにっこりと微笑んだ。


「ウゴちゃんは明日お暇?」
「特に予定はないでしよ」
「明日、晴れたらピクニック行こうか?」
「でし!!」
「うふふ、よかった」


 元気よく頷くウゴにミチコは微笑を浮かべて空を仰いだ。
 日差しは相変わらず暖かい。


「明日、晴れるといいね」
「でし!!
 ……ていうか、晴らすでし!!」

「…晴らすって」


 拳を固めて空を睨み付けるウゴになにも言えないミチコだった。

 なんてーか、
やる気まんまんだ。


 ……なにやるかは知らんけど。


「……えっと、頑張ってね」
「任せるでし!!」


 とりあえず、それだけをなんとか伝えたミチコと胸を張って答えるウゴ。


 平和だ。
 すごく平和だ。


 だから、気がつかなかった。
 そんな二人の話を立ち聞きしていた小さな影に……


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