エノキタケにおける天然物と栽培物




冬はきのこが少ない。私の脳内きのこ暦もエノキタケ・ヒラタケの単調な指令しか出さない。しかしこの場合のヒラタケ指令は多分に希望的観測であり、真冬になるとヒラタケの収穫に恵まれることは滅多にない。八王子は東京都の西に位置するので、冬型の気圧配置の影響をもろにうけて乾燥するからである。すると残りは谷筋のエノキタケになる。エノキタケは冬場はずっと採れる。中でも10月のハシリから12月の大物あたりがおいしい。

エノキタケのうまさに気づいたのは、からいためを覚えてからだ。とある10月下旬、一キロほどの収穫に恵まれたことがあったのだが、このときに初めてからいためを作った。空炒りして、酒・しょうゆで味付けするだけの簡単なものだが、深いコクのある旨み・まことに滋養に満ちた味わいであった。雨上がりに採集した新鮮な・極太のエノキタケで作ったから、とにかくすばらしいのである。

こんなにうまいものは皆に味見と、瓶詰めにして研究室に持参した。一目見てエノキタケとわかる人はいなかったが、食べた人からは「おいっしいーですねー」とか「エクセレント」などと評価をいただいた。ヌメリのあるきのこのうまさは万人受けするようである。で、当然ながら余ったエノキタケは私の昼飯である。あったかご飯にエノキタケ。質素ながらもきのこ好きにはごちそうである。

はぁて満腹満腹と、食後のお茶を飲みながら万話をしていると、どこから来たのかショウジョウバエがうようよしている。どうやら生ゴミの中のリンゴの皮から来たらしい。わんさと飛んできたショウジョウバエはみんな、エノキタケの空瓶の中に入ってゆくではないか。中ではみんなじっとしておいしそうにえのきの残り汁を舐めている。きっと旨さに痺れているのであろう。何十匹も入るので即座にフタをして、即席のハエトラップと化してしまった。

それから数日。八百屋で茶色いエノキタケを見つけた私は、栽培モノでもからいためが食べられるぞと意気込んで早速買って帰った。確か「トラマキタケ」と称して売っていた。これも空炒りして酒・しょうゆ味で瓶詰めにし、研究室で昼食のおかずにした。味はまあまあなのだが、香りとコクはさすがに天然物に遥かに及ばない。まあそれでも空瓶はハエトラップになるだろうとフタを開けて放置したところ、ショウジョウバエは空瓶の近くを飛ぶだけで一向に入らない。一時間放置してわずかに二匹である。おお!、ショウジョウバエの味覚もたいしたもんだ。天然物と栽培モノをちゃんと嗅ぎ分けているのである。

エノキタケについては、「貴重品で、戦前は高級料理店でしか食べられなかった」、と故・今関六也博士が書いておられる。今では一束50円で売られたりして誰でも食べられるきのこになった。でも、ショウジョウバエまで魅惑する香気高いエノキタケは、現在でも非常な貴重品なのではあるまいか。手製の瓶詰めのコクと甘みのあるエノキタケを噛みしめる度に、そう思うのである。

エノキタケ


(Dec 6, 2000)