西洋中世から  Topへ
   西洋中世は社会の仕組みが単純で人の営みがよくわかるように思える。阿部勤也さんの本を愛読した時期もあったが今はない。アーサー王伝説、グリム童話、古いバラード・・・・日本の中世は身近過ぎて却って分かりにくい。  

  
   2016年2月21日

宮下史朗
神をも騙すー中世・ルネッサンスの笑いと嘲笑文学』岩波書店 2011

   13世紀末に成立したとされる写本、ベルートの『トリスタン』を解読してみせるのだが第一章「神をも騙す」で、それがそのまま書名ともなっている。「トリスタンとイズー」の物語に興味のある人には、抜群の面白さがあり、この章を読むだけでも本書を手にする値打ちがある。この物語には、多くの流布本があり、取り上げられた写本では、その中で、トリスタンもイズーも狡知とも言える方法で難局を超えて行く様が描かれている。
   第二章はルネッサンス
期、イタリヤのコンゲーム(人を担ぐいたづら)の話で、グループで行いスケールが大きい。以下、フランスのヴィヨンの「無銭飽食」の話や、ドイツの「ティル・オイレンシュピーゲル」の、これもだましの話。まんまと人を担いで哄笑する中世からルネッサンスの人々の心情を捉えた笑話の話である。
  序章で、ウンベルト・エコの『薔薇の名前』を引きながら、笑いの様々な様相を描き、中核に、だましや哄笑の中の、言語の表層ゲーム、言語の多義性の巧みな使い分による意外さ求めてゆく。これらが、既成概念を揺り動かし、矛盾に満ちた世界で、自分の立ち位置を見直すきっかけにもなる。こんな世界は、西欧中世に限らず、古今東西の文化の底辺に広くあるのではないかと思った。
   希、羅、伊、仏、独、英の古い文献を読む学者の世界の論文で、しかも書誌的探求をしているのだが、内容は素人でも楽しめるようエッセイ風に書かれている。
一筋縄では掴みきれない、ちょっと変わった世界の、面白い本だった。
 

  
  2016年10月4日
 
The Medici Seal
      
by Theresa Breslin CORGI BOOKS 2007

   児童書の書評で『メディチ家の紋章』(上・下)がとても面白いとあったので、原書を取り寄せて読んだら、確かに面白かった。子どもの本にしてしまうのは、もったいない。1502年から1512年のイタリアに遊ぶことが出来る。
  ジプシーの少年マテオが、盗賊の首領に追われ、河に飛び込み、溺れかけたところを、レオナルド・ダ・ヴィンチを助けられ、ダ・ヴィンチのもとで過ごす事になる。少年とダ・ヴィンチの体験が、二本の紐のように撚り合わされて、話は進行する。ダ・ヴィンチについては、当時仕えていたチェーザレ・ボルジアの下での軍事顧問、壁画製作、死体解剖、飛行実験、モナ・リザの制作などが描き出されダ・ヴィンチや当時の政治に興味のある方はそれを追うだけでも面白い。
   一方、主人公のマテオの方は、様々な事件に巻き込まれるのであるが、その原因が、一つには自分の持っているある物にあることが次第にわかってくる。盗賊の首領の執拗な追求がこの物語に大きな緊張を与える。ジプシーであるという出自を隠しながら、その知識と判断力で切り抜ける所が見もの。文盲であるが次第に読み書きも覚え、成長を遂げてゆく。瑞々しい少年の感覚と、それが異性への関心など青年として成長する姿が上手く描かれている。
   短い章を重ね場面を展開し、読みやすく、歴史・冒険・推理・成長小説を上手く合わせてあって、しかも、素晴らしい結末が用意されていて、十分楽しめた。
  邦訳は小峰書店から金原瑞人、秋川久美子訳。小学5・6年生から読めるように訳されているという。