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2017年8月10日

マックス・ピカート 佐野勝利訳『騒音とアトム化の世界』みすず書房、1956 など

それを飲むと本来の自分に気づく真水のようなものがあるとしたら、マックス・ピカートの文章もその一つかかもしれない。
マックス・ピカート(1888年- 1963年)と言っても今の人は殆ど知らないと思うが、ドイツ人の医師で、後半生をスイスに住み著作活動をし、思索と観想の中から詩的な言葉を吐き続けた人である。内容はタイトルから想像して欲しいのだが、逆に、このタイトルから何も感じない人には無縁の本かもしれない。

私たちは、訳者である佐野勝利先生に、大学教養部時代ドイツ語を習った。語学教師として我々の前に立たれた先生は、マックス・ピカートについては語られなかった。語られたとしても、我々は殆ど受け入れられなかったのではないかと思う。当時、マルキシズムと実存哲学が若者を蔽っていた時代だから、ピカートの超越的表現には付いていけなかったのではないかと思う。
私が、ピカートを読んだのは40代の頃であった。今、当時の本を取り出してみて、やはり、距離がある。
私自身が、騒音とアトム化の世界にあまりにも馴染み過ぎたからであろう。このFacebookもアトム化の象徴で、アトム化された人間の、アトム化された所業が刻々と写し出されて行く。
そんな中、ピカートは私たちが失いつつある何ものかを思い起こすのに役に立つ。

 
   コメント
  • 高瀬 鴻 マックス・ピカートの著作の話題が提起されて、驚き、また懐かしさがこみ上げてきました。佐野先生には2回生の時、ドイツ語を習いました。テキストはアツプレヒト・ゲースの短編で「ウクライナ戦線でピアニストの兵士が負傷し、腕を失ってしまった。ピアニストのしての将来を失ってしまった不幸に戦友たちは如何慰めていいのか苦しんでいた。その時その兵士は『僕は作曲を始めたのだ』と戦友に語る。それを聞いた戦友たちの間では絶望的な状況の中でも希望を失わない生き方に感動し、猛烈に説教的な空気が生まれた」というような筋書きで、大変感動した記憶があります。ピカートの本では先生から「われらのうちなるヒットラー」の言う著作を紹介戴きました。早速は吉田界隈の書店で買い求め、必死で読みました。このヒットラー現象は3回生の時、猪木先生の「ヒットラー独裁の成立過程」の政治史講義を聞くときの背景を理解する上で大変参考になったように記憶しています。
  • 高瀬 鴻 Facebookの書き込みは扱いに習熟していなくて、推敲が行き届きませんでした。「説教的」とあるのは「積極的前向き」のミスタイプです。
  • 宮垣弘:高瀬さん、思い出をお聞かせくださって有り難うございます。佐野先生のテキストは我々のクラス(J2)もゲースでしたが、内容を貴兄ほどには覚えていません。『われわれ自身のなかのヒトラー』は、貴兄のように「われらのうちなるヒットラー」と覚えていて、意外な政治現象(例えばトランプ)が出てくると、この言葉をつぶやいています。
    なお、投稿文の修正は、その画面の右上隅に「V」とか「…」というマークの所をクリックすると修正、削除できるようになります。
    高瀬 鴻 FBの使い方のご指導有難うございました。小生が今も本棚に残っている本の書名は「われわれ自身のうちなるヒットラー」となっています。昭和30年発行の初版本(筑摩書房発行、唐木順三推薦の帯がついている)です。多分ナカニシヤか東一条の電停横の本屋だったか新本だったのですが、何となく古本風でした。二回生の時だから請い求めたの昭和33年で、3年間棚ざらしになっていたのでしょう。懐かしい想い出です。
  •  宮垣弘 本との出会いは、意外と覚えているものですね。みすず書房版の後書きに、昭和30年発行の初版本(筑摩書房発行)を昭和40年改訳の際に出版社をみすず書房に移したことが分かります。私の手持ちはその14刷昭和54年(1979年)版ですから、貴兄より20年以上遅れて手にしたことになります。
  •  高瀬 鴻 教室で佐野先生は訳書のことは語られなかったとありますが、小生の記憶は大分違います。先生は「ヒットラー」のほか、オルテガの「大衆の叛逆」(オルテガはスペインの哲学者ですが、先生が翻訳されたのはドイツ語版から)や、その他にも先生の訳書ではないが、「現代の問題をよりよく理解するために、ロシアのベルジャーエフやアメリカのマルチン・ブーバーなどの本を読むように勧められた記憶があります。ベイルジャーエフについては勝田吉太郎先生が「『カラマゾーフの兄弟』の中の『大審問官の物語」こそ共産主義の本質を予言していたも    のだ」と政治思想史の講座で講じられたとき、ベルジャーエフの影響を大きく受けらているなあとの感想を持った記憶がよみがえりました。全てが追憶の彼方の懐かしい想い出です。有難うございました。
  • 宮垣弘 高瀬さん、素晴らしい思い出ですね。貴兄の生き生きとした学生生活が偲ばれます。私はぼんやりした(今もそうですが)学生で、半分眠りながら授業を受けましたので、勿体なことしたものです。佐野先生で思いだすことと言えば、その日、学校へ来る途中、電車が犬(猫?)を轢いたこと、その時の運転手の反応について、5分刈りの頭をかき掻きながら話された姿です。
     高瀬 鴻  貴兄の「騒音とアトム化の世界」の紹介から、思わず学生時代の想い出の長話に付き合わせてしまい申し訳ありませんでした。
     ただ勝田吉太郎先生の「政治思想史」講義で、先生からはベルジャーエフの「大審問官=共産主義」の話のほかに、保守主義政治思想の系譜の話を聞きました。
     先生が強調されたのは「保守主義と反動」とは違うということでした。日本では当時から今でも保守反動と一語で表現されるように、保守主義=反動=右翼→極右のような議論がメディアの世界で横行しています。これは日本のジャーナリズムの浅薄さ以外のないものでもないように思えます。
     勝田先生が保守主義に系譜として紹介されたのはエドマンド・バークの「フランス革命の省察」とフランス貴族出身のアレクシス・トックヴィルの「アメリカにおける民主主義」でした。特にトックヴィルがアメリカ旅行を経て書き上げた後者の書物は今思い出しても、アメリカ民主主義の危険性を19世紀初頭に見抜いていたように思えます。
     トックヴィルはアメリカの建国の大義の一つとなった貴族や指導層などのエリートを排除する平等主義の止めどもない進行は金権と腐敗、民衆迎合の多数派支配の衆愚政治化しかないとの危惧を懐いたようです。しかし、アメリカで盛んな各種自発的民間活動(Association)における活発な議論がその危険を和らげる働きをするかも知れないとの希望を抱いたようです。それと弁護士、裁判官などで構成される法律家の集団が欧州の貴族エリートのような良質な疑似貴族層を米国で形成するのではないかとも書いていたように思えます。
     何しろ60年近く前の記憶ですので正確ではありませんが、米国の民主主義に組み込まれたこれらの仕掛けと、世界中の人々が仰ぎ見るような「神に祝福された丘の上の町」と作るのだと選民思想ともいえる建国の理想を思い出して、一刻も早く正常な軌道に戻って欲しいものです。
     勝田先生の政治思想史講座の聴講生は5~6人と言う少人数でしたが、誰が聴講されていたか、全く思い出せません。そこで60年経っても色あせず、現在のアメリカ政治を理解すうえで参考になるよう講義が行われたいたのは驚きです。そんな講義の聴講生がほんの数人だったというは国立大学と言うのは贅沢なものだったと、これまた驚きです。
     ボケ防止には昔の話を延々と思い出し、語るのが大変有効とも言いますので、長々と昔話に付き合わせてしまい、ご迷惑をおかけしました。申し訳ありませんでした。
    • 宮垣弘 勝田吉太郎先生の「政治思想史」講義の思い出を有り難うございます。貴兄の血肉となって、今も力となっていることに感銘を受けました。
      民主主義と言えば、学生時代読んだ本で、ラートブルフの『法哲学入門』?(もう手元にない)が私は大きな影響を受けました。真に正しいことは人間には分からないというう前提で、どうすればよいか?一種の相対主義なのですが、折があれば再読したいと思っています。