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   本の愛好者でありながら、本(中身ではなく)の出来上がるプロセスや事業としての本屋の事を殆ど知らずに過ごしてきた。

江戸の本屋さん
貸本屋おせん
 

  
   今田洋三『江戸の本屋さん
           2015年平凡社電子書籍
           初版は1977年NHK出版

  きっかけは、高屋一成さんが現存最古のナーサリーライム集成本『トミー・サムのかわいい唄の本』の出版についての小論(「Mistress Mary? Quite contrary?」『論叢唄と語り』第4号うたとかたり研究会2022年5月抜き刷り)を送ってくださって、そのなかで、conger(書籍組合)に触れておられたので、そのようなものは、江戸時代にもあったと、今読んでいる本『国語』は文化6年(1810)のもの奥付け(を送ったことから始まる。

  本には随分お世話になりながら、特に和本愛好として、その出版、流通に全く無知なのに気付き、本書を手にした。

  本書は江戸の出版事情について、初期の京都が寺社、大名など上流顧客を相手に栄える所から始まり、大阪が庶民(といっても商人、庄屋など)の要求を捉えて発展する姿が描かれる。
元禄の頃になるまでには、京都30万人、大阪30万人、江戸100万人、世界有数の都市が形成されているのであるから、本の需要も極めて大きかったと言える。

どんな人が本屋になったか?、読者はどんな人たちか?
どんな本が売れたのか?貸本屋のこれらが具体的に生き生きと描かれていて、読み物として面白い。
農村の隅々まで本屋が出入りしていたこともわかる。

本屋組合の結成、幕府による言論統制、自己規制、江戸の隆盛と上方本屋との抗争、本屋業界をリードした蔦屋重三郎や須原屋茂兵衛などの活躍ぶりもよくわかる。

明治になって、従来の本屋が時代への適応が遅れ、衰退し、活字による新しい出版社が台頭する。

記述には精粗があるものの、出版史研究の火付け役にして今なお読まれるべき面白い「古典」 (鈴木俊幸の解説)である。


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備忘メモ

元禄時代の言論統制の厳しさ
死刑や島流しにあった者も出てきた。
浮世草子 時事報道性 近松門左衛門

享保7年 出版条目 原文が出ている)出版物もぜいたく品の一つとして扱われた
書物屋組合の設立を命じる

重版・類板禁止の申し合わせ。
元禄11年 重板類板禁止の町触れ

板株(版権)の発生。

江戸書物屋仲間の公認ー享保6年(1721) 仲間47軒

Ⅲ田沼時代の出版革新

上方書商の出店と江戸地店の抗争

江戸南組の発展

文化6年(1809) 名簿25名
須原屋一統

 〇寛延以降の京阪江戸の出版数のグラフ
 〇江戸市場における上方書物屋の衰退
 〇江戸須原屋一統の発展
いずれもグラフで推移がよくわかる

三近代出版の先駆者・蔦屋重三郎(1749-1797)
  本屋が文化をリードして行ったさまが彼の先見性と、そこに集まる知のネットワークともいえる文化人の群像が生き生きと描かれている。
  滝沢馬琴は蔦屋の手代、十返舎一九は下働き

寛政2年(1790)の出版取り締まり
『北海異談』禁書

著述の仕方の自己規制

化政期  量の増大、質の停滞
『膝栗毛』

書物問屋 英平吉  書誌学に貢献

三 貸本屋の活動
地方にも多くの貸本屋があった。
借りて、写す者も多し。老父に貸本屋の本を読んでやる孝行者もいた。貸本組合ー文化5年(1808) 江戸、12組、656人 大阪 300人

天保年間(1830年代)『江戸繁昌記』江戸貸本屋800軒

名古屋の貸本屋、大野屋惣八(大惣) 滝沢馬琴、十返舎一九、為永春水、太田蜀山も訪れる。坪内逍遥、上田万年、幸田露伴、二葉亭四迷、尾崎紅葉なども利用。
  、
鴎外、花袋と貸本屋

版木の価値急減
自己改造の遅れ
福沢諭吉の『西洋事情』(1866)

活字版 『学問のすゝめ』(1872)木版で再版続く

活版の新聞、1877年明治9年頃

明治新興出版業  大橋佐平 博文館

解説 出版史研究の火付け役にして今なお読まれるべき面白い「古典」   鈴木俊幸

  2022・8・14
 
アマゾンで間違って、Kindle本を押してしまって、取り消しのやり方あ分らないので、そのまま電子版で読むことになった。




『国語』の奥付け

  
   高瀬 乃一『貸本屋おせん』文藝春秋 2022

蝉の声と入れ替わるように、重羽(えんば)こうろぎが鳴きはじめた。
やわらかい朝陽をひたいに受けながら、せんは竪川の河岸にそってはや足で歩く。半刻も進めば武家屋敷は途切れ、眼の前には田畑が広がる。・・・


こんな書き出して、この小説は始まる。貸本屋おせんが、仕事に向かう所である。

私は、江戸に800の貸本屋があったということから、貸本屋の実態を少し味あおうとこの本を手にした。

時代小説らしい、自然な文体で、江戸の雰囲気、本の世界、地本問屋、彫し師、摺師、貸本屋のことが少し分かった。
貸本屋が写本するというのも初めて知った。

曲亭馬琴の新作の版木が盗まれたり、火事が起きたり、ミステリーと人情噺とちょっぴり入れた大衆時代読み物といった感じ。

「おせん」という若い女貸本屋という主人公の設定は珍しいが、その造形は難しかったであろう。

オール読物新人賞(第100回)受賞作品。
初の単行本。

参考文献付き。

  2023・5・24