11 //everlasting love

幾多の苦難を乗り越えながら、戦いは終幕へと向かいつつあった。
当初は圧倒的に不利だったセイリュウ軍も、時を経て多くの仲間を集めるようになり、とうとう形勢が逆転した。
そんな中、八年前には大きな戦争となった敵国アーメスの人間もセイリュウ軍に加わることとなったのだ。
西海神将シュラと、護衛の女性ニフサーラとシャルミシタである。

「ますますこの城も華やかになりましたねー」
ニコニコと満面の笑みを浮かべたカイルが、シュラと談笑する二人の美女を眺めて呟いた。
そのカイルの横に立つエルフィードは、それを聞いてくすりと笑みを漏らす。
「本当にカイルは、女の人に目がないね」
するとカイルはもちろんですとばかりに、力強く頷いた。
「男としては当然ですよ、王子!
この世には男と女しかいないんですから、それを求めるのは自然の摂理というものです!」
「そんな力説しなくても……」
なおも可笑しそうにエルフィードは笑っている。

カイルはそんなエルフィードを横目でちらりと盗み見る。
エルフィードの様子に変わった所はない。
無理をしているようでも、取り繕っているような笑顔でもなかった。
カイルはそれを確認して、ふぅっと軽く溜息を落とす。

「どうかした?」
エルフィードはそれを見逃さず、微かに眉根を寄せ、カイルへと問いかける。
「少しは妬いてでもくれているかなぁって思ったんですけど、全然そんなことないみたいですねー」
至極残念そうに言うカイルに、エルフィードは意外そうに眉を上げた。
「妬いて欲しかったのか?
でも僕は女性じゃないし、カイルだって別に嬉しくないだろう?」
「王子は特別なんですよー。
分かってるくせに……。
新手のイジメですか?」
カイルが子供ように口を尖らせるのを、エルフィードはくすくすと笑って見遣る。

戦況は優位に立っていると言えども、ゴドウィン側の手には太陽の紋章がある。
決して楽観視できない。
最後の手段とばかりに、紋章を暴走させるかもしれない。
そしてリムスレーアもまだ敵中だ。
もし敗北を悟ったゴドウィン親子に命を奪われでもしたら、全てが水の泡になる。

それをエルフィード自身良く分かっているのだろう―――ここしばらく厳しい表情でいることが多かった。
あまり良く眠れてもいないようだ。
そんなぴりぴりとした緊張感が、カイルにも伝わってきていた。
だから、少しでもそんなエルフィードの気持ちを鎮めることが出来ればと、カイルはわざとおどけてみせているのだ。
カイルの思惑は少しなりとも成功したようだ。

「あいつは昔から、女癖が悪くてな……ってヴォリガさんが呆れていたよ。
カイルがレルカーにいた時のこととか色々聞いちゃった」
エルフィードの言葉に、カイルはぎくりと顔を強張らせた。
エルフィードの緊張を解きほぐすのが目的だったのに、何だか藪蛇になりそうな雲行きだ。
今まで散々遊んできたのは事実ではあったが、何もエルフィードに言うことはないだろうと、心の中でヴォリガへと恨み言を呟く。
あまり誉められた素行ではなかったことは、カイル自身もよく分かっているが故に。

「お……王子だって、恋の一つや二つしてきたでしょう?
王子の初恋の女の子って誰ですかー?」
これ以上自身の女性関係について突っ込まれないように、カイルは強引に話題をエルフィードへと転換する。
カイルのように自由気ままな身分ではないが、今までの年月の中、エルフィードとて想いを寄せる異性の存在があったことだろう。

しかし、エルフィードの答えは意外なものだった。
「初恋の女の子なんて、いないよ。
今まで女性に恋愛感情を抱いたことはない」
そんなふうにさらりと言ってのけたのだ。
何でもないことのように。

「えぇー!?
冗談ですよね、王子!
男の子としてそれはどうかと思いますよー!」
逆にカイルの方が、驚いたように声を荒げた。
演技などではなく、カイルは心底驚愕していた―――まさか初恋もまだだったなんて。

そう言えばと、カイルは記憶を辿る。
カイルが太陽宮に赴いた時から今まで、エルフィードが異性と噂になったようなことはない。
立場上、大っぴらに異性と付き合うことがは出来はしなかっただろうが、女王国であればこそ王子であるエルフィードの恋愛に対してそれほど厳しさが付き纏う訳ではあるまい。
直感の鋭いカイルではあったが、確かにそのようなエルフィードの素振りに気付いたこともなかった。
仮に交際まで発展はしなくとも、まさか女性に想いを寄せたこともなかったとは……。

「王子の周りは、飛び切りの美女が多かったからなぁ……。
目が肥え過ぎて、知らずのうちに理想が物凄く高くなってしまったんじゃないですか?」
カイルの脳裏に、アルシュタートやサイアリーズを筆頭に、太陽宮での女性の姿が蘇る。
あんな美人達に囲まれ、可愛がられていれば、感覚も麻痺してしまうのかもしれないとカイルは想像を廻らす。
もうそうとしか考えられない。

しかしエルフィードは静かに首を振った。
「それは違う。
理想が高いとかそういうことではないんだ」
「えー、違うんですかー?
うーん、よく分かりませんけど、恋愛はいいものですよ?
一体王子のお眼鏡に適って、結婚する女性ってどんな人なんだろうなぁ……?」
カイルは首を傾げつつ、心底不思議そうに呟く。

それに対し、エルフィードはふっと微笑んだ。
とても穏やかな眼差しで、カイルを見つめて。
「僕はこの先も一生―――女性に想いを寄せることも、関係を持つことも……結婚することもないよ」
「えっ?」
ますます訳が分からず、カイルは目を瞬く。
エルフィードのことならば、大抵分かっているつもりだったのだが……。

「伯母上達と同じ理由だよ」
そこまで言われて、ようやくあっと気付く。
王家の血族であるサイアリーズもハスワールも、生涯結婚もせず、子供も持たないと誓いを立てていた。
それは彼女達の親の代の激しい王位継承を廻る戦いの結果だ。
もう二度とあのような惨劇を繰り返さない為に、女王であるアルシュタート以外、子を持たぬようにしようと。
それが最善の策と言えど、それは余りにも悲し過ぎるとカイルは常々思っていた。
心の赴くままに恋も愛も儘ならないとは。

「男である僕には王位継承権はない。
だけど、もし子供が出来て、その子が女の子だったら……それが争いの種にならない保証はゼロではないだろう?
今回のように力を持ったゴドウィン卿のような人物が現れて、内乱を起こしてでも王位に据えようとでもするかもしれない。
この先、ファレナ王家の血筋を紡いでいくのは、リムだけで良いんだ。
だから僕は結婚はしないし、子供も作らない」
「……ご両親や、サイアリーズ様からそう諭されでもしたんですか?」
「違うよ、カイル。
誰に指図された訳でもない。
昔から僕自身が決めていたことだ」
そう語るエルフィードの表情は至極さっぱりとしていて、強がっているような様子はない。
まだ十代の少年だというのに、もうずっと昔から己にそんな禁忌を科していたとは―――。
それが国の為とはいえ、やはり哀しく思えてしまうのは、カイルが王族ではないからなのだろうか。

言葉を失って、寂しそうに立ち尽くすカイルに、エルフィードは柔らかな笑顔のまま語りかける。
「そんな顔をしないで欲しい、カイル。
僕は別に自分が不幸だとも、恵まれていないとも思っていない。
それに―――恋ならしているよ」
またもやエルフィードの意図が汲み取れず、カイルは眉根を寄せる。
さっきは確かに初恋はしていない、今後も恋愛をすることはないと言ったではないかと。

カイルの疑問を読み取ったらしいエルフィードが、カイルの腕にそっと触れた。
「初恋の女性はとカイルは聞いたじゃないか。
今、恋をしている相手は女性ではないからね―――相手に遊びだと言われると悲しいけれど。
ずっと関係が続いていくとは限らない。
だけど好きになったのは、決して異性の代わりという訳じゃない……それは信じて欲しい」
エルフィードの真摯な瞳を受けて、カイルは相好を崩した。
「遊びだなんて思われると心外だなー。
そんな可愛い顔を見せられると、公衆の面前だって抱き締めて、キスしたくなっちゃいますから、気をつけて下さいよ」

永遠なんて言葉、カイルは信じていなかった。
人の心はうつろうもの。
だからずっと一緒にいようなどと口説いたことはない。
そんな儚い泡沫を口にするほど、カイルは甘くはなかったし、たった一人に縛られる気もなかった。

けれど―――不思議だ。
この少年の傍に居ると、自然と芽生えてくる感情がある。
愛しくて、全てを掛けて守りたいと思う。
そして、永遠という言葉を捧げてさえ構わないと感じる。

だが、それでエルフィードを縛り付けることになるのは嫌だったのだ。
いつかはエルフィードも伴侶を得るのだろうからと。
彼の行く道のその邪魔だけはすまいと心に決めていた。
それ故に、女好きの軽い男を演じ続ける―――こんな男のことなどいつ見限っても良いように。

だから―――この言葉は最後まで秘めておくつもりだった。
「ずっとずっと傍に居てください。
俺も貴方の傍を離れません―――永遠に貴方を想い続けます」
そっとカイルはエルフィードの耳元へ、ありのままの想いを込めて囁きかけた。





2006.08.24 up