コドモの時間 1999 |
(続・「オトナの時間」) | ||
商店街を駆けた。 お好み焼き屋のおばさんと、縁台に団扇片手に夕涼みする爺さんに声を掛けられた。たむろするお母さん連中、自転車ですれ違う小学生、打ち水をする婆さん。そう、季節は勿論、夏の終わりだ。私がまだ大人だった外の世界は初冬を迎えつつあったが、秋の気配を感じさせる夕焼けの下でも、子供たちにとってかけがえのない夕方は、簡単に暮れてもらっては困る。だから、ここはまだ夏の名残をたっぷりと残している。私はじきに汗ばんだ。 そう言えば、予約申込書と同時に返送したアンケートの、「子供の頃、一番好きだった季節は?」という問いに、この季節を書き込んだのだった。 「晩夏」―、夏の終わりが一番好きだった。 正面が突き当たりだったので、その手前で立ち止まった。右手の奥から映画館と魅力的なトリスバー。映画館ではピンク映画が上映中。煽情的だが稚拙な看板絵に、どきどきした昔を思い出した。バーもまた捨てがたい。次に来たときには、覗いてみよう。あの頃みたく、すぐにケツを叩かれて追い出されるにしても―。 まさに場末とも言える二軒の間に、狭い小路があった。勿論、空き地への抜け道はここ以外にないだろう。 ブリキの屑入れをすり抜けて、その隙間にもぐり込むと、折しも、きっちり蝶ネクタイを結んだバーテンダーが、くわえ煙草で空きボトルを持ち出すところに出くわした。両手に四本、長い指に挟んで優雅に木箱の中に収める。七三に固めた髪の下、黒縁眼鏡の奥の軽いウインクは何の合図だったか。 「やあ」 私は手を振ってその側を小走りに抜けた。 さらに行くと、映画館の壁に背中を預けた女が一人。カーリーヘアに真っ赤な口紅。その口許に細身の煙草を押し当てながら、物憂げにこちらを見た。 「慌てて、どこに行くのさ?」 からかうつもりか、細くすらりと延びた脚を、向かいの壁に当てる。これも赤のラメの入ったハイヒールがコンクリートの壁にかつんと小気味いい音をたてた。立ち止まって良く見れば、目元の小じわが結構深い。つい先頃の私といい勝負の年齢と見た。顔だちは整っている。目元が態度と裏腹に柔らかい。キャバレー勤めの前の一服、通りかかった子供で退屈をまぎらわそうというシチュエーションだろうか。今の私でなければ、この挑発、乗っても良かったのだが、不思議と私は、今ではすっかり小学校の四、五年生だ。軽く助走して身をかがめ、女の脚の下を潜り抜けた。この身の軽さはどうだろう。 「何すんのよ、このガキっ」 女の金切り声に振り向いて、今度は私が、精一杯のウインクで返してやった。狭い路地をそうして抜け出すと、途端に足元の感触がひどく柔らかなものに変わるのが分かった。 商店街の裏の空き地が、私の前に広がっていた。 「ほうっ」 私は思わず感嘆した。 正面方向、みはるかす彼方に黒いシルエットの工場群が立ち並び、その無数の煙突からはこれも真っ黒な煙を吐き出している。その上の空いっぱいに、夕焼けが広がっていた。低く、高く、長く、丸く、様々な形の雲が、様々な厚さで一面に広がっていて、その厚みの違いだけ濃淡の異なる夕焼けが展開している。赤があり朱があり、鮮やかなオレンジも橙色もある。まだ青さを残す空との境界は、濃い紫に、或いは黄色に、そして緑に、頼り無げな縁取りを作り、今まさに輪郭が更に大きく広がりつつある。もう何年も、いや何十年も見ることを忘れていた夕焼けだった。 右手にはアパートが軒を連ね、洗濯物の取り込まれた後の物干し台に、大きな猫が寝そべっているのが見える。或いは夕餉の支度に追われる台所の主婦や、窓枠に腰掛けて何やら談義する学生たち、縁台で将棋盤を囲む爺さん連中と、様々に息づく生活の臭いがした。一方左手には高い土手が彼方まで延び、おそらく大きな川があるのだろう。それを挟んだ向こう側では、高架道路や高層ビルの建設が今まさに進みつつあった。川の上空に群れをなして飛来しようとしているのは雁だろうか。白い鷺が低く滑空し、さらに高くカラスが慌ただしい飛翔をする。大きな楕円を描きながらジグザクの飛行を繰り返しているのは、ついぞ見ることの少なくなったコウモリに違いない。 空き地には多様な子供たちの姿があった。 中央では折しもフットベースボールの真っ最中だ。バレーボール大のゴム毬を蹴ってダイヤモンドを回っているのは、主に小学校の高学年から中学生。大人も数人混じっている。私のように子供のなりをした大人もいれば、出前帰りのそば屋の店員、トレパン姿のかなりの年配、とうの立った学生も居る。その周り、空き地を巡るようにしていくつかの遊びのグループがある。私は時計回りにひとつひとつを観察して歩いた。もちろん、小走りではあるが。 縄跳びに興じる少女たちのグループが、まず有って、その向こうで鬼ごっこの類で走りまわる少年たちがいる。カゴメカゴメ、ダルマサンガコロンダ、ペコタンといった、今ではそれぞれどういう呼び名で呼ばれているのか、それとももう、こんな場所でしか行われることはなくなってしまったのか、懐かしい遊戯の数々―。 半周を巡って、アパート側に出たところで、建物から拡がるコンクリートの叩きを使った遊びが賑やかに行われていた。ベーゴマ、陣地取り、おはじき、ビー玉、そしてメンコ―。特にメンコの人気は圧倒的で、対戦をしているだけでも7、8人居たし、それを囲むように順番待ちのグループが十数人、さらにその外側の見物人には、女の子や若い娘まで混ざっていて、これも結構な数だ。様々なヤジや声援も飛んでいる。対戦しているのはほとんどが、私のようなオトナ子供で、わずかに本当の少年もいた。すぐ近くで小グループの対戦も行われているのだか、こちらに人が集まらないのは、やはり、メイン会場の試合のレベルがよほど高い証拠なのだろう。 ここまで来たものの、正直、気後れしている。後ろポケットからメンコを一枚取り出して、固く握りしめながら、それでも見物人の輪をかき分け、試合会場を覗き込んだ。 バトルロワイヤルの最中だった。一人一枚ずつ、手持ちの面子を場に散らして順番に自分のメンコを拾っては張っていく。ひっくり返せばそれは自分のものに出来て、取られた者から順に退場する。勿論、最後まで残った者が勝ちだ。たいてい、暗黙のうちにチームが出来て、共同して事に当たるケースが多い。一人がまず、目星をつけたメンコの下に自分のメンコをもぐり込ませる。これにもなかなかの技術が要る。相手の側に張って風圧で相手を持ち上げ、その一瞬に滑り込むのだ。すると次に番の回る相棒が、味方のメンコを叩いてその反動と風圧とで相手のメンコを返す。分け前は等分する。逆に相手方のメンコの上に乗ってしまって不利な状況になった味方のメンコを、横から突いて場に戻したりもする。勿論、最後は味方同士、サシの勝負になるのだが。 場には今、4枚のメンコが置かれていた。嬉しいことに、4枚とも角メンコだった。どれも強豪でなかなか決着がつかないまま、一人一人、力を込めて張り続けている。歓声が飛ぶ、ヤジも聞こえる。4人の対戦者は、みな、熱くなっていた。 退場して今は観客に回っているとおぼしき、一人の青年を私はつかまえた。年齢制限の下限、35歳ぎりぎりというところだろうか。それが私同様、半ズボンに丸首シャツ、野球帽姿だった。手持ちのメンコの数を数えながら、時折対戦に目をやっている。 「負けましたか?」 「あっ、ええ、完敗です。みなさん強いですよ。昨日今日の新参者には太刀打ち出来ない」 「そうでしょうね。みなさん、年季が違うだろうから」 残った4人はどれも壮年組だ。子供時分の私からメンコをたっぷりと巻き上げた世代だろう。 「どうすれば、仲間に入れますか?」 「おっ、あなたもやりますか? ちょっと待ってください。聞いてみます」 青年は、対戦場の中央で先程から腕を組んで勝負を見つめている、大層恰幅のいい親父の側に歩み寄った。この親父は我々と違って、灰色のトレーナーを着ていた。ここのスタッフだろうか。青年が話しかけるのを、渋い顔でしばらく聞いていて、やがて顔を起こすとジロリと私を睨み付けた。私もここで臆す訳にはいかないので睨み返すのだが、目をそらさないでいるのがやっとだ。この種の儀礼を幾つかくぐり抜けて、我々は大人になってきた。今だってそうだ。仕事でも家庭でも、臆したと思われた時、こちらの成長は止まる。いや、頭ごなしに止められてしまう。親父は私を睨みながら青年の話に耳を傾け、やがて頷くと青年に二言三言、何事か漏らし、また勝負の方に視線を戻した。 青年が戻ってきた。笑っている。 「いやあ、ゲンさんはおっかないから」 「駄目だって言うんですか」 「いえ、そうではないんですけどね。ただ、参加者は8人と、これは決まりなんです。別に8人が9人になってもいいようなものだけど―」 いやいや、バトルロワイヤルは偶数人でやるのが基本だ。私たちもそうしてきた。奇数にすると、どうしても一人、孤立して集中攻撃を受ける子供が出てきてしまう。チームは2人。3人で組む例は案外と少ない。3人で組んでも、3枚になった時、やはり一人はまず孤立することになる。子供はそういうことに敏感だ。遊び仲間のリーダーは、常にそうしたことに配慮したものだし、そうした配慮のできない者に、リーダーは勤まらないとされたものだった。こうしたルールを暗黙のものとしないで、はっきりと明文化するのが成熟した大人の社会だ。しかし、その分、このような暗黙の了解などといったものが、ついつい蔑ろにされるのがまた、現代の大人の社会だろう。思えば、未熟ながらも、非常に居心地のよい社会の中で、我々は子供時代を過ごしてきたものだ。 「とにかく、この試合が終わったら、一番に負けた子とあなたとで対戦して、勝った方が残ることになりました」 「一番に負けた人と言うと―」 私は周囲を見渡した。 「僕です」 「あっ、これは申し訳ない。なんだか悪いことをしちゃったみたいだな」 青年は笑顔を絶やさない。 「なに、僕が負けると決まった訳じゃない。まあ、あなたは結構強そうだけど―」 彼は私の右手に握られたメンコに目をやった。そう、見る者が見ればこのメンコのすごさはすぐに分かるのだ。 「でも、僕だって予選では全戦全勝だったんですよ。簡単には負けません」 「そう。そうなんだ。それはお手柔らかに。―でも、予選から始まるんですね」 「ええ、始めはね。4つのグループに分かれて予選をやって、上位2名がこの試合に参加できます。あとは日が暮れるまで、延々とバトルロワイヤルってんですか? これが続くんです。ただ、途中参加の子はあの―」 腕組みをした親父にちらりと視線を送って、 「ゲンさんの判断ひとつです。多ければ予選をやらせられるし、あなたみたいなケースは、今みたいに入替え戦になるか、それとも却下されるか」 「私は運が良かったみたいだね」 「運がいいというのでもないけど―。まあ、僕に勝って仲間に入ればすぐに分かりますよ。あのゲンさん、いい人なんだけどな、結構クセが強いから」 「そのゲンさんなんだけど―」 「あっいや、待ってください。何となく聞きたいことは分かるけど―」 青年は困ったような顔をした。 「その話はしないことにしましょう。ゲンさんがどういう人だとか、ここに集まってる子供たちや― 大人もいますでしょ―、大人たちはどういう人たちだ、とかね。そういうことが分からなくて、最初に僕も聞いて回りましたけど、誰も教えてはくれません。そういう決まりなんです。それより早く子供になりきって、この世界を堪能してください。そのうちに嫌でも分かってきますよ」 そう言って青年は、野球帽のひさしを下げて辺りを伺うような仕種をしてみせた。そう先に言われると、もう何も聞けなかった。青年の言ったことは当たらずとも遠からずといったところだったから。 「実はこんな大人びた会話を、ここの人たちはとても嫌うんです。いや、嫌うんだ。―僕、ヨシキって言います。ヨロシク」 「あっどうも、私は―、いや僕は、かな」 名乗ろうとしたが、本名を呼ばれるのには若干の抵抗があった。子供時代のあだ名を、だからつい口にした。 「僕はソラオ」 「ソラオ君か、へえ、いいなソラオ君。あんまり簡単に勝たないでね」 「ヨシキ君こそ」 話しながら、二人とも何やら気恥ずかしい。 一方、会場の対戦は4人が3人になり、それがすぐ2人になった。最強のタッグが、今ようやく直接対決を迎えることになったようだ。白熱した試合が続いていた。しばらく、二人とも黙って観戦に集中した。 ジャイアンツの帽子を被った白髪混じりの初老の紳士風は、なかなかのテクニシャンだった。強引な張り方はしないがつねにカツンと角を相手に当てて、少しずつダメージを加えている。相手は少しずつだが当てられた角を傷め、その部分が開いてくる。角が開けばメンコが若干だが浮き上がり、返しやすくなってくる。一方、対戦者は見るからに中小企業の社長然として、ジャイアンツ帽よりやや若く体格もがっちりとしている。頭は薄い。こちらは力任せのメンコを張る。メンコはかなりボロだったし、ジャイアンツ帽に受けたダメージもあるのだが、なにせ重そうだ。表の絵そのままに重戦車級のメンコだった。ジャイアンツ帽のメンコはそれより薄くて固そうだ。(絵は旗本退屈男―芝居シリーズだった) 多分、薬液に漬けるなどして補強したものだろう。よくボンドを角に塗ったりセロテープを巻いたりと、様々な補強方法を当時考案したものだが、少なくとも私はあまり成功例を見たことがなかった。浸透式の薬液注入も、たいてい漬ける時間を測り間違えてメンコを駄目にしたものだ。しかし、彼は見事に成功している。硬化させた上、粘度を高め、当然比重も上げている筈だから、重戦車級のハゲ社長の風圧にもしっかりと耐え、まるで地面に張りついたようだ。 今、ようやく熱戦にケリがつこうとしていた。 常に絵を表にして張り続けていたハゲ社長のメンコが、つい勢い余って裏に返ってしまったのだ。重くしなやかなメンコも、片側だけで張り続けているといつか、反りが出る。地面との間に僅かな隙が出来てしまう。ジャイアンツ帽のチャンスだった。 それをみんな分かっているから、周囲から一斉に歓声があがった。ハゲ社長はがっくりとうなだれ、終始冷静だったジャイアンツ帽が、初めてニヤリと笑ったのを私は見逃さなかった。しかし、チャンスが到来しても彼はこれまで保ち続けた冷静さを、少しも失っていなかった。かがみこんで重戦車の隙間を丹念にチェックし、どこからどの角度でどういう具合に張れば、この重いメンコを返せるか、分析している。要は相手の隙間にもぐり込んで撥ね上げればよいのだが、これほどのメンコだと軽量級の退屈男では太刀打ち出来ないのだ。ただ、退屈男の硬さだけが頼りだった。地面と平行に接地すれば、勿論風圧は高い。しかし、わざとそうせず、4つの角がばらばらに接地するようにすれば、硬い地面と硬いメンコが反発し有って、メンコは微妙な角度に跳ね返る。僅かな重戦車の隙間に、深くもぐり込んだ最初の角を巧く撥ね上げることが出来れば、ジャイアンツ帽の勝ちだ。 私は自分の握りしめたメンコに目を落とした。このレベルの試合に勝てる技量は、正直、私にはなかった。でも、その分、このメンコが補ってくれる筈だった。同じ戦争シリーズでもハゲ社長のと、私のとではものが違う。彼のはずっと色彩が鮮やかで絵も丁寧だった。私のはもっと古い年代の稚拙な意匠のものだけど、なにより保管状態がいい。その保管時間がこのメンコをとてつもない怪物に変えたといっていいだろう。勝てるかもしれない。そう思って勝負に臨むのは、あのソラン以来だ。勿論、負ければ、すべてが終わりだ。全てというのはやや大袈裟かもしれない。 しかし、今日、時間を作ってここに来た意味、私がこれから外の世界でどう生き直すか、しっかりと生きていけるかどうか―、少なくともそれくらいの意味は持っている。会社の経営が悪化している。資金繰りに失敗し、起死回生に打って出た大口の取引も、土壇場で契約が白紙に戻された。手持ちの手形の多くが焦げつき、今月末には、わが社の正念場を迎えることになる。そうしたことが、この半年の間に起きた。それでも予約したその日が来て、私はここを訪れた。だから―。 だから、ではない。それとは関係なく、私はここにいる。ここにいて、最強のメンコを握りしめて立っている。この試合に勝ったところで、現実の私の生活がどうなるものではない。でも、勝ちたいと思ったし、勝てるとも思っている。今の私に一番大切なことはそのことだ。それ以外の事は、どうでも良かった。 再び歓声と、それに重なるようにして拍手が巻き起こった。どうやら、勝負がついたようだ。見るとジャイアンツ帽とハゲ社長が握手をしていた。ゲンさんと呼ばれるあの親父が、ジャイアンツ帽の腕をつかんで持ち上げた。初老の紳士は片手を上げられながら、照れくさそうに周りに頭を下げている。ややあって、親父が私とヨシキ君を見て、あごでしゃくった。私たちは頷いて、会場に向かう。 「えーっと。みんな、いいかぁ。若いのが仲間に入りたいって言っている。ヨシキと入替え戦をやってもらうことにした。特例だ。この若いの、どうもよろず屋の婆さまに気に入られたらしい―」 ここで周囲からほう、とか、へえとか感心するような声が上がった。私の持っているメンコには、どうもそういう意味が含まれているらしい。 「だから、ヨシキには悪いが、久しぶりに入替え戦をやることにした。異議は?」 「ない」 最初にヨシキ君がそう言っていれた。遅れて周りからも、 「ないよ」 「いいねえ」 「ほう、それは楽しみだ」 幾つかの声が聞こえた。 先ほど決勝戦を争った二人が、仲良く並んでこちらを見ている。ジャイアンツ帽がニコリと破顔して、右手の親指を立てた。ハゲ社長はむっつりと口を結んだままウインクをした。 「勝負は2枚札で行う。一枚取った方が勝ちだ。始めるぞ」 私たちは場に進み出て向き合った。私は手に馴染んだ戦車をそのまま残し、ポケットからもう1枚、ゼロ戦機の札を場に投げた。再び感嘆とも嘆息ともとれる声が場を包んだ。中には人垣を押し退けて、覗き込んでくるやつもいる。「名前は?」 親父が聞いた。 「ソラオです。よろしく」 ヨシキ君が自分の札を場に投げた。アトムだ。手には忍者部隊。2枚ともしっかりと使い込んでいる。いいメンコだ。 「じゃ、順番だ」 二人、同時に手持ちの札の裏を返した。私の戦車の裏には、青いインクでゲンコツが描かれている。ヨシキ君のはパーだ。 「ヨシキの先攻だ。じゃ、始めっ!」 私はじっとりと汗ばんだ自分の手からメンコを左手に持ち替え、その汗をメンコに馴染ませた。空を見上げる。 鮮やかな夕焼け空は、永遠に続くかのように思えた。 |