異形の川辺、再び
 
     薄紅の花の見事に
     打ち興じる人間の季節
     川べりの土手に憩う精霊は
     おぼろの空を見上げては
     決まってそこに置き忘れられる
     人間たちの古い時間を清算する
     つややかに照り映える
     土手の緑までもが意匠となる
     まどろむ時間に似たそよぎの中で
     人間はそしてどこへ行ってしまったのか
     
     真実をめぐる探究に疲れて
     鮮やかに演出された虚構に身を潜めれば
     もはやそこには
     群れた魚の影の揺れる
     川面ほどの画像が映るばかりだ
     液晶ディスプレイの中に宿った精霊は今や
     語り継がれた虚構の中の
     切ない希望を読み取る術も意志もなく
     真実すら語る間の無い
     高精度の地上を造形する
     
     人間は二進法の土手を下って
     美に関する言葉のすべてを検索する
     図らずも精霊たちと同じ方角に顔を持ち上げ
     ほのかに季節の香を含んだ
     宇宙を呼吸すれば
     濃い蒸留酒の中に秘められた記憶は
     人間がいつでも人間以上のものになれることを
     思い出させる
     
     そこに居てそこに居らず
     やがて虚構そのものとなる人間が
     それでも舞う花片の妙を愛でる夕べ
     歌い継がれた唄の繰り返される
     川岸の艶やかな樹木の下では
     愚かな生命を愚かなままで
     慈しむ懐かしい精霊が
     今もひとつふたつ
     静かに安らいでいる
     
                   「異形の川辺」1992.3.29.-4.8.

 今からおよそ10年前の春、私は神戸から隣接する芦屋、西宮と、遣り切れないない喧噪の中、自動車を駆っていた。年度末決算期、どの道も車が溢れ、どうかする気の遠くなるような渋滞にも巻き込まれ、顧客との待ち合わせに遅れやしないかと気持ちを焦らせながら、昼食の弁当すら渋滞の車中で済ませるような毎日だった。
 ところが季節は春。遅々として進まぬ車の列に苛つく私の傍ら、六甲の山並みから急激に流れ落ちる川がようやく流れを落ち着かせ、瀬戸内海に注ぎ込むその河口の近く、国道脇の公園には 休日のうららかな午後を家族や仲間と過ごす集団が点在している。折しも満開を迎えた桜の下で輪を作り、談笑し、持ち寄った弁当に舌鼓を打ちながら、彼らは季節を満喫している。
 それらは、いったい何者かと、私は思う。同じ空間、同じ時間をともに生きながら、それらとわたしの間には決定的な隔たりがあった。もはや別の世界のものだと感じた。生息する空間がおそらく違うのだろう。進む時間の速度すらまったく異なるに違いない。わたしがわずかに前進する車の車窓から一瞬垣間見たそれらの表情は、到底私や私と列を並べる他の車窓の顔とは別のものであって、私にはそれが異形のものに思えた。
 おそらく、彼らにとって私たちの存在は無に等しく、在ってもそこにない私たちの存在こそ、彼らにとっての異形だったに違いない。
 そのように、似た姿形をしながらも、実は別の「もの」たちと、私たちは束の間、時間や空間を交差させる。そう、共有している訳ではない。それらは遠く隔たったものだ。
 日朝国交正常化を前にして拉致疑惑を巡り、識者やマスメディアの意見が対立する。イラク攻撃を準備する米国と周辺各国の中で、まったく異なる思惑が交錯する。それは、本来、話し合いや交渉や取引の中で協調できるものではないだろう。一方に属するものにとって、もう一方の存在はすでに理解を超えた共存の余地のない、別の世界の存在だ。いや、中にはその存在すら認めまいと排除を画策するものも居るだろう。だから容易に、人間は戦争などというおよそ同類に対して為し得ないような暴挙を、したり顔で繰り返す。
 政争で、あるいは侵略で、滅ぼした相手を同じ人間と思えば後ろめたくもあり、非難も受け、汚名を負うから、それらを鬼と呼び、悪魔や魔女と呼び、時に異教の神の列に加えてきた歴史がある。それら異形のものたちは、常に敗者の側に在って、滅ぼされて然るべきものだ。
 だから、春のあの川辺で、私は敗者の側にあって、私こそが異形のものだったに違いない。
 そして、その川辺。
 薄紅の花びらの舞い降りる緑の土手に異形の私が見たのは、正しく人と認められるものたちだけではなかった。私があの時、「精霊」と呼んだものを、いま改めて何と表現すれば良いのだろう。それは人にも、それとは異なるものにも属さず、超然としてそこに在り、どこにでも在り、実のところどこにも無いものだ。
 例えば、それは春という時間かもしれない。
 あるいは、人間の内にも、そして私の内にさえ密かに宿った希望とでも呼べるものかもしれない。
 言葉になら、いくつでも置き換えられる。
 慈愛、夢、創造、真理、共感。
 自らが生み出し、自らの内にこそ存在すると私たちが思ってきたそれらを、あの時、わたしはすべての存在の外側に浮遊するまったく独立したものとして捉えていた。
 どちらが幻想だろう。
 あの時、一瞬なりとも川の土手の向こうとこちら、同じ時間と空間を生きているという錯覚であれ何であれ、私がそう感じたのはそれらが生み出した幻だったのか。
 そして、それらは本当に今も、存在するのだろうか。
 少なくとも、つい先頃まで、確かにそれが在ると信じられたからこそ、私は今日まで生きて来れたのではなかったか。しかし、現代という時間、世界というこの空間の中、私にはもはやそれらの姿を見ることも、声を聞くことも出来ないで居る。
 いま、思い出したように、そのことに気づく。
 遠い山間に始まった水の流れが川をつくり、ようやく海に注ぎ込むこの時代の河口近く、緑の土手。異形のものたちばかりが笑いさざめき、あるいは渋滞に業を煮やして怒声を上げ、あとはなにものの姿も声も無いとしたら。
 そこではもはや何も終わらず、まして何も始まらず、時間は微動だにせず、空間は拡散も収束もしない。そして桜の花びらだけが、ひらひらと舞い降り続けるのだ。際限もなく。
 10年前のあの春の日の渋滞を、じつは未だに私は、抜け出せずにいるのかもしれない。
 精霊たちの姿を見失ったまま。

2002.10.9.