わがままは美徳か
 いささか直截的な認識の仕方で恐れ入るのだが、「わがまま」ということを美徳として捉えるか、悪徳として捉えるか、という出発点は人間の精神的背景や対人間観社会観を考える上で興味深い。
 かく言う私は悪徳派であり、恐らくその最後の世代であろうかと思っている。それが世代によって明らかに分断されるものだとする前提は独断に過ぎるかも知れないが、私たちより後の世代になって確かに倫理観が大きく転換したのは事実だろう。(もとよりこれは、日本に限定した考察である) 美徳悪徳を判断する基準は各自の倫理観に負うところが大きい。そうすれば、まず私の倫理観は何を起源とするものだろうか。
 道徳教育ということがまず考えられる。事実、私たちの後の世代になって、道徳の教科は教育過程から姿を消している。私たちは確かにその授業によってわがままを悪徳として教化されてきた。その際に規範となったのは、キリスト教的倫理観であり仏教道徳であり、それ以上に儒教道徳であったように思われる。特に儒教道徳が強い影響力を持ったのは、単に学校の教育だけに止まらず、家庭を始めとする周辺の大人社会がしつけとしてそれを要求したからに他ならない。それは目上に対する礼儀であり、親に対する孝行であり、社会に対する奉仕であって、序列を守り、我欲を滅することを美徳として説き続けた。
 そうした道徳観が、ではいつから我々の土壌に登場したかと考えてみると、当初私が予想していたほどそれは古い時代ではなく、ましてそれは日本民族固有の観念ですらなかった。今よりたかだか300年前、つまり近世以降のことなのだ。そう考えて日本の歴史を辿り直せば、古代、中世、と日本人はさほどわがままを悪徳として認識してこなかった。仏教の戒律を起源とする倫理観は存在したものの、それも多く僧職に限られ、人々は比較的おおらかに自らの欲望に率直だった。それが唯一規制されるのは権力者による圧力だけで、従って規制されることを嫌う力有る者は、規制する側に取って変われば良かった。その極端な形が、中世末期の下剋上であろう。古代、中世はだから戦争の歴史であり権力収奪の歴史であったと言える。その歴史に一旦終止符を打ったのが徳川幕府である。天下の太平を保つ為に、実は自ら獲得した権力を死守する為に、徳川氏はわがままは悪徳であると喧伝した。儒学の一派である朱子学を官学と定め、力によってではなく学問、或いは限り無く宗教に近い社会規範によって武家や民衆を教化した。時代と共にそれは人々の血肉となり、さながら民族固有の倫理観とも認識され、やがて「葉隠」に象徴されるような美意識にまで発展した。明治維新による近代化によってさえこれを消し去ることが出来なかったのは、それが封建社会から人間を解放する運動ではなく、単に権力の移行に過ぎなかったことが大きい。人間性の解放が前面に立った、それが西洋的な革命であったなら、封建制を支えた思想的基盤である儒教道徳は解体され、新たな倫理観に構築され直されていただろう。しかし、明治維新は権力が移行した上に政治形態が若干民主的に転換しただけのものであったし、文明開化も外発的な要因が多すぎた。むしろ、明治政府は民衆を統治する為に有効として、儒教道徳をさらに強化する方向に動いた。これは第二次大戦の終結まで続き、儒教道徳は国家神道の基本的な教義のひとつにまで成り下がったのだ。
 儒教を説いた孔子や孟子の本来的な教義を、改めて紐解く猶予も知識も今の私には無いが、それがひとつに性善説的な人間観、聖人政治の理想を起源としていることは確認しておきたい。つまり、日本に於いて儒教はその本来的意義に基づいて用いられことが無かったと言ってよい。
 しかし、その日本的儒教が、この民主国家日本の国民の胸底に明確な倫理観や美意識を残したことは確かだ。そして、そうした儒教的文化遺産を私はいささか持て余している。
 なるほど、封建体制や軍国主義体制の精神的土壌となった儒教道徳は、教育の場から姿を消した。さらに輸入された西洋合理主義が、我々の中に染み付いた古い倫理観を払拭しつつある。そうして、私より後の世代は見事に新しい日本人として生まれ変わった。我慢することは愚かとされ、自己主張とその表現方法の巧みさが美徳とされる。自分に正直であることが善とされ、その為に他者が傷つくことは必要悪と理解される。権利や権益を守る技術が多く流布され、義務をより少なくすることが民主主義の骨頂であるかのように喧伝される。男女の別や年令差よりも能力が優先される。強い者が常に勝者となる。身体が弱かろうが、生まれつき不自由であろうが、未熟であろうが、弱い者が常に敗者となる。これは、取り残されつつある者のひがみや懐古主義でしかないかもしれない。が、何かが違う、と私の内で誰かが叫んでいる。わがままを悪徳とする儒教道徳は確かに多く悪弊を併せ持っていたにせよ、ひとつの美意識にまで発展した点で究めて高等な思想であったと思うのだ。人間の自由な生を押し殺すことで、しかし多くの人間を生かすということがある。弱くとも正しい者が報われる。少なくとも報われるべきだと誰もが理解できる。欲ばかりが社会に生きる者の価値でないと信じられる。我慢すること、自分を殺すことが時に人間的な誇りとなり得ると信じられる。
 要は、こうした儒教道徳が権力者や体制の、民衆支配の為の道具として用いられ封建思想として裏返されたことが問題であったのだろう。その反動として西洋的近代合理主義思想は発展した。キリスト教的二元論の善悪観や社会契約思想をその支柱として。しかし、資本主義にその経済基盤を依存することで合理性ばかりが磨かれ、今度は社会そのものが人間性の圧殺を始めるに至ったの は周知の事実だ。
 今こそ、人間を見つめる温かな視点に基づいた、新たな倫理観の確立が求められるのではないだろうか。これは単に儒教思想への回帰を願うものでは決してない。しかし、そこに多くのヒントが求められるのは確かだ。少なくとも、「わがまま」であることを全面的に肯定容認する倫理観では、それはない。ここで問題とされる「わがまま」は、人間に対するそれに止まらず、社会や、さらに人間の地球に対する「わがまま」までを包括したものだ。近代の行き詰まりを近世に回帰することで打開することは危険だ。ただでさえ現代人は英雄的カリスマを属望している。そのことは容易にファシズムを復活させてしまう。問題は何の為に「わがまま」を押し殺すべきであるか、だ。その対象が人間以上の崇高なもの(しかし、神ではない) として見出せた時、私はようやく自らの古い倫理観や、美意識をより高い次元で昇華させることが出来、「わがまま」に関するこの命題に決着をつけることが出来る。
1991.10.17.