表紙映画メモ>2009.01・02

映画メモ 2009年1・2月

(劇場・レンタル鑑賞の記録、お気に入り作品の紹介など。はてなダイアリーからの抜書です)

ホルテンさんのはじめての冒険 / エージェント・ゾーハン / ディファイアンス / Mr.ボディガード 学園生活は命がけ! / キャラメル / マンマ・ミーア! / ディザスター・ムービー! おバカは地球を救う / ベンジャミン・バトン 数奇な人生 / ザ・ムーン / 007/慰めの報酬 / ワールド・オブ・ライズ / BOY A

ホルテンさんのはじめての冒険 (2007/ノルウェー/監督ベント・ハーメル)

舞台はノルウェー・オスロ。運転士として働く67歳のホルテンさんは、駅のそばで規則正しいひとり暮らし。定年退職を迎える日、ひょんなことから仕事に遅刻してしまった彼は、これを機会と施設の母親を訪ねたり、ヨットを売り払ったり、精力的に動き出す。

まずは、特に前半など「乗り物映画」として楽しかった。
映画は電車の音で始まる。ホルテンさんは線路脇(駅の入口の脇)のアパート(寮?)に住んでおり、電車の走る音をバックに朝の支度をする。
彼の受け持ちは、オスロとベルゲンの二都市を結ぶ「ベルゲン急行」(ベルゲンでは電車がゆきどまりの所に着くのが楽しい)。オスロを出た列車はトンネルを抜け、雪の中を走り、トンネルに入り…ホルテンさんの日常のように延々と続いてゆく。カメラがホルテンさんの目線なのが楽しい。そしてラスト、トンネルを出た列車はもう、トンネルには入らない。ホルテンさんが制服を着ることもない。
他にも電車の部品を大写しにした画面(ラストシーンも可愛い)や巨大な駅の舞台裏、飛行場、路面電車、ヨットなどが出てくる。ホルテンさんの送別会の席で、仲間が「電車クイズ」に興じるシーンも可笑しい(笑)

邦題から私は、例えば「アフター・アワーズ」やキアヌの「ミッドナイトをぶっとばせ!」のような巻き込まれ型コメディのお昼間&おじいちゃん版だと思ってたんだけど、これはそういう作品ではない(原題は単に「O' Horten」)。確かに話はアクシデントによって進んでいくけど、ホルテンさんは自由の身だし(笑)自分の意思で行動する。
作中ストーリーが展開し始めるのは、ホルテンさんが送別会の二次会で同僚の住むマンションを訪れるが機械の故障で中に入れず、工事中なのをいいことに外の梯子を使って上階まで昇ってゆくくだり。このシーンが妙に幻想的で、異世界への入り口っぽくて面白い。

そして何と言っても、カンヌでパルムドッグの審査員特別賞を取ったという犬のモー!登場時からあまりの可愛さに頬がゆるんでしまった。ホルテンさんを起こしに主人に連れてこられた部屋での演技も素晴らしい。
エンドクレジットによると実名同じ…ということは、カウリスマキ作品のように監督の飼い犬なのかな?

ベルゲンの小さなホテルが建つ高台からの風景、終盤にホルテンさんが望むオスロの夜景もとてもきれいだった。
ホルテンさんと思いを寄せ合う、ホテルのオーナーの女性も感じがいい。日本人には難しいけど、年とってあんな髪型にできたらいいなと思う。最後に着ていた水色のコートもすてきだった。出された夕食の中味が分からなかったのが気がかり…

「今日は目隠しドライブにうってつけの日和だな!」

(09/02/27・Bunkamuraル・シネマ)


エージェント・ゾーハン (2008/アメリカ/監督デニス・デューガン)

アダム・サンドラーと、彼の繰り出す下ネタが最高にキュート。ここ10年のアダム主演作で一番面白い。
モサドの凄腕エージェント、ゾーハン(アダム・サンドラー)が美容師になる夢をかなえるためニューヨークへやってくるお話。

舞台はロウアー・マンハッタンの、通りを挟んでイスラエル人とパレスチナ人が店を並べるエリア。ショッピング・モールの建設を計画中のアメリカ企業が、彼等の反目を利用すべく狙っている。
そこへふらっと現れた…というか、やっとのことで美容院の下働きにありついたゾーハンは、オーストラリア人を偽り、「豊かな茂み」も活かしたエロサービスでおばさま方の人気者に。オーナーのダリアに恋もする。
しかしゾーハンに恨みを抱くパレスチナ人のタクシー運転手(ロブ・シュナイダー)や宿命の敵・ファントム(ジョン・タトゥーロ…エンドクレジットまで誰だか分らなかった)が現れ、一方で「アメリカ」はメル・ギブソン(「リーサル・ウェポン」)を崇拝する右翼団体を雇って町の破壊を企んでおり、辺りは一触即発…という盛り沢山な内容。

ロブ・シュナイダーとその仲間、アダムの子分風のチビ男(見てると心がけば立つ感じのイイ顔)など、出てくる皆が憎めない。次々と繰り出されるギャグも、アクが強めのものから分かりやすいものまで(タクシーに一体何人乗ってるんだ!とかああいう単純なのって好き・笑)バランスが取れており飽きない。イスラエルネタも、あれだけしつこくやられれば心に残らざるを得ない(笑)
21年前のヘアカタログを大事にしているアダムのセンスは(いつもながら)80'sそのもので、使われる音楽はアダム・アントやヒューマンリーグなど。クラブで流すのはロックウェルの「Somebody's watching me」。このシーンに限らず、アダムのダンス…というか動きが全編通して(もしかしたら最大の)見もの。

いわゆる下ネタについては、ドラマや漫画で「実はマッサージだった」というシーンを見るとむかついて電源をオフにする人(私)にとっては気分が良くなるような爽快なものばかり。アダムの「猫のトイレ」シーンと、「肩をあっためるサービス」(それを見つめるロブ)のシーンが特にお気に入り。
ちなみにゾーハンは、追跡劇の最中に迷惑を掛けた商店主に「政府が補償金を出します」カードを渡したり、子供のために「ストーンアート」を作ってあげたりするようなエージェント。そういうピースフルな男が、同時にエロい(この場合、自らの肉体もある程度エロく、更にそれを「女性」に提供することをサービスと捉えているということ)というのにまず満足させられる。当たり前ながら、人間の性分は色んな要素が組み合わさっているのに、フィクションにおいてはお決まりのことが多いから。
そして、「モテモテ男」の役に合わせてジムに通い、割れた腹筋で撮影に臨むのがアダムの偉い&好きなところ。ウィル・フェレルならそのままやっちゃうでしょ?(笑)

ストーリーのさほど大きな要素ではないけど、「立ち退き」映画としては、例えば「僕らのミライへ逆回転」のようなセンチなものより、お笑いに徹しているこっちのほうが、私はずっと好きだ。

アダムが飛行機内で自分の髪を「アヴァロン」風にカットするシーンに、男の人のそういう姿っていいなと思った。あまり見ないよね。

(09/02/22)


ディファイアンス (2008/アメリカ/監督エドワード・ズウィック)

シャンテは今月からTOHOシネマズに統一されたそうで、「東宝の日」の14日は料金が千円。そのためもあってか、初日の土曜の最終回は満席でした。

1941年、ドイツに侵攻されたベラルーシでユダヤ人狩りから生き延びたビエルスキ三兄弟(ダニエル・クレイグ、リーヴ・シュレイバー、ジェイミー・ベル)。同じユダヤ人グループと合流を繰り返すうち、彼等は巨大なコミュニティをまとめることとなる。実話を基にした作品。

上映時間は2時間16分。年末年始の特別企画ドラマのような印象を受けた。「長かったけど結構面白かったね〜」というかんじ。
針葉樹の立ち並ぶ森の中、移り変わる季節の中、見苦しいほど小汚いわけではない老若男女を率いた個性もバラバラな三兄弟が、バラエティに富んだ事件を乗り越えてゆく。
(ちなみに同行者の感想だけど、冒頭、登場人物が少ないときは身なりが汚く、話が進むにつれそうでもなくなっていく。画面中の汚さ密度の問題か・笑)
いつの間にやらひょこひょこ増えていく同胞、微笑ましい程度の対立など、とくに前半はユーモラスな雰囲気も漂っている。

劇場が満員だったのは「007」効果もあるのかな?実際私も「ダニエルの映画に行こう」と言われてこの作品のことを知り、観る気になったし。
はじめ、長男トゥヴィア役のダニエルがあんな(オメガじゃない)腕時計してる!と思ってしまったものの、その後は予想通り(笑)汚れたジャンパーも長靴もぴたりとはまり、違和感なく観られた。
リーダーとはいえトゥヴィアは完璧ではない。体力も知力も人並み以上だが、優柔不断な部分もある。戸惑う表情は、007シリーズではあまり見られない貴重な?ものだ。
終盤、どうしようもなくなってしゃがみこんでしまうシーンが面白かった。運よく、知らぬ間に育っていた弟が、皆を引っ張ることとなる。

こういう映画を観ると、あのコミュニティの中に自分が居たらどうだろう?とちょこっと考えてしまう。私なら特技も働く気もないから役に立たないし、一人で出掛けて迷って凍死しそうだ(もっともすることがなければ、労働が娯楽になるかもしれない。「刑務所の中」の封筒作りみたいに)。またトゥヴィアとカップルになる女性を見て、ああいう類の「リーダー」の女になるってどういう感じかな、とも思った。よい悪いでなく、方向性を持つわけではない、ある種の感覚を得るはずだ。
またジェイミー・ベルの結婚式のシーンでは、ああした式を自らや仲間が必要とし、その結果を信じること、それが儀式の本来の意義なんじゃないかと思った。

(09/02/14・TOHOシネマズシャンテ)


Mr.ボディガード 学園生活は命がけ!  (2008/アメリカ/監督スティーヴン・ブリル)

いじめれっ子の高校生男子3人組がボディガードを募集したところ、やってきたのは「元陸軍特殊部隊」の現ホームレス、ドリルビット・テイラー(オーウェン・ウィルソン)…という話。

「あることがキッカケで、人間は(その人から見れば、世界は)変わる」というジャンルの物語。しかし大きく変わるのは、いじめられっ子ではなくドリルビット・テイラーの方だ。
制作陣も被ってなければストーリーも全然違うけど…私がいじめられっ子物があまり好きじゃないせいもあるんだろうけど…いい年したおっさんの成長物という点で、ハッピー・マディソン制作/デヴィッド・スペード主演の「ディッキー・ロバーツ 俺は元子役スター」を思い出してしまった。

冒頭30分ほどオーウェンは出てこず、3人組(はじめはデブガリの二人組だが、更に弱いチビを助けたことでなつかれてしまう)の悲惨な学園模様が描かれる。
その後、ケチな路上生活をする「元特殊部隊」のオーウェンが登場。しばらくは、3人組とオーウェンの世界とが全く馴染まないように思えて、別の映画を交互に観ているような違和感を覚えた。(リアルじゃない)いじめられっ子物というのは、学校や地域社会が閉鎖的であることが前提となってるけど、オーウェンの生きる世界はそうじゃないから、へんなかんじがしたのかもしれない。
(ちなみに特典映像のセス・ローゲンの言によると、金銭的に許されれば、オープニングにオーウェンが軍から脱走するシーンを入れたかったそうで、なるほどそういう類の映画と思えばいいのか〜と思った・笑)

他のボディガード候補者は「そんな金じゃできないよ」とその場を去るが、オーウェンにとっては子どものお小遣いも大事な生活の糧。でもってすることといえば、怪しげな自衛手段を教えたり、臨時教師として学校に入り込み、無線でいじめっ子の接近を知らせたりと、いつもながら中途半端にしょぼい。しかし、当初は彼等の家で盗みを働く計画だったのが、仲間(「トロピック・サンダー」の爆破スタッフ、ダニー・マクブライド)を前に「いいやつらなんだよな〜」と渋り出す。
クライマックスは、パーティにおけるいじめっ子vs.いじめられっ子の決闘。最後はオーウェンが乗り込んできて決着を付ける。途中(いつも通り、口から出まかせなんだけど)「相手を愛するんだ!」なんて言ってたから、ケンカじゃない何かを期待してたんだけど。まあオーウェンのファンにとっては、珍しいタイプの見せ場ではある(笑)

冒頭、オーウェンが渋滞中の海岸道路で運転手にお金をせびるシーンを見て、いつもながら、「自分の車」(それに準ずるもの)を持つことの大切さを思った。いいな、と思う人にお金あげられるから。
オーウェンと惹かれ合う、レスリー・マン演じる学校の先生もナチュラルでいい感じだった。二人の「アウトドア」なデートも良い。
いじめっ子役の少年には、顔は似てないけど、ふと「マイ・ボディガード」('80)の同じくいじめっ子役だったマット・ディロンを思い出してしまった。

特典のアウトテイク・削除シーン集を観てみると、オーウェンは(自殺未遂直後?の作品だからかもしれないけど)結構沈んで見える。終盤宝くじを当てるくだりのNGシーンでは、男の子に「ヴィンス・「フォーン」のほうが面白いね…」と言われてるし(笑)
とりあえず今は、4月日本公開の「マーリー」と、「ナイト ミュージアム」(一昨年?観た映画の中では一番ってくらいのお気に入り)の続編が楽しみ。

(09/02/12)


キャラメル (2007/レバノン-フランス/監督ナディーン・ラバキー)

とても良かった。今年一番の作品になるかも。ラストシーンは、今まで劇場で観た映画の中でも最高のひとつといっていい(正確には、エンドクレジットが流れる直前までのシーン。その後の場面も胸が詰まるけど)。
もっとも、私にはその切実さや歓びは想像するしかないものだし、あのあと彼女に何が降りかかるか考えてしまうけど…

ベイルートの美容院を舞台に、店員やお客の女性たちの日常を描いた作品。
オープニング、火にかけた鍋に砂糖を注ぎこみ、はしゃぎながらキャラメルを作る女たち。でも舞台はお菓子屋さんでなく、美容院だ。それを何に使うのか、想像はつくけど、初めてはっきり描写されるのが、店長のラヤール(ナディーン・ラバキー、監督も)のああいうシーンだというのがぐっとくる。でも後に彼女がそれを手にするシーンでは、私も是非男の人にあれをして、うめかせてみたいと思わせられた(笑)

初めて観るレバノン映画ということもあり、まずは建物やインテリア(老姉妹のベッドルームが最高)、人々の顔や体、服装、声、光や影、煙、音などのエキゾチックな生活感に心奪われ、またラヤールの暮しぶりに、あんなふうに親と同居なんて(そのこと自体でなく、自由に電話もできない状況なんて)私なら発狂しそうだなあ、などと呑気に考えてたけど、少しずつ、女…もとい社会をカタチ作る規律が立ち現れてくる。
作中初めて「それ」が不気味に姿を現すのは、ラヤールが妻子ある恋人とのお祝いのためにホテルの部屋を借りるシーン。既婚女性であることを示す身分証がないため断られ続けた彼女は、売春婦が使う部屋をようやく確保し、便器を磨きクッションをたたき、「敷物のしみ抜きまでして」部屋を飾り付け、愛する人を待つ。この一連のシーンは、怖くもあるけど、最高に美しい(また音楽が、ずるいくらい良い・笑)
それにしても、あんな活き活きとした世界で自由にセックスできないなんて、生き地獄だと思った。

彼女が恋人と会うのはいつも、自身の古ぼけた車の中だ。いずれの場面でも、相手の姿ははっきりとは映されない。この恋は、彼がどうこうというより、自分がどういうふうか、自分にとってこの恋は何なのか、という問題なのだ。ふと岩館真理子の漫画を思い出してしまい(笑)あんな健気なことはしないけど、ああいう場面にばかりじーんとしてしまうなんて、私はやっぱり「少女漫画」的な感覚の持ち主なんだなと思った。

とくに前半は、女同士で互いの身づくろいをするシーンが多いのも楽しい。自分の髪すらまとめられない私は、学生時代から母親や友達にしてもらうばかりだったけど、ああいうのっていいものだ。

(09/02/06・ユーロスペース)


マンマ・ミーア! (2008/アメリカ/監督フィリダ・ロイド)

ギリシアの美しい島を舞台に、「ママのノート」で始まり、大団円に終わるミュージカル。

何はともあれメリル・ストリープが良い。冒頭、船着場に友達を迎えに行くのにジープを運転している姿が「お母さんに任せれば大丈夫」というかんじで、おなじみ「激流」を思い出してしまった。その後も、流麗なダンスを披露…というより「体の丈夫なおばさん」として動き回る。とび跳ねたり、梯子を上ったり、逆さになったり。中年女性が体を鍛えていればこうなるのかも、というような面白さがある。
演技も相変わらずで、娘の結婚式の夜、ロバに乗って教会へ向かう彼女を見送る姿など、昔の中野翠ならこてんぱんに叩いてそうなクサさだけど、私は嫌いじゃない。その後にピアース・ブロスナンを前にとうとうと歌い上げるシーンでは、赤らんだ鼻の前で両手を組み合わせるあの仕草に、「マディソン郡の橋」を思い出してしまった。ちなみに「激流」「マディソン」が出たついでに書いておくと、他に「シー・デビル」「永遠に美しく…」を思い出すシーンもあった(笑)
また、オーバーオールを履いたコメディ調のときの顔と、プロポーズを受けてからの美人顔とが全然違うのもいい(眉などの形を変えている)。後者は本当にきれいだった。

ミュージカルシーンはどれも楽しかった。歌や踊りがどうこうという前に、美しい舞台やよく出来たセット、また「女の子」話ならではの小道具を使っての演出が魅力的。昔の男の出現に驚き、思わずトイレにこもってしまうメリルを他の二人がなぐさめるシーンや、その後の彼女の寝室での「ダンシング・クイーン」はとくに良かった。

「独身最後の夜」ではじける男女が重なり合い、求め合うシーンで「この世界は異性愛者ばかりってことなのか…」と少々鼻白んでいたら、ラストにちゃんとフォローが入って良かった(笑)

(09/02/04・新宿ピカデリー)


ディザスター・ムービー! おバカは地球を救う (2008/アメリカ/監督ジェイソン・フリードバーグ)

新宿ピカデリーでこういうの上映するのは、改築以前のピカデリー4の名残かな?「最狂絶叫計画」もあそこで観たし。

金曜の最終回、客席はウチら二人だけの貸し切り状態。
(生まれて二度目。初体験は結構最近で、去年の「スピード・レーサー」笑)
ど真ん中のきれいな席で喋りながら観られてよかったけど、こんなに誰も来ないんじゃあ、こういう機会もこれで最後になるかも…

ストーリーもない中に、有名映画(ドラマ)のキャストの似ても似つかない偽物が出てきてあれこれするという内容。だから「喋りながら観られてよかった」。ほんとはソファに寝転がって、チートス食べながら観たいくらい。
ジュノはずっとジュノ喋り(苛々してくる・笑)だし、シガーは人を殺すけど、他の有象無象?は…例えば「ナイト・ミュージアム」のパロディでオーウェンが出てくるんだけど、たんに「金髪でカウボーイスタイルの人」がワンシーン挿入されるだけだから、「あっオーウェンだ!」とでも言いながら観ないとつまんない(笑)

面白かったのは、「魔法にかけられて姫」が自分の袖にびっくりするところ(自分でもやりそうだから)。ジュノのオレンジジュース一気飲みには感心した。
「ハイスクール・ミュージカル」のシャーペイがいなかったのは残念(もっともルックスは似せようとしてないから、実際は該当者がいたのかも)。
エンドクレジットがやけに長く、アウトテイク集のようなものも流れたけど、出演者は皆楽しそう。その割にはパーティの場面などでのエキストラがかなり盛り下がってたのを思い出し、可笑しくなった。「ギャグをやる人だけが楽しい」というのか…(笑)

(09/01/31・新宿ピカデリー)


ベンジャミン・バトン 数奇な人生 (2008/アメリカ/監督デビッド・フィンチャー)

老人の姿で生まれ、年を経るごとに若返るベンジャミン(ブラッド・ピット)と、彼の愛した女性デイジー(ケイト・ブランシェット)の物語。
ほどよいファンタジーとユーモア加減、主演二人の雰囲気、映像など見事だと思った。好きなタイプの映画(フィンチャーの作品では初めて・笑)。ベンジャミンの登場が窓辺のシーンで終わりなら、尚よかった。

とくに前半は、夜と影を味わう映画でもある。「人生で大事なことは、全て夜に学んだ」とでもいうように、ベンジャミンは暗がりの中で多くの経験をする。子どもの頃は、皆が寝静まった老人ホームを車椅子でうろつく。長じてロシアの古ぼけたホテルでの、人妻(ティルダ・スウィントン)との毎夜の逢い引きの描写も素晴らしい。彼女が二日目の晩から身に付けてくる、真珠のネックレスが印象的だ。当時もああいう長さのが流行ってたんだろうか?
そしてベンジャミンに何かを告げてくる、陰になって見えない顔の数々。愛する人のシルエット。

物語は1918年のニューオリンズに始まり、世界各国を巡り、21世紀まで続く。その間ベンジャミンの外見は老人から中年になり、やがては子どもになる。
ニューヨークに渡ったデイジーはモダンバレエに熱中し、再会した際のおしゃべりに、エドガー・ケイシーやロレンスの名を持ち出す。第二次世界大戦中、船員のベンジャミンはある日を境に海軍の一員となり、Uボートの攻撃を受けるはめになる(このくだりはとても面白い)。60年代後半、二人はメゾネットタイプの住宅に引っ越し、テレビでビートルズを観ながら寝転がる。

話の内容には関係ないんだけど、ベンジャミンの場合は年を取るに従い、身体は青年でも心は老年になってゆくわけだけど、ファッションなどの捉え方はどうなるんだろう?体が若ければ脳内年齢?に関わらずそれなりの服装になるのかな?また、自分がどんどん若返るとなれば、若さは「失う」ものではないから、美的感覚なども違ってくるのかな?などと考えた。
戦争で命を落とす船長に対してベンジャミンがかけるちょっとした言葉に、彼の実年齢や生育歴を思い、しみじみとしてしまった。

助演女優賞を受賞したタラジ・P・ヘンソン演じるベンジャミンの養母は、「奇跡」を信じる者。だから何だって受け入れる。十数年ぶりに戻ってきたベンジャミンを「誰?」と訝る実の娘に、「あなたのお兄ちゃんよ」とあっさり言ってのける場面が可笑しかった。

若者から老人まで(あるいは逆)を演じる主役二人の顔に関する特殊効果は、とくに若いときのものが良かった。ブラピの目の下のたるみが無いと、本当に昔に返ったよう。更に若返った彼を見て、デイジーは「perfect...」と口にする。

「永遠はあるわ」
「…おやすみ」


(09/01/28・東京厚生年金会館試写会)


ザ・ムーン (2007/イギリス/監督デヴィッド・シントン)

月面着陸40周年を記念して制作された、「アポロ計画」に関するドキュメンタリー。とても面白かった。

アポロ11号の初の月面着陸を中心とした、宇宙とアメリカの…作中しきにり「我々人類の」という言葉が使われるけど…お話。冒頭ザ・バーズの「Mr.spaceman」が流れ、のんきな雰囲気で始まり、そのままポシティブに進んでいく。
映像のうち「宇宙」ぽいものは半分ほどで、残りは今や爺さんとなった10人の宇宙飛行士が語る顔のどアップ(鼻毛に目が行かざるを得ない人が内一人)、当時の彼等の映像、本番時のコントロールセンターの様子など。私は区別が付かなかったけど、NASAが冷却保管していたものもあるそう。合間にニュースや娯楽番組、打ち上げ現場に見物に来る人々など、当時の雰囲気がより伝わってくるものも挟みこまれており楽しい。日本もワンシーン登場する。
ロケット製作時の木の模型みたいのには笑った。ああいうのから出来ちゃうんだ…。プリン?みたいな宇宙食は「味はともかく」って、アメリカ人が言うんだからよっぽど不味かったに違いない(笑)宇宙では電気カミソリ使えないのかな?画像の、よく見る白黒半分のアタマは何だろう?

何十年という時を経たからこそカタチになったかもしれない、宇宙飛行士たちが語る当時の心持ちも面白い。「打ち上げの場所に着いたら、いつもは整備なんかのためにアリのように人がうじゃうじゃいるのに、誰もおらず不安になった」「月から戻る道中、窓の外を見て、真の自己を発見し、悟りを開いた」…などなど。映像と一緒だと、すんなり心に入ってくる。
アメリカ人が10人いれば2人か3人か…あるいはもっと多くは、自然とジョークを口にする性質だけど(「アメリカ人は二人の間でも秘密が守れないのに…」には笑ってしまった)、それもいい雰囲気を生んでいる。

宇宙飛行士のうち数名が「自分はラッキーだった」というようなことを口にしていたけど、「月面着陸」に関わる人々を円にしたとすれば、望むと望まないと、彼等はまさにそのど真ん中。円の外周がかするかかすらないかあたりにいる人だってたくさんいただろう。そういう人たちの話も聞いてみたいなと思った。

劇場内には親子連れも数組見られたけど、子どもたちはどういう感想を抱いただろう?単純に、日本はなぜ月に行かないの?と思うかもしれないな。

(09/01/24・TOHOシネマズ六本木ヒルズ)


007/慰めの報酬 (2008/イギリス-アメリカ/監督マーク・フォースター)

先週あらためて、前作「カジノ・ロワイヤル」を観ておいた。
「カジノ〜」のボンドガール・ヴェスパーは財務省勤務なのでああいうときは役に立たないけど、今回のカミーユは諜報部員だから、観ていて安心だ。最後のファイトは応援してしまった。

「カジノ・ロワイヤル」もそうだったけど、ダニエル・クレイグ版007は「少年と少女」の話だ。昔の007シリーズののんびり感はない。技はあるが情も勢いも抑えないボンドは、特定の女にこだわり、今作では同性とのベタな友情も見せる。それを演じるのがトウのたちまくったダニエル、というのが良い。たまに(ほんとにたまに)見せる笑顔が最高だ。少年ダニエルの愛らしさにヤられる人(私)にとっては、前作と同じく面白いということになる。
セクシャルなサービスとしては、ダニエル版の007はカラミでなく男を単体で見せてくるから、女向けである(ベッドシーン?での上目遣いもヤバいけど・笑)。ただし今回は「カジノ〜」の水着や拷問のような分かりやすいシーンはなく(笑)ひたすら「躍動する肉体」を見ることになる。
ボンドガールのオルガ・キュリレンコは、子どもの頃クラスに一人はいたような顔付き。登場時に車から降りたときの長い手脚、少女っぽい口元が魅力的だ(のわりには「ヒットマン」に出てた記憶が全くないけど…)。ただ一度だけのキスのとき、彼女は目を閉じない。突然だったからか、意志によるのか。

同行者は「007を観るんだからウイスキーを…」と事前に買ってたけど、手を付けるタイミングがないようだった。前半はアクションシーンの連続で息付く暇がないし、これまでの作品より展開が早く、ストーリーが細かいため気を抜けない。
冒頭の一幕は、めまぐるしくて観ていて疲れた。このシリーズは全員スーツ姿のことが多いんだから(肌の露出で主人公を見分けられるダイハードやランボーとは違うんだから)、もっと見易くして欲しい…。

ダニエルのキャラクターは、ドアのノックの仕方や殺した人間の後始末(足でエレベータに押し込んだり)など、とにかく所作が乱暴。撮影時はいちいちテンション高めてるのかな、大変だなと思ってしまった。
同時に、今や彼の仕草を見るだけで…たたずまいだけで可笑しい。トイレのドアの取っ手を折る場面では勿論、ラストに暗い部屋で待ち構えてる姿にも笑いが止まらなかった。将来レスリー・ニールセンみたいになってるとこも想像してしまう。

一応の悪役(一応ってのは、さらなる悪玉は他にいるから)マチュー・アマルリックの顔は、ティルダ・スウィントンに似ている。ボンドとの一騎打ちのときの「声」…肉体的弱者が気合いのみで戦う声が最高だった。同行者は「森田健作を思い出してた」。
彼の最期はカトリーヌ・アルレーの「地獄へのツアー」を思い出させる。だから(その作中人物のように)アレは自分で飲んだんだろう、と思っていたら、同行者にそれはない!と言われた(笑)

今回はMの登場シーンが多く、ダンナの声も聴けたのが嬉しい。美肌師が見たら悲鳴をあげそうなことをやっていた。

(09/01/17・バルト9先行上映)


ワールド・オブ・ライズ (2008/アメリカ/監督リドリー・スコット)

中東のテロ撲滅のために働くCIA工作員のフェリス(レオナルド・ディカプリオ)とベテラン上司のエド(ラッセル・クロウ)。現地を飛び回るフェリスはヨルダン情報部の協力を得て仕事を進めるが、エドが無断で行う裏工作により、何度も苦汁を嘗めさせられる。

「ヨルダン情報部の守備範囲は自国だけだが、俺たちは世界の平和を守ってる」とのたまうラッセル・クロウは椅子に座って指示するだけのエリートだが(かつては現地で肉体労働したこともあるんだろうか)、暮らしぶりは庶民的だ。ぼってりついた脂肪はスーパーマーケットで売ってるようなお菓子が元だし、時間外勤務は子どもの送り迎えや授業参観と同時進行。あんな普通のおじさんが、ああいう仕事をしてる…というのを強調してるんだろうか。
そんな彼に苛立つディカプリオのほうも、どこで買うんだろ?というようなセーターやジャージ、申し訳程度のスーツ姿。拷問を受ける際に暴れて見える腹や、ラストのジーンズ履いたお尻が、かろうじておっさん化してなかったので安心した(笑)
そんな「アメリカ男」二人に対し、ヨルダン情報部の長官ハニ(マーク・ストロング)は異様にぱりっとしており見ていて気持ちがいい。とくに登場時のハイネックの白シャツなど、着こなせる男性はそうそういないと思う。

CIAは無人偵察機を駆使して工作員を空から援助するが、テロリスト側はメッセージを「手渡し」し、車で砂煙を作るなどの原始的な方法で目くらましをする。結局は人間の働きがものを言う…というのは、近年だと実話だという「アメリカを売った男」(ちょっと時代が古いけど)なんかでも感じさせられたこと。冒頭(見上げればバレバレである)偵察機に文句を言っていたレオが、その監視から外れるラストシーンが面白かった。
加えて現地住民や観光客が巻き込まれる無差別テロのシーンは、映画でお馴染みとはいえ衝撃的だ。

観ていて面白いのはやはり、レオとラッセル、マーク・ストロング三者のやりとり。問題があると見ればすんなり現地にやって来るラッセルとハニの、互いに論理的ではあるが噛み合わないやり取り、それを苦虫をつぶしたような顔で聞いているレオのシーンなど面白かった。
ヨルダンを追放されたレオが、本国に戻って(彼にすれば失敗の原因を作った…横槍を入れてきた)上司のラッセルと話をするシーンもいい。レオが「少しはダイエットしろよ、クソデブ」と椅子を蹴ると、それを受けてラッシー「10年前なら負けなかったぞ」。結局は同じ穴のムジナ同士、軽口を叩いているうちに心もほぐれ、「名案」が出てくる。「素」の顔をのぞかせてはしゃぐ、レオの表情が良かった。

「イエスかノーかで答えるんだ、でないと疑ってしまう」
  (「決して自分に嘘はつくな」を仕事付き合いの基本にしているハニ、フェリスを尋問する際に)


(09/01/11・新宿ピカデリー)


BOY A (2007/イギリス/監督ジョン・クローリー)

かつて「BOY A」と呼ばれた青年(アンドリュー・ガーフィールド)は、過去の罪を償い、「ジャック」として再出発を果たした。ソーシャルワーカーのテリー(ピーター・ミュラン)のサポートにより、アパートを借り、運送会社で仕事をこなす。相棒や恋人にも恵まれるが、本当のことを打ち明けたい衝動に駆られることもあった。

主役のアンドリュー・ガーフィールドは「大いなる陰謀」でレッドフォードの相手役を努めた俳優さんだそう。全然覚えていなかったけど、表情豊かな可愛い子だ。

物語は、出所の決まった主人公が、明るい日差しの中、テリーからナイキの「escape」を贈られるシーンに始まる。彼は自分に新しい名前を付ける。
彼の「過去」は、少しずつ明かされる。少年時代の彼は、似たような境遇の友人とつるんでいた。二人の(相変わらずの)イギリスっぽく着崩した制服、言われなければ70年代と区別の付かない田舎の風景にぐっとくる。友人の「最後の扉が閉まるまで…」のセリフには涙がこぼれた。彼等が罪を犯す場面は、直接描かれないだけに恐ろしい。

現在の「ジャック」にも、職場の同僚クリスという「相棒」がいる。彼等の過ごす、他愛ない時間の描写が素晴らしい。田舎だから暮らしも娯楽も素朴だ。女の子もつかまえず、ただ飲んで一騒動あっただけの晩をクリスは「最高の夜だ」と言う。

恋人ミシェルとの時間も豊かなものだ。ソファやお風呂での二人のセックスは、ここ数年映画で観た中でいちばん気持ち良さそうだった。始め「うまく」できずに戸惑う「ジャック」に対し、ミシェルは「もう一本映画を観て、お酒を飲めば大丈夫よ」と言う。その通りに再び時間を過ごす、若い二人の姿が何ともいい。
10年を刑務所で過ごした彼には、言動に、どうしてもぎこちない、おかしなところがある。そんな彼と、特別な人間じゃない、ごく普通の彼女とが、思いやりをもって接し合う描写がとても良い。最後に彼女が一人で流した涙は、どういう意味だろう?と考えた。

意地のわるい見方をすれば、私からするとこの話は「社会的意義のあることをする前に、身近な人のことを考えろ」という教訓話である。結局、「どんなに信頼できる相手であっても真実を打ち明けてはならない」と言っていたテリー本人のミスにより、ジャックは窮地に陥るはめになるからだ。テリーの「父親」としての評価は、映画の中ではその息子の言葉によってしかなされないけど、本人など他の側からはどのようなものだったのか、想像してしまった。

(09/01/09・ヒューマントラストシネマ渋谷)



表紙映画メモ>2009.01・02