白い稲妻
タマモクロス


タマモクロス 天皇賞・春

宝塚記念

天皇賞・秋

鳴尾記念

阪神大賞典

金杯(西)





18戦9勝
競走成績

ひ弱な芦毛馬

 タマモクロスは北海道新冠の錦野牧場という敷地14ヘクタールの小さな牧場で生まれた。父はかつて白い刺客と呼ばれたシービークロス。鋭い追い込みで金杯、毎日王冠、目黒記念を勝ちながらついに大レースは勝てなかった馬である。種牡馬としては期待されシンジケートも組まれたが種付け公示価格は10万円。はっきり言ってこちらからつけてくれる人を捜すような状態であった。それでもなんとか49頭の繁殖牝馬を集め、初年度に38頭の産駒を得た。その父シービークロスと同じ芦毛で生まれた初年度産駒の1頭・タマモクロスだったが細くひょろっとしたあまり見栄えのしない馬で、他の兄弟と3頭まとめてタマモの三野オーナーが譲り受けたのだった。
 栗東の小原厩舎に入厩し、4歳の3月にデビューしたものの直線で他馬が襲いかかってくるとずるずると後退、10頭立ての7着と惨敗した。極端なほど神経質な心の持ち主で、他馬が来るととたんに萎縮してしまうのである。厩舎でも馬運車を見ただけで心配になり飼い葉を食べなくなるなど女の子のような神経の馬であった。そんなタマモクロスは3戦目の未勝利でなんとか一勝をあげたものの、4戦目で前を行く馬が落馬したあおりを喰らって転倒。ここで決定的に他馬を怖がる癖がついてしまった。その後のレースでは他馬を怖がって惜しいところでもたれたりして負けを繰り返したタマモクロスは、秋まではただの平凡な1勝馬に過ぎなかった。

快進撃の始まり

 そんなタマモクロスが遅い2勝目をあげたのが4歳の10月18日の400万下である。久々に芝のレースを使われたタマモクロスはこのレースから変身。後続を7馬身ちぎる快勝を見せる。そのタイムは京都新聞杯を勝ったレオテンザンをコンマ1秒上回っていた。後から思えばこれがタマモクロスの破竹の8連勝の始まりとなったのである。続く11月1日の藤森特別も楽勝し、タマモクロスは一躍菊花賞の秘密兵器に数えられるようになっていた。
 タマモクロスが快進撃を始めたのと時を同じくして、悲しい知らせもやってきた。故郷の錦野牧場はかねてから経営難から倒産の危機にあったが、それがついに完全に人の手に渡り、牧場の名義も書き換えられたというのである。牧場主一家もそれを原因に離散、主人の錦野氏は東京に出て働き、夫人と子供とは離ればなれになってしまった。さらにタマモクロスの母グリーンシャトーも牧場の倒産に伴って他牧場に売却され、環境の変化に疲れ果てたグリーンシャトーは売られた先の牧場で急死してしまったのである。
 眼前に菊花賞が控えていたものの、この馬が完成するのは5歳と見た小原調教師はハンデの軽いうちに鳴尾記念に挑戦させた。このレースで2着に6馬身もの差をつける圧勝を演じたタマモクロスは、続く金杯でとても届かないような位置から内を突いて15頭のごぼう抜きをやってのけ、更に阪神大賞典では逃げるダイナカーペンターをゴールで何とか捕らえ1着を分け合い、重賞3連勝をひっさげて天皇賞に1番人気で出走した。その天皇賞でタマモクロスは危なげないレース運びで見事勝利を収めた。わずか半年前は一介の条件馬に過ぎなかったひ弱な芦毛馬があっという間にG1のタイトルを手に入れたのである。
 続く宝塚記念で当時の中距離最強馬ニッポーテイオーを下したタマモクロスは現役最強の称号を得て、秋を迎えることになった。

芦毛の怪物2頭

 秋を迎えたタマモクロスはぶっつけで秋の天皇賞に天皇賞春秋連覇を賭けて出走してきたが、そこにはもう1頭の芦毛の怪物4歳馬が重賞6連勝で挑んできた。笠松出身の怪物オグリキャップである。タマモクロスとオグリキャップの2頭の芦毛の怪物は共に単枠指定を受け、1番人気オグリキャップ、2番人気タマモクロスとなっていた。この2頭の初対決に東京競馬場は沸いた。
 ゲートが開くと当然のごとく逃げ馬レジェンドテイオーが飛び出していったが、2番手につけた馬を見て場内はどよめいた。普段後方待機からの追い込み戦法を得意とするタマモクロスがなんと2番手につけていたのである。南井騎手に「全て任せる」と言っていた小原調教師もこれにはさすがに肝を冷やした。しかしタマモクロスは強かった。4コーナーを回って先頭に躍り出ると後ろから猛然と追い込むオグリキャップを1馬身1/4はなしてゴールへと飛び込んだのである。芦毛対決第1ラウンドは古馬のタマモクロスに軍配が上がった。
 タマモクロスがゴールに飛び込んだとき、スタンドの片隅でひとりの男性が涙ぐんでいた。倒産した錦野牧場の主人である。タマモクロスの快進撃はいつしか散り散りになっていた錦野さん家族の心を再びひとつに繋げていたのであった。
 タマモクロスは続くジャパンカップでは1番人気に押された。タマモクロスなら強豪外国馬相手でも何とかなるかも知れない、そんな期待がこもった1番人気だった。前走でタマモクロスに連勝を止められたオグリキャップも雪辱を期して参戦してきた。このレースでもタマモクロスは期待通りの走りを見せたもののペイザバトラーに破れ、惜しくも2着に終わった。重賞連勝記録は6で止まってしまったが、タマモクロスと3着に終わったオグリキャップの懸命の走りに皆満足していた。
 続く有馬記念を最後にタマモクロスの引退が決まり、暮れの有馬記念はタマモクロスの引退レースとして、そして後には昭和最後の名勝負として長く語り継がれる好レースとなった。タマモクロス・オグリキャップ・サッカーボーイ・スーパークリークと素晴らしいメンバーがそろったが、レースはやはりタマモクロスとオグリキャップの2頭の対決となった。このレースでタマモクロスはオグリキャップに3度目にして雪辱を許し、このレースを最後に引退した。この後もオグリキャップの活躍は続くのだが、最初にオグリの良きライバルとなったタマモクロスの名は永遠に消えることがないであろう。

 種牡馬入りしたタマモクロスは内国産のエースの1頭として次々と活躍馬を送り出している。ただ、まだG1を勝った馬は出ていない。早いとこ父を超えるような大物の登場を望むところである。できれば父と同じ芦毛の馬ならなお良いと思うのは私だけではないだろう。

タマモクロス 牡 芦毛 昭和59年〜

生産地・生産者 北海道新冠 錦野牧場 総収得賞金 490,613,600円
馬主 タマモ(株) 繋養地 北海道静内 アロースタッド
調教師 小原伊佐美 主な産駒 カネツクロス(AJCC、鳴尾記念、エプソムC)、
ブラッククロス(ダービーグランプリ、東北優駿、不来方賞)、
シロキタクロス(神戸新聞杯)、
ダンツシリウス(シンザン記念、チューリップ賞)、
テイエムトッキュー(カブトヤマ記念)
ホワイトアリーナ(関東オークス、浦和桜花賞)、
マイネルトレドール(東京障害特別・春)
騎手 南井克巳、田原成貴、
安田富男、松永幹夫


シービークロス
(芦 1975)
フォルティノ Grey Sovereign Nasrullah
Kong
Ranavalo Relic
Navarra
ズイショウ パーソロン Milesian
Paleo
キムラス タークスリライアンス
ローヤルデイール

グリーンシャトー
(栗 1974)
シャトーゲイ Swaps Khaled
Iron Reward
Banquet Bell Polynesian
Dinner Horn
クインビー テューダーペリオット Owen Tudor
Cornice
コーサ ヒンドスタン
ミスチャネル