| 五冠牝馬 |
| メジロドーベル |
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阪神3歳牝馬S 優駿牝馬(オークス) 秋華賞 エリザベス女王杯2回 産経賞オールカマー 府中牝馬S 13戦7勝 競走成績 |
メジロ執念の結晶
ライアン・パーマー・マックイーンの3頭によって一時代を築いたメジロ牧場。しかしその3頭がターフを去った後はかつて無いほどの不振に陥った。勝鞍も半数以下に落ち込み、重賞勝ち馬も出ない。不振は数年に渡って続いたが、その不振から牧場を救ったのは黄金時代を築いたうちの一頭・メジロライアンであった。メジロライアンは初年度から大物を2頭も送り出した。しかもその2頭は共にメジロの冠名を戴いていた。天皇賞馬・メジロブライトと、4年もの間牝馬として最高位に君臨し続けた名牝・メジロドーベルである。幼駒時のアクシデント
3歳から6歳まで長い間走り続けたメジロドーベルだが、怪我らしい怪我といえば6歳時に春を休むことになった腱鞘炎くらいであり、牝馬としてはかなり珍しい丈夫な馬であった。しかし、デビュー前にはそれこそ幾度と無くデビューを危ぶまれるほどのアクシデントに見舞われた。最初のアクシデントは生まれる前から予測されたものだった。父と母の血液型不適合から来る黄疸。ドーベルはそれに当てはまってしまった。母の初乳を飲めば貧血を発症し、黄疸へと進行して死に至ってしまう。しかしその問題は事前に分かっていた事が幸いし、乳母より初乳をもらうことで事なきを得た。次のアクシデントは2歳の時、手術が必要なほどの重度の骨折をしてしまう。幼いながら1ヶ月の間馬房に閉じこめられることになったドーベルだったが、その後はそんなアクシデントが嘘のように順調に成長していった。2頭の宿敵・キョウエイマーチとエアグルーヴ
順調に勝ち星を重ね、3歳女王となったメジロドーベルの力は同世代の牝馬の中では確かに抜けたものだった。しかし、この世代全体としてのレベルはどうか分からないが、明らかに普通の世代の牝馬レベルを超越した馬がドーベルを含め3頭いた。シーキングザパールとキョウエイマーチである。シーキングザパールとドーベルは3歳時2度ほど対戦しただけでその後は別路線に進んだ為対戦はなかったが、キョウエイマーチはドーベルにとってクラシック路線を歩む上でのただ一頭の敵となった。キョウエイマーチのマイルまででのスピードと粘りは図抜けたものであり、最初のクラシック・桜花賞ではついにキョウエイマーチの豪快な逃げを捕らえることができなかった。もっとも、これは距離適正の差が出たものと言うことができ、その証拠にメジロドーベルは2400mのオークスと、その間の距離2000mの秋華賞を圧勝した。特に4歳秋オールカマーから秋華賞でドーベルが見せたパフォーマンスは牡馬をも圧倒するものではないかと思われた。
しかし一つ上の世代には現実に一流牡馬をねじ伏せる驚異の牝馬がいた。エアグルーヴである。4歳末初めてエアグルーヴと対戦したメジロドーベルだったが、ゴール前で大接戦を繰り広げるエアグルーヴに食い下がることもできず惨敗してしまった。彼女の5歳はまさに打倒エアグルーヴの為だけに存在した。最後のチャンス・エリザベス女王杯
大阪杯・宝塚記念と連続でエアグルーヴの後塵を拝してしまったメジロドーベル。もはやエアグルーヴとの底力の差は歴然としていた。このままではG1勝ちはエアグルーヴより多くても後の評価では「エアグルーヴより下」とされてしまうのは明らか。秋のエリザベス女王杯はメジロドーベルにとって後の評価のために絶対に落とせない一戦となった。エアグルーヴはジャパンカップを見据えた余裕残しの仕上げ。是が非でも負けられないドーベルは、このレースで牝馬としての武器を限界にまで発揮し、男勝りのエアグルーヴの追撃を封じ込めた。貯めに貯めて最内を上がり33秒5という斬れ味で強襲。四肢をフル回転させて1着でゴールへ飛び込んだドーベルの鞍上で吉田豊は「見たか!」と左手人差し指を大観衆に向けて突き立てた。おそらくこのレースはドーベルの生涯成績にとって最も大きな勝利となったであろう。この年メジロドーベルはエアグルーヴをさしおいて最優秀古馬牝馬に選ばれた。なおも女王のまま
エアグルーヴもターフを去り、牝馬として桜花賞以外の全てのタイトルを手に入れたメジロドーベルにも確実に衰えが見えていた。中山牝馬Sでは斤量を背負わされたとはいえ桜花賞以来の牝馬限定戦での敗北。その後これまで無かった脚部不安。秋の復帰戦毎日王冠ではこれといった見せ場もなく6着。引退のときは着実に迫っていた。一方1世代下・2世代下には着実に若い力が育っていた。世代交代。そんな言葉が見え隠れする第24回エリザベス女王杯だった。しかし。
メジロドーベルは勝った。確かに力は衰えていた。伸びは全盛期のものではなかった。しかし昨年のVTRを見るかのように内から伸び、1着でゴールに飛び込んだ。ただ、吉田豊は昨年のように指を突き立てることはなく、表彰式では涙すら見せていた。吉田豊と共にG1を勝ち続けたドーベルが、最後は彼のためにあげた勝利のようでもあった。メジロドーベルはこの勝利を花道に翌週引退式をあげ、最後まで女王のままターフを去った。
終わってみればG15勝、4年連続JRA賞受賞、4年連続G1勝利、獲得賞金は7億3千万円以上。記録ずくめのメジロドーベルであった。何より素晴らしいのはコンスタントに力を出すことが難しい牝馬が、これだけ長い間力を発揮し続けたことである。なにか奇跡的なものさえ感じるこの馬が繁殖牝馬として、直子でなくてもいつか活躍馬をだす事を期待したい。それがメジロクインより続くメジロ血統を見守る醍醐味なのだから。(00.7.10)
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