| 悲運の戦士 |
| キタノオー |
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朝日杯3歳S 菊花賞 天皇賞・春 スプリングS NHK盃 セントライト記念 オールカマー 29戦16勝 競走成績 |
悲運の名馬
日本馬として初めて海外重賞を勝ち、顕彰馬に選ばれているハクチカラ。彼は日本での現役時代、非常にたくさんのライバルに恵まれた。同期で皐月賞を制したヘキラク、同じく菊花賞を制したキタノオー、他アラブ史上最強馬セイユウなどがあげられるが、キタノオーはその中でも筆頭にあげられる馬である。朝日杯でハクチカラを退け、皐月賞・ダービーは2着に終わったものの菊花賞を制し、翌年天皇賞・春をも制している。両馬の対戦成績は6勝4敗でキタノオーがリードし、大事な場面では殆どキタノオーが勝っている。強さだけならあるいはハクチカラを越えていたと思われる。しかしキタノオーには運がなかった。出生から最期まで悲運に見舞われていたのである。サラ系の名血
キタノオーの血統表を見ていただきたい。3代母以降が空白になっている。彼はいわゆるサラブレッド系種、サラ系の馬であった。今年マイネルビンテージがサラ系として久々に重賞を勝って話題となったが、8代続けてサラブレッドと配合されていれば晴れてサラブレッドと認定されるという規定が制定されたため最近ではとんと見かけなくなった血統不明の馬である。祖母が名牝ミラと同じく豪州から輸入された血統不明馬であったがために忌まわしきサラ系の刻印を背負わされてしまったものだが、その一族は逆に名血と呼ぶにふさわしいものであった。母は競走成績はないものの、祖母バ薄かったウアーヌストツクは平地で12勝、障害で10勝をあげた名馬であった。また、キタノオーの兄姉にも菊花賞を勝ったキタノオーザをはじめ、11勝し中山大障害も勝ったアシガラヤマ、皐月賞3着のダイイチヒガシヤマ、9勝したキタノサカエと活躍馬がズラリである。これだけの名血がサラ系というためだけに疎まれてしまったのは誠におしいことである。ハクチカラVSキタノオー
ハクチカラとキタノオー、両馬は3歳の早い時期からデビューし、3歳チャンプを決める朝日杯までハクチカラは5戦全勝、キタノオーは6戦4勝で駒を進めてきた。人気は全勝でしかも一度キタノオーを下しているハクチカラの方が上だったが、レースではキタノオーがハクチカラを3/4馬身振り切って勝利を収めた。
4歳になってからは幾度と無く両馬は激突したが、順調さを欠いたり事故に見舞われたりで皐月賞・ダービーとも両馬の激突という形にはならなかった。皐月賞はハクチカラは調整失敗で絶不調、キタノオーもヘキラクを交わせず2着。ダービーでは今度はキタノオーがスタート直後の大落馬事故のあおりをくらって2着。スタートよく飛び出し順調にレースを進めたハクチカラが勝利する結果に終わった。
秋になっての菊花賞ではキタノオーの方が一枚上と見られて1番人気。レースでもそれまでの鬱憤を晴らすかのように後方待機からの追い込みで快勝した。ハクチカラは5着に敗れ、4歳最強はキタノオーに軍配が上がる形となった。この年初めて行われた暮れの中山グランプリ(有馬記念)でもキタノオーは4歳ながらメイヂヒカリの2着と健闘、ハクチカラは5着だった。この時のメイヂヒカリは異次元の強さだったので、キタノオーの健闘も印象に残った。5歳時の2頭
ほぼ勝負付けの済んだ2頭、5歳になってからの春の天皇賞では2頭の対決はなかった。キタノオーとの対決を避けるかのように有力馬が次々と回避、わずか7頭立てで行われた天皇賞にハクチカラの姿もなかった。ハクチカラはそのころ、関東の重賞を勝ちまくっていた。キタノオーは圧倒的一番人気に応えレコードタイムで圧勝した。
両馬最後の対決となったのは秋のオールカマー。ハクチカラ・キタノオー・ヘキラクという当時の5歳3羽ガラスの他、面白いことにはアラブ史上最強馬セイユウも参加していた。レースではセイユウの軽快な逃げに「ダービー馬がアラブに負けるわけには」と早めに仕掛けたハクチカラをキタノオーが最後に交わし勝利を収めた。両馬の対決は6対4でキタノオーの勝利。だが、このレースを境に両馬の運命は大きく逆転していった。突然の悲報
キタノオーはこの後、脚部を痛めレースから遠ざかることになってしまい、ライバルを失ったハクチカラは独走した。敵のいない有馬記念を単勝元返しの支持を受けて圧勝すると、勇躍海外へと旅立ち、日本初の海外重賞制覇を果たしたのは周知の通りである。
キタノオーは6歳になって復帰し、オープンを1勝したが、夏場休養先の北海道から中山に戻る輸送中に急性肺炎にかかり、10月14日、この世を去った。たとえ種牡馬になったとしても成功の見込みが薄かったとはいえ、あまりにも悲しい最期であった。(00.6.30)
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