| 女傑 |
| ヒシアマゾン |
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阪神3歳牝馬S エリザベス女王杯 NZLトロフィー4歳S ローズS 産経賞オールカマー 京都大賞典 クイーンC クリスタルC クイーンS 20戦10勝 競走成績 |
平成の女傑
日本競馬史において、まだ馬資源の少なかった戦後しばらく、牝馬の活躍が目立った時代があった。オークスは秋に行われていたため日本ダービーにも多くの牝馬が出走し、そのうちヒサトモなど何頭かは実際にダービーを制している。しかしその後競走馬の層が厚くなるに連れて牝馬が牡馬に混じって活躍するのは希になっていた。しかし現在、第二次牝馬ブームと言うべき時代が到来している。国内最高峰のレースであるジャパンカップで牝馬が4年連続連対を果たし、その極みとして天皇賞を制したエアグルーヴが19年ぶりの牝馬の年度代表馬に輝いた。また海外G1を日本馬としてはじめて制したのもまた牝馬であった。そんな牝馬の時代の先鞭をきったのが外国産馬・ヒシアマゾンである。獲得したG1タイトルは阪神3歳牝馬S・エリザベス女王杯のたった2つとその印象から考えると驚くほど少ないものの、最強馬ナリタブライアンに真っ向勝負を挑んだ有馬記念、世界の舞台であと一歩まで迫ったジャパンカップなど、牡馬を次々となぎ倒すその姿は今なお鮮烈な印象として残っている。中館英二
ヒシアマゾンと言えば中館英二である。彼は2戦目とエリザベス女王杯の降着の責任をとらされて乗り代わりとなった最終戦・有馬記念を除いて、ほとんどのレースでヒシアマゾンの主戦を務めた。中館騎手と言えば「逃げ」である。彼は逃げ・先行の戦法であげた勝ち星が普通の騎手と比較しても明らかに多く、ツインターボがそのいい例であるが、人気薄の逃げ馬で連に絡んでくることもしばしばである。その彼がヒシアマゾンで取った戦法は対照的に、完全な「追い込み」であった。一見ミスマッチとも思える騎手と牝馬の取り合わせだったが、その極端な戦法はかえって印象深いものとなった。やや出遅れぐせのあったヒシアマゾンは馬群から少し離れた最後方を追走し、大外から一気に追い込んで前場をごぼう抜きにする。特に4歳時のクリスタルCで見せた鬼脚や、5歳時京都大賞典で古馬をごぼう抜きにした脚は桁はずれなものだった。4歳牝馬最強から日本のエースに
ヒシアマゾンは外国産馬なのでクラシックには出られない。阪神3歳牝馬Sを制して3歳世代ナンバーワン牝馬の座を獲得したものの、桜花賞・オークスには出走できなかった。やむなくヒシアマゾンは最大目標を秋のエリザベス女王杯に定め、使える重賞を次々と勝利していった。牝馬限定戦ではその力はずば抜けており、牡馬混合戦でもそれは変わることがなかった。春○外や短距離馬の目標となるNZLトロフィーではビコーペガサスなど牡馬の強豪に競り勝った。そして迎えたエリザベス女王杯。敵となったのはオークスを勝ち、暫定的に牝馬ナンバーワンとなったチョウカイキャロルだった。直線に向くとヒシアマゾン・チョウカイキャロルにアグネスパレードを加えた3頭の猛烈な叩き合い。長い叩き合いの末わずかにハナ差だけヒシアマゾンがチョウカイキャロルを押さえ、事実上の4歳牝馬ナンバーワンの座を手に入れた。年度末の有馬記念。3冠馬ナリタブライアンにもはや敵はいなかった。しかしそのナリタブライアンに猛然と襲いかかった馬がただ一頭。それはネーハイシーザーでもライスシャワーでもなく4歳牝馬のヒシアマゾンだった。ブライアンには引き離されてしまったが、他の古馬強 豪は封じ込めてインターグロリア以来の有馬記念での4歳牝馬の連対となった。
5歳。春の海外遠征。アメリカのサンタアニタに到着したヒシアマゾンは調教中脚をいためて無念の帰国となってしまう。しかし国内戦に集中した5歳秋、彼女は日本のエースとなった。オールカマーで持ち前の勝負根性でアイリッシュダンスを封じ込めると、京都大賞典では最後方ごぼう抜き。その後ナリタブライアンが天皇賞秋で惨敗すると自然ジャパンカップで海外の強豪を迎え撃つ一番手は牝馬ヒシアマゾンとなった。出遅れた開き直りからじっと最後方で脚を貯めるヒシアマゾン。そして直線に向いて大外へ持ち出すと一気に爆発。次々と強敵を交わして行ったものの、ただ一頭ドイツのランドだけは捕らえることができなかった。大健闘だがヒシアマゾンにとって最も悔やまれる敗戦。後から考えるとこのジャパンカップを取ることが出来ていたらヒシアマゾンの後の評価ももっと変わっていただろうと思えてならない。
この後のヒシアマゾンはジャパンカップで全力を使い切ったか、また体調不良で順調にも使えなかったこともあり、やや精彩を欠いたレースが続いた。6歳秋のエリザベス女王杯で2着に入線(7着降着)して見せたのは彼女の最後の意地だったのだろう。
有馬記念のあと屈腱炎を起こして引退し、馬主の意向によって初年度の勾配相手にはヒシマサルが選ばれた。しかしヒシアマゾンは日本で繁殖生活を送ることなく、故郷のアメリカへ仔を宿したまま帰っていった。そして無事マサルとの仔を出産。この子もやはり日本で走る予定という。この子供は果たして外国産の扱いを受けてクラシックから閉め出されるのか、それともクラシック出走が許されるのか、情報が錯綜していて私はまだよく知らない。しかし両親ともに日本で親しまれた外国産馬のこの子が走ることによってさまざまな問題提起がなされるのは確実だろう。是非とも目立つ活躍を期待したい。
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