| 闇に舞う閃光 |
| ダンスインザダーク |
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菊花賞 弥生賞 京都新聞杯 |
鮮烈な印象を残したまま
「無事是名馬」という言葉がある。たいした故障もせずに長い間活躍し続ける馬こそ本当の名馬であると。たしかに無事であることこそもっとも大事なことであるのは間違いない。しかし時にはあらゆる危険を省みず、何か大事なものと引き替えにしてでも手に入れなければならないものがある。これは競走馬だけでなく人生にもいえることである。ダンスインザダークが三冠最後の菊花賞で見せた上がり33秒8の鬼脚は、結果として左前脚屈腱断裂を引き起こし、競争生活引退を余儀なくされた。しかしダンスインザダークにとってはあの菊花賞こそ絶対に取らなければならないタイトルであり、世代最強を印象づける最大最後の舞台だったのである。たしかに古馬になってからの楽しみは消えてしまったが、恐るべき能力の全てを万人の脳裏に焼き付け、すぐさま幕を下ろしたダンスインザダークの競争生活は、限りなく美しいシナリオだったといえよう。ダンスパートナーの弟として
ダンスインザダークは平成5年6月5日、社台ファームで生まれた。父サンデーサイレンス、母ダンシングキイという超良血の子馬は、3歳を迎える頃には競馬界を席巻するSS旋風や、兄エアダブリン、姉ダンスパートナーが活躍したこともにも後押しされ多いに注目される存在だった。3歳の夏、社台ファームを訪ねた後の主戦、武豊はこの子馬に跨ったとたん、柔らかい乗り味と底知れぬパワーに惚れ込み、早くもダービーを意識したという。三冠のひとつは取れるであろう、関係者の大きな期待を背負ってその馬は栗東の橋口厩舎に入厩した。
暮れの12月3日に阪神でデビューしたダンスインザダークは出遅れや歓声に驚いて内によれるなど幼さ一杯の走りをしたが、素晴らしい末脚で圧勝した。そして重賞ラジオたんぱ杯3歳Sに向かったが、そこには終生のライバルの1頭・ロイヤルタッチがいた。ダンスインザダークと同じ日、次レースの新馬戦でデビューしたこのウイニングチケットの弟は素晴らしい斬れ味を持っており、遅生まれのダンスにはまだそれほどの脚はなかった。結果ロイヤルタッチ1着、ダンス3着となってしまった。ロイヤルタッチの主戦も武豊だったが、武豊はダンスインザダークの将来を見抜いていたのか、ダンスに乗り続けた。
4歳になってきさらぎ賞。またロイヤルタッチがそこにいた。2頭の組み合わせはたった240円。レースも予想通りのマッチレースとなり、ダンスは再びロイヤルタッチに敗れてしまった。しかしラジオたんぱでつけられた3馬身からクビ差へと確実に詰まっていた。次は逆転できる。それを証明するかのようにダンスは次走の皐月賞トライアルの弥生賞を圧勝した。いざ皐月賞へ。しかし待っていたのは1度目の挫折だった。追い切り後熱発、皐月賞は無念の回避となってしまった。
皐月賞では弥生賞で3着に退けたイシノサンデーが勝利。ダンスインザダークは日本ダービーに目標を切り替え、プリンシパルSに出てきた。敵のいないこのレースを楽勝、ダービーでは断然の1番人気となった。敵はあのロイヤルタッチと皐月賞馬イシノサンデー。今のダンスなら勝てる相手である。まさかもう1頭敵がいようとは誰も思わなかった。直線で堂々先頭に抜け出したダンスに猛然と襲いかかってきたのはプリンシパルSを熱発で回避、3月以来の競馬でまだ2戦しかしていない驚異の馬・フサイチコンコルドだった。この常識破りのもう一頭の「天才」の前にダンスインザダークは2着。一生に一度しかない大きな勲章をさらわれてしまった。「三冠のうち一つは取れる」そういわれた三冠競争はあっというまにあと一つ・菊花賞だけとなってしまった。最後の菊花賞・驚異の末脚
秋となり、ダンスインザダークはじっくり調整されて菊花賞最終トライアルの京都新聞杯に姿を現した。以前のダンスと比べてひとつ変わったところがあった。黒いメンコをつけてきたのである。ダンスインザダークの名にあわせた黒い頭巾は黒っぽい鹿毛の馬体にマッチし、ダンスに以前以上の落ち着きと迫力を与えていた。このレースにはロイヤルタッチも出ていたが、不調に見舞われたかつてのライバルはもはやダンスの敵ではなく、ダンスは悠々と先頭でゴール板を駆け抜けた。あのフサイチコンコルドは次週行われたカシオペアSで初の黒星をつけており、ダンスインザダーク有利の下馬評で最後の本番・菊花賞の日を迎えた。
特に死角らしきものは見あたらなかったダンスインザダークに、ひとつ嫌な前例があった。ダンスインザダークは弥生賞・プリンシパルS・京都新聞杯と三冠レース全てのトライアルを制してきた。かつてこのトライアル三冠を制した馬はただ1頭。サンエイソロンという馬である。この馬は皐月賞は怪我で回避、ダービーはハナ差の2着に敗れており、断然人気の菊花賞でもやはり2着に破れ、「トライアル三冠馬」の有り難くない称号で呼ばれていた。ダンスも今の時点ではサンエイソロンそっくりの経緯をたどってきている。最後の菊花賞は是が非でも負けられない1戦であった。
菊花賞で大外17番枠に入ったダンスインザダークはゆっくりゲートを出るとすぐに内に入り、馬場の良いところを息を殺すようにゆっくり進んでいった。超スローペースで折り合いを欠く馬もいる中、ダンスインザダークもロイヤルタッチもそしてフサイチコンコルドもスムーズにレースを進めていく。そして第3コーナー坂の下り、一気に流れが速くなったところでダンスインザダークは下がってきた馬に進路を塞がれ、あろうことか後方に下がっていってしまった。場内の悲鳴の中ダンスインザダークは勝負所から完全に外れ、多くの人はダンスの姿を見失ってしまった。
直線に入ってローゼンカバリー・サクラケイザンオーが粘るところへ内から抜け出してきたのはやはりフサイチコンコルド、そしてもう1頭ロイヤルタッチも今回は底力をを発揮、外からフサイチコンコルドに馬体をあわせていく。かつてのライバル2頭の争い、そう思われた所へ4コーナーで内へ消えたはずのダンスインザダークがなんと外から現れた。全てが止まったようなすごい脚。あっという間に2頭を交わし大歓声の中ゴールに飛び込んだ。武豊は興奮を抑えきれない様子で何度も何度も大きくガッツポーズ。上がり3ハロン33秒8は3000m走ってきた馬としては驚異の上がり。かつて完成度の差、斬れ味の差で涙を呑んできたこの馬は全ての馬を超える力を斬れ味を見せつけて念願の菊のタイトルを手に入れた。
ダンスインザダークの脚が屈腱炎に蝕まれているのが判明したのはそれからわずか3日後のことで、ただちに引退が決定した。しかし能力の全てを出し切り、強烈に人々に印象を残したダンスインザダークの評価は菊花賞の一冠だけにしては桁外れに高く、種牡馬入りしたダンスインザダークは初年度から170頭あまりの馬に種付けを行った。サンデーサイレンスに継ぐ頭数である。近い将来ダンスインザダークの子供が中央競馬をにぎわすのはほぼ確実であり、今度はどんな力を見せつけてくれるのか、今から楽しみでならない。
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ダンスインザダーク 牡 鹿毛 平成5年〜
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