| 史上最強の兄貴 |
| ビワハヤヒデ |
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菊花賞 天皇賞・春 宝塚記念 デイリー杯3歳S 神戸新聞杯 京都記念 オールカマー 16戦10勝 競走成績 |
母パシフィカス
早田牧場がノーザンダンザーの直仔を手に入れようと購入し、日本に連れてこられた繁殖牝馬パシフィカス。その胎内にはシャルードの仔が宿されていた。シャルードはG12着が最高のそれほどぱっとしない2流種牡馬で、お腹の中の子はいわばおまけのようなものであった。しかしその後にビワハヤヒデと名付けられるこのシャルードの仔は抜群のスピードとスタミナで日本最強馬にまで登り詰めた。そしてパシフィカスは続く日本での第2仔として史上最強の三冠馬ナリタブライアンを送り出し、押しも押されぬ史上最高の繁殖牝馬となる。1994年の中央競馬はビワハヤヒデ・ナリタブライアンの史上最強の兄弟一色に塗りつぶされていた。今回は兄貴・ビワハヤヒデについて紹介してみたい。堅実な強さ・ただ一つ足りなかった運
ビワハヤヒデの特徴はその完璧なまでの競争成績にある。16戦10勝2着5回。連を外したのは故障を発症した最後のレースのみ。常に全力で走り続けた。ただ一つだけ、運が足りなかった。
3歳の9月にデビューしたビワハヤヒデはデビュー戦・続くもみじSを圧勝、デイリー杯3歳Sはレコードで勝ちし、3戦3勝。単勝1.3倍の圧倒的1番人気で朝日杯3歳Sに挑んだ。しかし確勝を期して臨んだこの大舞台でエルウェーウインに破れ、3歳チャンプの座を逃してしまった。これが不運の始まりであった。ビワハヤヒデはこれ以後もなぜか関東でなかなか勝つことができなくなってしまった。
4歳初戦、府中の共同通信杯4歳Sに出走したビワハヤヒデだったが、マイネルリマークにアタマ差破れ2着。しかし皐月賞トライアルの若葉Sでは実力を出し切ることができて1着、勇躍皐月賞に挑むこととなった。1番人気を弥生賞をレコード勝ちしたウイニングチケットに譲ったビワハヤヒデだったが、レースではそのウイニングチケットを振り切って先頭に立った。ところがもう完全に勝ったと思ったところへ武豊ナリタタイシンが最後方から一気の追い込みを決め、勝利をかっさらって行ってしまった。またもや2着。陣営はダービーこそはと万全の仕上がりで臨んだ。
日本ダービーは史上に残る大激戦となった。柴田政人ウイニングチケット・岡部幸夫ビワハヤヒデ・武豊ナリタタイシン。この後に平成3強と呼ばれることになる3頭に人気は集中したが、レースもまさにこの3頭のレースとなった。最後の直線500mは3頭の激しい叩き合い。先に抜け出したウイニングチケットに岡部のビワハヤヒデが内から襲いかかる。さらに大外からナリタタイシンも追い込んでくる。ビワハヤヒデも懸命にウイニングチケットに並ぼうとするが、ウイニングチケット柴田政人のダービーを取りたいという気迫はそれを遙かに上回っていた。追いすがるビワハヤヒデを懸命に振り切ってウイニングチケットは先頭でゴールに飛び込んだ。柴田政人はついに日本ダービーのタイトルを手に入れ、岡部とビワハヤヒデは朝日杯・皐月賞に続き日本ダービーのタイトルもわずかな差で逃してしまった。最強馬・そして兄弟対決へ
秋になってビワハヤヒデは一足早く神戸新聞杯から始動した。大舞台で惜しいところでタイトルを逃してきた勝負弱さを払拭すべく、夏場は栗東に居残ってじっくりと調整を続けられてきた。このレースから始めてトレードマークであった赤いメンコを外し、素顔で登場したビワハヤヒデ。もうこれまでのような勝負弱さは消え去っていた。ネーハイシーザーを始めとする後続を一気に突き放す快勝。十分な間隔をとって菊花賞へ向かった。
3冠最後のレース・菊花賞でビワハヤヒデはライバル・ウイニングチケットを上回る一番人気。レースも実に堂々としたもので、4コーナー回ったところで先頭に立ち、一気に後続を突き放しレコードで完勝した。ライバルのウイニングチケットやナリタタイシンに決定的な差を付け、構図は3強から1強へと移っていった。
有馬記念ではトウカイテイオーの奇跡の激走に敗れてまたもや2着に終わったビワハヤヒデだったが、一連のG1での好走が認められこの年の年度代表馬に選出された。そして充実の5歳時、ビワハヤヒデに敵はなかった。
初戦の京都記念を圧勝したビワハヤヒデは断然の本命として天皇賞・春に向かった。ウイニングチケットは故障で戦線離脱。この負けられない一戦をビワハヤヒデは堂々と勝利で飾った。皐月賞馬ナリタタイシンが直線入ってからすごい脚でビワハヤヒデに襲いかかってきたがビワハヤヒデは二の脚で突き放し完勝。もう皐月賞の時のような勝負弱さのかけらもなかった。このころから弟のナリタブライアンが4歳クラシックロードでめざましい活躍を始めており、兄弟対決を期待する声が高まりつつあった。続く宝塚記念もあっさり楽勝。ダービーを勝って2冠を達成した弟ナリタブライアンとの対決への期待はさらに高まった。突然の幕切れ
秋初戦・ビワハヤヒデはオールカマーから始動、ライバルのウイニングチケットに影すら踏ませない完勝で王者健在を強く印象づけた。目指すは天皇賞・秋。弟ナリタブライアンも菊花賞・三冠へ向けての視界が開けつつあり、天皇賞・菊花賞の後に両者が激突するであろう有馬記念に向けての期待はピークに達していた。天皇賞・秋。兄弟対決のためには是非とも取っておきたいタイトルであった。
しかし幕切れは突然にしてあっけなく訪れた。天皇賞の直線・当然のびてくるはずであろう場所でなぜかビワハヤヒデの伸びが悪い。追えども追えども伸びてこない。結局逃げたネーハイシーザーを交わすどころか生涯初の連を外す5着に敗れてしまった。いったいなにが起こったのか理解できない場内の雰囲気の中、向こう上面で岡部騎手がビワハヤヒデから下馬した。ビワハヤヒデはレース中に故障を発症してしまっていたのだった。
診断結果は競走馬不治の病・屈腱炎。症状は重く、ビワハヤヒデまさかの引退が決定した。ビワハヤヒデに自分の子供であるかのような愛情を注いできた浜田調教師は「まだバリバリっとした人間でいえば青年に当たる時期にこのような形で終わりっていうのは情けないというか忍びないというか・・・」と突然の幕切れを残念がった。何度も何度も泣かされてきた関東でのレースは最後の最後までビワハヤヒデに呪いのようにつきまとってきたのだった。
ビワハヤヒデの引退が決まった翌週の菊花賞で弟ナリタブライアンは3冠を達成し、順調ならば兄弟対決になっていたであろう有馬記念も危なげなく完勝した。もしここにビワハヤヒデがいればどうなっていただろう。兄弟年度代表馬の対決。もはやかなうことのない競馬ファン永遠の夢である。
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