| 最強牝馬 |
| エアグルーヴ |
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優駿牝馬(オークス) 天皇賞・秋 札幌記念2回 大阪杯 チューリップ賞 マーメイドS 19戦9勝 競走成績 |
母子2代オークス制覇
オークスの長い歴史の中で、もっとも激しい闘いとなったのが昭和58年のオークスであろう。ゴールへの激しい叩き合いの末、後ろから来る馬も次々と先頭で競り合うグループに馬体を合わせ、ゴール板では5頭もの馬がまさに横一線に並んだ。着差は1着から5着までハナ・アタマ・ハナ・アタマ。その死闘を制したのが社台ファームで生まれたノーザンテースト産駒・ダイナカール。エアグルーヴの母である。
そして13年後、母が栄冠を勝ち取った舞台にそのダイナカールの娘が大本命で迎えられていた。その娘・エアグルーヴは危なげないレースで母と同じレースを勝利、クリフジーヤマイチと並んで史上2組目の母子2代オークス制覇を成し遂げた。母に続いて同世代の頂点に立ったエアグルーヴだったが、後に史上最強牝馬と呼ばれる彼女にとってはそれはまさに序章に過ぎなかった。不運の4歳時
競走を引退して牧場に帰ったダイナカールは双子流産や種牡馬に恵まれなかったことなどもあって、しばらくいい子に恵まれなかったが、第4仔としてトニービンとの間にすばらしい仔をもうけた。エアグルーヴと名付けられたその牝馬は3歳の夏札幌でデビューし、OPいちょうSを不利を受けながら驚くべき脚で差しきり勝ち。阪神3歳牝馬S2着の後、4歳になってからは同世代の牝馬の中でも抜群の力を見せ始めた。桜花賞トライアルのチューリップSで3歳チャンプビワハイジを5馬身もの後方に追いやり一気に桜花賞の不動の本命に躍り出た。
しかし今から考えてみると4歳時のエアグルーヴはどこかひ弱な面が多く、また運もあまりなかった。確勝といわれた桜花賞を熱発のために見送ることになり、オークスには勝ったものの、秋の秋華賞でフラッシュに入れ込み、また骨折も発症してしまって惨敗。4歳時はわずか3戦で姿を消してしまった。「マックスビューティとダイイチルビーとシャダイカグラのいいところを寄せ集めたような馬」であるとか、凱旋門賞に登録したとかいう、ややオーバーともとれる表現はどこかに忘れ去られてしまった。牡馬をねじふせ日本の主役に
半年後、マヤノ・サクラ・マーベラスの3強対決の興奮もさめやらない古馬戦線に、ひっそりとエアグルーヴが帰って来た。安田記念も終わって一段落した夏の阪神、牝馬限定戦マーメイドSでささやかな復帰。そこはオークス馬の力を見せつけて勝利した。そして夏の札幌記念。新しくG2に格上げされた真夏の名物レースに、エアグルーヴの他ジェニュイン・エリモシックと好メンバーがそろった。エアグルーヴはそこで始めてその真価を発揮した。ジェニュインら牡馬の強豪を一気に後方に置き去り。そのあまりの鮮やかな勝ちっぷりに陣営はエアグルーヴに天皇賞・ジャパンカップ・有馬記念の古馬の王道を歩ませることを決定した。
秋。サクラローレル・マヤノトップガンの突然の引退が発表され、マーベラスサンデーも骨折で休養していた。一気に主役3頭を欠いてしまった古馬戦線だったが、ただ一頭主役を張れるであろう馬がいた。昨年の天皇賞で上記3強をねじ伏せて4歳馬にして天皇賞を制覇したバブルガムフェローである。秋初戦の毎日王冠も危なげなく制して、やや寂しくなった秋の古馬戦線での中心となるのは明らかだった。毎日王冠の時に「やはり時代はバブル!」とアナウンサーが言ったが、それはまさに実感だった。
しかし牝馬ながら札幌記念を鮮やかに勝ち上がったエアグルーヴも注目を集めていた。「これは挑戦ではない。、勝てる可能性のあるレースを勝ちに行くのは強い馬では当たり前。」とエア陣営は豪語した。結局バブル中心・2番手エアグルーヴという評価のもと天皇賞・秋を迎えた。
一コーナー奥のスタート地点のゲートが開き、各馬きれいなスタートを切った。一年後の運命を知ってしまった今となっては悲しくすらあるが、当時はまだ4歳だったサイレンススズカが果敢に先頭に立って飛ばしていく。見る見る差が広がっていく中、バブルは3番手、そしてその後ろにエアグルーヴという位置取りでレースは進んでいく。未知数の実力を持つサイレンススズカの大逃げに大観衆が戸惑いながらも、本命2頭は上手く第4コーナーを回ってきた。直線、先頭でサイレンススズカが思いのほか健闘しているが、やはりバブルガムフェローが抜け出してきた。しかし、その外からエアグルーヴもバブルを上回る脚色で追い上げてくる。そして2頭は完全に馬体を合わせ、前にいたスズカをあっという間に捕らえると完全にマッチレースとなった。バブルを交わして先頭に立ったエア、抜かせまいと懸命に粘るバブル。しかしエアグルーヴはついにバブルをねじ伏せてゴールへと飛び込んだ。牝馬の天皇賞勝利。しかも牝馬特有の斬れ味だけに頼った勝ちではなく、15頭の男馬を力でねじ伏せての勝利。名実ともに史上最強牝馬の誕生であった。
頂点に立ったエアグルーヴは牝馬であるにもかかわらず、牡馬すら敬遠する王道を突き進んだ。ジャパンカップではおそらく当時の、いやここ数年間を見ても世界最強馬の一頭であろうピルサドスキーに懸命に食い下がり、その実力が日本だけではなく、世界でも屈指のものであることを印象づけた。そして激戦の後にも関わらず有馬記念に参戦、僅差の3着に頑張り通した。この年エアグルーヴはトウメイ以来の牝馬での年度代表馬に選出された。
年度代表馬の責任を完遂
エアグルーヴの偉いところは年度代表馬になった後も1年間古馬の主役として頑張り通したことである。G2では圧倒的な実力を見せ、宝塚記念・有馬記念ではいつもファン投票では1位であった。色々な不運が重なってついにG1タイトルを積み重ねることは出来なかったが、ジャパンカップではまたしても2着に食い込む大健闘を見せた。世界の舞台で2年連続2着となる牝馬など今後おそらく現れることはないだろう。引退式では最近行われることが少なくなった直線での疾走をファンに披露し、まさにファンに惜しまれながら牧場へと帰っていった。タブー視されることや敬遠されるような過酷な事を牝馬にも関わらず次々とこなし、常に全力で勝負に絡んできた牝馬エアグルーヴ。これほど痛快でファンに愛された名牝はしばらく現れないだろう。
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