| 世界最強マイラー |
| タイキシャトル |
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仏ジャック・ル・マロワ賞 マイルチャンピオンシップ2回 スプリンターズS 安田記念 スワンS 京王杯スプリングC ユニコーンS 国内12戦10勝・ 海外1戦1勝 競走成績 |
底知れない化け物
美しい金色の馬体、額の星。おそらく日本の競馬史にその名を大きく刻むであろうタイキシャトル。彼はいつの間にか現れた馬だった。
タイキブリザードが海外に渡り、混戦が予想された秋のマイル戦線。ダートのユニコーンSを制してスワンSに出てきた4歳馬がタイキシャトルだった。2番人気の評価ながらどれだけの馬なのかつかみきれないままスワンSを圧勝。マイルCSも2番人気だった。しかしキョウエイマーチの作る超ハイペースの流れをただ一頭だけものともせず圧勝。この勝利でようやく人々の脳裏にその名を焼き付けた。そしてこの底知れない4歳馬は続くスプリンターズSも大楽勝。4歳馬ながら初のマイルCS・スプリンターズSの連覇を成し遂げてしまった。あっという間に短距離の頂点に立ってしまったタイキシャトル。しかしここまではほんの序章にすぎなかった。夢は世界へ
5歳になり、タイキシャトルの目標は世界制覇へと向けられた。そのためには春の国内線を完全勝利で飾ることが必要。復帰初戦の京王杯スプリングCでは休み明けのタイキシャトルの状態に注目が集まったが、何のことはない圧勝であった。しかもタイキブリザードが前年うなるようなスピードで叩き出した1400mのレコードを楽々と更新してしまっていた。安田記念でも特に敵は見あたらず、タイキシャトルの海外遠征壮行レースの様相を呈していた。
安田記念。天候は土砂降りの大雨。タイキシャトルに最後に与えられた試練は「不良馬場」であった。それも近年記憶にないほどのどろんこ馬場。泥田と化した馬場に各馬全く力を出せず、タイキシャトルもいつもよりやや後ろからのレースとなった。直線を向き、馬場の大外に持ち出したシャトルだったが、なかなかエンジンがかからない。そうしているうちにオリエンタルエクスプレスが内から抜け出してリードを広げていった。一瞬危うしと写ったが、ここからのタイキシャトルはすごかった。白い水しぶきをまるでオーラのようにまとったシャトルが外から一気に交わして先頭に立つ。もう何も止められない。夢は世界へ。日本馬海外制覇の悲願が一気に現実味を帯びてきた。世界制覇
98年は日本競馬史に大きな1ページがきざまれた年になった。シーキングザパールがモーリス・ド・ギース賞という海外G1を制し、さらに翌週タイキシャトルがフランス伝統のマイルG1・ジャック・ル・マロワ賞を制したのである。しかしレース前は、ある意味気楽だったシーキング陣営に対し、タイキシャトル陣営には思わぬプレッシャーがかかることになった。インティカブという欧州最強マイラーが回避を決めたことで、タイキシャトルが一本かぶりの人気になってしまったのだ。いままで海外では力すら出し切ることができなかった日本の馬が単勝1.3倍という圧倒的な人気。どうやら応援に来ていた日本人が多く馬券を買ったことも影響していたようだが、それにしても恐るべき事態となってしまった。岡部幸夫騎手のかかるプレッシャーも相当なものだった。前週に武豊騎手があっさりG1を制したこともあってここで負けては日本に帰れない、それほどの覚悟を持って望まなければいけなかった。
しかしタイキシャトルは化け物だった。道中やや掛かり気味に先行しながらも後続を決してぬかせないまま見事1着でゴールに飛び込んだ。勝って当然のレースを当然のように勝つ。これまでの日本馬では考えられないような状況での海外勝利だった。
この後タイキシャトルはブリーダーズC遠征を断念。国内で2戦した後引退することが決定した。そして国内復帰初戦マイルCSで見せた走りはもはや従来のサラブレッドのものではなかった。これほどの化け物でなければ海外G1を勝てないのか、という絶望に近い感想だけが残った。涙
1998年12月20日スプリンターズS。このレースはまさにタイキシャトルのためだけに用意されたレースだった。単勝オッズ1.2倍。レースの後には前代未聞の引退レース当日の引退式が予定されており、タイキシャトルのラストランを万人の目に焼き付けるためのレースであった。それまで12戦11勝、2着は900万下のレースでテンザンストームに逃げ切られたただ一回のみ。日本はおろか、海外でさえまるで敵なしのタイキシャトルが負ける姿を想像することは誰にもできなかった。しかし・・・。
3着。初めてタイキシャトルが連を外した。全ての人が目を疑った。シーキングザパールの奇襲はともかく、4歳馬マイネルラヴに競り落とされたのだ。予定調和的に行われるはずだった引退式は、タイキシャトルの敗戦を信じられない、受け入れられない観衆によってある種の異様な雰囲気となった。
引退式が始まり、ターフビジョンにはタイキシャトルの生涯成績が映し出されたが、つい先ほど負けたはずのスプリンターズSの所には「1着」の表示が。場内から罵声が飛ぶ。華やかな引退式を望んでいた陣営も敗戦を納得しながらも無念さや申し訳なさを隠しきれなかった。
しかし一番無念さをかみ殺していたのは他でもないタイキシャトル本人であった。走ることの意味を理解してから初めて味わった敗戦の屈辱。特製の馬服を身にまとい、栗色の美しい馬体を観衆の前にさらすタイキシャトルの目には確かに涙が浮かんでいた。かつてシンボリルドルフは天皇賞・秋でギャロップダイナに敗れたときに涙を流し、ナリタブライアンも天皇賞・秋で惨敗したときに涙を流したという。走ることの意味、勝つことの意味を知っている馬こそが負けることのない真の名馬であり、そのような名馬はまた、負けることがどんなことかも理解している。タイキシャトルもまた、負けることの許されない正真正銘の名馬であった。その誇り高き精神を次ぐ2世の登場を心待ちにしたい。
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タイキシャトル 牡 栗毛 平成6年3月23日〜
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