| さらば広野の一番星! |
| ウイングアロー |
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ジャパンカップ・ダート(G1) フェブラリーS(G1) スーパーダートダービー(G2) 名古屋優駿(G3) 98年度最優秀ダート馬 2000年度最優秀ダート馬 2000年度ダートグレード競争最優秀馬 30戦11勝 |
代表産駒がメイショウテゾロで気性難からその実力が発揮されない産駒が多い父アサティス、日本に根付く血統を持つ母サンヨーアローと底力はあるかもしれないが、それほどの馬は産まれないと思われるような血統であるウイングアロー。要するにダービースタリオンなどの競馬ゲームではまあ走らないだろうと思われる血統である。しかし実際はどんな血統でも名馬は産まれてくる。いや、こういった血統から産まれる名馬こそ本当の名馬である可能性が高いのではないか。
ウイングアローを語るときにはまずこの言葉をあげておかねばならないだろう。この言葉は新馬として入厩したウイングアローがあまりにも調教駆けしないので言われていた言葉である。要するにうまく勝ってくれれば、500万条件クラスで走れるようになるんじゃないかという程度の期待であった。
ところが実際のレースになると、全然ウイングアローは違っていた。430キロ台と今の競走馬としては小柄なのだが、その身体から繰り出されるパワフルな差し足。ひょっとしたらという気にさせるようなものを持っていた。新馬戦2戦して3着、2着と順調に成績を伸ばして、これなら十分に勝ちあがれると確信できた。3戦目に運命の競馬場に行くこととなったのである。
マンゴー賞。このレースは地方名古屋競馬場で行われる中央交流競争の1つである。このレースに出走したウイングアローは突然逃げ、今までのうっぷんを晴らすような大差で逃げ切ってしまったのであった。そのレースはウイングアローの素質を十分に示すレースであるといえよう。
だが、その後500万条件戦に出走したウイングアローの評価は一向にあがらなかった。500万条件をあっさり2戦目で脱出したにもかかわらず。
いい加減評価して
500万条件を勝ちあがり、あっさりオープンにまで出世したウイングアローの評価は当然低い。端午Sに出走したウイングアローは、出遅れで3着になってしまった。
さらにウイングアローの評価を下げる出来事があった。それは競走馬の夢であるダービーに出走するべく、プリンシパルSに出走したことである。それまで一切芝のレースを使われていなかったウイングアローにとって芝のレースは未知の領域であった。当然芝のオープンでしかもトライアルとなれば激しいレースとなる。これに完全にとまどったウイングアローは大惨敗。これが原因となりさらに評価を下げていくこととなった。
しかしいくら評価は低かろうが、ダートでは実力をかなり持っているとマンゴー賞で証明しているウイングアローは東京で行われる菖蒲ステークスに駒を進めることとなった。菖蒲ステークスはいままで4歳ダート界には春オープンのレースというものが存在していなかったため、今年新しくできたオープンのレースの一つである。もちろんダートのオープン競争は数が少ないため、4歳ダート馬にとっては目標とされるレースとなり、メンバーが恐ろしくそろったレースとなった。そこでのウイングアローの評価は無いに等しかった。
しかしウイングアローはそこで素晴らしい強さを見せたのであった。ウイングアローの最大の武器は息の長い差し脚である。最終直線で最後方・大外をまわったウイングアローはほかの馬を大外からじわじわ、じわじわと交わしていき、ばてた馬をあっさり交わし、2の脚を使った馬も問題にせずじわじわ、じわじわと差しきってしまったのだった。評価がないに等しいウイングアローが勝ったことから大万馬券となった。この勝利でウイングアローの評価を一部の人は「案外つよいんじゃないか」というものにしたが、それでも大半の人は「フロック勝ちだ」というものだったため、相変わらず評価は低かった。
ほれみたことか
春の内国産4歳ダート馬にとって最大目標とされるレースは名古屋優駿(G3)、すなわち東海ダービーである。ここを勝てば真の春の内国産4歳ダート王になったといっても過言ではないだろう。ここに出走するウイングアローの評価は3番目。ついに中央勢ではトップの評価になったのだった。なぜ3番目の評価だったかといえば、「小回りが向くか」という訳の分からないものだった。名古屋競馬場で圧勝しているにもかかわらず。というわけで全然小回りを問題としていないというか、名古屋競馬場に非常にあっているウイングアローはうなるような末脚で圧勝。ついに「ひとつ勝てばいいとこ」といわれた馬が重賞制覇を成し遂げたのである。しかもダービー馬の称号まで得て。
その後のウイングアローはまさに名馬の道を進むがごとくメンバーがさらに手薄になったグランシャリオC(G3)を圧勝。完全に地方・中央あわせての春の4歳ダート王に君臨した。
4歳ダート重賞完全制覇の難しさ
98年4歳ダート重賞は5つある。名古屋優駿(G3)に始まりグランシャリオC(G3)、ユニコーンS(G3)、スーパーダートダービー(G2)、そしてダービーグランプリ(G1)である。いまだかってこの5つのレースの完全制覇を成し遂げた馬は一頭もいない。それだけこのレースすべてに勝利を収めることは難しいのだ。
春に名古屋優駿(G3)、グランシャリオC(G3)を制していたウイングアローの次なる目標、それは4歳ダート三冠である。
まずは第一戦となるユニコーンS(G3)にウイングアローは出走してきた。4歳で重賞を取っているにもかかわらずウイングアローの評価は低い。しかしその評価を一蹴する形でのユニコーンSの快勝、そして第2戦となるスーパーダートダービーの時にはすでにほかの馬が詰め寄ることができないほど、ウイングアローは成長していた。そして最後の1冠、ダービーグランプリの日を迎えた。しかし天はウイングアローに対してひどい仕打ちを与えた。それは雪のため延期、なおかつ水沢競馬場に場所を変更するものだった。この日に向けて最高潮に仕上げられたウイングアローにとって、この延期決定は最高につらいものとなった。なおかつパートナーの南井騎手は入院することが決定していたため、武豊騎手に乗り変わり。すべてが悪い方向に向いていた。その結果がまさかの2着に敗れるというものだった。相手はナリタホマレ。この延期によって唯一有利に働いた馬だった。もし予定通り行われていたら、前走との間隔がなかった分実力を発揮できなかったであろう馬である。
苦難の道
3冠達成ならず。しかしウイングアローの評価はあがる一方だった。その証拠にJRA最優秀ダート馬の称号を受けるのだった。
しかし人生すべてがうまくいくわけではない。一つ道を踏み外せばそこから受難の道に入り込んでしまうことがある。ウイングアローの5歳世代はまさに受難の道そのものだった。5歳初戦に出走する予定だったフェブラリーSを外傷で回避、その上その外傷の影響が思ったよりも長引き、ようやく4月のプロキオンSに出走。だが間隔が開きすぎたせいもあり3着に敗れ、その上軽度の脚部不安を起こし春はほとんど全休とならざるを得なかった。
そして秋初戦の南部杯は休み明けで反応が鈍く3着、叩き2走目で確実な勝利をものにする予定だったトパーズSでは実績があるだけにきついハンデを背負わされまたも3着。徐々に復調は見せていたが、東海ウインターSでは仕掛けるタイミングが遅く2着、浦和記念でも仕掛けが遅すぎ格下馬に負けて2着という失態を犯した。もはや完全に歯車が狂っている。その歯車の狂いが6歳初戦である平安Sにまで及んでいた。きちんと仕上げたつもりだったのが思わぬ馬体重増を招き、久々に連を外す5着になる大失態。まさかこれで終わりということになってしまうのだろうか?
すべてはこの日のために
完全に歯車が狂っているウイングアローにとってフェブラリーSを勝つためには現在のままでは絶対に勝てない。それだけの決意をする必要があった。陣営は馬体重を減らすために、4歳春を彷彿とさせハードな調教を施した。ウイングアローがいやがるCWで2週にわたるハードな追い切りをかけた。なおかつ鞍上を世界の名騎手O・ペリエ騎手に依頼した。もはやこれ以上やることがない状態で東京へと送り出されたのだった。
フェブラリーS。それはJRAダート競争の中で唯一のG1競争である。このレースを目指し、ダート馬たちは調整を続けられてきた。従って出走する馬のレベルはものすごいものとなっている。特に今年は前年のチャンピオン、メイセイオペラが、4歳ダート王であるゴールドティアラが、また芝路線からはキョウエイマーチ、キングヘイローが、そのほかもダート重賞で活躍を続けた馬ばかりが出走し、このメンバーに勝てれば日本ナンバーワンダート馬であることを疑うものはないといっても過言ではないものとなっていた。当日のウイングアローは、あの名古屋優駿の時を彷彿とさせるほど締まり、ほかの馬と比べたら一回りも小さく写る。なおかつパドックでの気配は完全にレースに向けて集中しており、鋭さすら感じられる。もはや完全に復調なった。あとは一度狂った歯車さえ元に戻ってくれれば・・・・。
そして運命のファンファーレが鳴る。観客は興奮の雄叫びをあげる。第17回フェブラリーSスタート!ウイングアローはゲートをポンとでた。しかし東京ダート1600は最初の1ハロンが芝コースである。ウイングアローにとって芝コースは鬼門。ずるずると最後方にまで下がってしまう。さすがの鞍上も焦り、かるく手綱をしごいている。そのうちにダートコースに入り、ウイングアローに本来の行きっぷりが戻った。ペースは史上まれにみるほどの超ハイペース。逃げ馬は確実につぶれるにちがいない。勝負は最後の直線で決まる。
第4コーナーで後方から馬が先頭集団に一気にとりつき始めた。しかしウイングアローは未だ最後方。直線に向いて内に行こうとするウイングアローを必死に鞍上ペリエは外に出した。先団からは、やはりメイセイオペラが自力で先頭に立つ。そして最後方からゴールドティアラが一気に先頭に躍り出ようとする。そしてその間からはファストフレンドが抜けてくる。もはやこの3頭で決まってしまうのか?そう思われた瞬間、旋風が巻き起こる。大外からウイングアロー!!覚えていますか?ウイングアローがオープン入りを決めた菖蒲Sのことを。あのときウイングアローはほかの馬を大外からじわじわと伸び続け一気に13頭をごぼう抜きしましたよね。その光景が今まさに再現されようとしている。すべてはこの日のためにあったのだ。3歳時の低評価も、4歳時の栄光も、5歳時の挫折もすべてはこの時を迎えるための準備だったのだ。もはやウイングアローを差し返せるものは誰もいない。そして栄光が眼前に広がったのだった。
復権へ
しかし栄光の日々は長くは続かなかった。フェブラリーSの後、順調さを欠くウイングアロー。調教はできるもののレースに出走することはできず帝王賞を迎えてしまう。使い込んでこその馬だけに、これは痛かった。このことが完全にこたえ5着に敗れた。その後叩かれ変わったウイングアローはブリーダーズGCを快勝!再びダート王への道を歩きだした。ところがまたも南部杯でゴールドティアラに敗れ2着に終わった。
しかし今年の秋の最大目標はジャパンカップダートである。陣営は、ここまでレースを使わずに調教を積み続けた。その間にはライバルは、トライアルとも言うべきレースを次々と快勝していく。このことでまたもウイングアローの人気は下降していった。JCダート当日の人気は4番人気。今年のフェブラリーSを制しているにもかかわらずまたもこの低評価。毎度のことながら不思議でかなわない。
低人気を跳ね返すのはウイングアローの得意技。まさにそれを見せつける圧勝劇をウイングアローは見せつけた。外国馬ロードスターリングとレギュラーメンバーが作り出す超ハイペースを難なく折り合ったウイングアローは直線に向いたときにはすでに先頭にたち、その後は他馬を突き放す、突き放す。結果は、2着を3馬身半も突き放し、2:07:2というレコードで大圧勝を納めた。
夢の最終章
中央ダートG1春秋制覇を成し遂げたウイングアローのその後は、まさに感動の一言につきる。ピークを過ぎかけた身ながら、その翌年も、フェブラリーS、ジャパンカップダート、両方のレースにて2着を確保した。その内容も自身のレコードを更新するという立派な内容だった。特にジャパンカップダートでは、クロフネには負けたものの、そのほかの馬には絶対に負けないという意地で2着を確保している。それが最後の一番星の輝きとなった。
2002年2月17日、最後のレースとなったフェブラリーSでは完全に燃え尽きていた。もはや自分の役割をすべて終えて、次世代へと受け継がせたかのように。東京競馬場の引退式で馬場を悠然とあるくウイングアローは、引退式を迎えた時点ですでに過去の名馬となったのだ。
ただ夢は続きます。シンジケートを組まれ今年の春からは種牡馬としての第二の生活が始まります。また奇跡の名馬を生み出すための戦いが始まります。誰しもがこれほどの競争成績を残せると思っていなかった奇跡の馬なのですから、間違いなくその評判を覆す産駒を出してくれるはず!次世代に向かってはばたけ!広野の一番星!!
ウイングアロー 牡 鹿毛 平成7年〜
生産者:北海道(静内)フジワラファーム
馬主:池田 實氏
調教師:工藤 嘉見
騎手:菊沢隆仁、南井克巳、武豊、河内洋、O・ペリエ、岡部幸雄、横山典弘現賞金:32580万円
| [父] アサティス Assatis (鹿毛 1985) |
Topsider | Northern Dancer | Nearctic |
| Natalma | |||
| Drumtop | Round Table | ||
| Zonah | |||
| Secret Asset | Graustark | Ribot | |
| Flower Bowl | |||
| Numbered Account | Buckpasser | ||
| Intriguing | |||
| [母] サンヨウアロー (鹿毛 1988) |
ミスターシービー | トウショウボーイ | テスコボーイ |
| ソシアルバタフライ | |||
| シービークイン | トピオ | ||
| メイドウ | |||
| タニイチパワー | Never Beat | Never Say Die | |
| Bride Elect | |||
| ロングパワー | Hindostan | ||
| マーシュメドウ |