080924

因業居士
M氏とはサラリーマン時代から40年近いお付き合いである。
歳は私よりひと回りも上で 性格も正反対だが 何故か気が合って行き来している。
私と違い頑固者である、また縦のものも横にもしない 全て奥さんにやらせる、古き昭和の典型的亭主である。
写真が好きで よく一緒に撮影に出かけたが フィルムの入っていないカメラで撮影し、
入れ忘れに気がついても 家を出るときは入っていたと譲らない。
暴走族でもある。自分の前に車が走っていると必ずブツブツと独り言を言う
”やれオセーの このウスラ亀だの ヘタクソだの 免許証返してしまえ”だの 悪口雑言を吐く。
このお方 77歳である。 トシなんだから枯葉マーク付けろと云えば
俺は猪マークを付けるんだと鼻息が荒い。最近まで何とマニュアル車に乗っていて
オートマなんざ女子供の乗るもんだと息巻いていた。
”この間 高速で150キロ出したと意気軒昂である。
一番の趣味はファミコンである。暇さえあれば (正確には一年中ヒマなので) 攻略本かかえて画面と向き合っている
何日か前 深刻な声で電話があった。
彼曰く 「スーパーマリオの バージョン幾つかの秘密の抜け穴が どうしてもわからねえ。インターネットで調べてくれネーか」
あたしゃ それほどヒマじゃない。
彼はヘビースモーカーでもあった、日に2箱は軽く吸う。
注意しても”タバコをやめるくらいなら死んだほうがましだ”とノタマワク
ある日のこと 「俺が死んだら葬儀委員長やってくれないか」 と殊勝なことを言い出した。
気の良い私はホイホイと二つ返事で引き受けたものである。
その彼が肺炎で入院する羽目になってしまい、見舞いに行くと息も絶え絶えにベッドに横たわっている。
おっ!とうとう約束を果たす日が来たか!
「葬儀は引き受けたから安心しろ」 というとイヤーな顔をする・・・まだ死にたくないらしい。
しかし あたしゃ葬儀委員長だ 一応打ち合わせをしておかねばなるまい。
戒名は当然 院号をつけてやろう (因業居士ってか あまりおもしろくもない)
棺桶はどうせ燃やしてしまうのだからダンボールでいいか、金紙貼り付けりゃツタンカーメンの黄金の棺に見えなくもない。
出棺のときには金箔まいて黄金の雪を降らせてやろう・・・・どうせ費用はむこう持ちだ。
さあ こちらの準備はできたぞ、いつ死んでもいいぞ。
ところが イワシの干物のようなこのジーサマ、二度三度見舞いに行くうちに 段々と悪たれ口をたたくようになってきた。
こりゃまずいぞ!死なねーぞ 半日掛かりで用意した弔辞が無駄になっちまうぞ。
嫌な予感が的中し 2週間ほどして退院したとの電話が入った。
これが普通の退院ではない、看護婦の態度が悪い とヘソを曲げての強行退院である(日本語ではこれを脱走と云う)
通常 退院の際は家族が迎えに来て クルマやタクシーで帰るものだが
直情径行 思い立ったが吉日 止めるのも聞かばこそ さっさと荷物をまとめると
ひとりで電車に乗るべく駅へ向ったそうな。
さあ なんとか駅までたどり着いたものの 無い体力を使い果たしてしまって 階段が昇れない。
結局 50段ほどの階段を30分もかけて昇ったそうな。
退院後 何日かして自宅を訪ねた
命より大事と広言していたタバコをピタリとやめた、やはりまだ死にたくないらしい。
なんとも未練がましいジーサマだ。
合掌
そ