爆走、男道!

 

 

『人生街道まっしぐら! 男だったら安全運転!』
 さほど大きいとは言えないトラックの荷台の、右サイドの左片隅に、ほんの小さな赤い字でそれはペイントされていた。
 本当ならば、両側にでかでかと派手に描きたいところだったが、まだまだたくさん残っているローンのおかげで、車購入の際に保証人になってくれた友人からデコレーションは堅く禁止されている。万が一金が返せない時に、おかしな装飾を施していたら高く売り払えないというのが友人の意見である。
「ま、しゃーねえか。早く金貯めて借金返せば、いくらでも飾れるんだもんな。それまでの我慢我慢」
 池波馨(いけなみ かおる)はいつも愛車を洗車するたびに、そんなことを小さく呟いてはニッコリと朗らかに笑うのであった。
 四年勤めた運送会社から独立し、自分で小さな会社を立ち上げてからすでに半年。仕事は大繁盛とまではいかないものの、まあまあ上手い具合に進んでいた。
 ぽつぽつと途切れなく依頼が入り、車を無駄に休ませる日はほとんどない。大手の運送会社では受けきれないような小さな仕事を快く引き受け、フリーならではの融通を利かせてこまめに走ってくれる馨の仕事ぶりは、客側からも評判が良かった。今ではご贔屓も結構増え、またそこから人づてに話が伝わって、全く知らないところから仕事が入ることもある。
 こんな不況の世の中で、ありがたいことである。
 そんな訳で、確実・迅速・愛想良くをモットーに馨は一生懸命働いた。頭はバカだが根性と誠意と体力だけは誰にも負けないと自負していたから、忙しいのは全然苦にならない。むしろボーっとしてるほうがよっぽど疲れるというものだ。
 かくして、今日も馨は薄暗く夕暮れかけた国道を、ふんふんと鼻歌交じりで気分良く走っていた。
「ちわっす! 花道屋運送ですっ!」
 上得意の一つである誉山酒造に着いたのは、幾つか商品を届け終えた最後の、既に辺りが暗くなった時分であった。小店ながら老舗で味に定評のあるここの吟醸酒を、近郊の居酒屋などに配達するのがいつもの頼まれた仕事である。
 馨は勝手知ったるなんとかで、店の裏口から遠慮なく事務所へと足を運んだ。
 と、小さな事務所では数人がまだ残っていて、なにやら皆難しい顔でわいわいと慌てふためいていた。その不穏な空気に、馨は少しだけトーンを抑えて挨拶の声をかけた。
「どうも、花道屋運送の池波っす。配達品の伝票頂きにまいりましたぁ」
「おっ? あ、ああ、馨ちゃんか。毎度さん」
 昔から馴染みのよく見知った副社長が、驚きつつも笑顔で迎えてくれた。だがいつもは福福しいその笑みが、どこか苦悩にひきつっている。馨は伝票を受け取りながら、遠慮がちに尋ねた。
「副社長、騒がしいけど、なんかあったんすか?」
「え? ああ、いやぁ、ちょっとトラブルがね……あ? あああっ!」
 話し掛けていた副社長は急に大きな声をあげたかと思うと、突然馨の両肩を掴んでガシガシと揺さぶった。
「馨ちゃん! きみだ、きみだよっ!」
「うわ、びっくりした。なんですか、いったい?」
「渡りに船とはこのことだ! 馨ちゃん、頼む、今からA県まで走ってくれ! 運送代ははずむから!」
「はああ?」
 それはいきなり、ふってわいた仕事であった。
 ことの顛末はこうである。
 K府K市のある有名料亭に明日までに届ける筈の商品が、とんだ手違いでA県の酒問屋に納品されてしまったのだそうだ。それが普通の品物なら、まあ倉庫から新しいものを出して送り届ければ済むことなのだが、生憎普通とは訳が違っていた。それは本数に限りのある特選吟醸酒であり、現在在庫はいっさいなし。つまりA県に在る商品以外には何処にも存在しないという超希少価値的代物だったのである。
 A県の酒問屋にはすぐに連絡して商品を止めておいて貰うことはできたのだが、それを今から行って取ってきて、更に明日の朝一で料亭にまで届けなければいけない。その為の運送の手配がなかなか取れず困っていたところに、呑気に馨が現れた……と、そういうことのようだった。
 馨は少々迷った。A県まではかなりの距離がある。更にそこからK市まで向かわねばならず、今からなら多分夜通しの走行をして、それでも到着はぎりぎりの時間になるだろう。一日仕事が終わった後のそれは、なかなか厳しいものがある。
 しかし必死の形相で頭を下げる馴染みの副社長の顔を見ていたら、とてもじゃないが嫌とは言えなかった。独立当初から何かと世話になった店でもあるし、自分でできることなら力になってやりたいという思いがむくむくと湧いてきた。
(そうだぜ、こんな時に恩を返さなくって、いったいいつ返すって言うんだ! 何迷ってんだよ、馨。根性と体力と誠意なら誰にも負けないんだろうが、おまえは!)
「わっかりました、副社長! 俺に任せてください! 絶対間に合うように配達しますから!」
 そう大見得を切って、一度の休みもなく高速を走り抜けてきた馨だったが、やっとA県に到着して問題の商品を目の前にした時、呆然としてその場に立ち尽くした。
「な、なんなんだよ、こいつはよぉ……」
 思わず口から言葉が漏れる。酒問屋の倉庫に置かれていたその商品は、普通の一升瓶が並んでケースに入ったそれではなく、とてつもなく頑丈で馬鹿でかい木枠の箱の中に入った大きな酒樽だったのである。
 しかもひとつではない。結構な数が並んでいる。馨は一目見て、それが自分のトラックの荷台に果たして乗り切るかどうか、一抹の不安を感じた。馨のトラックは残念ながらそう大きいものではない。というより、はっきり言って小さい部類だ。いつもはそれで小回りを効かせて役に立っているのだが、今回のような大型の配送には正直むいているとは言い難かった。
「副社長〜、そりゃないっすよー」
 馨はその場にいない相手に文句を言った。平時であればそれが馨の車の仕事ではないと考えも及んだのだろうが、事態が事態だっただけに慌てて正しい見当をつける余裕すらなかったのだろう。
 それでも悩んでいる時間もなく、馨は人の手を借りて荷物を車に乗せた。しかし案の定、最後のひとつだけがどうしても乗り切らなかった。
(困ったなぁ。どうしよう? これだけ後から届けるってのじゃダメなのかなぁ? でもな……有名料亭って何かと煩そうだしなぁ。うーむ、どうしたらいいんだ?)
 すっかり考えあぐねている時に、突然道の反対側に大きなトラックが止まって、野太いクラクションと共に高い運転席のウィンドウが開いた。
「おお? そのチビっこい車は花道屋の馨じゃねえか。こんなところで何やってるんだ?」
 そこから顔を出したのは、とてもよく見知った顔だった。
「げ、一番手の牙王!」
 馨は思いっきり明け透けに顔をしかめた。というのも、その男は馨にとってまさに天敵とも言える相手だったのだ。
 大城牙王(おおしろ がおう)、通称一番手の牙王。この業界ではちょっとは名の知れたフリーのドライバーだ。派手にデコレーションされた車を自由自在に操り、神風などとアダナがついているわりには今まで一度も事故ったこともスピード違反でつかまったこともないという驚異の男。彼の周りにだけ別次元へ抜ける出入り口があるのではないかという嘘っぽい噂が流れるほど、凄い走りをする奴だった。
 そんな彼が今目の前に現れ、不思議そうな顔でこっちを見ていた。
 馨がこの男を苦手とするのには明解な理由が二つある。ひとつは、商売がたきだと言う事。まあ実際には到底太刀打ちできないほどレベルが違うので、それは一方的に馨が思っているだけなのだが、あとのひとつは……間違いなく彼に起因することだ。
 牙王の男好きはドライバー仲間では有名な話である。その彼の今のターゲットが、馨だったのである。
「珍しいじゃねえか、こんな遠くにおまえがいるなんてよ? おまけにしけた面しやがって。どうしたんだ、いったい?」
 わざわざ車から降りてくると、馴れ馴れしく近寄ってきて遠慮会釈無しに尋ねてきた。
「な、なんでもねえよ。アンタには関係ない」
「なんでもねえってこたないだろ? 同じトラック屋同士だ。いろいろ融通しあうのが男の道ってもんだろうが。困ったことがあるなら力になるぜ」
 確かに今は困った最前線に立たれさている訳だし、立場が逆なら自分もやはり相手に関係なく手を貸しただろう。それに最後の一言、「男の道」に熱い魂を感じた馨だった。
 若干の不安を残しつつも、馨は素直に事の次第を話して聞かせた。すると牙王はしばしふーんと考えていたが、そのうちニッコリと笑って自分の車を顎で指し示しながら言った。
「おい、残りの品、なんなら乗せてやってもいいぜ、俺の可愛いベイビーによ?」
「えっ、本当か?」
「ああ。どうせ配達帰りで荷は少ねえしよ、そんなもんの一つや二つ楽に入るさ。でかいからな、俺のはよ」
 さりげなく嫌味をくっつけるところが憎らしい。
「で、でも、K市まで届けなきゃならないんだ」
「ふうん、まあいいけど? どうせ今日はこれで上がりだしな。今乗っかってるのは明日の午後って時間指定だからよ」
 とそこまで軽く言っておいて、突然彼はニヤリと笑って、ごっつい人差し指を馨の鼻先に突き出した。
「但し! ……タダでとはいかないぜ。それ相応の見返りをいただかねえと」
「う……そ、そうだよな。い、いくらだ?」
「金はいらねえよ。どうせ正規の仕事じゃねえし、おまえみたいな小さな会社からせしめたとあ
っちゃ、俺もカッコつかねえ」
「じゃあ、なんだ?」
「まあ、そいつは走りながらでもゆっくり考えるさ。とにかく、朝までK市なんだろ? ぐずぐずしている暇はねえぜ。さっさと積んで出発するぞ」
「お、おうっ」
 牙王のきびきびした言動に促されて、馨は迷う暇もなく動いた。彼の車に残りの商品を積み入れ、一緒に夜の高速へと旅立つ。すでに時間はいっぱいのところまで来ている。迅速・安全を鼻先にぶら下げながら、馨はひたすら目指す料亭まで走りつづけた。




「おおきに。はようからご苦労さんですな。これ伝票です。ほな、社長さんによろしくお伝えください」
 まったりとしたねぎらいの言葉を聞きながら、馨は疲れた顔に愛想よく笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。
 そして車まで戻ると、横に位置付けして止まっている牙王の運転席に向かった。中では牙王が咥え煙草でハンドルに足を乗せ、流れる演歌にあわせて鼻歌を唄っていた。
「が、牙王。その、助かったぜ。本当に」
 馨が口篭もりながら礼を言うと、彼はニタリと唇を歪めて返した。
「おお、良かったな、まにあってよ」
「うん。どうしようかと思ったけど、あんたのおかげでどうにかなったぜ。ありがとうな」
 深く頭を下げると、彼の手が伸びてきて馨の頭を鷲掴みにした。
「いいってことよ。頭なんか下げるなって。それに、それなりの見返りは頂くんだし?」
「あ、そうだった。で、なんなんだ? おまえの言う見返りって?」
 すると牙王は男前の顔をニンマリと嬉しそうにほころばせた。
「そんなもん決まってるだろうが。おまえ、本当に見当ついてないのか?」
「へ? 見当って?」
「おまえねぇ、このドタマは飾りかよ? ちっとは考えろ。俺の欲しいもんぐらいよ? ええ?」
 意味ありげな彼の顔を見ながら馨はしばし真剣に思い悩み、やがて大きな声をはりあげた。
「げええっ、嘘だろっ! マジかぁぁ!」
 牙王はそれは上機嫌にホクホクとして首を傾げた。
「嘘だと思う?」
「ううううう、俺としては思いたいが、おまえを見てるとそうは思えん」
「へへ、わかってんじゃねえ。じゃそう言うことで、さって、行くかぁ。愛の旅立ちーってなー?」
「あ、愛の旅立ちって……おい。牙王……」
「ほらほら、遅れずについてこいよぉ? 俺のベイビィは高速だぜ。あ、あっちのベイビィはじっくりねっちり安全運転だから安心しろよなぁ。ふっふふーん」
 牙王は楽しそうに鼻歌を唄うと、軽い動作でエンジンをかけた。大きな車体がブルンと力強く震え、すーっと滑るように発進する。馨は半ば呆然自失で、それでも自分の車に戻って彼の後についていった。




 牙王が向かったのは、国道沿いに立ち並ぶラブホテルだった。
 が、生憎どこも満室だった。季節は冬なのに愛の世界は春爛漫に咲き誇っているらしい。
 あっちに寄りこっちに寄りを繰り返していた二人だったが、そのうち牙王はプイとホテル街を離れ、再び国道を走り出した。付き従って走っていた馨は、それを見て心密かに期待した。
(も、もしかして諦めたのかな? だったらラッキーだなぁ。世の中のラブラブカップル様に何万回礼を言っても足りねえぐらいだ)
 すると、前を進んでいた牙王の大きな車体が、急に国道をそれ、田舎道に向かいだした。奇妙な走行に、馨は訝しく思いながらもついていった。
 やがて山沿いの人家も途絶えた外れの辺りで、牙王は野っ原の中に無理やり車を押し入れると、馨に向かって大きな声で呼びつけた。
「おおい、車停めてこっちに来い」
 こんなところでいったいなんだと不思議に思いながらも素直に向かうと、牙王は彼を広い運転席へと誘い入れた。
「よし、脱げ、馨」
 いきなりである。
「はああ?」
「脱げ。あ、全部だぞ。俺は余計なものくっつけてるのは嫌いなんだ。男の男の熱い愛の触れ合いは素っ裸でなくちゃ許せねぇ」
 そう言うと自分もさっさと衣服を脱ぎ始める。馨は目を丸くした。
「ちょっ! ま、待て、牙王! ままま、まさか、こんなところでやるってんじゃないだろうな?」
「んあ? だってしゃーねぇだろうがよ。ホテルはどこも満員だ。どいつもこいつもサカりやがってよー。って、まあ俺のこいつが一番サカってるんだけどな。ほれ」
 ほれと言って向けられた彼の立派な代物は、すでにビンビンに臨戦体制だった。
「ぎゃああ、やめろ! んなもん見せるなぁぁ!」
「何言ってんだよ? 自分のもんで見慣れてんだろ? それになぁ、こいつが今からおまえの中に車庫入れすんだぜ? 可愛いと思わねぇ?」
「何が可愛いだ、んなもの!」
 と、答え返して、馨ははたと口が止まった。しばしの沈黙の後、震える声で尋ねた。
「……って、おい。まさか俺がおまえの下ってんじゃあないだろうな? 牙王?」
 牙王はケロリとして答えた。
「ったりめーだろ。俺ぁ自慢じゃねえが、オカマ掘られたことなんて一度だってありゃしねえよ。掘る専門だぜ。ああ、勿論走りじゃそんなこたないけどよ」
 あっさりノホホンと言い放つ彼を前にして、馨は改めて呆然とし、ダラダラと冷汗を流した。男とエッチ、というだけでも人外魔境の世界なのに、ましてや自分が男に犯られるなんて考えてもみなかった。というか、ひたすら頭の中から排除していたと言うのが本当だ。
 馨が愕然として硬直していると、痺れをきらした牙王が擦り寄ってきて服に手をかけた。
「ほら、早く脱げってばよ? おまえ、服も一人じゃ脱げねえのか?」
「うわわわっ、やめろっ、近寄んな、バカっ!」
 馨は咄嗟にあとずさって牙王をドガンと蹴飛ばした。牙王はイテテテとうめきながら、小鼻を膨らませて怒鳴りつけた。
「バッカヤロー。何すんだ。近寄らなきゃ何もできないだろうが?」
「そ、そ、そ、そんなこと言ったって……」
「ああ? おまえ今更逃げるってのか? そういう奴だったのかよ、おまえは?」
「だ、だって……。俺まさか、こんなことになるとは」
「おい、馨? てめえ、男の恩に報いて返すのがそんなちんけな言い訳だってぇのかよ? それがおまえの仁義なのか? そんな情けない男なのかよ?」
「うぐぐぐぐぐ」
 馨は言い返すこともできずに低くうめいた。行為は無茶苦茶だが、言ってることは道理である。確かに彼には大きな借りがあって、それを返すとちゃんと約束したのだ。今になって逃げ出すのは卑怯というもの。

kaoru01.jpg (40736 バイト)
illustrated by TAKAMI


 馨はぐっと一旦口をつぐむと、フンと大きな鼻息をついて大声で返した。
「ちくしょう、もうどうとでも好きにしやがれ。男池波馨は、口にした約束はやぶらねえ! 似るなり焼くなり、勝手にしろ!」
 そう叫ぶと、パッパッと手早く服を脱いで、牙王と同じくすっぽんぽんになってみせた。さすがにパンツを脱ぐ時はちょっぴり手が震えたが、根性を奮い立たせて裸で彼と向かい合う。
 牙王は満足そうに馨を見、ニッタリと笑った。
「へへへ、俺の目に狂いはないぜ。この引き締まった筋肉。厚い胸板。だがまだまだ残る蒼っぽさがたまらねぇ。うーん、馨。美味しそうだ」
「や、やめろ……牙王。オヤジ臭いぞ、それ」
「バカ言ってんじゃねえよ。俺様はまだ29だぞ? バリバリの男盛りだ。今それを証明してやっからよ」
「いらねえ、んなもん……」
 悪態をつく馨の唇が牙王のそれに塞がれる。すぐに熱い舌がおしいってきた。
 牙王は馨を抱きしめながら、器用に両方のシートを後ろに倒した。後部座席は軽い仮眠が取れるように平らにマットが敷き詰めてあって、車の中ながらもそれほど窮屈さは感じなかった。
 ゆっくりと馨を押し倒し、がっしりとした体をそっと被せると、牙王は耳元で低く囁いた。
「可愛いぜ、馨」
 息が吹きかかってゾクゾクするような感覚を覚える。馨は頭がくらくらするのを感じながら、口だけは抵抗してみせた。
「何ぬかしてんだ、このやろ……。男相手に……可愛いなんて言うな」
「可愛いもんは可愛いぜ。肌が上気してうっすらと赤く染まって、腹の底にジンジン響くほど色っぽいったらありゃしねぇ。戸惑う表情も、震える体も、何もかもがそそられるぜ。なあ、馨」
「ばか……」
 牙王の手が、優しく素肌の上を這い回る。いつもはハンドルを握る無骨な指が、驚くほど器用に柔らかくうごめいて、あちこちを撫で回しては隠れた感覚を引き出していった。小さな乳首をそっと揉み解された時、馨は初めて自分が彼に酔わされていることに気づいた。
「……ん」
 思わず漏れた鼻声を、牙王は逃さずに薄く微笑み、執拗に愛撫しつづけた。そして胸だけではなく、自分の足を馨の股間に押し入れて、押し付けるように刺激してくる。男の体の慣れた扱い方に、馨の初心な肉体はあっさりと降参した。
(わ……なんだよ? 俺勃ってんじゃん。だってすげー気持ちいいし……。こいつ、うめえんだもん……嘘みたいにさぁ)
「ん……んん、ふあ」
 思わず無意識に彼の背中に手を回し、きつく力を入れてすがりつく。喜んで応えるように牙王が強く抱き返し、そのまま手を滑らせて馨のものに触れていった。
「あっ……ちょ、待て……、や……ああ」
 いい具合に愛撫され、馨は身をよじらせて喘いだ。それでなくても体は疲れて抵抗力がなくなっている。そこにこんな風に優しく上手く刺激を与えられたら、もう何もかにもなく反応してしまう。恥ずかしさを感じながらも、その感覚を押し留めることができなかった。
 牙王はしばらくの間、上手に馨の中の波をコントロールして手で愛し続けていたが、そのうち耳元に唇を寄せ、耳たぶをそっと甘噛みしつつ囁いた。
「馨? おまえ、男初めてなんだよな?」
 とんでもない質問に、思わず馨はガバッと目を開けてにらみつけた。
「あったりめーだ!」
 牙王はよしよしと満足げに呟くと、体を離しダッシュボードの中から何やら小さなクリームの瓶を取り出した。なんだと尋ねたら、バック専用の潤滑クリームだとあっけらかんと答える。馨は呆れて顔を歪めた。
「げ。おまえ、いつもそんなもん持ち歩いてるのかよ?」
「おお、こいつは男道を行く野郎の甲斐性ってもんだぜ。いつどこの道端にチャンスが転がってるかどうか、わかんねえだろ?」
「人を犬のフンみたいに言うな、バカヤロウ」
 険もほろろに言い放つと、彼は少し不満そうに唇を尖らせた。
「おい、おまえを喜ばせる為の代物でもあるんだぜ?」
「だ、誰が喜ぶってんだ。お、俺はなぁ、約束だから仕方なくやってんだ。何も好きで抱かれてるんじゃねえ」
 それもアレだけ感じて見せた後では、説得力はないに等しい。牙王はニコニコと微笑みながら、子供を諭すようにペシペシと軽く腰を叩いた。
「いいからいいから、ぐだぐだ言ってないで可愛いお尻を出しなさいって」
 そう言うと、馨の体を横にし、自分はその背中側にまわったかと思うと、後ろから包み込むようにしてそっと抱きしめた。胸を撫で、腹を柔らかくさすっては、少しづつ下腹部へと滑らせて焦らすように馨のものに手を添える。ゆっくりと扱かれて、馨はまた息を荒くした。
 一度冷めかけた熱が充分盛り返したところで、いきなり冷たい物が後ろの蕾に触れ、馨はびっくりして身を震わせた。
「わっ、な、なに?」
「大丈夫だ、いいから大人しく力を抜いとけ」
 耳元で牙王が優しく囁く。その冷たい物はたっぷりとクリームをつけた彼の指で、それがしばらく入り口付近を遊ぶようにくすぐっていたかと思うと、やがてゆっくりと挿入してきた。
「うあっ、や!」
「騒ぐな、馨。かえって痛い思いをするぞ?」
 そうは言われても、そんなところに他人の……いや、自分の指だって突っ込んだことはないのであって、動揺するなというのが無理というもの。クリームと優しい指使いのおかげでさほど強い痛みは感じないものの、やはり強烈な異物感ときつくるしさを覚え、同時に激しい抵抗が湧き上がってくる。馨は苦痛に顔を歪めた。
「く……やだ……牙王」
「馨……平気だから。俺に任せておけばいいんだ。何もかも」
 まるでおまじないみたいに彼が呟く。後ろから首筋や耳を優しく唇で愛撫され、その快感に多少体の力が抜けた。それを見計らっていたかのように、更に指が奥に進んで、内部の壁を擦るように刺激した。
 一瞬、電気が走ったように体が痺れた。
「はあっ!」
 馨は思わず手を伸ばし、マットレスを強く握り締めた。ある一点が信じられないような強烈な感覚を生みだし、全身に衝撃が駆け抜ける。嬌声が押し留められないほどの激しい快感が襲い、馨は驚きと共に恐怖すら感じて震え上がった。
「あっあっ、や、やだ! やめっ、牙……うあ!」
「ここか? ここがいいのか、馨?」
「あ、う……ん、ああっ。な、なんで? こ、声が」
「いいから。思いっきり叫べ。ここには俺とおまえ以外誰もいないんだ。遠慮なんか捨てちまえ」
「だ、だって……ふああ、牙王! やめ、やめてくれ……いや……」
 と、するりと彼の指が引き抜かれた。その感覚に、また強い快感がわきあがる。
「うあっ、わ」
 突然中断された行為に、それまで熱く燃え上がっていた体がせつなげに悲鳴をあげた。後ろが、体の奥の奥が、続きをくれと浅ましいほどに訴える。馨は思わず背後の牙王に手を伸ばして、背中越しにねだった。
「が、牙王……。な、どうし……て」
「おまえがやめろって言ったんだぜ?」
「ん、だって……俺。でも、なあ……牙王、んぁ……やめ……んな」
 甘ったるく鼻にかけて精一杯懇願する。それでも焦らす彼に、馨は我を失って自分から彼のものに手を伸ばすまでして続きを誘った。牙王はそれすらをも見越していたかのように、ニヤリと笑って再び指を差し入れた。一本だったそれが、次は二本へと数を増やして。
 最初の痛みはまた内部の快感でうやむやに打ち消されて、どんどん高みへと昇っていく。しかしいいところまで来るとまたもや彼は指を抜いて、弄ぶように馨を焦らした。
 刺激され、放り出されて、誘ってはまた刺激され……。そんなことを何度も繰り返すうちに、馨はいつしか全ての抵抗を無くしていた。体中どこもかしこもが彼の言いなり、牙王という男に支配される。自分の中の高い壁さえもがいつのまにか消えていた。
「あっ、牙王! すげ……あっ、そ、そこ、いいっ。もっと、もっとぉ」
「おいおい、最初っからもっとくれじゃ、慎みに欠けるぞ、馨? まあ、そんなおまえも可愛いけどよ」
 牙王はまたゆるゆると入り口付近まで指を引くと、焦れて身をよじる馨に低く甘い声で囁いた。
「もっともっと欲しいか? 馨?」
 声もなくこくこくと頷く彼に、妖しく淫靡な笑みを注ぐ。
「でも指はもう飽きちまったぜ、俺はよ? もうやめるか、それともいよいよ俺のを挿れるか。どうする?」
「ん……やだ、やめんなって……ば」
「じゃあ挿れてもいいんだな? 本物を?」
「うん、挿れて……早く。俺、もう、もう、我慢できねぇ。いきてぇ」
 我王はハハッと一声高く笑ったかと思うと、がっしりと馨の腰を掴んで、力強く引き寄せた。そしてすっかりほぐれて受け入れやすくなったそこに、逞しいものを押し当ててぐいっと深く挿入した。
「あああっ!」
 さすがの馨も息が詰まるほどの激痛に襲われ、きゅっと体を反り返した。それは指などとはまるで違う圧倒的な存在感を強烈に誇示し、容赦なく馨の全てを奪い、征服した。しばらくの間己を見せつけるようにじっと動かず、ただ深く奥まで届いて熱い内部を埋め尽くす。
 入り口から広がる痛みにぐっと歯を食いしばって耐えていた馨に、牙王は自由になった手で優しく愛撫を与えた。巧みな指さばきと耳元に触れる熱い吐息に、じわじわと痛みを超えてせつなく甘美な感覚が湧き上がっていく。いつしか固く噛み締めた唇から、甘ったるいうめき声が漏れた。
「ん……んぁ、んふ」
 そんな馨に、牙王がそっと囁きかけた。
「本当のお楽しみはこれからだぜ、馨。待ってろよ。アクセル全開でたっぷりイカせてやっからよ。腰もナニももう勃たねえって値を上げるくらいにな」
 牙王はくっくと小さく笑った。馨は朦朧としながらその言葉を聞いていた。
(バッカヤロー、そんなんなったら……帰りの運転……できないじゃん……マヌケ牙王)
 しかし押し寄せる快感に喘ぎ声ばかりが溢れ出し、そんな思いは到底口にすることはできなかった。




 結局、何度イカされたかわからないほど激しく抱かれた末にようやく開放された馨は、彼の予想通り腰もナニももういっさい立たなかった。起き上がろうと力を入れるとアソコがズキンと鋭く痛み、それでも必死に我慢して立とうとするが体にまるで力が入らない。
 うーうーとうめきながら何度も繰り返す彼に、牙王が半ば同情と半ば呆れ顔で声をかけた。
「なあ、馨。そんなんじゃ運転は絶対無理だって。いいから乗ってけよ。俺が送ってってやっからよ」
 馨はキッと鋭く彼をにらみつけて言い返した。
「バッカヤロウ、んじゃ俺の車はどうすんだよ? おまえ、2台もいっぺんに運転できるってのか?」
「できるか、んなこと。置いてきゃいいだろ? 後でまたここまで乗せてきてやっから」
「ぬかせ。大事な相棒を置き去りになんてできるか。それに午後からまた仕事が入ってんだ。一休みしたら行かなきゃ」
「ふうん、零細企業は辛いねぇ」
「おまえだって午後指定の荷があるんだろ?」
「おう。あんなもんちょちょいっと走ればすぐに片がつくぜ。それに、俺はまだまだ余力たっぷりだからな。ふふん」
 これ見よがしに力瘤を作ってみせる牙王に、馨は呆れて嘆息した。
(タフな奴……。自分もしこたま俺ん中にぶちまけたくせしやがって)
 はああと情けなく肩を落とす馨に、牙王はやれやれといった顔で仕方なさそうに頭を掻いた。
「わーったわーった。しゃーねえなぁ。んじゃ、おまえ、ここで一眠りしてろ。俺、荷物置いたらまた来るからよ。んで、おまえの車で仕事も手伝ってやるよ。んな体じゃ絶対今日は運転なんかできゃしねえんだから」
 思わぬ申し出に、馨は驚いて目を瞬かせた。
「え? 本気か、牙王? なんでそこまで」
「乗りかかった船ってやつだ。それに、俺にも責任のほーんの端っこぐらいはありそうだからな、ハハハ」
 牙王は高らかに笑うと、馨の体を軽々と肩に担いで彼の車まで運んでいった。そして運転席に座らせ、じゃあ、また後でなと気楽に言い残して戻っていった。
 その後ろ姿を少しだけ感動と感謝の気持ちで見守っていた馨に、いきなりくるりと振り向いて、人差し指を向け大声で叫んだ。
「ああ、その代わり、後でお返しはたっぷり頂くからな。覚悟しとけよ」
 馨はげげっとカエルが潰れたような声をあげた。
「な、なんだよ、それ! それじゃ悪循環ってやつじゃないかよっ!」
「ムードないねぇ。愛の環状線って言ってくんねぇ? 二人の愛は永遠にーってな。あっはっは」
 そのまま彼はさっさとトラックに乗り込むと、巨体を揺らしてあっという間に走り去ってしまった。残された馨はしばらく呆気に取られて硬直していた。いや、実際には痛みと脱力で動くことができなかったのだけのことなのだが。
 やがて諦めたように深くため息をつき、運転席のシートを倒して横になった。
 目の前のフロントガラスから広がる空は、ぬけるように真っ青な晴天だった。
「あーあ、いい天気―。ロストバージンの朝は雲ひとつない日本晴れでしたーってかぁ?」
 遠くでさえずる鳥の声を聞いていたら、すぐに眠気が襲ってくる。馨は後部座席に積んであった毛布を引き寄せると、それにくるまって目を閉じた。とろりと心地良い温もりが疲れた体に染みてきた。
「ああ、ケツいてぇ……」
 独り言とも寝言ともつかぬ言葉を呟きながら、馨は眠りについた。
 朝の田舎の静けさが優しく彼を包み込んでくれる。とりあえずはお休みなさいと、柔らかな白い日差しをいっぱいに降り注いで。



                                          ≪終≫

小説目次へ
感想のページ
感想,ご意見、その他をお待ちしております。ぜひ感じたことなどをお寄せください。
なお、感想の掲示板ヘの書き込みは全然OKですので、どんどん書いて下さいね。

お待ちしてます。