あの、夏の日の一瞬……

 

 
 ドアを開けたら、そこには夏の光があった。




 初めてその店に足を踏み入れ、カウンターの中から声をかけてきた若い男の顔を見た時、俺はそいつが中学の時同級生だった津崎征司(つざき せいじ)だとすぐにわかった。
 細い鼻筋、一重の涼しげな目元、淡い色をした薄い唇。
 印象的な顔立ちは10年も前に知っていたそれと、ほとんど変わってはいなかった。ただ髪の色は金茶に染められていたし、背は伸びて、痩せて華奢ではあるもののしっかりと男の体をしていた。妙に中性的で不思議な生き物のようだったあの頃の雰囲気は、もうどこにも影がなかった。
 彼もまた、俺を俺と一目で思い出したのだろう。瞳の中にハッとしたような表情の乱れを一瞬だけ見せて、だけどすぐに本来の営業顔に戻って、ぶっきらぼうに呟きながら小さく会釈をした。
「いらっしゃいませ」
 素気ない一言が狭い空間に無機質に響く。


 その店はとても小さな店だった。
 7、8人が並ぶと一杯になりそうなカウンター、反対側の壁に狭苦しく並べられた二人がけのテーブルが三つ、あとはちょっとした観葉植物に洒落たスタンドライト。店員もマスターらしき30代くらいのがっしりとした男と津崎がいるだけだ。賑やかな喧騒も華やかなバーの煌めきも、そこには関係なかった。ただ居心地のいいしっとりとしたセピア色の空気があるだけだった。
 津崎は綺麗な顔に笑顔ひとつ浮かべるでもなく、淡々と言った。
「どうぞ。奥へ」
 俺は促されるまま、カウンターの一番奥側の端っこに腰をおろした。客は俺の他に二人。カウンターに並んで座って、マスターを交えて楽しそうに談笑している。常連らしい。
 ここでは俺一人が異邦人。
 見知らぬ場所と慣れぬ雰囲気に戸惑っていると、彼が寄ってきて冷ややかな目をして接客した。
「ご注文は?」
 細い指の手で簡単なメニューを差し出し、ただただ店員の顔をしてつっ立っている。目の前に座っているのが昔同級生だった男だなんてことは、まるっきり興味がないとでも言うように。俺は形だけメニューに視線を落とし、どもりながら応えた。
「み、水割りを」
 津崎は返事もせずに下がっていって、後ろの棚からウィスキーのボトルを取りだし、氷を入れたグラスに注いではクルクルとマドラーでかき混ぜた。手際の良い仕事だった。一日や二日のそれではない。動きも滑らかで淀みない。
「どうぞ」
 しかし態度だけは愛想のひとつもなく、接客業のくせに相変わらずの無表情で突き放すような口の訊き方だ。目の前に素気なく置き去りにされたグラスが、なんだか俺と同じに戸惑って見えた。
 もっともそれは相手が俺に限ったことではなく、どうやらどのお客に対しても似たようなものだと言うことを、マスターの申し訳なさそうな一言で俺は知った。
「どうもすみません、こいつ、無愛想な奴でしてね」
 人の良さそうなマスターは俺の怪訝な表情を読み取ったのか、別の客との会話の途中で声をかけてきた。一言詫びを言っては、今度は津崎に向けて諌めるように言った。
「おい、セイ。ちゃんとお相手して差し上げなきゃダメだろう」
 すると傍にいた常連客も一緒になって、からかうように言い足した。
「セイー? ウリ専バーじゃないんだからさぁ。顔だけよくてもいけないんだよぉ?」
 わははと軽い笑い声があがる。だけど本気で馬鹿にしている響きはない。仲の良い者たちの悪意のないジョークだ。
(セイ……そう呼ばれてるのか)
 俺はちょっと不満げに口を尖らせている津崎を見ながら、昔のことを思い出す。
 遠い記憶。ほんのささやかな、だが俺にだけはとてつもなく大きくて重かったあの日のこと。
 彼と交差した泡沫のような一瞬……。

 アノナツノヒカラ、ミチノムコウガズットミエナイ。

 ぼんやりと見つめていたら、津崎が仕方なさそうに話し掛けてきた。
「初めてでしょ?」
 いかにも興味のなさそうな御座なりのその一言に、心臓がドクンと跳ねた。
「え? ど、どうして……わかる?」
 思わず問い返したら、彼は一瞬不思議そうに首を傾げた。
「どうしてって、今まで一度も顔見たことないし……」
 ふと言葉をとぎり、何かを考えるように間を置いてから、今度は少しだけ声を潜めて問い直した。
「もしかして……この手の店ってのが初めてなわけ? 柏田(かしわだ)ってさ」
 初めて彼は俺の名を口にした。
 忘れてはいなかったのか。
 低く抑えた声の、どこか甘い響き……。こいつは、こんな声をしていたんだっけか? 
 もう覚えちゃいない。もともと、こいつに名前を呼ばれたことなんて数えるほどもありはしなかった。
 無言のまま恥ずかしいほど赤面した顔を俯けると、彼はふうんと素気なく相槌を打った。
 またしばらく沈黙が訪れる。まるで続かない会話に、津崎が呆れてげんなりしてるのが感じられた。だけど何も返せなかった。言葉にするのが怖かった。怖くて、何も言えなかった。
 彼は小さく鼻でため息をつくと、それでも俺を放り出したりせずに話し掛けてきた。きっと客と店員の関係でさえなかったら、とうに見放していたことだろう。
「なんでこの店が最初なわけ? 誰かに聞いた?」
「え?」
「ここ、有名でもなんでもないからさ。初めてでいきなり飛び込むには地味だろ? 人づてかなって思ってさ」
 気だるげな口調ながらも、なんとか話しを続けようとする津崎の意志が見える。不思議だ。昔は、いつも話してるのは俺だった。皆の中でも、二人きりだった時も、喋っていたのは俺。あいつはただ黙っていた。呆れるほど無口だった。
 あいつが俺に向けた言葉は、あの日のあの一言だけ。

 スル?

 俺は少しだけ解れてきた緊張のままに、情けなく声を震わせながら答えた。
「いや……ネ、ネットでフラフラしてたら、ここが紹介されていて……初めてでも気兼ねなく入れる店だって……。マスターの人柄が暖かくていい雰囲気だと……」
「へええ、ネットでかぁ。ふううん。あ、俺はぁ? 俺のことはなんか書いてなかった?」
「……別に、なにも……」
「なんだ。ちぇーっ、面白くねぇなぁ。こんなにまじめに働いてやってんのにさぁ」
 彼は、俺と同じ歳だと言うのに、まるでその辺の若者のような喋り方をした。くだけただらしのない言葉使い。一流の大学に進んで、名のある企業に就職し、たくさんの客にへーこら頭を下げて必死にもがいてきた俺とはまるで違う。
 何も見ないまま過ごしてきた俺とは、きっとすべてが違っている。
 彼はこの10年間をどんな風に生きてきたのだろう? 迷いはしなかったか、見失いはしなかったか。 
 道は、ずっと目の前に広がっていたのだろうか?
 彼はいったい、いつから自分がこの世界に居るべき者だと受け入れたのだろう?
「津崎は……いつから?」
 初めて俺の方からひねり出したその言葉を、津崎は少しだけ安心したような顔で受け取った。
「んー、ここ? そうだなぁ、半年くらい前からかなぁ」
 俺の問いを素直に言葉どおり解釈し、屈託なく答えた。
「どこも長続きしなくってよ。ここは俺にしちゃ最高記録。まあ、いつまでいるかわかんねえけどさ。――あ、柏田はサラリーマンだろ? スーツ、さまになってるもんな。しかもブランドもん。高そ。カーッコい」
 唇の端を片方だけ歪めて、少し馬鹿にするように彼は笑った。実際嘲笑っているのかもしれない。見てくれだけカッコつけてる俺という人間を。
 姿形だけいっぱしに気取っておきながら、初めて訪れたゲイバーでみっともなく怯えすくんで、おどおどと声を震わせて喋ってる。顔をひきつらせながら、それでも虚構の殻を被りつづける。
 そんな情けない男。
 今の俺は、彼の中でそんな風に映っているのかもしれない。
「俺……な」
 その時、何故彼に話そうと思ったのかはわからない。
 本当なら一番見られたくない無様な自分を、愚行と後悔の傷痕を、何故わざわざ自分の手で暴こうと考えたのか。
 ……わからない。
 だけど……きっともう、カッコつけてるのが苦しかったんだろう。何もかも曝け出してしまいたかった。他の誰よりもこいつにだけは知って欲しくなかった筈の、彼の目の前に晒してしまいたかった……すべてを。
 俺は手の中のグラスを眺めながら、ぽつりと小さく呟いた。
「俺、夏に婚約したんだ。上司の薦めで見合いした女と」
 津崎は一瞬眉をひそめたが非難することはなかった。興味なさそうな声で愛想なく相槌を打った。
「あ、そ。そりゃおめでと」
「……先週、破棄された」
 突然の告白に、初めて彼は心底驚いた目をして俺を見た。
 それでも、それ以上深くつっこんで話を聞きたいなどとはこれっぽっちも思ってなかったに違いない。いきなり現れた俺が、こんな場所にはそぐわないひどくプライベートな話を切り出したことに、津崎は少し迷惑そうに難しい顔をし、拒絶するように何も言わなかった。だから俺は勝手に話し続けた。
「俺、自分は普通の男なんだと、ずっとずっと信じてきた。普通なんだから、適当な歳になったら結婚して家庭を持って……子供ができ、親となり、家族の為に必死で働いて平凡に死んでゆく。そんな当たり前の、決まりきった線路を走れるんだと、ずっと信じて生きてきた。だけど……現実には一歩も進むことはできなくて……俺は道から放り出された」
 津崎はしばらく戸惑って沈黙していたが、少しだけ哀れみの響きをこめて聞いてきた。
「ばれたの? 女に」
 俺はちらりと彼を見、唇に自嘲の笑みを浮かべた。
「ばれる? 何を? 俺は自分自身さえ騙して、目をつぶって生きてきた。そんな俺の何をばれるって言うんだ?」
「でも、むこうから断られたんだろ?」
「そりゃ……、半年付き合って手も握らずキスのひとつもせず、ベッドに誘いもしない男なんて誰だって変に思うさ。それに、女は敏感だ……。体以前に、相手の心が本当に自分にあるかどうかなんてすぐにわかる。わかったら許しはしない。容赦なく切り捨てる」
「で、切り捨てられたってわけか? ざまぁねえなぁ」
 彼は遠慮なくそう言い放ち、唇を歪めて小さく鼻で笑った。そんな残酷な反応に少し心がホッとした。一緒に嘲笑ってくれたほうがずっといい。同情されるのだけはたまらない。可哀相になんて目で見られたりしたら、俺はきっといっそう告白したことを後悔してしまうだろう。
 俺はグラスの中の溶けていく氷を見つめながら、くだらぬ愚痴にけりをつけた。
「それでも、切り捨てられて初めてわかることもあったさ。今更だけどな」
 自分の言葉が重く自らの内に響いてくる。
 ……そうだ。
 俺はここまで来てようやく理解した。
 俺は、ずっと道に迷ってた。本当は自分が女はダメな人種なのだと、気づいていたのに知らないふりをして、普通の男の進む道ばかりを探っていた。だけど先が見えなくて、足は少しも進まなくて、時間ばかりがすぎていった。
 彼と……津崎と交差したあの時から、あの場所から、俺は取り残されて、前に歩けなくて、偽者ばかりが息をして10年過ぎた。
 俺の本当は、あの夏の日から一瞬たりとも動いてない。
 あの夏の日から、道の向こうがずっと見えない……。
「それで、女諦めて男探してるのか?」
 津崎が遠慮会釈なく言ってのけた。
「ああ……。そうさ」
 俺は低く相槌を打った。
 その通りだよ。
 異性ではだめだとようやくわかって、やっと自分の中の真実を認めて、俺はここにやってきた。
 誰でもいい……。男でさえあれば。
 俺は男と寝て、俺自身の迷いや怖れにけりをつけたいのだ。男となら全身を総毛だたせることもなく抱き合えると、欲情して、勃って、ちゃんとやれるのだと知りたいのだ。自分がゲイなのだと、何もかもで受け入れたい。

 ナ、ナニカンガエテンダヨ、コノヘンタイ!

 自らの手で止めてしまった俺の時計を、もう一度動かしたい。それが許されるものならば。
 俺がそのまま黙り込むと、津崎は少し困惑するように一緒になって沈黙していたが、やがてつまらなそうに口を開いた。
「なあ、えっとさ……この店じゃ捕まんねえよ? ここ、ゲイバーとは言ってもあまりナンパ目的の奴は来ないんだ。ただ飲みに来るのがほとんどでさ。ちっちぇ店だし」
「……そう、か」
「やる相手捕まえんならそれ系の店行かなきゃ。クルボとかさ。いろいろあんだよな、ゲイバーにも。真面目なのから、その場限りの一発だけってのが溜まる場所とかよ」
 少し呆れた風な顔をして、何やら仕方なさそうに話す彼が可笑しかった。
 きっと津崎にしてみれば、こんな会話は面倒でうざったいだけで、人の世話なんて焼くのもくだらないことなのだろう。多分これは昔馴染みに対する大サービスなのだ。でなけりゃ同情、憐憫、そんなものだ。蔑むほどの価値もない。
 俺はすっかり薄くなった水割りを一気に飲み干すと、唇に薄く笑みを浮かべて応えて返した。
「ああ。今度はちゃんと調べて出直すとするよ。いろいろすまん、ありがとう」
 津崎は返事に困ったのか、妙に戸惑った表情で沈黙した。
 会話はそれっきりだった。彼は喋らず、俺もまたこれ以上何も話すことはなかった。
 冷たく凍った時間が過ぎていく。BGMのボサノバだけが、物悲しく囁いてる。
 何もかも、ここでの時間は全て終わり。
 俺は早々に席を立つと、入り口の傍の小さなレジで金を払った。津崎が黙って釣銭を返してくれた。
「じゃあな」
 最後に小さく挨拶した。きっともう彼と会うことはないだろう。ここには二度とこないだろうし、数ある他の店の何処かで、また偶然巡り会うとも思えない。それほど運命は幸運には満ちてない。
「どうも」
 彼がぽつりと返事をした。とても無愛想な、素気ない声で。
 俺は店を出て、薄暗く細い小路を歩いた。道の両側には似たような店が建ち並び、時折ドアの向こうから賑やかな喧騒が聞こえてくる。楽しそうな笑い声。音程外れの歌。ざわめき。狂乱。そんな中を、俺は地面を見つめながら独り歩いた。
 もしかしたら、ここにすら居場所はないのかもしれない。
 この世界の全てを否定して生きてきた俺には、今更同じ息をするのは許されない。誰の仲間にもなれない。誰にも受け入れて貰えない。
 誰の道とも交わらない……。
 ……そう。それも仕方がない。
 それなら俺は、一生独りで生きていくだけだ。これまでと同じなんでもない普通の顔をして、偽物の時間を過ごすだけ。出口のない迷路をずっと巡りながら、また10年過ごせばいい。それが過ぎたらまた10年。そしてまた10年……。そんな風にいつのまにか時は終わるのを待てばいい。
 きっと一生なんてすぐに消えていくのだから。
 と、突然遠く後ろから声を掛けられた。
「柏田!」
 思いもがけない声に振り向くと、向こうから津崎が息を切らしながら走ってくるのが見えた。
 金茶の長い髪が揺れ、大きく前を開けた白いシャツから、はだけた胸が見え隠れする。
 彼は俺の傍まで駆けてくると、苦しそうに荒く息をしながら掠れ声で言った。
「おいっ、柏田。ちょい待てって」
 しばらく体を二つに折ってハアハアと苦しそうに呼吸していたが、それでもなんとか乱れた息を整えて、顔を上げて俺を見た。
 瞳が真剣な色をしていた。
「なあ、おまえさ……」
 そこまで言ってふと言葉をとぎり、何を探ろうとしているのか、じっと俺の目を見つめる。
 そして目を真っ直ぐに向けながら、ゆっくりと口を開いた。
「なあ、柏田。俺と、する?」
 一瞬――周りから全ての音が全てのものが消えていった。
 そこあるのは彼だけ。彼と、その一言だけ。
 それしか俺には見えなかった。世界中のあらゆるものは、目の前のこの男の中に凝縮して詰め込まれた。
 津崎は返事もできぬまま茫然と突っ立っている俺に、言い訳するように口の端を歪めて微笑した。
「俺、今男居るんだよな。嫉妬深い奴でさ、バレるとやばいけど……一回きりならいいぜ?」
 そして何も言えないでいる俺を見て、おどけたように肩を竦めた。
「あー、俺じゃだめか、やっぱり?」
 返事なんて……できなかった。
 言葉なんか出ない。声も出せない。
 俺はただ情けなく彼を見て、泣きそうな顔で頭を振るだけ。
 だって津崎……。
 俺の時計は、あの時おまえと触れ合ったあの一瞬から止まってるんだ。あの時おまえを突き放したそのままで、ずっと冷たく凍りついてる。そして、あれからずっと迷っているんだ……。
 道のわからない子供みたいに。
 



 15の夏は、暑い夏だった。
 中三の俺らにとって大事なのは、そろそろ現実的に見えてきた受験と、そして恋愛。
 男も女も盛った獣みたいに異性の友達が欲しくてうずうずしていて、特に男連中は、恋愛という正当な盾に隠れて性そのものを味わいたがってる奴等がほとんどで、よるとさわると女の話ばかりしていたような気がする。
 そんな中で、俺一人はその熱い渦の中に浸りきれないでいた。
 いつ頃から周りの連中との間に違和感を覚えるようになったのかはわからない。ただ気がつくと、誰かがこっそり持ってきて皆で大騒ぎして見た露骨なヌード写真にときめかない自分を感じ、彼女ができたのどこまで進んだのと言う友達の自慢話をそれほど羨ましいとも思わなくて、何か不安で苛立つような気持ちを抱いていた。
 それはまた、クラブ活動の最中に妙に仲間の誰かが気になって、傍で着替える姿にドキドキしたり、何気なく触れ合っては密かに喜びを感じたりする感情と一緒になって、自分自身をひどく戸惑わせた。
 その正体がなんなのかはわからなかった。わかりたいとも思わなかった。
 ただ本能的に人に悟られてはいけないのだと察して、表向きだけは皆と一緒になって異性の話に盛り上がり、興味津々なのだという顔をした。誰とも変わりのない自分を演じていた。
 俺は子供の頃からいろいろと他から抜きん出て生きてきた子供で、勉強もできたしスポーツも上手かったから結構異性からは注目されていた。ラブレターをもらったり電話が掛かってきたりするのも、そう珍しくはなかった。
 それは周りの連中から嫉妬と羨望の対象になるいい要因で、だから表面だけはいいだろうと自慢したけれど、でも内心では何も嬉しくなんかなかった。むしろ喜べない自分が不安で、苦しかった。
 あの夏の日。
 長い休みも受験生には関係なく、朝から補習授業があってかなりの生徒達が登校していた。
 俺も勿論その一人だったが、その日は真面目に授業には出席せず、少し前からつきあい始めていた女生徒と二人で、サボって屋上でデートしていた。
 少女。短い髪をいつも綺麗にシャンプーして甘い香りをさせていた彼女を……俺はもう名前も顔もよく覚えてはいない。
 別に特別な感情を抱いていたわけではなかった。ただ周りに羨ましがられるほど可愛くて、性格も悪くはなかったからその子にした。
 俺は、異性と関係したかった。
 それは性欲からでは全然なく、ただ自分が他の奴等とは何かが違っているのだと気づき始めていて、そのことがひどく怖かった。だから誰でもいいから女とセックスして、その不安の芽を取り除いてしまいたかった。ごく普通の男なのだと自分自身に証明してやりたかった。
 夏の日差しはコンクリートだけの屋上に容赦なく降り注ぎ、まだ昼にもならないうちから暑くて、じっとりと汗ばんで、たまらなく苦しい。
 俺たちは貯水タンクの下の日陰に隠れるようにして並んで座って、他愛のない会話を交わしていた。
 もっとも、目的はそんな可愛らしいデートではなく、それより先に進んだ関係を持ちたがっていたのは互いが発する緊張した空気から明らかだった。俺だけではなく、彼女も経験したがっていたのを俺はちゃんと知っていた。
 俺たちはしばらくくだらぬことを喋りつづけ、やがてどちらともなく無言になり、そして二人して暑いねを何度も何度も繰り返し口にした。


 真っ白な光の雨。
 日向と日陰のコントラストが足元でくっきりと境界線を描く。
 俺は爆発しそうな心臓を押さえつけながら、そっと小さな声で呟く。
 ヌイダラ、スコシハスズシイカナ?
 彼女が、一瞬間をおいて、少し震える声で応える。
 ソウカモネ。
 俺は何気なさそうに更に言う。
 ヌゴウカ……。アツイシ。


 そして俺はシャツを脱ぎ、彼女もまたシャツを脱いだ。
 柔らかい白い肌が目の前に晒される。下着だけつけた扇情的な姿。俺は胸がドキドキした。だけどそれは甘く燃えるような疼きではなく、ただの緊張と不安だけだった。
 俺は頭の中でシュミレートした通りに彼女の肩を抱いて、固いコンクリートの上に寝かせた。無我夢中と恐る恐るが一緒くただったあの時の俺。彼女はキスから始めたがっていたけれど、俺はともかくやることしか眼中になかった。
 ふわりとした肌に手をあて、焦りながら下着の上から膨らんだ胸の塊に触れる。感触は心地良かったけれど、快感とは違っていた。慣れぬ手つきであちこちを愛撫し、唇を震わせながら肌の上を這わせていく。背中を、気持ちの悪い汗がつたった。
 少女は本当に感じているのかどうだか、息を荒くして時折甘ったるい鼻声を漏らした。抵抗はいっさいしない。全てを与えるから、おまえも与えろと要求してくる。男をくれと訴える。
 だが……俺の中の欲望はこれっぽっちも反応しなかった。
 むしろ、どんどん、どんどん萎縮していく。哀しいくらいに行為から遠ざかって、逆に俺自身を否定した。
 俺に本当を見せつけようと冷たく残酷に微笑みかける。
 ――デキナイヨネ、オマエニハサ
 俺は……いったいどう繕って彼女から逃げたのか、もう忘れてしまった。
 きっと、やっぱりこんなことは早すぎるとか、受験を控えてるのにいけないよねとか、そんなくだらない戯言を並べたのだと思う。
 彼女が羞恥と軽蔑で全身を真っ赤に染めて、シャツを掴んで泣きながら走って行ったのだけ覚えてる。だけどその時だって、俺は彼女のことなんて考えもせず、ひたすら自分に落ち込んでいたのだった。
 途中で止めるしかなかった己に、何もかも粉々に打ち砕かれた思いで。
 デキナカッタ。
 オンナヲダケナカッタ。
 ちくしょう、ちくしょうと、八つ当たりのように怒りと羞恥の呟きを繰り返し、俺はコンクリートの屋上で一人膝を抱いて泣いていた。
 そんな時だった。
 津崎が現れたのは。
 俺が座っていた貯水タンクの陰の向こうから、奴はいきなりひょいと姿を見せた。
 俺はとても驚いて、だが彼もまさかこんな時間こんな所に誰かがいるとは思っていなかったのだろう。いつもはほとんど表情を見せない顔にビックリした面持ちを浮かべ、目を丸くして俺を見ていた。
 当然のように俺が泣いていたのもわかっただろう。少し困ったように唇を歪め、引き返そうかどうしようか迷っている様子だった。
 俺は情けなく頬に残った涙を拭うと、ぶっきらぼうに言い放った。
 スワレバ?
 彼は何をどう思ったのか、素直にその言葉に従った。二メートルほど間隔を空けて、日陰のギリギリ端っこに腰を下ろす。俺たちは図らずも共に同じ時間をその場で過ごすことになった。
 津崎は……その頃からクラスで浮いた存在だった。
 無口で愛想がなかったこともある。だが何よりその雰囲気が独特で、あまり他人を信用してないというか、誰にも心を開いていない感じがした。そしてそれは女性に対して露骨に顕著だった。
 彼は女を嫌っていた。
 そんなこともあって、いつ誰が言い出したのか、彼はホモなんだという根拠のない噂が広まっていた。別に態度や仕草に妙なところがあったわけではない。だが繁華街で男に体を売ってるだの、ホテルから中年オヤジと出てきたのを見ただの、嘘か本当かわからないような醜悪な陰口を俺も何度か耳にしていた。
 俺は……少しこいつが怖かった。
 こいつがいるのかもしれない世界が怖かった。
 それは多分俺が一番知りたくない世界……。だけど嫌なら嫌な物ほど目がひきつけられるように、その世界にもまた心がひきつけられた。本当にこいつが噂どおりの奴なのか知りたかった。そして、知ってしまうことを何よりも恐れていた。
 俺が悶々としている間、津崎はなんとなく居心地悪そうながらも、ずっとそこに座っていた。何をするわけでもない。ただぼんやりと遠くを見ているだけ。いつもの如く一言も喋らず、何を思っているのか、何を感じているのか、無表情なその様子からはこれっぽっちも推し量りようがない。
 ただ黙ってそこにいるあいつ……。
 あの時の俺は、どうしてあんなことを口にしてしまったのだろう。
 打ちひしがれて、やけになっていたのか。……いや、違う。きっとすがりつきたかったんだ。何かに。
 ……彼に。
 俺は膝を抱き、熱く照らされたコンクリートの地面を見ながら、ぼそりと呟いた。
 ナア、オマエッテサ、ホントニホモナノカ?
 彼はまったくの無反応だった。突然変なことを聞かれて怒る訳でもなく、また焦って慌てる風もなく、まるで何もなかったかのように平然としていた。
 ホモッテサ、ケツニオトコノアレ、ツッコンダリスルッテホントカ?
 相変わらず返事もしない。何も答は返ってこない。
 暑い日差しの中、俺は一人で喋りつづける。
 オマエモシタコトアルノ? ソレッテキモチイイノカ? イタクネエワケ? アンナモン、ハイルノカヨ、マジニ?
 馬鹿にするような言葉の響き。嘲って蔑んで、苛立ちをぶつけるように露骨な質問を俺はあいつにぶっつける。
 校庭の木々の枝間から、煩く蝉の声が聞こえていた。
 オトコトスルノッテ……カンジルノカ?

 津崎は――初めて俺を見た。
 ゆっくりと顔を向けて、薄い色の瞳でじっと俺の目を正面から見据えた。
 その無表情な顔の奥にあるのは、怒りでも哀しみでも羞恥でもなかった。ただ彼は本気で俺と向き合っていた。隠したり逃げたり誤魔化したりせず、そのまんまのあいつでそこにいた。
 形のいい唇が微かにうごめき、奴は初めて俺に生きた言葉を投げかけた。
「する?」
 そのまま、何も反応できずにバカみたいに呆けている俺の傍へ、彼は膝を擦って近寄ってくると、細い指の手を伸ばし、俺の顎を掴んで躊躇うことなく自分の唇を寄せてきた。
 ふわりと――柔らかな感触が触れた。
 その瞬間全身に痺れるような衝撃が走りぬけた。
 身動きできなかった。手も足も、指のひとつも動かせず、瞬きすらをも忘れてしまう。あいつの顔があまりに近くにありすぎて、それがどうしてそこにあるのかを、まともに考えることもできやしない。
 なのにあいつが誰よりも近かった……。
 そのうち唇の奥から熱い舌が這い出してきて、俺の口の中に入ってきた。
 初めて知った他人の唾液の、痺れるような官能の味。
 俺は一瞬それに耽溺し、だけどすぐに激しい恐怖に襲われて思い切り彼を突き飛ばした。
 目の前に津崎がいた。相変わらず感情を表さず、瞳だけが真剣な色をしてじっと俺を見つめていた。
 俺はそんな奴を見つめ返しながら唇に手をあてた。たった今まで彼が触れていたそこ。繋がり、溶け合っていた唇。俺たちの接点。
 熱くて、熱くて、眩暈がする程に熱くて……。
「な、何考えてんだよ、この変態!」
 それだけしか言えなかった。他の言葉は出てこなかった。
 津崎は何も応えず黙って俺を見つめ続け、やがて静かに立ち上がると、そのまま素気なく立ち去った。怒りもせず、悲しみもせず、愚かな俺を哀れんだり蔑んだりすることもなく、ただ背中を向けて行ってしまった。
 そして残された俺は……いつまでもぼんやりとあいつの姿を見つめていた。
 夏の日に、陽炎みたいに揺れて霞んでいた彼の背中を。汗に濡れた白いシャツの後ろ姿を。




 バーが閉店したその後で、ホテル街から少し外れたところにある小さなホテルに彼は俺を連れて行った。
 安くて汚ねえけど男同士でも入れてくれるから……と唇を歪めて笑いながら教えてくれた。
 そうか。好きなところに自由に行けないような世界で、10年間生きてきたんだな。俺がさんざん道に迷っている間に、彼は逞しくずる賢く、地面を這いずりながら生きてきた。
 もしもあの時彼を受け入れていたのなら、自分の本当を認めていたら、俺はこいつと一緒に歩いていたのだろうか? ずっと傍にいて、同じように這いずりながら道を進んでいけたのだろうか?
 そんなくだらぬ想いは抱いても虚しいだけだった。
 それぞれにシャワーを浴び、俺と津崎は素っ裸でベッドの上に向かい合って座った。あまり肉のついてない細い肢体が目に眩しい。クラクラと頭が揺れる。息が詰まる。だけど絶対に視線を逸らさないで、じっと彼を凝視した。
 綺麗だと……思った。
 昔からずっとそう感じていた。けれどそれに気づかないようにしていた。白黒の俺の世界で彼だけが鮮やかに色づいて存在していたのを、知ってしまうのが怖かった。
 俺は手を伸ばして彼の頬に触れると、震える声で呟いた。
「キスしてもいいか……?」
「いいよ」
 軽く応える彼に顔を寄せて、そっと唇を押し付けた。ほんの先端が触れただけで、胸が苦しくなり汗が滲む。その先に進めない。そのうち彼の方が何気なく顔を寄せて、しっかりとくちづけてくれた。
 俺の二度目のキス……。
 あの日津崎と交わしてから、他の誰とも繋がることのなかった唇。
 昔彼がそうしたように、舌を差し入れて彼のそれと触れ合いたいと思ったけれど、いったいどう働きかければよいのかがまるでわからなかった。自分を動かす術を知らなかった。
 情けない男。25年も生きてきて、人と交わることを何一つ知らない人間。
「すまない。俺、どうしたらいいのか何も知らない。初めてなんだ……」
 俺は唇を離すと、素直に白状して助けを求めた。津崎はバカにするでもなく、驚くほど優しい声をして耳元で囁いた。
「いいよ。俺がリードしてやるから」
 肩に手を回してくると、艶かしく体を摺り寄せ、そのまま体重をかけて俺をベッドの上に押し倒した。胸にのしかかる重さが心地良い。冷たい素肌が触れあい、再び触れてきた唇に胸がときめく。と同時に泣きたいほどの安堵が襲ってきて、閉じた瞳の奥でじわりと涙が滲んだ。
 津崎は俺の胸のあちこちをついばみながら、何気ない口調で尋ねた。
「なあ、柏田、どっちがいい? 突っ込む方と突っ込まれる方」
 俺は返答に困って、苦笑しながら無言のままに首を振った。
 どちらがと問われたって、何も知らないのだから選びようもなかった。自分が何を望んでいて何に反応するのかこれっぽっちもわからない。女性と関係したこともない俺は、良いも悪いも想像すらつかなかった。
 彼はそんな俺を見、ちょっと困惑したように考えていたが、それから悪戯っぽく鼻筋に皺を寄せた。
「じゃ、俺にお任せコースでいい? 大丈夫。俺、こう見えても優しいからさ」
 知ってるよ。
 きみは優しい。
 あの時も、今も、きみは俺の傍にいる。俺がどうしようもなくなって困り果てている時、きみは一番近くにいて一番欲しいものをくれる。
 そんな簡単な答を、何故ずっと見つけられなかったのだろう?
 そんな後悔も、今はもう虚しいだけなのかな……?
 津崎……?


 あいつが入ってくる。

 痛くて、苦しくて、息も出来ないほど辛くって。

 全身が引き裂かれる。
 
 せつない。苦しい。声が漏れる。

 だけどどうしようもないほど全てが熱い。

 体も、心も、あいつと繋がってるあそこも、

 何もかもが熱い。

 ……熱くて、熱くて、眩暈がするほどに熱くて……。


「つ……津崎……津崎……」
「ん? どした? 痛いか? 我慢できねえ?」
 俺は顔を歪めながら首を振って、背後にいる彼に掠れた声で嘆願した。
「ちが……、頼む、前から……前に来て、くれ……こっちに」
 体をよじって、必死に彼に手を伸ばす。
「前? いっけど、最初は後ろからの方が楽だぜ? 無理すんなよ」
 それでも俺は、そんな彼のいたわりを拒んで想いのままに要求した。
「いいんだ……いい。ちゃんと、見せてくれ……。おまえ……そこに、いる……って」
「なんだよ、それ?」
 彼はちょっと呆れたように笑うと、それでもねだった通りに俺を仰向けて前からしてくれた。
 両足を掲げられ、無防備に曝け出された俺の中に奴が深く入ってくる。正面から向き合って、逃げることも誤魔化すこともなくしっかりと進んでくる。
 そして俺は受け止める。
 あの時突き放してしまった本当を、今度こそ奥の奥の、ずっと深い部分で手に入れるために。
 津崎に全てを明け渡す。
 苦痛と快感に目を開けたら、目の前に彼の姿が見えた……。

 夏の白い陽射しの中で、道の向こうで、15の彼が霞んで立っていた。




 彼が……傍らに座って煙草をふかしていた。
 綺麗な横顔。薄い唇から立ち昇る紫煙。白く細い指に、細い煙草が良く似合う。
 俺は横たわったままその姿を眺めながら、ぼそりと小さく呟いた。
「津崎……」
「ん?」
「どうして……俺を誘ったんだ?」
 彼はちょっと不思議そうに眉を上げ、それから唇を歪めて苦笑した。
「……さあな、どうしてかな」
 フフンと鼻で笑い、それっきり何も言わずにまた煙草を吸い始める。俺もそれ以上は聞かずに口をつぐんだ。
 別に理由なんてなんの意味もないのだ。俺は男が必要だったし、それに彼が応えてくれた、それだけのことだ。
 男が津崎だったのは、ほんの小さな偶然。それが俺にとってどれほど大きな偶然であっても、彼にとっては取るに足らないこと。
 たった一度だけ。すれ違うだけの一瞬。
 それでよかった。同情でも憐れみでもかまわなかった。気まぐれだっていい。彼が一番欲しいものをくれたのだから、それだけで充分だ。それ以上望むべくもない……。
 俺は黙って彼を見つめていた。
 しばらく長い間穏やかな静寂が過ぎていったが、そのうち津崎が、どこか遠くを見つめながら、独り言のようにぽつりと言った。
「きっとさ……、あの夏の日が中途半端で、ずっと欲求不満だったのかもしれないな。キスして終わりだったもんな。あん時」
 一瞬――俺は息も忘れて彼を見た。 
 それはまるで封印を解く鍵だ。凍った時間を再び動かす鍵。
 その一言で何もかもが解き放たれる。何もかもがほぐれていく……。
 彼は覚えていたのだ。
 彼の中で、それは消えてはいなかった。
 俺たちが交差した一瞬を、ほんの些細な、だけどとてつもなく重かったあの記憶を、彼もまたずっと心の中に抱いていた。失うことなく疼く傷として胸に残しておいてくれた。
 彼は……忘れてはいなかったんだ。あの夏の日の一瞬を……。
 突然体の中心から熱いものが湧き上がってきて、溜まらなくって、俺はぽろぽろと涙を流した。人前で泣いた事などない、あの時津崎の前でたった一度だけ見せた涙を、また彼の前で曝け出す。後から後から、抑えようもなく溢れ出す。
 津崎がびっくりして慌てていた。
「おい、何泣いてんだよ、柏田。よせよ、男のくせによぉ。なあ、おいってば。柏田ぁ」
 そう言いながらも優しく肩を抱きよせてくれた彼の手を、俺はきっと一生忘れることはない……。




 ホテルを出たのはもう明け方近かった。
 泊まっていくとさすがに男にバレそうでやばいから、と彼は苦笑しながら言い訳した。
 外は震えるほど寒く、空気はひんやりと静かに凍てついていて、たった今まで素肌で互いを暖めあっていた俺たちには残酷なほどその冷気が身に染みた。
「うー、寒っ。この時間はやっぱ冷えるなぁ」
 彼は両手で寒そうに自分の体を抱き、ぶるぶるっと身震いすると連続して二回大きなくしゃみをした。そして誰かが悪い噂をしていると言っては八つ当たりして道端の看板を蹴っ飛ばし、イテェと大袈裟に騒ぎ立てた。
 なんだか可笑しかった。
 彼のこんな一面なんて見たことがない。俺の記憶の中の彼はいつだってムッツリとして無口で、先ほど店で逢った時だって、やはり無愛想極まりなかった。
 俺がそう口にしたら、彼は照れくさそうに舌を出した。
「俺さぁ、すげぇ人見知りなんだ。でも根はひょうきんなんだよな。それでよく男にフラレんだ。最初とイメージ違うって。騙されたってさ。ほっとけって、なあ?」
 わんぱくな子供みたいに口を尖らせて文句を言う彼に、俺は溜まらず声をあげて笑った。そうしたら彼が、少し眩しそうに眉をひそめて俺を見つめた。
「なんだ、おまえ。そうやって笑った顔って昔と全然変わんねえじゃん」
 そう言って明るく笑った津崎の顔は、あの夏の日の光そのものだった。


 どこまでも熱かった夏……。

                                          ≪終≫

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