手をつないで道を歩こう

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 手の中には、銀色に輝く携帯電話があった。
 ユウジは、しばらくの間じっと見つめていたが、そのうち大きな溜息をついて、ようやく小さな文字盤へと指を添えた。
 一人の部屋に微かに響く電子音。
 保存されたアドレスの中、ひときわ長く数字が並んだ番号は、遠い田舎の家のものだ。
(元気かな、二人とも……)
 家には正月以来戻ってないけど、それはいつものことだった。
 ここしばらくは、自分から電話を掛けたことすらほとんどない。
 あまりにも音沙汰のない親不孝な子供にしびれを切らして、たまに向こうから掛かってくるが、それだってうんとかああとか短い相槌を返すだけで、しつこく会話を続けようとする母親にうんざりしながら早々に電話を切った。
 愛想がないわねと叱られるけれど、独り立ちした子供と女親の関係なんて、きっとどこもこんなようなものだと思う。わざわざ親に報告しなけりゃならないことなんて滅多にありはしないのだ。
 だけど、今は違った。
 今は伝えなければならないことがちゃんとあって、ユウジは迷い躊躇いつつも、ようやく決心をして電話を掛けた。
 数回呼び出し音が鳴り響いて、懐かしい声が聞こえてきた。
「あ、母さん? 俺、ユウジ」
 ぶっきらぼうに名乗ると、電話の向こうで母親が、珍しいことだと大袈裟に驚いてはころころと笑った。嬉しそうな笑顔が目に浮かんだ。
「元気? 父さんは? ……うん。俺は元気だよ。……ああ、ちゃんと食ってるからさ、ああ、わかってるって。うん」
 少し呆れたような口調でいつも通りの質問を投げかけてくる母親に、ありがたさとうざったさの両方を感じながら、ユウジは日常の様子などを問われるままにぼそぼそと伝えた。
 ひとつの答えに、たくさんの言葉が返ってくる。合間合間に他愛のない世間話を幾つも混ぜ込みながら、母親はここぞとぱかりに久々の息子との会話を堪能しているようだった。
 そんな普段と変わらぬやり取りの中、ユウジはふっと密かに溜息をついた。
 なかなか話を切り出すことができなかった。
 言うべきことはさっさと言ってしまおう。頭ではそう思うのだが、言葉は思った以上に重たくて、胸の途中で淀んでいた。形になって唇から漏れるのが怖くて、いつになく母親のくだらぬお喋りを聞き続ける。
 ただの転居の連絡を告げることが、どうしてこんなにも不安なのか……。
 いや、理由なんてわかってる。
 伝える事柄そのものではなく、その後ろに潜むものが怖いのだ。行為の裏に隠れた、自分にとって何よりも大事な真実が、重く重く圧し掛かってくる。
 彼を愛しているということが……。
 ユウジは少し前から、一人の相手と暮らし始めた。
 高校時代の同級生。ヒロアキという名の同い年の男。友達という関係のまま何年も離れていて、それがいつのまにかすぐ傍で恋人へと変わっていた。
 誰よりも大切な相手、何ものにも代えがたい愛しいその者と、同じ空間、同じ時間を共有して生きている。
 ずっとずっと心の中にしまいこんでいた想いという種が、まるで奇跡のように花開いたあの日から、お互いがお互いにとって大きな存在となり、共に一緒にいたいと強く望んだ。離れたくないと心から願った。
 だから二人で暮らし始めた。一人きりの自由を手放しても。
 ユウジは電話の声を右から左へと聞きながしながら、そっと部屋を見渡した。
 ヒロアキはまだ帰っていない。今日は日帰りの出張だと言ってたから、帰宅はもう少し遅くなるのかもしれない。
 彼との生活が始まって10日あまり。
 それはさほど今までと変わり映えのない暮らしだったけれど、まるで違っていることも確かにあった。
 例えば、愛しい相手の顔が毎日傍にあった。
 朝の忙しい何分間かであったり、時にはどちらかが寝ている姿しか見ることはできなくとも、それまでの慌しくSEXするだけのような寂しい接点とは違って、いつも胸の奥がホッとした。
 何気ない日常の会話も楽しかった。時々つまらないことで言い争いになるのすら喜びだった。
 ヒロアキとの暮らし。それはとても素晴らしい現実であり、宝であり、ユウジの幸福の源泉だ。
 だけど時には、こんな風にただ引越しの連絡をするだけのことにも、心に重い枷を嵌めてしまう。決して隠すべき恥ではないのに、その真実を知られるのが恐ろしい。
 ユウジは、これまで両親に、他人とは違う自分の性癖について告白したいとは思ってなかった。
 なじられ、罵倒されるのを怖れたわけじゃない。ただ、愛すべき者たちを悲しませたくなかった。現実を受け入れられなくて惑い苦しむ姿を見たくはないから、一生黙っていようと決めていた。
 だがヒロアキという愛を手に入れて、心が微妙に変化した。
 彼が本当に好きだから、真剣に愛しているから、その事実を誰かに認めてもらいたい。いや、たとえ認めてもらえなくても、この愛は決して恥ではないと、間違った行為でも幻想でも戯れでもないのだと声に出して伝えたい思いがあった。誰かに知って欲しいと思った。
 だから……もし引越しの本当の理由を問われたなら、何故と聞かれたなら、真実を答えようと心に決めていたのだ。進んで話はしないまでも、隠すことはするまいと……。
 ユウジは、母親の話がふっと途切れた合間に、ぼそりと低く口にした。
「あの……さ、母さん? 俺ね、この間、引っ越したんだ」
 当然の如く、驚いた反応が返ってくる。少し諌めるような口調で向けられた問いに、静かに応えた。
「ああ、えっと、一週間くらい前だよ。……うん。ごめん、連絡遅くなって。……それで、一応新しい住所知らせとくから。いい、メモ? 言うからね?」
 突然の知らせに慌てている相手に、ユウジはゆっくりと新たな住まいの場所を語って聞かせた。聞き慣れない都会の住所をたどたどしく復唱しながら、何やら必死で綴っているのが感じられた。
 母親がようやく書き終えて、まったくもうと苦笑しながら文句を言った。
 いつだって勝手に決めて、全部済ませた後に知らせてくるのね、と諦めと不満の入り混じった声で笑って話す。
 そういえばそうだった。就職をこっちで決めた時も、内定をもらってから初めて電話で連絡したのだ。戻ってこないのねと寂しそうに呟いた母親の声が、耳の奥によみがえった。
(なんだか親不孝ばかりしてるかもな……)
 そんな思いを噛み締めながら、ユウジはもう一度深呼吸した。
 もうひとつ伝えることがあるではないか。今の状況、ヒロアキと一緒だと言うことをちゃんと連絡しておかなければ。
 黙っていたっていつかは知られるだろう。ならば、話すべき時に話すのが一番いい。それが一番自然に伝えられる。そう自分を奮い立たせて。
「で、でさ……母さん。あの、実はさ。……その……今、一人じゃないんだ。一緒に暮らしてる奴がいて……さ」
 いきなりの報告に、母親が電話口で息を呑む音が聞こえた。しばしの沈黙があり、戸惑いと当惑の呟きがあり、その後に恐る恐ると言った口調で相手の名を尋ねられた。
 ――いったいどこのお嬢さんなの?
 ユウジは苦々しく唇を歪めて失笑した。
 予想していた通りの言葉だ。
 考えていたままの素直な反応。共に暮らす相手がユウジの特別な存在であることだけは敏感に察し、だけど真実は遥か遠くの、見当外れの心配がそこにあった。
 ごく普通の親が、ごく普通の子供に抱く一般的な不安と期待が言葉の中に溢れている。
 当たり前だろう。彼らには何も話してない。疑わせるような行為すら何一つ晒してはこなかったのだ。
 ユウジはゆっくりと言った。
「女じゃないよ。ええと……ヒロアキって……覚えてる? ほら、高校の時一緒だった……。よく家にも来てたじゃねえ。背がでかくて、賑やかな奴。……ああ、そう、あいつだよ、うん。……その、あいつと……一緒なんだ。俺……今、あいつと一緒に暮らしてる……」
 ユウジの答えに、母親がいかにも不思議そうに尋ねてきた。
 どうして、と。
 ほんの少しホッとしたような含みを込めて、それでも逆に疑問はいっそう深く、何を疑うべくもなく向けられた問い。ユウジは知らずと唇が小さく震えた。
(言わなきゃ……)
 話してもいいと思っていた。
 真剣に愛して、真剣に選択した生き方なのだから、もう隠したくはない。誰に話してもかまわない。ヒロアキを愛しているのだと胸を張って言える。そう思っていた。そう決めた自分を信じていた。
(言うんだ、今)
「あ、あの……さ、俺、俺さ……」
 そこまで言って、声が詰まった。
 その後をどう繋いでよいのかわからなかった。
 ちゃんと報告しなければという思いは確かにあるのに、いざ言葉にすると現実がとてつもなく重く、とてつもなく恐ろしくて、先の台詞が出てこない。一番大切な事実が喉の奥で抵抗している。
「あの……俺、俺は……」
 携帯を持つ手がカタカタと小刻みに揺れた。言うべき言葉は爆発しそうなほど胸の中に溢れているのに、どうしても形にならない。口に出せない。声が出ない。ただ意味のない呟きばかりが唇の先を飾る。
(なんだよ。言えよ。話せってば。あいつと付き合ってるって、ヒロが好きだから一緒に暮らしてるんだって、そう言えよ! 俺は……男が好きで、男と同棲してるんだって……)
 母親に怪訝そうに促され、ようやくこぼれた言葉は、まるで意志とは違うものだった。
「あのさ、その……こっちの方が前の部屋よりいろいろと都合がよくてさ。会社近いし、店もいっぱいあって遅くまで開いてるし。だけど家賃高くって、どうしようかなーって思ってたんだ。そしたら、ちょうどあいつも引越しを考えててね? それなら折半して一緒に住もうかってことになって」
 嘘は信じられないほどすらすらと流れ出た。
「ヒロアキも仕事でこっちに出てきてて、ちょっと前にクラス会で会ってさ。で、話してるうちになんかそんな話になったんだよ。まあ、あいつとなら気心も知れてるし、一緒でもいいかなと思ってね。け、結構うまくいってるんだぜ。ってか、別にお互い干渉しないしな。好き勝手にやってるんだ。部屋にいる時間帯も微妙に違うし……。だから、つまりそういうこと。暮らすったってただの同居って感じで、これで家賃半額なら断然お得ってやつ? 掃除とかも半分ですむし」
 自分でも不思議なほど饒舌なのが滑稽だった。
 何かを聞き返されるのが怖くて、ひたすら喋り捲った。
「い、嫌になったらまた引っ越せばいいことだから。それに、どうせ二人とも家なんて寝るだけみたいなもんだしね。これで、どっちかに彼女でもいたら困るのかもしれねえけど、あいにく俺もあいつも今のところフリーでさ。お互い仕事忙しくてそれどころじゃないし。先に彼女ができた方が出てくこと、なんて決めてはあるんだけどね、ははは」
 ユウジは軽い口調で笑った。
 嘘は真実よりもずっと簡単で、頭も心も全て関係なく、ぽろぽろと難なく口の先から生まれては消えていった。
 意味のない言葉の羅列は泡みたいに儚くて空しい。
 だが、その形だけの説明は多分本当のことよりもずっと簡単に母親を納得させただろう。深く追求されることもなくあっさりと受けとめられ、電話を切ってユウジは大きく息をついた。心臓がどくどくと鳴っていた。
 後悔だけが残っていた。
(どうして、どうして言わなかったんだ……。どうして……)
 その時、突然後ろで小さく壁をノックする音がして、同時にひとつの声が聞こえた。
「ただいま」
 びっくりして振り返ったら、そこにはヒロアキが立っていた。
 スーツ姿にバッグを持ち、帰宅したばかりの彼の姿。唇に微かな笑みを浮かべ、優しく細めた目元には一本の皺が浮かぶ。
 ユウジは目を丸くして彼を凝視した。
「ヒロ……」
 言葉もなく顔をひきつらせているユウジを見て、ヒロアキは呆れたように笑った。
「なんだよ。おかえりくらい言えよ、もう」
 そのままネクタイを緩めながら、キッチンに歩いていって冷蔵庫を開けては覗き込んだ。
「今日は暑かったよなぁ。まだビールあったっけ? ああ、腹減った。もう飯食ったの、おまえ?」
 何事もなかったかのように、いつも通りの様子で缶ビールを取り出しては、着替えもしないで喉を鳴らして飲み始める。ユウジはそんな彼の言葉を上の空に聞きながら、呆然と彼を見つめた。
 いつ帰ってきていたのだろう。
 全然気づかなかった。電話に夢中で、いつから立っていたのか、いつからそこにいたのか、まるでわからなかった。
(……聞かれた……?)
 心臓が、違う怖れを抱いて苦しいほどに打っていた。
 自分が口にしていた嘘だらけの言葉を、ヒロアキは聞いてしまったのだろうか。
 彼と暮らしている本当の理由を、彼を愛していると言えなかった自分を、見ていたのだろうか。知ってしまったのだろうか。
 彼は、どう思ったのだろう……。
(……俺、俺は……)
 息が詰まって胸が締め付けられた。
 ちゃんと真実を告げられなかった自分がどうしようもなく惨めに思えて、情けなくてしょうがなかった。彼を裏切ってしまった。彼との愛を自ら否定して、嘘で塗り固めて汚してしまった。そんなつもりじゃなかったのに。本当に、話してもいいと思って電話したのに。
 ちゃんと伝えられると信じていたのに。
 ヒロアキは何も触れることなく、ビールを持ったまま着替えのために隣室へと行ってしまった。
 責めもしない。問いただしもしない。失望も怒りも、何も見せない。
 気づいていないはずはなかった。間違いなく、ユウジが口にしていた言葉を彼は耳にしたに違いない。そして……どんな思いをしたのだろう。愛する者が自分との関係を偽って話すのを、どんな気持ちで聞いたのか。どんな心で受けとめたのか。
 ユウジは重い体で立ち上がって、彼の後を追い隣の部屋へと入った。
 ヒロアキがクローゼットの前でシャツのボタンを外している。その傍まで歩いていって、目を伏せ、床を見つめながら、ただ黙って立っていた。
 ほんの少しの間があり、ヒロアキがちょっと困ったように小さく笑った。
「なんだよ。……なあ、飯まだなんだろ? どこか食いに出ないか? 俺もう限界だわ、作るの待ってらんねえよ」
 明るくいつもと同じように軽く話す。
「裏の定食屋に行こうか? それとも飲めるとこがいいか? あ、おまえ、前に角のイタリアンに行きたいって言ってたよな。あそこにする? ちょっと給料日前で厳しいけどさ」
 朗らかに笑っては相手の応えを待っていたが、何も答えぬユウジを見つめ、哀しげに苦笑した。
「返事しろよ、おい」
「……ごめん」
 ユウジは俯いたままそう言った。ヒロアキはいっそう困惑した様子で、それでも口調だけはあくまでも何事もなかったかのように応対した。
「なんだよ? ばか。何謝ってんだか」
「……ごめん、ヒロ」
「…………」
 逃げることの許されぬ会話の中で、ヒロアキもまた、固く口を結んで押し黙った。
 沈黙がその場を支配した。
 お互い、言葉もなく、瞳を交わすことさえしないで、無言のまま立ち尽くす。
 ヒロアキはそれまでの笑みを隠し、ユウジから顔を背け、眉をしかめてじっと何処かを見つめていた。
 そのうち、低い声でぼそりと一言呟いた。
「……言えねえよ」
 向こうを向いたまま、ひとつひとつ言葉を噛み締めるように、ゆっくりと口にした。
「わかってる……。言えねえよ。俺だって、まだ話してねえし……」
 うつむき、足元に視線を落として、自らに諭して聞かせるかのごとく呟く。
「そう、簡単にはいかねえよ……」
 ユウジは黙って彼を見ていた。返す言葉もなく聞いていた。
 時が流れる。重苦しい空気が物言わぬ二人を包み込む。
 ヒロアキもまた、幸福と平穏の時間の中で同じ葛藤を抱いていた。決して卑下する必要などないはずの自分たちの関係を、堂々と曝け出せぬ苦痛に喘いでいた。
 情けないと思う。哀しいと思う。悔しくて、辛くて、腹が立つほど惨めで、やりきれない……。
 だけどこれが現実だった。ほんの少し普通の道から外れて歩くことを選んでしまった者たちの、紛れもない真実の姿がこれだった。
 決してこの道は平坦ではないのだ。
 ユウジは湧き上がる感情を必死にこらえて、きゅっと固く唇を噛み締めた。ヒロアキがそんな彼に気づいて静かに寄ってきては、首に手をまわし、己の広い胸へゆっくりと引き寄せた。
 ユウジは自分よりほんの少し高い彼の肩に額を押し当て、静かに目を瞑った。こらえていたのに、閉じた瞳の端から一滴だけ涙が伝って零れていく。
 絞り出すように呟いた。
「こんなに……苦しい嘘ははじめてだった……」
 ヒロアキが何も言わずに抱きしめてくれた。力強い腕は温かくて、優しくて、強張っていた心が緩やかに解けていく感じがした。


 その夜はどちらからともなく求めあった。
 快楽を得る為というより、まるで何かを確かめあうかのように、闇の中手探りで相手を弄り、手探りでその存在を確認して、必死の思いでお互いを欲した。
 幸せなSEXというには少し哀しく、だけど暖かさは充分感じた。愛していると心から思い、できることなら、この愛がずっとずっと変わらず続くことをユウジは願った。
 今はまだ自分にすら負けてしまうほどの頼りのない関係。でも、いつか遠い道の先には、空気のように当たり前のこととして胸に吸い込み、世界に大きく吐き出せるような、そんな安らかで揺るぎないものになれるかもしれない。
 なんの確証もないけれど、ヒロアキとだったらきっと辿り着けると、希望を込めて夢を見ることができると思う。それだけでも、充分幸せなのだと彼の腕の中でユウジは感じていた。
 甘くせつない時の後に、ヒロアキは珍しく煙草も吸わずに、頭の下で両手を組みながらぼんやりと天井を見つめていた。
 ユウジはその傍で、黙って目を閉じていた。
 疲れと気だるさがゆうるりと眠気をつれてくる。少しトロトロとまどろみかけた頃、ヒロアキがポツリと呟いた。
「なあ、ユウジ……」
 ユウジは潤んだ瞳を向けて応えた。
「……ん?」
「なあ、もしさ。……もし、お互いの親に言おうと思う時がきたら、その時は……俺たち二人で一緒に言おうぜ。二人で、手をつないで両方の家に行って、二人で一緒に報告しよう。揃ってさ」
「……ヒロ」
 いきなり始めた彼の話に、ユウジはしばし言葉を失って唖然として聞き入った。
「別々じゃ無しに、並んで両親の前に座って……俺たちのことをちゃんと話そう。嘘も誤魔化しも何もなく、全てを言おう。――俺、土下座してやってもいいぜ。お宅の息子さんを俺にくださいってさ。ふふっ」
 最後にちょっぴりジョークを混ぜて、だけどきっと本気で彼は言っていた。真剣な決意に違いなかった。
 ユウジは胸が熱く震えるのを感じながら、少しの間その言葉を噛み締めていた。
 良かったと、思う。
 彼を愛して良かった。愛し、選んだのが彼で良かった。彼と愛しあうことができて、本当に幸せだったと、心からそう思う。
 ゆっくりと愛に酔いながら、ユウジは優しく微笑んでみせた。
「なあ、そういう時ってさ、普通殴られたりしない? 父親に」
「ええ? ああ……そうかな。そうかも……」
「やっぱり一発ぐらいは覚悟しなきゃだめかもな」
「ええー? んー、しゃあねえなぁ。くそぉ。……あ、でもよ、じゃあおまえも覚悟しろよな。俺のオヤジからの一発さ。おまえだって俺をもらうんだからな。な?」
 真面目な顔をして話すヒロアキに、ユウジは吹きだしそうになりながらも、わざと唇を尖らせてからかった。
「俺はやだ。なんか痛そうじゃねえか。顔腫らしたくないし。おまえ、代わりに殴られろよ」
「おい、なんで俺が自分の親に殴られなきゃならないんだよ。ばっかじゃねえの」
「いいじゃん。俺を愛してるなら俺の代わりに殴られてよ」
「ばっ! おまっ、何考えてるんだぁ? じゃ俺の立場はどうなんのよ。ひとりでやられるなんて間抜けじゃないかよ。おまえ、愛情足りねえぞ? あんまりじゃないのか?」
 むきになって迫ってくる相手にとうとう堪えきれなくなって、ユウジは声をあげて笑った。
「あははははっ、あははは」
「てめえ、笑ってんじゃねえ! おいっ、ユウジ、こっち向け、この野郎」
 狭いベッドの上で、二人して騒ぎ、じゃれあった。
 ヒロアキが上から押さえつけては、わざと体重を乗せて圧し掛かり、耳元に唇を寄せてゴメンナサイと言えと低く囁いた。
 その瞳がとろけるほどに優しい。
 ユウジはくすくすと笑って、ゴメンナサイの代わりに、愛してるよと呟いた。
 返ってきたのは、甘くて熱いキスだった。

                                                                                                  ≪終≫

 

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