普通な旅人の普通な晩御飯
    
くらげとリィンの秘密の本棚

岡野 くらげ様

   

 俺の名前はカイ。
 ごく普通の旅人だ。
 ただ、ちょっとばっか困ったことになってる。それは何かと言うと……。
 グーーーーーーーッ!
 ……何も言わなくてもわかるだろうけど、腹が減ってることだ。
 いつもなら干し肉と干し米を煮た雑炊を食うところなんだが、昨日食い尽くしちまったからな。
 もっとも、伊達に旅暮らしを続けてない。
 保存食がなくなったのなら、現地調達すればいいだけのこと。
 ふっ、貧乏暮らしで培ったサバイバル生活をなめてもらっちゃ困るぜ。
 ……なぜだろう、自分の言葉を凄く虚しく感じたのは。きっとお腹がすいてるせいだな。そうに違いない。うん、きっとそうだ。
 さて、早速晩飯の仕度を始めるとするか。



 今、俺がいるのは小川が近くに流れてる山中だ。
 と、いうわけで、まずは魚の調達からだな。
 えっ、釣り竿を持ってないじゃないかって? ふっふ〜ん、これだから素人は。まあ、見てなって。
 おっ、これなんか良さそうだな。手ごろな石を両手で持ち上げると、俺は魚のいそうな辺りの見当をつける。
 この辺は釣りと同じだな。水面に顔を出してる岩なんかが狙い目だ。岩陰によくいるんだよ。
 うん、あの岩なんて良さそうだな。では、気合を入れてっと。
 うりゃぁぁぁ〜〜〜〜〜!
 ガツン!
 よっしゃぁぁぁ〜〜〜!。
 俺の投げた石は、見事に岩に命中してくれた。
 おっ、浮いてきた、浮いてきた。白い腹を見せて川の流れに身を任せている魚達を、俺は慌ててすくいあげた。
 えっ、何をやったんだって? 別に難しいことじゃねえぜ。岩を投げつけたときの衝撃と音で魚が気絶したんだ。
 乱暴な奴なら火薬を放り込むところだが、俺はそんな悪党じゃないからな。自分の食う分さえ確保できればいいのさ。
 さて、捕まえた魚を、岩で囲んだ即席の生簀に放すと、次の食材探しに向かうことにした。
 やっぱ、肉を食わないと力が出ないよな。
 てなわけで、茸取りのついでに、狩りに行くとするか。


 
 はぁはぁはぁ。危ねぇ、危ねぇ。
 山の中で熊に出くわしちまったせいで、危うくこっちが晩飯にされるところだったぜ。
 とりあえず収穫は採って来た茸だけか。
 えっ、そんなケバケバしい奴が本当に食えるのかって?大丈夫、ちゃんと食えるから。ただ、2〜3日笑いが止まらなくなるけどな。
 ……まさかと思うけど、信じてないよな。一応、冗談だぞ。こう見えても、結構うまいんだ。
 おっと、ちょっとクラッときたな。さっきから頭から血が出まくってるせいだな。いや〜、俺よく生きてたよな。
 とりあえず鉄分補給しないとだな。赤サビを舐めるのは最後の手段にとっといて、野菜でもゲットしてくるか。心当たりはあるしな。
 おっと、その前に傷の手当てをしないと。



 ふんふんふ〜ん♪
 つい鼻歌を歌っちまったな。まっ、それだけ俺はご機嫌ってことさ。
 何しろ、山菜は見つかるし、目的の野菜も無事ゲット。帰り道では、ウサギもゲットときたもんだ。
 ご機嫌にならないほうがおかしいってもんだろ。
 えっ、どこで野菜なんて探してきたのかって?
 ……さてと、調理を始めるか。
 手ごろな岩で作ったかまどに、拾ってきた枯れ枝を放り込んで火をつける。
 さて、鍋の準備でもするか。
 えっ、旅をするのに、鍋なんて邪魔だろって。うん、邪魔だよ。だから、違うものを代用するのさ。
 その物とは、スバリ。これだぁぁーーー!

 笠なんかで炊事ができるわけないだろって? ちっちっちっ、これだから、素人さんは。
 こいつはれっきとした鉄製でな。ひっくり返せば、立派に鍋の代わりになってくれるんだよ。おまけに頭に被れば、冑の代わりに頭を守ってくれるしな。一石二鳥って奴だよ。
 あっ、疑ってるな。どこぞの騎馬民族が本当にやってたらしいぞ。確かジンギスカンがどうとか。
 欠点は、被ると頭が重たいことと、雨の日に被ると錆びる恐れがあることくらいかな。……あまり、笠の意味がないような気がするな。まっ、いっか。
 で、小川から汲んできた水を鍋に入れて、適当にぶった切った材料を放り込んでっと。
 魚は串に刺して焼くことにした。もちろん塩焼きだぞ。うん、調味料は旅の必需品だよな。
 煮えるかな、煮えたかな。
 待ち遠しい俺だが、かまどの火は無情にも弱くなっていく。ちょっと枯れ枝が足りなかったかな。
 えっ、また枯れ枝を拾いにいくのかって?
 ノンノン。そんな必要はありませ〜ん。
 慌てず騒がず、俺はかまどの中に放り込んでおいた石を箸で拾いあげた。おおっ、熱そう。
 で、その石を俺は鍋の中に放り込んだ。
 わっ、一気に鍋の中が煮えたぎってる。まっ、灼けた石を放りこめば、こうなるわな。
 まっ、いっか。中華は火力が命なのさ。はて、中華って何だろ?
 おっ、もうそろそろ良さそうだな。では、いただきま──。
「やっと、見つけたぞ」
「ふてぇ奴だ。こんなところで飯なんか食ってるたあ」
 ……あうあう。何か凄い嫌な予感がするな。振り向きたくないよ。
 けど、背後からせ待ってきた奴らは、俺のそんな気持ちを無視してドンドン近づいてきた。
「こらっ、こっちさ向け!」
 ううっ、嫌だけど、嫌だけど、俺は振り向いたよ。どうか、俺の予感が外れてますように。
 でも、駄目。不吉な予感ほど当たるもんだよな。
 そこにいたのは、いかにもお百姓さんですって人達と、彼等を案内してきたらしい猟師さんだった。
 この人達は多分ふもとに暮らしてるお百姓さんだろうな。えっ、何でそんなことがわかるのかって?
「よくも、オラが畑の作物を盗んだだな!」
「途中に仕掛けておいたウサギ捕りの罠が壊されてたが、てめえの仕業だな!!」
 は、はははは。もうわかったよな。俺がどうやって、ウサギと野菜をゲットしてきたか。
 


 そ・し・て。
「いや〜、兄ちゃん。盗人のくせして料理がうめえな」
 そりゃどうも。
「こりゃあ、酒でも飲りたくなるな。おっ、いい物持ってるじゃねえか」
 ああっ、それは俺が楽しみにとっておいた酒じゃねえか!
「くはぁ、たまんねえよな」
 ううっ、みんなひどいよ。それは、俺が今日一日かけて必死で仕度した晩飯なのに。
「ふん。盗人に食わせるものなんて無え!」
 だからってこりゃあ、あんまりってもんだろ。
 俺のことを簀巻きにした挙句にボコボコにしてくれたお百姓さん達が鍋に舌鼓を打っている姿を見ながら、俺は鳴り響く腹の虫を聞きながらひたすら泣きつづけていた。



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