雪天さん
scene-1

   


●第一話 「赤と白……?」

Aくんは高校1年生。小さい頃からとってもマジメで、勉強も一生

俺が卒業した高校は、レベルでいうとその地区の上から3番目
で特にバリバリの進学校でもなく、男女共学のごくごく平凡な普
通高だった。
「今から頑張ればもう一つ上の学校を狙えるぞ!」
という進路指導の先生のありがたい言葉に耳を貸さず、ひたす
ら遊んでいたものだから入試は危なかった。
今から考えてみればよく通ったものだと思う。
「先生、ゴメンな」

いざ1学期が始まってみると、まったく評判どおりの平和な学生
生活をおくることが出来た。
もちろん多少不良の道に走った生徒もいた。
授業を受けずにトイレでタバコをふかしているヤツも何人かいたし、個人ロッカーにウイスキーのミニボトルや避妊用のゴム製品を常備している友人もいた。
(この友人、現在はおまわりさんになっています)
そういえば、電車の吊り広告を集めるのを趣味にしていた変わったヤツもいたっけ…。
しかし、こういった手合いはどこの学校にもいたし、別に勉学の
邪魔をしていたわけではなかったので先生も特に目くじらを立てていたわけではなかった。
むしろ、彼らを暖かく見守っていた先生がいたのも事実である。

まったく順調な高校生活のはずなのだが、俺には一抹の不安があった。
それは、入学前に先輩から教えられたアノことだ。
「あの学校な、〇○○○の時にな○○○○するって噂やで」
俺は思わず耳を疑った。
まさか近代日本の高校でそのような奇習が行われているとは信じられなかった。
この先輩、まともな話しだと思って真剣に聞いているとギャグだったりすることが多い人物である。
「せんぱーい、またまた冗談ばっかし言ってー」
と、顔を見ると目が笑っていない。
「マジ…ですか?」
「そんときはガンバレよ」
「ま、まさか………」
入学してからもそのことがいつも頭のスミから離れなかった。
友人達も同じらしく、極力その話題に触れようとはしなかったようである。

そして高校2年の6月。
「2年の男子生徒は全員体操服に着替えて体育館に集合すること。各自○○○を忘れないように!」
校内放送がその時が来たことを告げている。
俺達が着いたときにはすでにほとんどの生徒がやや広めの等間隔に並んでいた。
各々の足元にはアレが置いてある。
「しゃあない。ここまで来てしまったんだから、やるかー!」
講師は?と見ると体育のK先生が壇上に上がって来るところだった。
K先生は当時50歳ぐらいで色が黒くてがっちりした体格でいかにも体育の先生という感じだった。
もともと声が大きかったK先生はハンドマイク無しで話しはじめた。

「おまえらー、よう聞いとけよー! 今からフンドシの着け方を教えるからなー!」

そうなのだ。
俺の学校では臨海学校の時には海パンではなく「おフンドシ」を着けるのだ。
いわゆる「六尺」と呼ばれているヤツだ。
生徒は白色で先生は赤色を着用するのが伝統なんだそうだ。
各地の祭ではこういったフンドシ姿の人間を見ることが出来る。
しかし、しかしだ。
海で泳ぐのになぜ今「おフンドシ」なんだ?

「臨海学校の時にフンドシを着用するのは全国で学習院とあと数校しかないんから自慢してええんやどー」
「K先生よー、そうかもしれへんけどなー。」
心の中でそう呟いていると、いよいよ着付け教室が始まった。
なるほど、こうやって肩に担ぐのか?
後ろに回して……と周りを見てみるとみんな苦戦している様子。
他人が悪戦苦闘するのを見るのは実におかしい。
「おい、こんなもんかー?」
後ろから声をかけられたので振りかえったら、フンドシを着けたT君が立っていた。
「おまえ、ぷっ……うわっはっはっは」
T君はあまりに痩せていたので、余った布をおなかに巻きこんでいたのだ。
まるで相撲取りのまわしのようだった。
壇上ではK先生が何度もデモンストレーションしてくれている。
「毎年K先生はこんなことをしているのか?かわいそうやなー……」
と思ったが、K先生はすこぶる上機嫌なようだ。
「両腕を左に伸ばして頭の上から回す…」
「えっ、そのポーズはまさか…」
と思った時に
「へんしーん」
とやってくれた。
言わずと知れた仮面ライダーの変身ポーズだ。
K先生はこれをしたかったのだ。
もちろん体育館中爆笑の渦だ。周りの先生もつられて爆笑だ。
あんな嬉しそうなK先生の顔を見たのはこれが初めてだった。
「へんしーん」も面白かったが、そのあと両拳を腰に当てて胸を張るスーパーマンのポーズが赤フンと妙にマッチしていておかしかった。

「その夏の臨海学校」
股ズレするヤツやら、飛び込んだ時にフンドシがはずれるヤツやら、いろいろあったが着付け教室のおかげで本番はまあなんとか無事終わることが出来た。
今から考えるといい思い出だと言えるだろう。
K先生、今でもお元気でいらっしゃるだろうか?
それにしても、このフンドシ臨海学校、今も続いているのだろうか?
今度学校に電話してみようかなあ。

ひょっとしたら、あの当時の学校につながるかもね。


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第二話 「めんげん


「梅雨」、雨の続くこの時期、湿気が多いせいだろうか?腰の状態があまり良くない。
ついでに頭も良くない。
断っておくが頭が良くないというのは「頭脳明晰でない」という意味ではない。
頭痛がするということだ。
ご存じないかもしれないが、腰痛と頭痛は兄弟みたいなもんである。
腰が悪いと頭痛持ちになることもある。
つまり、どうやっても治らない頭痛の中には腰を治したら良くなる頭痛があるということだ。(本当です)

ということで長年お世話になっているE先生のところに行ってみた。
「先生、最近腰の調子がよくないんやけど、これはっちゅういい手あらへんかなー?」
「そーやなー、環境を変えるっちゅうのも一つの手やな。引越しするとか、あるいは、動物を飼うっちゅう手もあるなあ。」
引越しするには金が要る、犬を飼いたいが大好きな大型犬を飼うには家が狭い。
うーん…と考え込んでいたら、
「まあ一番いい手は……」
「ふんふん」
「痩せるこっちゃなー」
「あちゃー、やっぱりそこにいったか!」
悪い予感はしていた。
痩せれるくらいならとうにそうしている。
長年の付き合いである。E先生もそのことは百も承知だ。
「薬飲んでみるかー?」
「やせる薬?」
「そうやないけど、少しは効果があるやろ」
「ほな、やってみます」
「飲むんはええけど、書いたあるとおりに飲むんやでー!」
この時の先生のいたずらっぽい笑顔が少し引っかかったが、
「オッケー、オッケー」
と、もらってきた。
「なになに、一日三回いつでもよい、こいつは…ビタミンCか。
ほんでもって、こいつは食事30分前か……えっ、食事30分前って!!おいおい、朝もかー?」
いつもぎりぎりまで寝ている俺にはこれはちとキツイ。
最後の薬は一日二回、朝夕毎食後あるいは食事中でも良いと書かれている。
「なにー!食間ではなく食事中なんかー?」
以前、病院で看護婦さんに「食間とは食べている途中で飲むんですか?」とマジで聞いていた若いお母さんに笑わせてもらったが、今回は正真正銘の「食事中」なのだ。
なにかE先生に遊ばれている気もするが、腰痛のためだ、はじめることにした。

ところがである、すべて「カプセル」なのである。
しかも、長さが1.5センチぐらいもある大型カプセルなのだ。

好きな人はいないと思うが、俺は薬が嫌いである。
今回のようなカプセルは特に駄目だ。小さい頃から苦手だった。オブラートも嫌いだった。口の中でよく破れて苦い思いをしたものだ
カプセルは生理的に駄目というか、「口の中に入れるものではない」と感じてしまうのだろうか、とにかく体が吐き出してしまおうとするのだ。
「錠剤か顆粒、できれば糖衣錠にしてくれ」と言うべきだった。
だが今となってはどうしようもない。

まず、食事30分前の薬を説明に書いてあるとおりコップ一杯の水で飲み込もうとした。
だが、もともと苦手な部類の薬である。
「の、のみ込めない!!」
もう一杯、もう一杯と計三杯も飲んでしまった。
「はーはーはー、薬を飲むのにこれじゃあ先が思いやられるぜ」
(余談だが、カプセルは上を向いて飲まずにあごを引いて飲むのが正しいのだそうだ。)

三杯も水を飲んだものだから当然その後の食事は箸が進まなかった。
E先生の言う「効果がある」というのはこのことではないのか?
そんな考えが頭をよぎったが、続けることにした。

効果は次の日から現れた。
下痢になった。
もともと軟便体質(?)だったのがさらにひどくなった。
次の日には急行を通り越して新幹線になってしまった。
日に5〜6回もトイレに駆け込むありさまである。
5〜6回なんざたいしたことないじゃんと思われる方もいると思うが俺にとっては大問題である。
なにせ俺は長年の「痔主」である。
ウォシュレットのない今の会社で5〜6回もトイレに行かされた日にはイスにも満足に座れなくなってしまう。
悪いことに出血まで伴い出した。
たまりかねて先生に電話したら、
「ほお!よかったねー。ゆうてへんかったー?それは好転反応と言って漢方薬や健康食品を食べた時などに従来より体の調子が一時的に悪くなったり、いろいろな反応現象が出たりするんや。好転反応あるいは[めんげん現象]とも言って……」と本当に嬉しそうに説明してくれた。

「おいおい、聞いてへんかったど」と思ったが機嫌をそこねると悪いのでだまって講釈をうかがっていた。
要するに、こういった何かしらの反応が出ないより出たほうがいいのだそうだ。

(めんげん現象には次のような症状があります。頭が重い・眠い・下痢をする・トイレが近くなる・黒い便が出る・痔が一時悪くなったように出血する・耳垢が出る…などなど)

そんでもって、今日で一ヶ月。
なんとかまじめに続けることが出来た。
今のところ体重は減らないし、特に体のキレが良くなったとも思えない。
それどころか下痢でかえってしんどい気がする。
先生は一回り体がしまってきたと言ってくれるが自分ではまったくわからない。
先生、ほんまにそうなんか?

過去幾多のダイエットにことごとく失敗した俺である、自信はまったくない。
さてさて来年の年賀状に「ついにやせたぞー!」と書けるか楽しみである。


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●第三話 「こりない奴」


その日、俺は仕事の締め切りに追われて夜の10時過ぎまで仕事をしていた。
「花の金曜日だと言うのに何で俺だけが…」と思ったが、そこはサラリーマンの辛いところである。
ようやく仕事を終わらせ乗り継ぎの駅に着いたときには11時をまわっていた。
ちなみにこの駅は始発の駅なので待てば必ず座ることが出来る。
疲れているときは列車を二本ほど見送って座って帰るようにしている。
しかし、この時は列車を見送るほど時間的に余裕がなかったので空いているところに並ぶしかなかった。
並んだところは前から三人目。
まず座れるだろう。だが、問題は後ろのおっさんだ。
もうかなりできあがっているようで、何かわけのわからないことをブツブツ言っている。
「酔っぱらいか?だからこの時間帯は嫌いなんだよな」と思っていると電車が来た。
ドアが開くと同時に押されるように乗り込んで座った。
あのおっさんはと見るとどうやら反対側に行ったようだ。
よしよし、俺は安心して目を閉じた。
すると「ずいまへんな〜、ぢょっとづめでぐれへんか〜」という声が聞こえた。
「げっ、この声は……」と顔を上げるとやはりあのおっさんだった。
「あちゃー、何で俺のところに来るんだよー」と思ったが無視するわけにもいかないので少し横へ寄ったら運悪く俺の右隣が空いてしまった。
「やれやれ…あきらめよう。後30分のガマンガマン」

酒に酔うこと自体は悪いとは思わない。
大いに結構。
しかし、酔っぱらって他人に迷惑をかけるヤツは大嫌いである。
その中でも酔うとその後は何も覚えてないヤツは許しがたい。
人間のクズだ!ナハクソだ!(おいおい(^_^;))
俺はかつてそんなヤツに痛い目に合わされたことがある。
今から10年ぐらい前のことだ。
俺は入社時にはほとんど酒が飲めなかったが、当時ようやくビールで3杯ほど飲めるようになってきていた。
それまで誘われても飲めないからと断りつづけていたが、少し自信がついたので他の部署の方々と飲みに行った。
が、もともとこういった場には縁が無かったのでどうも居づらい。
同じことを何度も話してくるヤツやら説教してくるヤツやらにいいかげんうんざりしていた。(困った人達です)
ある程度付き合ったところで帰ることにした。
やはりその場での上司に一言言って帰るのが筋だろうと
「すいませんがこの辺で帰らせていただきます」
「おー、もう帰るんかー?」
「すいません、この後用事がありますもので…」
と俺は飲み代を払おうと財布を出した。ところが、
「いらん、いらん」
「そういうわけにもいきませんので…」
「いらんとゆうたらいらん。怒らせる気か!」
相手はそうとう酔っているみたいだったし、通常ここまで言われて払う部下はいないだろう。
しかたなく、「それでは、どうもご馳走様でした」と先に帰らせてもらった。

ところがである、次の日出勤するとどうも周りの俺を見る眼がおかしい。
みんなが小さい声で何か話し合っている。
俺が行ったら、そそくさと離れて行くではないか。

「なんだぁ? この俺が何をしたって言うんだ!!」

日ごろから常識派で通っているT女史をつかまえて聞いてみた。
すると
「あなただけが金を払わずに帰ったって言ってたわよ」と教えてくれた。
冗談じゃない、自慢じゃないが俺は金払いがいい。
これまで金を出すのを渋ったことは一度も無い。とんだ濡れ衣である。
さっそく当の上司に掛け合ったのだが、これがまるで話にならない。
まったく覚えてないのだ。
酒を飲むと酔った後のことをすっかり忘れてしまう人間がいることをそれまでに聞いた事があった。
しかし、それは大げさに言っているだけで少しは覚えているものだろうと俺は思っていた。
だが、認識が甘かった。
本当にいたのだ。(皆さんの中にはまさかいらっしゃいませんよね・・)
この日から酔っぱらいは俺の敵になった。

話を戻そう。
横に座った酔っぱらいは相変わらず何かブツブツ言っているし、姿勢がだんだん下に崩れてきてはいたが、特にもたれかかって来たり話しかけてくるわけでもなく助かった。そう、今日の本当の敵はこのおっさんではなかったのだ。
俺の左に座っているサラリーマン風の若い兄ちゃんが問題だったのだ。
この兄ちゃん、電車に乗る前から携帯電話をかけていたのだが、まだ話している。かれこれ30分以上は話している計算になる。それにだんだん声が大きくなってきたようだ。車両にいるほとんどの人に聞こえるのでは?と思えるくらいに大きな声になってきた。この兄ちゃんも少しアルコールが入っているようだ。

電話の内容はというと、これから電話相手である友達を迎える準備をするがそれがとても大変であるみたいなことを何度も言っている。しかし、その大変というのが実にくだらない。
「おまえらのために布団を上げて風呂に入って歯を磨いて……」などと言っている。俺が降りる駅まで後もう少しなので我慢しようと思ったが、耳元ででかい声をはりあげ続けるものだから我慢の限界を超えた。温厚な俺もついに切れてしまった。
「おまえなあ、いいかげんにせえよ!」と言おうと横を向いた時、

「じゃかあしわい!ちょっとは黙ってい!」

とあの酔っぱらいのおっさんが一喝した。
「おおー!おっさんやるやないか」パチパチパチ(←無意識に拍手していた)
周りの人間も同じ思いだったに違いない。
さすがにバツが悪かったのかこの後兄ちゃんは静かになった。
電車内で酔っぱらいに拍手したのはこの時が初めてだった。

電車から降りると後ろから話し声が聞こえてきた。
ふり返ると例の兄ちゃんがベンチでまた携帯をかけていた。(同じ駅で乗り降りしているのかと思うと少しショックだった)
まったくこりないヤツである。その後何回か駅でこの兄ちゃんを見かけたが、いつも携帯電話で話をしていた。ほとんど携帯電話病ですな。

何時も携帯をかけずにはいられないというのは、物が豊かであっても満たされない現在人の心の現われなのだろうか?

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●第四話 「ま、まずい……」


二年ほど前、スーパーでウィンドウショッピングをしていた時の話である。帰ろうとしたら、裏の出入り口近くに俺の大好きな店を発見した。ペットショップだ! しかも、かなり大きい。
(皆さん、食べ物関係の店を想像したでしょ)
中に入ってみると小鳥やハムスターや今流行のフェレットなんかが目についた。
小犬や小猫の入ったゲージには親子連れや若い女性が集まっている。人が近づくとピーピーと鳴き出す手乗りインコや文鳥には懐かしさがこみ上げてきた。小学生の時は両方とも飼っていたからだ。
頭の上で糞をする事が好きだったインコには愛情を込めて
「セキセイ・ウ・ン・コちゃん」と呼んでいた。
(これからお食事の方、スイマセン)
ペットショップの一角をディスプレイするように並べられている水槽の熱帯魚を見ていたときだ。ふと横に視線を向けると遠くに積み上げてあるドッグフードの山の影に犬の足らしきものが見えるではないか。
近寄ってみると、そこは棚や商品に囲まれて入り口からは直接見えない場所になっていた。足の主はなんとラブラドールだった!
一歳弱ぐらいだろうか、まだ顔にはあどけなさが残っている。
ラブラドールはゴールデンレトリバー、ポインターとならんで俺の大好きな犬の一つだ。こちらに気がついたようだ、尻尾を振っている。
なんともカワイイ、ラッキーー!!
頭をなでようと手を伸ばしたその時だった。

ガブリ!

と手首を噛まれてしまった。
いや、咥えられたと言ったほうがいいだろう。少しも痛くない。
俺は手を引き抜こうとした。
「へっ?」
抜けない……。
力を入れると彼も力を加え歯を立てるので動かせない。これぐらいの若い犬でも咥える力はなかなか強いものだ。
咥えられている場所が手首なので無理に引っ張るわけにもいかない。
「おい、離してくれよ」
そう言ってみたが離してくれそうもない。
悪気がないのは彼の嬉しそうな顔とぱたぱた振っている尻尾を見ればわかる。
この時はじめて俺は気がついた、目の前の張り紙に。


「注意! この犬噛みます」
「ぬぁにーー!! ○×△・・・・・・」

なんで噛む犬をこんな所につないであるんだと思ったが、張り紙を見なかった俺にも非がある。
ま、まずい、何とかしなくては……。
この状態を他人に見られるのはなんとも恥ずかしい。
幸い場所が奥まっているし俺の体で隠せばすぐには見られないだろう。デブの俺の体がここでは役に立ったわけだ。
(でも嬉しくない)
俺は説得を試みた。

「おいワン公、せっかく俺が遊んでやるってぇのにこの仕打ちは何でえ!」
ぱたぱたぱた(←尻尾を振っている)
「…………」

うーん、いかんいかん。
どうもラブリーな彼の顔を見ていると怒る気になれん。
脅し作戦は失敗に終わった。
それからは作戦を変更して頭をなでたり、オナカをなでたりと御機嫌をとったが、相変わらず彼は尻尾を振って放す気はないようだ。
その内に俺はある事に気がついた。

「呼吸が荒くなってる!」

そうだ、俺の太い腕を咥えているのだから、ひょっとしたら呼吸をしにくいのではないか?
もしかしたら、単に喜び過ぎてはあはあ言ってるだけかもしれないがこれは試してみる価値があるぞ。
俺は彼の鼻をつまんでみた。とたんに首を振りいやいやをしだした。
「今だ!」
手を引くとすっと抜けた。
「やった!」
手首は多少赤くなっていたが何ともなっていなかった。
ただし、ヨダレでびとびとになっていたけど…。

しかし、絶妙の力加減である。
離さず、傷つけず……きっと、これまでにも俺と同じような目に会った人間が何人かいたに違いない。(はははは、想像すると妙におかしい)
きっと寂しかったんだろうな。
この人を逃したら遊んでくれる人がいなくなると思ったんだろうな。
彼の気持ちはよーーくわかる。この後たっぷり彼と遊んであげたのは言うまでもない。ますますラブラドールを飼ってみたくなった。


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●第五話 「ベストフレンド〜夏の思い出」

夏になると思い出す事があります。今日は彼女の話を聞いてください。
 
 今年もまた暑い夏がやってきた。早いものだ、あれからもう三年たったのか……。6年間の付き合だったのに、もう少し友達でいたかったのに……。もう君の軽やかな足音も聞く事が出来ない、もう君の暖かさも感じる事が出来ない。
 彼女が亡くなったと聞いた時はショックだった、本当にショックだった。
 彼女の名前は「クル号」。友人Mさんの愛犬で狩猟犬で有名なポインターだ。(ジャーマンショートヘアードポインターです)俺にはわからないが由緒正しき血統の血筋なのだそうだ。犬は飼い主に似ると言うが、そのとおりMさん一家に似て上品な雰囲気を漂わせていた。初めて出会った時にはすでに10歳になっていたと思う。驚いたことに彼女はまったく咆えない。「ワン」とも言わないのだ。

「エーちゃん(Mさんの愛称です)、この子ぜんぜん咆えへんねー」
「そんなことないで、怪しい奴には咆えよるで」
「えっ、そうなん? よかった、ということは俺は怪しくないゆうことやね、クル?」
 彼女はあぐらをかいた俺の太ももにあご乗せて目を閉じている。頭をなでるのを止めるとあごで軽く太ももを押して「もっと続けて」と控えめに催促する。そんな彼女が大好きだった。何事にも控えめで自己主張することはほとんどなかった。みんなが食事をしていても大人しくキッチンの片隅に置いてある彼女用の毛布をひいたダンボール箱に入っていた。呼ばれた時だけ「あら、くれるの? それじゃあ、いただきますわね」という感じでゆっくりと近寄って来るのだった。
 
 家族以外の人の言葉を理解しているのも驚いた。「ステイ」や「ハウス」などの基本的な事は俺が言ってもすべて理解していた。さすが若い時に訓練学校に預けられていただけのことはある。
 近所のYさん宅にバイクを見せてもらいに行こうと話していた時のことだった。
「エーちゃん、Yさんとこってどこかな?」
「ああ、ほんならこの子に案内してもらって」Mさんの視線の先には彼女がいた。
「おいおい、ほんまか?」
 唖然としている俺を尻目にMさんはドアを開けて彼女に言った。
「クル、Yさんとこな、行ったって」
 彼女はとことこと俺の前を歩いている。時々振りかえっては俺がついて来ているか確認している。300メートルほど坂道を登って左に折れたところにある大きな邸宅の門の前まで彼女が連れていってくれた。まさしくそこがYさん宅だった。頭がいいのは前から知っていたが、まさか道案内してくれようとは……。
「ありがとう、クル」
 そう言うと、彼女はまた、とことこと同じ道を帰っていった。ドラマなんかでは服を引っ張って人を導く犬がよく出てくるが、これは正真正銘の事実なのである。
「Yさんとこにしょっちゅう行っとるさかい、たいした事やないで」
 Mさんはそう言うが、おったまげてしまった。

 彼女は理想的な愛犬だった。ただ、人を舐めないのが唯一残念と言えた。
でも彼女はもういない。
 これから彼女ほどしっくりとくる犬とは出会えないだろう。俺が死んだら、あの世とやらでもう一度彼女と出会えるだろうか? 今から楽しみにしておこう。


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●第六話 「思いもよらない効果」

 掲示板ですでにご存じの方もいらっしゃると思いますが、今
私は生まれて初めての小説(ファンタジー小説)に挑戦してい
ます。
 ケイイチさん、みかさん、zeroさん、絵夢さん、めぐみさんを
はじめ多くの方に御指導いただいて書き進めていますが、素
人の悲しさで、お金や長さなどの単位、衣装、名前、呪文、階
級など難問が続出してなかなかイメージどおりに書くことがで
きず苛立ちました。
「ああーー、私の書きたかったのはこんなんじゃあない!」
 予定どおりと言うか、やっぱりと言うか、早速挫折しました。
でも、考えてみれば初心者がいきなりうまく書けるわけなどない
し、私はとっても大切な事を忘れていました。
 それは、「先生方の教え」です。 
 (※注 先生方というのは、もちろん御指導いただいた方々で
す) 
 私はせっかく教えていただいた事を実行していなかったんで
す。そこで、今度はそれぞれを紙に書いて実行することにしまし
た。

 「テンポを崩さず、リズムで書く」「自分の世界観を読者にわか
るように書く」「メインとサブのストーリーをバランスよく配置する」「設定を書き記しておく」「その話を初めて読む気持ちで何度も読み返す」

 私はこれを忠実に実行しました。(自分では、ですけれど)
「あれ? そう言えば、どなたかが声を出して読むと良いと言ってた気がするな」
 これもやってみました。すると、声を出す事は非常に有効な方
法だとわかりました。もちろん、セリフもその通り読みます。
 まあ、次のようなセリフなら特に問題はありません。(主人公が広場に入った時に小動物が逃げ出した場面です)
「小さいころは私が来ても逃げなかったんだが、やはりこの歳になると無理なのかなあ?」

 ところがですね、次のセリフとなるとちょっと問題があります。女性のセリフなんですが、これをモニターの前で読むわけです。
 (男性の方、試しに声を出して読んでみてください)
「ごめんなさい……せっかく皆さんが来てくれたと言うのに……胸が苦しいの……涙が止まらないの……」
 身ぶり付き(少し前屈みになり両手を交差させて胸を押さえる)で気持ちを込めて話すと最高!……ではなくて、かなり危ない。読んでいるところを誰かに見られたら、間違いなくいっちゃってる人間だ
と思われるでしょう。
 私だったら凍りつきますね。(剣を振るとかお辞儀とか、いろんな動作は自分で実際にやってますけどね)

 私は毎日真面目に読んでは添削するを繰り返しました。そんなある日のことです。
 友人から連絡のあった宅急便が、予定より一週間も遅れて我が家に届いたので、黒猫さんに電話で聞いてみることにしました。以前、私が送った宅急便が何日か行方不明になったことがあったからです。

「今日、宅急便が届いたのですが、友人が知らせてくれた日よりかなり遅れています。調べていただけませんか?」
 この時、私は違和感を覚えました。
 そう、私は関西人で普段はこんなにスマートな話し方をしないのです。句読点でしっかり区切っていましたし、話し方も女性言葉に近い
話し方をしていたような気がします。電話で話している間、私の頭の中ではもう一人の私がこう言っていました。
「えっ、今話しているのは誰?」
 ふふ(←危ねえ!)、もうおわかりですね。
 毎日繰り返し女性言葉のセリフを読んでいたので、すっかり頭に刷り込まれていたのです。まさに「思いもよらない効果」でした。女性キャラが多いのも考えものですね。

「声を出して読む」 
 この効果的な方法を止めるわけにはまいりませんわ。残る手段は、男らしいキャラを増やすだけですわね、おほほほほ。(おいおい、言葉が……)

 最後のは冗談ですから本気にしないでくださいよ。 


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