競作小説企画第七回「夏祭り」       by sagitta氏
 

メイド戦隊ナスカ・任務失敗! ピンクのあんまりな愛

お題:生足、麦茶、すいかアイス 

志麻ケイイチ/2013/08/15

 

 五人はメイドさんである。彼女たちのご主人様はナスカ。

 とある街の大きな屋敷で、メイド戦隊は雇用とお屋敷とご町内の平和を守るために戦うのだ。

 それが彼女達「メイド戦隊ナスカ」だ!

  詳しくは「メイド戦隊」でググッてくれ。

  2013年競作小説企画第七回「夏祭り」

  今回はピンクのキャンパスラブみたいな物語だ!

 

 

「で、それで。あれからピンクとどうなったのよ。真帆」

「あの告白はびっくりしたわね」

「いや。ほんとうに。彼があんなにねーー」

 放課後のマック。

 まちこと咲枝のマシンガントークが真帆に炸裂した。

「あははは」

 真帆は照れ笑いでひたすら笑った。

 二人は、マックをほおばりながら真帆のネクタイと胸を鷲づかみにした。

「ひっ」

「なにが、イヤンよ。色っぽくていいわね」と、咲枝。

「言ってないいってない」

 真帆は首をぶんぶんと振りながら、真っ赤な頬に両手を当てた。

「わたし……告白されちゃったのね」

「わお。乙女してるわ。この娘」
 真帆は、ほお、とため息をつきながら言った。 

「女って幸せなとき、本当に頬に手を当てるのね」

「で、どこまでイったのよ」と、まちこが身を乗り出した。

「バカ。そんなんじゃないって」

 

 

 それは二週間前。

 高校の昼休み。三人が一緒に弁当を食べているところに彼が現れた。

「この中に佐々木 真帆さんはいる?」

 三人はピンクを見上げた。

 隣のクラスの超有名美形キャラだった。

 180センチ近い身長。ボクサーのように締まった身体。

 長い脚は、普通の女子の腰の高さに股間がくるってくらいだ。

 モデルのように艶々の肌と背中まである白っぽい長髪。

 アートメイクを入れたようなまなじりに透き通る紅い唇。

「ごめん。邪魔しちゃったね」

 少し困ったような眉のかげりが、三人の心に媚薬をブッかけた。

「あ、たし。あたしですけど」

 真帆は箸を唇に当てたまま言った。

「よかった。会えた」

「えっ」

「佐々木さん。僕とつきあってくれないか」

 

 

 クラス中の絶叫も甘い記憶だ。

「はあっ……」

 真帆はピクルスを唇に貼り付けたままため息をついた。

 彼女の髪が肩にかかってさらさらと流れた。淡いピンクの口紅を塗っただけだが、健康な肌が輝くかわいらしい女の子だ。

 がんばって着飾れば、雑誌の読者モデルを狙えるんじゃないか、と言うのが本人の言い分だった。

「でもさ。いまさらだけどなんか変よね」

 まちこが言った。咲枝は察したようすでうなずいた。

「うん。そうそう」

「彼ってば、真帆を名前で探してたよね」

「やめて!」

 真帆は両手を上げて叫んだ。

「考えないことにしてるんだから」

 もちろん彼女が一番そのことを気にしていた。

 資産家の娘でもなければ、保険金をたくさんかけてるわけでもない自分だ。

 裸一貫の魅力で交際を申し込まれたに違いないと言うのが彼女なりの結論だった。

「うん。たぶん」

 自分に言い聞かせるようにもう一度つぶやいてみた。

 

 

 マックの入り口がざわついた。

 OLのお姉さんたちが、入ってきた男性に振り返った。

 全身が白い印象のピンクがカウンター近くに立っていた。

 彼は真帆を見つけると、身についたモデル歩きで近づいて来た。

「待たせたかい。ごめんね」

 ピンクは真帆の前に立った。

 制服の白いシャツの胸を、ボタン一つ多く開けていた。

 アンティークな鍵を茶色の皮ひもに通したペンダントが、プランと真帆の目の前に揺れた。

「ちか、ちかい近い……!」

「ん?」

 ピンクは30センチも離れていない距離から真帆の顔を覗き込んだ。

「うはぁぁ」

 おそろしく腑抜けた声が漏れてしまった。

 ドン! と、テーブルの下でみどりが真帆の足を蹴った。

「たのしそうだね。邪魔しちゃった?」

 ピンクはにっこり微笑みながら三人を見渡した。

 三人は、負けじとにんまり笑って首を振った。

 だめだ。花も恥らう番茶も出花の年頃娘三人がかりでも勝てる気がしない。

「じゃあ行こうか。佐々木さん」

 ピンクは左手で真帆のトレイを持つと、右手を差し出して彼女の指先を握り、席から立たせた。

「では、ごきげんよう。ごゆっくり」

 膝を軽く落とす会釈でピンクは、みどりと咲枝に挨拶をした。

 彼はカウンターに寄って店員となにか話したあと、もう一度二人に微笑を向けて去っていった。

「くっ。なにこの敗北感」

 みどりはシロップをブキュルと握りつぶした。

 そのとき、店員が二人の前にカフェラテとクッキーを並べた。

「あの、わたしたち頼んでませんけど」

「お客様。こちらはご同席の方からです。あのハンサムな方」

 店員のお姉さんはウインクをして食べ終えたトレイを下げてくれた。

「なにこのサービス」と、咲枝。

「女として女として色々負けたーーーっ」

 しかししっかり全部たいらげるみどりと咲枝だった。

 

 

「ただいま。ママ」

 真帆とピンクは彼女のアパートにやってきた。

 狭いアパートだ。本当は彼を連れてくるのはイヤだった。

「きちんとおばさんに挨拶しなきゃ」

 でも、ピンクにニッコリと微笑まれると、なにも言えなくなる真帆だった。

 母子家庭の彼女の家は、母と娘の二人暮らしだった。

 けっして裕福とは言えないが、働き者で明るい母のおかげで、家はいつも明るさでいっぱいだった。

「こんにちは。おばさん。これお土産です」

「あらあら。ピンク君。いつもありがとう」

 真帆に似た母親は、彼女よりもちょいとスタイルが良かった。

 キュッと締まった足首に、メリハリのあるプロポーションは大人の色香たっぷりだ。

 洗濯物の香りがしそうな清潔な雰囲気は、香水と黒いドレスで彩ってみたくなる。

 悪女と淑女のどちらもこなせそうな、色々としたたり落ちる華やかな雰囲気の女性だった。

 若い時に真帆を産んでいるので、まだ37歳。

 ヨーロッパに行けば、20代で通る美しさだ。

「い、いえ……今日もおきれいですね……洋子さん」

 ピンクは節目がちに両手でクッキーの包みを差し出した。

「まあ。おいしそう。これピンク君が焼いたの?」

「はい。昨夜」

「真帆。あなたもがんばらないと」

「いいのよ。別に料理なんてさ」

 洋子は明るく笑いながら立ち上がった。

「夕飯食べてくでしょ。ピンク君。ちゃっちゃと作るわね」

「あっ。お手伝いします」

「だいじょうぶよ。真帆の相手をしてあげて」

「ふーーんだ。二人で作ればいいじゃん」

「あははは。真帆さんのお許しも出たから、手伝わせていただきますね」

 ピンクは長い髪をポケットから出したピンクのリボンで縛った。

「ゴム紐じゃないんだ」

 真帆は妙な感心をした。

 ピンクはメイド戦隊だ。料理の腕は玄人はだしである。

 二人は楽しそうに料理を始めた。

 真帆は、麦茶をゆっくり炒れながらテレビを点けた。

「……ふーーんだ」

 

 

 その日の深夜。

 雨に濡れた繁華街をいくつもの足音が駆け抜けた。

 二人のブラッキーなブラザーが、白人の男を抱えるように引きずっていた。

 彼らはあらがう男を車で連れ去ろうとしていた。

「ピンク右に。ブルーは車確保!」

 レッドの鋭い声に二人のメイドは、パッと足音を分けた。

 二人の男はメイド戦隊から逃げ切れないと悟り反撃に出た。

「ちょっとちょっとちょっっっとおおお。やるならやるぜ!」

 視界を覆うようにブラッキーな巨体が襲いかかってきた。

 レッドはわずかに勝るスピードで連打をさばきながら、伸ばした指先で男のサングラスをひっかけた。

「たっ!」

 一瞬の死角から蹴り上げたラッキーなつま先が男の顎を捕らえた。

 彼は意識が街灯まで飛び出した勢いで、マリオネットのように崩れ落ちた。

 わずかに躊躇したもう一人は、後ろから膝と首筋を連打されて昏倒した。

 その後ろにピンクが立っていた。

「レッド。こっち!」

 ブルーの声が飛んだ。

 彼女はブラッキーな彼らの車を奪っていた。

 桃色のピカチュークラウンだ。

 ブルーはドライバーを運転席から外へ蹴り出した。

「貴様!」

「だまれ」

 哀れなドライバーの抗議は、後ろからのレッドの飛び蹴りで沈黙した。

「悪いわね」

 毎度のことだが、ちっとも悪いなんて思ってない顔だ。

 レッドとピンクは中年男を荒っぽく後部シートに放り込んだ。

「だして」

 イエローはタクシーの発炎筒に点火して、追いすがるブラザーたちに投げつけた。

 手榴弾と勘違いした男たちは、アスファルトの上でスライディングして身を伏せた。

「鼻の頭すりむいたわよ。ぜったい」

 ケラケラと笑いながら、イエローは放り込まれた男の顔をガムテープでぐるぐる巻きにした。

「ム。ムーーっ」

 悲鳴を上げるちょっとお腹の出た男は、涙目で今にも失神しそうだった。

「息できないよ」

 ピンクはバックミラーの防犯カメラを裏拳で叩き壊しながら言った。

「心肺停止したら私がマウストゥマウスで蘇生してあげるわね」

 イエローは天使な微笑で待ち遠しそうに言った。

「あなたがデビットさん?」

 レッドは取り出した写真と見比べながら彼に確認した。

「ンーーーっ」

 彼は日本語がわからない様子だが、とって喰われそうな雰囲気になんどもうなずいた。

「デビちやんね。かわいい!」

 イエローが首に抱きついて、失神するまで締め上げた。

 

 

 しかし彼らの余裕はそこまでだった。

「あそこ! 歩道橋の上!」

 助手席のピンクが前方を指差して叫んだ。

「ヂャイケル・マクソン」

 彼らの行動を予想していたかのように、ブラッキーなブラザーたちの親玉であるヂャイケルが待ち構えていた。

 革のベレー帽に丸いサングラス。

 長い手足をユラユラとするしぐさは、飄々としてルパン三世のイメージだ。

 人畜無害な笑顔を貼り付けた表情は、真意を読み取りがたかった。

 彼は手にした銃のようなものにキスをした。

 ブルーとピンクは彼の笑い顔まで、はっきりと見えた。

「くっ」

 ブルーはアクセルを踏み込み加速した。

 ヂャイケルの手にした筒から、短い閃光が伸びた。

 車が歩道橋を過ぎた瞬間。

 小さな稲妻が彼らのボンネットに吸い込まれたように見えた。

「あっ」と、ブルーが悲鳴を上げた。

 エンジンが、ヘッドライトが全て止まった。

 車内のインパネもすべてブラックアウトした。

「ブレーキもきかない! みんな衝撃に備えて」

 ブルーが物騒なアナウンスをした。

 サイドブレーキは効いた。思いきり引いたが減速は弱い。

 その正面から、一台の車が車線を越えて突っ込んできた。

 ぶつかる。

 ブルーは、唯一動くハンドルを切って交差点を左に曲がった。

 

 ガチッ

 

「しまっ……た!」

 ハンドルがロックした音だ。

 電源を全て落とされたハンドルは、大きく左に切られたまま固定されて戻らない。

 バン、とすごい音が夜の街に響いた。

 ガードレールが突っ込んでしまった。

 車は二度スピンして止まった。

 

「うっ……みんなだいじょうぶ」

 ブルーは、しぼんでいくエアバックを押しのけながら聞いた。

 流血している者はいないようだった。

 ガチャッとドアが開かれた。

「にょほほほほ。怪我はないかな。お嬢さまたち」

 ブラッキーな男たちの後ろにヂャイケルが立っていた。

「くそっ」

 レッドは視点の定まらない目で彼をにらんだ。

「彼はいただいていくわね」

 ブラザーたちは弱々しくうめくデビットを引きずり出すと、車線越えをしてきた車に乗せて走り去った。

「やられた……」

 レッドは窓ガラスを思いきり殴りつけた。

 

 

 次の日の昼休み。

 みどりと咲枝は弁当を広げながら真帆に迫った。

「でっ。昨日こそ進展あり?」と、みどり。

「まあ。食べてみてよ。このハンバーグ」

 真帆がおかず入れを差し出した。

 照りのみごとなかわいいハンバーグが三つ並んでいた。

「どれどれ。あらおいしい。ソースがお店みたいね」

 咲枝が目を丸くして言った。

「きんぴらごぼうもおいしいわよ」と、真帆がすすめた。

「やだ。どんどん食べちゃうわよ。わたし」

「すごいでしょ」

「うん。すごい。真帆のお母さん、料理上手だものね」

「違うよ。みどり。これってピンク君が作ったの」

 二人は顔を見合わせた。

「わお。こんなおいしいの毎日食べられるんだったら私、彼を養っちゃうわ」

「ただいま。ピンク」と、咲枝。

「おかえりなさい。みどりさん。ご飯にする? お風呂? それとも俺かい? キラリンッ」

「きゃーーー」

「……でも。ちょっと悩んじゃうなあ」

 真帆が物憂げに言った。

「私たちの前でなにをぜいたくブッこくかなあ」

 と、冗談ごとじゃない顔しながらみどりが言った。

「だって……ママは料理上手だし。ピンク君はたのしそうだし。私はテレビ見てるだけだし……」

「なに言ってんの?」

 二人は真帆に顔を近づけた。スキャンダルな香りがするぜ。

 

 

「なになに。楽しそうだね」

「わっ。ピンクくん」と、真帆。

「こんにちは。お嬢さんたち」

 いつもの涼しげな顔のピンクだ。

 しかしその頬には絆創膏が貼られていた。

「どうしたの? 昨日はなんともなかったのに」

 驚いた真帆は、絆創膏に手を伸ばした。

 彼はそれをよけようともせずに受け入れた。

 触れられて痛かったのか、一瞬まぶたが動いた。

「平気さ。ちょっと仕事でね」

「仕事って……アルバイトでもしてるの?」

「安全な仕事さ。そうだ。今日の帰りに買い物つきあってくれないかな」

「いいけど。本当にだいじょうぶ?」

 おろおろと心配する真帆の様子はまぶしかった。

「ふつう、安全な仕事なんて言い方する?」と、咲枝。

「なんか堅気じゃないよね。彼」とみどり。

 友人の色っぽい話しに、お祝いと嫉妬と三倍の好奇心ではじけそうな二人だった。

 

 

「いらっしゃいませーーっ」

 夕方の商店街は活気に満ちていて楽しい。

 通学バックとエコバックを下げたピンクは、早足で人ごみの中を進んでいった。

「待って。ピンクくん。はやい……!」

 真帆は置いていかれそうになりながら、バックを胸に抱きしめてついて行った。

 いつもは人一倍やさしい彼が、真帆のことなど眼中にないように、とある魚屋を目指していた。

 そこは魚を平置きして売る昔ながらの魚屋だった。

 新鮮なたくさんの魚が濡れて輝いていた。

「あら。ピンクくん。今日も来てくれたの」

 洋子が太陽のような笑顔で彼を迎えた。

 彼女は昼間、こちらの魚屋で働いているのだ。

「ママ……」

 真帆は、はぁはぁと肩で息をつきながら追いついた。

「あっ、ごめん。佐々木さん。速すぎたね」

 いつもの優しい笑顔も一瞬だった。彼は洋子と魚選びを始めた。

「洋子さん。お仕事姿も美しいですね」

「まあ。おばさんを褒めてくれたからアジ一枚サービスしちゃう」

 彼がいつも買う量は、一般家庭が消費できるものではなかった。

「ピンクくんはお店でもやってるの?」

 と、真帆。

 しかし熱いまなざしで彼女の横顔を見つめていたピンクには聞こえていないようだった。

「ピンクくん?」

 真帆が彼のシャツの裾を、つんつんと引っぱった。

「はい。おまたせ。じゃあピンクくん。真帆を家まで送ってあげてね」

 少しだけ困った笑顔で洋子は言った。

「はい。かしこまりました」

 ピンクは、いつもどおりに真帆の指先を取りスッと持ち上げた。

 ーーあっ。これってお客様のエスコートなんだーー

 なぜか真帆は、そんなふうに思ってしまった。

 夕日を受けて輝くばかりの彼の横顔。

 真帆はとても冷静に見つめることができた。

 まるでポスターに微笑みかけられているような気持ちがした。

 もしかして彼が好きなのは、私じゃなくて……

「なに?」

「ううん」

 女優な気分。

 少し胸の奥がチクチクとした。

 まさか母親ほどの女性を、なんてありえない。

「あのね……」

 商店街を抜けたところに、真っ赤なオープンカーが停まっていた。

 ツーシーターの運転席には、赤黒いボブカットの女性がいた。

 20歳くらい。少女と大人の中間にいるようだ。

 それでいて清純とやさぐれをあわせもつ近寄りがたい雰囲気をかもし出していた。

 右手首をハンドルに乗せていた。

 ぎらつく黒いサングラスが似合いすぎだ。

 見えない瞳の視線は、まっすぐにピンクに向けられていた。

 その額には、ピンクと同じに絆創膏が貼られていた。

 ピンクは真帆に申し訳なさそうな顔を向けた。

 そして両手を合わせて片目をつぶった。

「ごめん。佐々木さん。アルバイトに行かなきゃ」

 彼は魚をオープンカーのトランクに入れると助手席に座った。

「おばさんによろしく。送ってあげられなくてごめん。気をつけて」

 彼が言い切る前に、車はウィンカーもそこそこにブッ飛んでいった。

 

 

 すいかアイスを齧りながら、その様子を見ていたみどりと咲枝は顔を見合わせた。

「堅気じゃないわね。あの女」と、みどり。

「うん。ママに紹介したら、お友達は選びなさいって言われるタイプよ」と、咲枝。

 二人は微妙なニタニタ顔を隠さなかった。

 今のシーンをネタに、一晩しゃべくりまくる自信があった。

「咲枝。私たちったらなに見てんのかしら」

「真帆を家まで送ってあげるためでしょ」

「うまい。咲枝」

 

 

 一時間後。

 メイド戦隊ナスカはアカシア文化会館にいた。

 正面ホールには巨大な看板が掲げられていた。

「エナメル・ハイタ 日本ツアー」

 世界を席巻するロックスターのワールドツアーだ。

 観客は開場を待って長蛇の列を作っていた。

 

 

 彼女たちがさらおうとしたのは、エナメル・ハイタの元ボーカリスト、デビット・スクアクロウだった。

 イギリスからやってきた彼らは、日本の40歳代以上には有名なグループだった。

 20年の歴史を持つエナメル・ハイタには歴代ボーカルが三人いた。

 リーダーでベースギターのグリオンの強烈な個性と曲で成功したグループである。

 だが、彼の性格のきつさからグループ内のトラブルが絶えなかった。

 デビットは初代ボーカルだった。音楽の方向性でもめた彼らは喧嘩別れをしたのだ。

 しかし彼がこの町の女性と再婚することになり、コンサートにゲスト参加することとなった。

 

 

 グリオンとデビットは、楽屋で会った時から一言も話しをしていなかった。

 それはお互いを無視していると言うよりも、昨日まで一緒にやってきたチームが今日の挨拶を必要としない一体感だった。

 10代でグループを結成した彼らは、同じ夢を見て輝く時代を駆け抜けた。

 たしかなテクニックと実力が錆びついていないことは、昨日のリハーサルで証明されていた。

 

 

 楽屋前の廊下に、物騒な一群がたむろしていた。

 黒いメイド服の上から真っ赤な革ジャンを着たレッドは、サングラスをはずそうともしないで言った。

「ヂャイケル。よくもやってくれたわね」

「にょほほほ」

 メイド戦隊とブラッキーなブラザーたちが思いおもいの姿勢で廊下を占拠していた。

 忙しく歩き回るスタッフたちは、凶悪な雰囲気を察して邪魔だとも言えずに小さくなっていた。

「今回は負けよ。私たちは任務に失敗したわ」

「デビはねえ。それはそれは美しくかわいらしかったよ」と、ヂャイケル。

「今は腹の出たおじさんだけどね」

 レッドは顎をしゃくって鼻で笑った。

「美しい思い出は人生の金玉って言葉をプレゼントするわ」

「ところで、あんたって何歳?」

 

 

 今日のステージでデビットは、結婚とエナメル・ハイタのセカンドボーカル復帰を発表する予定だ。

「ねえ、レッド。よかったら聞かせてほしんだけど」と、ヂャイケル。

「なによ」

「私はグリオンの依頼でデビを守ったわ。あなたたちは誰の依頼で誘拐しようとしたのよ」

 そう。今回は、どうにもメイド戦隊が悪者っぽかった。

「……ナスカさまったら……」

 ナスカにデビット誘拐を依頼したのは彼の前妻だった。

 離婚は成立していたが、慰謝料訴訟がもめていたのだ。

 そんな中での再婚は望ましくない。彼のべらぼうな資産を簡単にはあきらめられない前妻が、彼のコンサート参加を妨害しようとしたのだ。

 同時に婚約者を引き離すことを依頼していた。

 報酬はちょっとしたものだった。

 イエローがいの一番に賛成したことは置いておくとして。

 前妻は、かつて映画の子役で世界を魅了した金髪碧眼のアイドル、ミリアン・グレイだった。

 美少女好き映画好きロリがちょっと好きのナスカは舞い上がってしまった。

 彼のファンフィルターがかかった目には、体重100キロオーバーのどすこひおばさんが、ウサギを抱いたアリスに見えてしまった。

 結果としてメイド戦隊ナスカは、デビの拉致にも婚約者の篭絡にも失敗した。

「なれない悪役なんてするものじゃないわ」

 レッドは変な顔をして、しきりにからかおうとするヂャイケルをアッパーで殴り倒してため息をついた。

「私ってモラリスト……」

 

 

 コンサートが始まった。

 キューーーーン

 耳をつんざくギターの音が、真っ暗な会場の中を走った。

 閃光弾のような光がステージを照らした。

 その瞬間。会場に入りきらない巨大な歯車が出現して、無数のロボットによるダンスが始まった。

 空中で回る映像は触れられるようにリアルでいて、しかし見えないはずの角度が客先から見渡せた。

 ひときわ歓声が高まった。

 半裸のグリオンがステージに現れた。

 彼はクルクルと回り、マントを翻しながら巨大化してドームの天井をすり抜けた。

 生足とギャランドゥが客席に迫り、観客は目を覆った。

 次の瞬間、エナメル・ハイタの五人の映像が分身して会場を走り回った。

 

 

「キャーーーッ! グリオーーーン!」

「キャーーーッ! デビーーー!」

 いつのまにか最前列を占拠していたイエローとヂャイケルが黄色い歓声を上げた。

 ブラッキーなブラザーたちも、上半身を脱ぎ散らかして踊り狂っていた。

「お金の匂いがすてきーー」

 シャイロックな微笑でイエローはエナメル・ハイタを盗撮しまくった。

 もちろんメイド戦隊もヂャイケルも見て見ぬふりだ。

 後で分け前に預かろうってことである。

「ちょっとイエロー。あとでコピーよこしなさいよ」

「売りさばくルート紹介してよね」

「にょほほほほ。悪い子は大好きよほほほお」

 やけに気が合う二人だった。

 

 

 コンサートもアンコールを残すだけになった。

 デビットのソロからの導入が用意されていた。

 グリオンとデビットは、笑顔でなにかを話して強く握手をした。

 会場からひときわ大きな拍手が起きた。

 ステージが暗転した。デビットにスポットライトが当たり歌が始まった。

 ロックとは思えぬ、朗々としたオペラ声で愛の歌が流れた。

 グリオンのベースが力強く被さり、メンバーの楽器がデビットを祝福するように一つずつ鳴っていった。

 観客はステージとの一体感に酔い総立ちで歓声を上げた。

 そしてデビットは愛する女性の名を呼んだ。

「ヨーーーコーーー!」

 

 

 翌日。

 学校はいつもどおりに平和だった。

 若い彼らは、エナメル・ハイタの客層にはまっていない。

 昨日のコンサートを話題にする者はいなかった。

 下校時間。校門でピンクを待っていた真帆は、目立つ彼を見つけて手を振った。

 二人は真帆のアパートに向かって歩き始めた。

 どうせ彼はアパートの前で笑って去っていくのだ。

 真帆はうつむきながら言った。

「ピンク君。私、引っ越すの」

「……えっ?」

 真帆は確かめたかった。

 彼は誰が好きなのか。

「遠いところ。もう、会えないかも」

 ピンクは知っていた。洋子はデビットと行ってしまうのだ。

 それがとてつもなく悲しい。

「ほんとうに?」

 うかつにも彼の目には涙が浮かんだ。

 しかし、真帆の口から引っ越すことを告げられると、洋子との別れがリアルなことだと沁みこんで来た。

 ナスカに命じられた洋子の篭絡。

 そんなことをできるとは思っていなかったが、信じられないことにピンクが彼女に惚れてしまった。

「やだ。泣かないで」

 真帆もつられて涙ぐんだ。

 でも、ここが女の踏ん張りどころだ。彼女は意を決して聞いた。

「ママのことは聞かないの?」

 うわ。イヤなおんな……

 言ってしまってから真帆は後悔した。

「もう……会えないんだ」

 ピンクは答えずに真帆を抱きしめた。

 二人のバッグが歩道に落ちた。

 他の学生もいる。ちびっ子連れのお母さんも歩いている。

 往来の真ん中で、彼は真帆に覆いかぶさるように抱いた。

「ピ……ピンク君」

「いやだ……」

 真帆は頬にピンクの涙を感じた。

「……でも、しあわせに……」

 真帆は彼にしがみついて、声を上げて泣いた。

 

 

 その日の夜。

 デビットの泊まるホテルのロビーで彼らは別れの挨拶をした。

「洋子さん。ご結婚おめでとうございます」

「ありがとう。ピンクくん」

「とてもきれいです」

「もう。若いのに口が上手すぎよ」

「好きでした」

「悪い男の子ね」

 日本語がわからないデビットは、始終ニコニコしていた。

 つきあいで来たレッドは、超不機嫌を隠さない顔をしていた。

「そうです……自分でも驚きました」

「うん」

「真帆さんには謝らなきゃ」

「だめよ。それは優しさじゃないわ」

「…………」

「そんな目で見てもだめよ」

「ええ。そう……あの。未練です」

 ピンクのきれいな瞳から、ポロリと涙がこぼれ落ちた。

「ピンクくん」

 名を呼びながら。それでも洋子は手を差し出そうとはしなかった。

 ピンクはそれを知っていた。

 

 

「ほんとうにねえ。どうも、ウチのピンクがご迷惑おかけしちゃって」

 レッドが下卑た物言いで言った。

 殴り倒したヂャイケルから奪った麻のベレー帽とアロハな人買いルックだ。

 美しさで洋子に挑むのはムリだ。

「ほら。いくわよ。はなたれ小僧」

 ピンクの背中を押しながらレッドは洋子に振り返った。

「イーーーーーッ」

 洋子はデビットの腕を取り、笑いながら頭を下げた。

 

 

 

Tokinashi-Zohshi