●落したいからキスをする●


志麻ケイイチ【時無草紙】
■宇宙戦艦 海 宇宙海賊■
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 ツール・ド・レイス監察サービスの宇宙戦艦エフ7とエフ10は、パイヌ太陽系の垂直静止軌道上にいた。
 艦体よりも巨大なセンサーネットを展開して、宇宙海賊の太陽系進入を監視していた。
 監視サービスは、民間委託の形を取るため、毎年8月に入札が行われて業者決定がされていた。
 強烈な競争で値崩れが激しい。

 ーー公平な入札もいいけど、宇宙海賊が業者登録して落札したらどうするんだろうなーー
 エフ7当直艦長リザ・ハーンは、退屈な仕事の大半をメールと居眠りで過ごしていた。
 ーーあははは。バッカねぇ。契約課は、そんなの気にしてないわよーー
 ーー海賊が落札したら、発注申請を出した現課の責任ってかーー
 ーーそうそう。業者登録の管理をしているのは、別の部門だしぃーー
 メールにつき合っているのは、本社総務の若い子だ。
 ーー海賊でNPO登録して、入札参加してみようかーー
 ーーほんとう? そのときは声かけてほしいなあーー

 リザ・ハーンは、メールを打つ手を止めた。
 ……あっ。彼女は、メールに飽きてきたな……
 リザ・ハーンは32歳。自称、繊細で傷つきやすい大人だ。敏感に相手の雰囲気を察してメールを切り上げることにした。
 ーーまたね。ラビュー ーー

「艦長リザ・ハーンに報告。登録名エリーゼのジャンプアウトを確認」
 エフ7センサーオペレータのナナが言った。
 一時間置きに太陽系に現れる宇宙船の報告を確認しながら、モニターに映しだされる船体データをチェックしていた。
「エリーゼ? ロマンティックな名前をつけるヤツもいるものだな」
「ルーマニオへの進入コースに乗ります」
「ナナ。無視かよ」
 オペレータのナナは、まじめが白い服を着たような男だった。
 士官学校を昨年卒業したばかりの22歳。
 宇宙勤務のマニュアル通りに、きれいな黒髪を五分刈にしてしまうような若者だ。
「艦長。秘匿発言を許可願います」
「秘匿発言を許可。なんだい」
「艦長の私的メールは、すべて本社監視システムに記録されていますが、問題ありませんか?」
 ほっとけ。
「ナナ。今年の訓練規定をまだクリアしていなかったな」
 リザ・ハーンは金色の長髪をかきあげながら言った。
「訓練規定ではわかりません。艦長」
「……isasの訓練規定だ。ナナ曹長」
 いちいちムカつく野郎だぜ。とか思いながらもリザ・ハーンはナナの機嫌を取ることにした。
 なぜ彼の機嫌が悪いかはわかっていた。今回の当直につく際、リザ・ハーンはナナに「コーヒーを入れてくれないか」と頼んでしまったのだ。
 彼に言わせると、それはセクハラだ。
 産まれも育ちも地球・中近東のリザ・ハーンには、その感覚がよくわからなかった。
 ナナに言わせると彼は「ネイティブな差別主義者」らしい。
 そういう言い方こそ差別ではないかと思うが、口にする勇気はちょっとなかった。
 わかっていることは、今日の当直が終わる前に彼の機嫌を取っておかなければ、日誌になにを書かれるかわかったものではないということだ。
「宇宙海賊拿捕のための追跡シミュレーションを年1回実施して、isas準拠記録2177号を作成しなければならないという規定だ。ナナ」
 見るみる彼の表情が明るくなった。
「艦長……その……私は本シミュレーションの経験を持っていませんがよろしいですか?」
 ピンクの唇が嬉しさを隠そうとして微妙に歪んだ。
「ナナ曹長。マニュアルを30以内に再読したまえ。本艦は1410より民間船エリーゼを仮想宇宙海賊船としてisas宇宙海賊拿捕追跡シミュレーションに入る」
「記録しました。艦長」
 狭い艦橋だ。彼が興奮して、パッと汗をかいたのが香りでわかった。
 ……悪くないぜ……
 リザ・ハーンは、顎に手を当ててニヤリと笑った。
「メインエンジンアイドリング開始。シミュレーションタイムアップ設定45分。リザ・ハーン内佐。承認を」
「私はエフ7艦長リザ・ハーン。シミュレーション111021011を承認する。エリーゼなんてふざけた名前を宇宙船につけるヤツはみんな海賊だ」
「……艦長。差別的発言はお控えください」


 宇宙船エリーゼは、惑星ルーマニオの巨大な海に向けて着陸シークェンスに入った。
 ルーマニオは、寒暖差の大きな北半球を持ち、豊かな植相に恵まれていた。
 人工的に開発された大地は、当初から明確な目的を持って産業化された。
 すなわちバクテリアと植物と昆虫を中心にした、高更新生態系による植物素材供給ガイアの確立だ
 AIDを中心とした企業群による新事業創設補助金制度活用もあって、開発は順調に推移した。
 今から60年前には人間の生存可能な大気・微生物・ウィルス体系も安定した。
 もうルーマニオの空気を吸っても、水を飲んでも下痢をすることも、わけのわからない病気になることもない。
「グラン・オープン」というやつだ。
 いまでは、八つの大都市と、3000を越える産業支庁が存在していた。
 首都に隣接する港湾都市ルサは、巨大な大気圏内宇宙港を整備していた。
 自立接地可能な宇宙船用のハードベースと、自立設置不可能タイプ用のバリアフリーベースを持つ立派な港だ。
 バリアフリーベースは海中に設けられていた。
 エリーゼの外装は見るからに滑走路向きではない。
 女性の上半身が、腕を大きく前後に広げた姿だ。
 美しい顔は微笑みを浮かべてまっすぐ前を見つめていた。豊かな金髪が背中まで流れている。
 巨大な胸を誇らしげにそそり立たせ、くびれた腰は思わず腕を回したくなるような絶妙のラインだ。
 ぐっと広がった腰はお尻の途中でスッパリし垂直に切り取られていた。
 推進機のノズルが腰の断面に並んでいた。
 口の悪いヤツに言わせると「ベッドに右手をついたまま、左腕を後ろから掴まれてバックから犯されているポーズ」だそうだ。
 たしかに言いえて妙だ。
 そんな非対称もいいところの宇宙船が大気圏内着陸するためには、水腐食を気にしながらも海に潜るしかない。
 エリーゼは大気圏進入後、ゆっくりとクールダウン運転をしながら海面に達した。
「ハイ。ヴァルティラ。バスにダイブするわ」
 彼女は、ゾクゾクするようなリンダ声でアナウンスした。
「まかせたよ。よろしく」
 リビングでくつろいでいるヴァルティラは、操縦をすべてエリーゼにまかせていた。
 宇宙船の操縦で人間にできることなどない。
 エリーゼは海中の港に停まった。繋留装置が荒縄のように伸び出して、彼女をきつく縛り上げた。
 ヴァルティラは入管手続きを済ませると地上に昇った。


 まぶしい太陽の光の下で、クラスメートのジョオンが出迎えてくれた。
「ハイ。ヴァル」
 艶やかな褐色の肌に、マグネシウムの輝きを持つロングストレートの髪。
 少し肩幅があるが、顔の小ささがプロポーションを引きたてていた。
「やあ。ジョオン。会いたかったよ」
 豊かな緑と透明な空気に、すべてが新しく清潔な街並み。
 二人は若い街の活気を楽しみながら思う存分歩き回った。
 ヴァルティラは上機嫌だった。
「ジョオン。お願いがあるんだけど」
「なに。ヴァルティラ」
「ちょっと買い物つきあってくれないかな」
「いいわよ。なんの買い物」
「女の子にプレゼント買いたくてさ」
 ジョオンは、形の良い眉をくいっと持ち上げて彼を見つめた。
「……ふうん。私に女の子へのプレゼントを買いに行くのにつきあえって?」
「うん。だめ?」
 ヴァルティラは、しれっと言った。
「それって。私とデートしたいってことかしら?」
 ヴァルティラはポンと手を打った。
「おお。なるほど。その手があったか」
「……私達はいまデートしてるんじゃないわけ?」
「僕には念願のデートだよ」
 ジョオンは肩をすくめて笑ってみせた。
「どんなのがいいの。どんな子?」
「ちょうどジョオンみたいな感じさ」
「私に似合ったって、その子にも似合うとは限らないじゃない」
「背格好が似てるんだ。でも、うーーん。たしかにイメージがわかないな。まずは服を着てみて」
 彼らはミス・フルにやってきた。ヴァルティラは要領良く何着かのワンピースを選びだした。
 ジョオンはヴァルティラに好意を持っていた。
 彼はハンサムだ。とてもきれいな顔立ちをしていた。彼もそのことは自覚していて、女の子とデートするのが大好きだ。
 しかしだからといって、よりにもよって自分が誰かのプレゼントのモデルにされるのは頭に来た。
「ねえ。ヴァルティラ。くたびれたわ。のども乾いたな」
「そうだね。ちょっと休もうか」
 ジョオンは、心の中でにやりと笑った。
 プレゼントの予算に食い込むくらいたかっちゃおう。しょせんはヴァルティラも学生だ。アルバイトで稼いだ金しかないはずだ。意地悪な気持ちがむくむくと湧き起こった。
「じゃあここに入ろうか」
 そこは小奇麗なシティホテルだった。
「いいわね。ここのレストラン?」
 ヴァルティラはカウンターのサービスマンに言った。
「すみません。3時間ほど休憩を……」
 ズダダダダッ!
 ジョオンは彼の腕を掴むと、一気にホテルの外にひきずり出した。
「ななな、なにを考えてるの」
「だって、くたびれたって言っただろ?」
「ゆ、油断も隙もない人ね」
「ルームサービスでワインでも飲もうかと思ったのにさ」
「あら。ヴァルったらお金持ちなのね」
 精一杯の皮肉を込めて言った。
「ジョオンがあんまり綺麗だからさ」
 ……そういうことをサラリと言う……
 ジョオンは呆れながらも悪い気はしなかった。


 宇宙戦艦エフ7ではナナがモニターヘッドを被って、エリーゼとの仮想戦闘を行っていた。 
 宇宙海賊として設定されたヴァルティラは、地上降下に成功した設定に以降していた。
 探査プルーフが地上に降下して、ヴァルティラをモニターしていた。
「艦長に報告。海賊発見。女性とコンタクト」
「ナナ軍曹。女性を確保。意識結合を許可する。海賊のモニタリング続行」
「了解。女性と意識結合。主観認識開始」
「ミッション継続」


 二人はビルの谷間の広場のベンチで一休みすることにした。
 ジョオンは、テイクアウトショップからフルーツサワーグラスを二つ買ってきた。
「乾杯。ヴァルティラ」
「なにに乾杯がいい?」
「これから私をめちゃくちゃにしようとしているあなたに」
「僕は女の子をいじめたりしないよ」
「やさしいの?」
「もう死んじゃう、って言わせるだけさ」
 ジョオンはくすくすと笑った。
「どうしたの?」
「ねえ。ヴァル。知ってる?」
「なに」
「私はヴァルのことが好きなのよ」
「女の子はみんな僕に夢中さ」
 はぐらかされたジョオンは、笑いながら言葉を止めた。
 彼はそういう男だ。
 そっ、と横顔を見た。
 きれいに通った鼻筋に、意外としっかりした顎のライン。女の子も嫉妬するような黒くて艶のあるまっすぐの髪。
 ライトグレーの品の良いジャケットに、スリムなパンツを合わせていた。靴もぴかぴかで高そうだ。
 遊ぶには良いが、恋人にしてはいけない男性なのかもしれない。



「さて。買い物終了だ。おっといけない。ひとつ忘れてた」
 ヴァルティラは花屋に入って、コーラルレッドの薔薇の花束を作った。
 あまりに念の入ったプレゼント。ジョオンはすっかり毒気を抜かれてしまった。
「よっぽど素敵な人なのね」
 ヴァルティラはちょっと考えてから、まぶしいほどの微笑みを浮かべた。
 無邪気な笑顔に、ジョオンは視線をそらしてしまった。
 ……わたしったら……
 だめだ。彼といると嫌な女になっていしまう。
 恋人でもないのに独占したくなる。彼はフリーを維持してふらふらと遊ぶヤツだ。
 誰か特定の彼女を恨むこともできない。
 自分がこんなことを考えるなんて想像もしなかった。
 彼といると自分の醜さばかり思い知らされる。
 ……こんな苦しい思いはいやだ。
「とてもすてきな子さ。優しくて大人でスタイルも最高なんだ」
 やめて。そんな言い方しないで。


「ハァイ。ヴァルティラ」
 通りのむこうから歩いてきたすごい女性が笑顔で手を上げた。
 ブロンドでロングでゴージャスウェーブの美人だ。
「やあ、キリエ。今日もコンクールかい?」
「もちろん優勝よ」
 あっはぁぁん、の効果音が聞こえてきそうなポーズで、腰をくねらせ金髪をかきあげた。
「…………」
 ジョオンは挨拶の言葉もでなかった。
 なに? このヌードが服着たみたいな人は。
 いや、あたりまえなんだけど。
 まさかこの人がヴァルティラの彼女? 自分とはぜんぜん世界が違う。
「嘘よ。バカね。あら、こちらのすてきな方は?」
「ああ、こちらはジョオン。こちらキリエ」
「はじめましてジョオン。よろしくね」
「は、はじめまして。キリエ」
 ヴァルティラはジョオンの肩に手を回した。
「キリエ。彼女はすてきだろう? 僕のクラスメートなんだ」
「あんたとこんな可愛い普通のお嬢さんのツーショットを拝めるなんて驚きだわ」
「失礼だな。僕はママがバージンの頃からジョオン一筋さ」
 ……ヴ、ヴァル。下品よ!
「あはは。だから私のベッドじゃ子猫みたいにシャイだったわけだ」
 ……うそ! ……
 キリエはジッとジョオンの顔を見つめた。真顔で見つめられて、ジョオンは気おされた。
 彼女は右手を、すっと伸ばしてジョオンのカラメル色の頬に触れた。
「彼女。きれいな肌してるわね。どこの化粧品?」
 ……殴られるかと思った……
「キリエが嫉妬する肌とは、僕も誇らしいな」
 ヴァルティラはジョオンの前に、肩を滑りこませた。
「あら。王子さまみたいに守ってるつもりかしら」
「キリエの顔がよく見えるようにさ」と、にっこり笑った。
 ボカッ!
 キリエのパンチがヴァルティラの口元に炸裂した。
「ヴ、ヴァル!」 
 ジョオンはびっくりして、尻餅をついたヴァルティラを抱きしめた。
「ははあ? なにうぬぼれてるのよ。6回くらい寝ただけで知った口きかないでよ」
 ……6回ですか。私はゼロよ。ヴァル……
「切れた唇は彼女に舐めてもらいなさい」
 フン! と鼻息を残して、キリエは立ち去った。
 グラマラスなヒップラインがセクシーに左右しながら遠ざかっていった。しゃがみこんだ二人は言葉もなく見とれてしまった。
「ああっ。ジョオン。僕はもうだめだ。ママにも叩かれたことがないのにショックだよ」
 ヴァルティラが言った。
 さすがにジョオンも腹がたってきた。私も殴っていいかしら?
「少し歩こうか」
 サッと立ちあがったヴァルティラは、なにごともなかったように歩き出した。そしてタクシーをつかまえると、紳士な仕草で彼女を先に乗せた。
 今度はなに? ジョオンは振りまわされっぱなしの自分に悲しくなってきた。
 ついたところは、海岸の小高い丘だった。
 なだらかな丘だが、海側は断崖絶壁だ。
 すでに日が落ちた周囲は真っ暗で、歩くのも恐ろしいくらいなにも見えない。
 ヴァルティラは、彼女の腕を取るとゆっくり歩きだした。
「ちょっと……ヴァル。危なくない?」
「平気さ。僕達の席がそこにある」
 目が暗闇に慣れてきた。丘の頂上。星空をバックにして、一組のテーブルが置かれていた。
「どうぞ。ジョオン」
 ヴァルティラは白い椅子を引いて、彼女を席につかせた。
 ルーマニオの赤く大きな月が、低い軌道から周囲を照らしだした。
 はるか下の海からは波の音が繰り返し寄せていた。
「驚いたわ。ヴァル」
「すてきな夜だね。僕達にふさわしい」
 風がゆっくりと吹いていた。ジョオンの長く細い髪が、きれいに流れた。
 ヴァルティラは、テーブルに肘をついて手を組み、優しい目で彼女見つめた。
 ジョオンは、あらたまって見つめられる照れ臭さに、ちょっとはにかんで微笑みを返した。
「誕生日おめでとう。ジョオン」
「……えっ?」
 ヴァルティラは、今日の買い物を全部テーブルに乗せた。
「ささやかだけど、僕からのプレゼントさ」
「……私へのプレゼントだったの? ほんとうに?」
「すてきな女性が選んでくれたものだから、きっと気に入ってもらえると思うよ」
 ジョオンは、粋なリアクションがわからずに視線をあちこちに泳がせたあと、やっと口を開いた。
「ありがとう……ヴァル」
「どういたしまして」
 そんな素直な反応が嬉しくて、ヴァルティラは満足気に微笑んだ。
「おどろいた……うれしい……でもヴァル。その、私の誕生日は……」
「知ってる。今日でも明日でもない。ただね、当日に祝うのは、僕の流儀じゃない」
「どうして?」
「彼氏に嫉妬されたら困るからね」
「……恋人はいないわ」
「うそ。まさか。君が?」
「ほんとうよ」
「こんなにきれいなのに?」
 ジョオンは、人差し指で彼の唇を指差した。
「ねえ、ヴァル。プレゼントの理由。今、考えついたでしょ」
 ヴァルティラは、ちょっと驚いた顔で微笑んだ。
「ばれたか」
「本当は誰へのプレゼントだったかなんて聞かないわ」
「君へのプレゼントだよ。信じて」
「もういいわよ。でも嬉しいのは嘘じゃないわ」
「うーーん。どう言えば信じてもらえるかな」
「あなた信用ないもの」
 ヴァルティラはバックから赤ワインと二つのグラスを取りだした。
 手品のような手際良さで、ワインの栓を抜くと、ジョオンのグラスに注いだ。
「こんな話しを知ってるかい? 昔、ある国でメシアが生まれたんだ」
 夜空に、ツイッと流れ星が流れた。
「メシアの母親は処女だったのに彼を産んだんだ。奇跡ってやつだね」
「さぞや……痛かったでしょうね」
「あははは。やがて彼は偉大な宗教家になったんだ。そして殺された」
「まあ……」
「彼の誕生日は、やがてたくさんの国と人々の間で祝福される特別な日になったそうだ」
「素敵な話しね」
「僕の気が確かなら……」
「記憶でしょ?」
 ここは笑うところね? ヴァルティラ。
「今日がその日の前日だ。そう。彼の誕生日の前夜には、大切な人にプレゼントを渡す習慣があるらしい」
「素敵な習慣だわ」
「ジョオン。乾杯しよう」
「いいわ。その……メシアに?」
「僕達にキスのチャンスをくれた奇跡に」
 波の音が変わった。
 巨大なものが海水を割って現れる音だ。
 驚いたジョオンは、グラスの脚をへし折りそうな勢いで握りしめた。
 ヴァルティラは、その手を暖かい両手で、そっと包んだ。
「僕達の天使がお祝いに駆けつけてくれたのさ」
 星空を覆って、巨大な人型が空に昇った。
「エリーゼ!」
 ジョオンが声を上げた。
 濡れたエリーゼの機体は、月明かりを受けてなまめかしく輝いた。
 雨のように海水をまき散らしながら上昇を続ける彼女は、空を飛ぶ人魚のように美しかった。
 やがて頭上にさしかかったエリーゼの芸術的な胸の谷間から白い光が伸びだした。
 サーチライトのように、丘の上を走り回った光は、やがて二人にぴったりと焦点を合わせた。 
 その光は、上から下へ降り注ぐ水流のようにわずかな光の屈折を伴っていた。
 光の中のジョオンは、これがただの照明ではないことに気づいた。その証拠に光に乗って小さなカードが舞い降りてきた。
 あきらかに手書き文字が書かれた小さなピンクのカードが、ジョオンのグラスの上に、そっと止まった。
「これは?」
 カードにはていねいな手書き文字が書かれていた。
 ーー愛するジョオンへ。ヴァルティラーー
 クレパスでていねいに書かれた字はヴァルティラのものだ。
 彼らを包む光の流れが変わった。上向きに光の粒が流れ出した。
 索引ビームだ。二人の身体はテーブルごとフワリと宙に舞った。
 体感無重力の中で、ジョオンとヴァルティラは見つめあった。
「信じてくれた?」
「……うん……」
 暗い闇の中で、天からのスポットライトを浴びて空に昇る二人。
 ジョオンの大きな目から、ぼろっと涙がこぼれ落ちた。
「ごめんなさい……泣くところじゃないわね」
「君の涙を初めて見たよ」
 ヴァルティラはまぶしそうに微笑んだ。
 そして頬にキスをした。
「ジョオンの涙の味だ」
「…………」
「最高のプレゼントだ」
「信じてくれる? 初めてよ。男の人の前で泣いたのって」
「僕はパパの次にラッキーな男だ」
 二人は光の中、きつく抱き合いながらキスをした。
 そして彼は言った。
「君をママよりもラッキーな女の子にしたいんだ」
「……うれしい……」


 びくん、と背中をそらしてナナの意識は現世結合した。
「大丈夫か。ナナ軍曹」
 リザ・ハーンはモニターヘッドを外してやりながら聞いた。
「……艦長……ヴァルティラって素敵……」
「なに?」
 ナナは、ほおっ、と熱いため息をついて宙をみつめた。
「女と意識結合していて、男に惚れちまったか」
 リザ・ハーンは狭い艦橋を見まわした。たしか記録カメラはあのあたりだ。
 そちらに向かってVサインをすると、すばやくナナにキスをした。
「か、艦長」
 ナナは驚きながらも熱い視線を返した。
「ミッション・コンブリートだ。ナナ。お疲れ」
 リザ・ハーンは、ヴァルティラには真似のできない大人のキスでナナをメロメロにした。




                                テンプレート麻生新奈

                                           
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