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まるばのほろし ほし ほろし

  この世忌み世も 欲し 滅し……

(絵夢様)

 

 

最新作への短路

この企画は「まるばのほろし」という花の名の美しさに感じる想いを文字につづり楽しむ、という雅な遊びでございます
一部に雅とはほど遠い物語もありますが、粋を解するあなた様の御心のままに……

まるば‐の‐ほろし【丸葉のほろし】は花の名前
花言葉は
「だまされない」
企画リーダー・なかやみか様

ご参加の皆様(2001/06/30現在 敬称略)
なかやみか  絵夢  瓶井めぐみ 志麻ケイイチ Deco Hidy 大鴉 邪楽 紫 茄子花
樋渡ゆうぞー つきかげ はっぴー☆ 辻桐葉 沖 美沙都

              ★ ものがたり ★

★ 作者 ★

●魔流場の滅師 0なかやみか様

  魔流場。それはこの世には見えざるあやかし達が通ると言われている場所。
 あなたは何でもないふとした場所に、言い知れぬ気味悪さを感じた事はないか。それが魔流場。
 無闇に入り込めば魔に操られ、取込まれ喰らわれてこの世のものには戻れない。
 しかし、現世に仇なす魔と相対する「滅師(ほろし)」と呼ばれる一族がいた。
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●円刃の幌士 0なかやみか様

 王国は平和だった。民草の信望篤き王が統治するその国は、他国の羨望を一身に受ける程に幸せであった。そう、あの戦争が起こるまでは……。
 王国には抜きん出た手腕を持つ衛士である「幌士」と呼ばれる兵士達。
 円刃と呼ばれる円月輪を操り、ことごとくに敵を倒してゆく。
 平和を取り戻すのだ。懐かしいあの幸せな暮らしを。
 だが、平和は、幸せは、これほどに流されねばならぬ血の代償なのか。
 敵と我、両方の首に同時にかけられた死神の鎌。ひるめばそれは即ち己の死を意味する。
 胸を切り開かれるかのような哀しみにあえぎながら、闘いの意味を問うて男達は走る。
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●伝言ゲーム 0なかやみか様

絵夢さん 「いきまーす。『まるばのほろし』」
茄子花さん「ま、舞奈の奉仕?」やっぱし可愛いオンナのコを想像。「まいなのほうし」
桐葉さん 「愛なら欲しい?」報われざるボーイズラヴを連想。「あいならほしい」
東條さん 「さよならおしん?」ビンボに敢然と立ち向かう少女を連想。「さよならおしん」
なかや  「サイならおしり?」わくわく動物ランドの話だろうか。「さいならおしり」
ケイイチさん「ええエエッ!?………は、発表しますね。い、いいのかな?
       えーと、さ、『サイバーな美尻』?」
絵夢さん 「SF官能小説ですかそりゃ!!!!?」
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まほろば乃漆 絵夢様
           なかやみか様 m-norusis.jpg (1345 バイト)

 ……走る黒雲に見えかくれする月が、都の四ツ辻にはかない光を落としていた。
 そこには、黒い文箱をささげ持つ、被衣姿(かづきすがた)の女が一人。
 少年は息を殺した。身を隠している大木が、あまりにも頼り無く感じられる。
 不吉な夜…。不吉な女の低い声……。
   まるばのほろし ほし ほろし
   この世忌み世も 欲し 滅し ……                               
 と、
「小僧、わが仕掛けに近寄るな。死ぬるぞ」
 白っぽく光る女の瞳が、冷たく少年を射抜いていた。
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●「まほろば乃漆」の恐い女の人風 (邪楽様・召喚呪文) 0絵夢様
来よ! 邪にて快楽(けらく)なるものよ
星辰の果て 恒河沙の時の彼方
破幻の花咲く まるばのほろしの
その織 夢織り 庵なせ
●丸婆のホロ詩 0瓶井めぐみ様

 昔な、堺と呼ばれた地があったよ。知っとるかの? 商人たちが築いた自由な気風の町じゃ。
 そこにな、たいそう年とった婆さんがおったのよ。
 儂くらいかと? ひょ、冗談じゃあねえ。儂の倍、いや三倍は老いておったの。
 それじゃあ化け物だ? 失礼なことをお言いだ。
 だけどお前さん、これから言うことをよくお聞きよ。怖くもそこはかとなく物悲しい怪談話じゃ。
 その頃な、ホロ苦い恋の詩が、暑苦しい真夏の夜に溶け込むように、夜な夜な堺の町に響いたのよ。
 恋の相手に詠まれた男は、みぃんな数日中に気ぃ狂って死んだのよ。
 それを詠んだのはの、その婆さんじゃ。体は丸々太っておっての、膨れ上がった体に皺が幾本もあっての、それでも若い男に焦がれて焦がれて、幾夜も恋の詩を歌ったのよ。
 …なんでそれを今俺に語るかって?
 鈍いねえ、お前さん。あたしにとっちゃあ、これが詩の代わりさね。昔語りがね。
 女ってなんでこうだろうねえ。
 ホロ苦い気持ちを、伝えずにはおれんのさ。
 さあ、近うきなされ。悪いようにはせん。
 あれ。
 儂がちょっと手首掴んだだけじゃのに、泡吹いて倒れよったよ。
 こりゃ、儂の思うツボじゃのう。
 ひょ…
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サイバーな美尻 志麻ケイイチ

 かずみはベッドにうつぶせたまま、素足をクロスした。
 カールのかかった茶色の髪が頬にかかり、鼻先をくすぐった。
「……う……ん」
 自分の毛先を追い払うように、見当違いなところで右手がふられた。
 もぞもぞと顔を枕にうずめて毛布を抱きしめる。
「かずみ様。朝でございます」
 羊(執事)ロボ・セバスちゃんが、ベッドの脇に立って呼びかけた。
「かずみ様。朝食のご用意が整いましたございます」
「ううっ……ん、もうすこし」
 かずみは裸で寝るのが習慣だ。窓から射しこむ気持ちの良い朝日に、金色の産毛がきらきらと輝いた。
「……あつい……」
 自分を抱きしめるような仕草でかずみは寝返りをうった。
 若々しい張りのある素肌が、うっすらと汗を滲ませて光った。
「かずみ様。私は長く当家にお仕えいたしております。かずみ様のお母上もおばあ様も、私がオムツをさしあげました」
「いやぁ、あと5分……だけぇ」
 セバスちゃんは、白手袋をはめた右手を、かずみの腰にやさしく当てた。
「かずみ様のお美しさは、歴代の奥様随一でしょう」
「ん……セバスちゃんのエッチィ……」
「だからこそ。私、セバスは、かずみ様を当代一のレディにいたしたく存じます」
 ジャキィィン! 鋭い機械音が寝室に響き渡り、セバスちゃんの右手が変形した。
 人差し指と中指が縄目の手錠に変形して、かずみを後ろ手で拘束した。中指がビュルリ、と伸びて、足首をひとまとめに縛り上げた。
 薬指と小指が千本鞭のように展開して、かずみの全身を拘束した。
「……! セ、セバスちゃん!」
「悪い子にはお仕置きが必要でございます」
 ぐん、と腰が持ち上げられた。
 顔と膝はベッドに押しつけられたままだ。
 あられもない姿勢のまま、脚が閉じられてなお晒される肉の一筋が悩ましい。
 しかしセバスちゃんの左手は、情け容赦なく白黒格子模様の平鞭に変形した。
バビルn世のコンピュータモニターのアレだ。
「お覚悟。かずみ様」
「えっ! ち、ちょっと。待って、セバ……ッ」
 バシィ! 肉を打つ音が寝室にこだました。
「四回でございます」
「……やっ……いたいっ!」
 苦悶の表情を浮かべて、拘束からのがれようとするかずみをモノともせずに、セバスちゃんは鞭をふるった。
 肉を打つ鞭の音と、かずみの悲鳴が寝室にこだました。
「お目覚めになりましたか? では朝食をお召し上がりくださいませ」
 セバスちゃんは右手の展開を解いた。かずみの拘束が解かれて、人の手の形が戻った。
「うっ……やぁ……」
 シーツを掴み苦痛に耐えた白い身体が汗に輝いた。
「お手当てでございます」
 カチリと音を立てて、セバスちゃんの右手首が分離した。
「……んっ……!」
 かずみは甘い声を出して下腹部を押さえた。彼の右手首が、ヒトデのように股間に張りついたのだ。
「いや……セバス……」
 自らを固定するために、セバスの人差し指は柔らかな肉に潜り込んだ。
 少女の微妙な曲線に沿って、自在に変形する指先から、かすかなぬくもりが伝わってきた。
「温熱効果と発汗作用を促す遠赤外線により、お肌の代謝を促進して美しい皮膚を保ちます。今日はラヂウムを内包しましたので、より効果的でございましょう。お命じいただければ五味温泉オイルマッサージもいたしますが?」
 かずみは豊かな髪をかきあげて、火照る頬を窓からの風にさらした。
「セバスちゃん。授業が始まったら、マッサージ起動してちょうだい」
「承知いたしました。かずみ様」
 かずみは、セバスちゃんの手首を下着で隠して登校していった。
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● ○×放浪士 Deco様

 放浪士に会った事がないって?
 珍しいねお前。一応フリーのパイロットなんだろう?
 ウワサには聞いている?
 会いたいとも思っている? そりゃそうだろう。
 アイツと一度は勝負しておかないと、一人前のパイロットとして認められないからな。
 お前、まだまだヒヨッコってことさ。
 でも注意しな。放浪士との勝負は一筋縄じゃいかないぜ?
 覚悟が無いなら、紫の真空管ネオンの瞬きを見たら一目散に逃げる事だ。
 不思議そうな顔をしているな?
 放浪士との勝負に危険はないはずだ?
 ふん、だからお前はヒヨッコだって言うのさ。
 一つ話をしてやろうか。放浪士との勝負に拘った男の話だよ。
 名は確か、ルツギと言った。


「マル!!」
 ルツギは叫んだ。
 叫ぶと同時に、暗い宇宙一杯に描かれた赤のハンマーが、ピコピコと派手な効果を立て、ピンクに明滅する巨大な○型ホロを吹き飛ばした。
 「問題」が発光を始めてから、コンマ5秒。
 制限時間はクリアした筈だ。この日のために、大枚叩いて声帯直結反応型ハンマーを入手したのだ。
 B205植民星までの往復分ペイが、それで泡と消えた。
 もう五度目の勝負だ。今度こそ、ルツギは勝たねばならなかった。何としても。
 もう彼は負ける訳にはいかなかったのだ。
 遠い赤色惑星を背景に、レモン色のレーザー文字が視界一杯に点滅する。
『ハズレ』
「ちきしょう!」
 ルツギは身をよじって喚いた。またか。また負けたのか。何故、何故なんだ?
 暗い宇宙一杯に描かれる「問題」。答えは○か×か。どちらか一つ。
 二つしか無いのだ。確率は半々だ。2,3度トライすれば、当たらないハズはないんだ。
 それなのに、おかしいじゃないか?
 ルツギは負けっ放しだ。いや、ルツギだけではない。全てのパイロットが負けっ ぱなしだ。
 放浪士を破ったヤツは、まだ一人もいないのだ。少なくとも彼が知る限り。
 派手な紫のネオンで身を飾った船が、あざ笑うように、あるいは哀れむように、
 ルツギのシップの周りを飛び回る。
『残念でしたぁ・またチャレンジしてね・』
 紫の文字がぐるぐると船の周りを駆けめぐり、やがて船は宇宙の彼方へ消えた。


 ‥‥俺がルツギと会ったのは、どこだったか‥‥寂れた植民性のモルグさ。
 ルツギは優秀なパイロットだからウワサは聞いていた。だが、俺が会った時にはヤツは随分と面変わりして、とてもウワサ通りの屈強な男には見えなかったな。
 痩せた顔に無精ひげを生やして、目ばかりがギラギラ光っていた。
 最近放浪士の船を探してばかりで、ロクに仕事もしていないからな、とヤツは笑った。


 ヤツは一度、どこかのステーションで放浪士と会ったそうだ。
 どこから見ても若い貿易商人にしか見えなかったが、何故か会った途端に放浪士だと解ったのだと。
 ルツギは思い切って声をかけ、「問題」について聞いてみたのだそうだ。
 何故、自分はあれだけチャレンジを続けても勝てないのかと。
 ルツギは答えて貰えるとは思っていなかったらしいが、放浪士は笑って言ったそうだ。
「あの問いには答えがない。答えが無いから正解もない」
 それはズルだ。インチキだ。とルツギは言った。当然だよな。
 放浪士は再びニヤリと笑ったそうだ。
「そう思うのならもう勝負するのはやめればいい。だが正解はある‥‥あるはずだ。お前にそれが見つけられるかな?」
 え?
 いつも同じ問いなら、二度目は逆を応えれば当たる筈だって?
 お前、本当に何も知らねえんだな。放浪士の「問題」を覚えていられるヤツはいないのさ。
 勝負が終わった後、「問題」の記憶はリセットされる。次の勝負は、また頭からやり直しというワケだ。
 だからネットにも、専門サイトが山ほど出来ているだろう。
 放浪士の「問題」の内容を考えるためのサイトやコミュニティーが、掃いて捨てるほどある。
 問題が解れば答えも出るとは限らないけれどな‥‥。
 おっと、話を戻そう。まだ続きがあるんだ。
 オレがモルグでルツギと会った時の話だったな。
「ところがさ‥‥最近オレはその答えを見つけた気がするんだ。」
 ルツギは、目をギラギラ光らせてオレにそう言ったのさ。
「レジーナ植民地を知っているか? ああ、数世紀前に移民船が飛んだ切り連絡が途絶え、もう滅びたと思われていた古い移住星さ。そこで偶然出会ったマホウツカイとやらが、俺に小さな石をくれた。昔の言葉、ルーン文字とか言われている言葉が刻んである石だ。それが‥‥俺に答えをくれたんだ。そんな‥‥気がするんだ」
 どんな答えだ? と俺は聞いてみた。
 ルツギは真剣な顔をして頷いた。
「答えは○でも×でもあり、また○でも×でもない。‥‥これ以上は言えねえよ。あとは自分で考えな。オレは今度こそあの放浪士に勝ってみせる。必ず‥‥」
 そう言ってモルグを後にしたきり、ヤツのウワサは聞かないな。
 ヤツは放浪士に勝てたのかね?
 いや、俺が思うに、ヤツは○と×の向こう側へ行ってしまったのさ。
 ○も×も届かない場所、○と×をはるかに越えた場所へな。
 それはある意味、放浪士に勝ったと言えないこともない。


 ‥‥ワケが解らないって顔をしているな?
 まあ、お前も放浪士に会ってみれば解るさ。
 この宇宙を飛び回っていれば、イヤでもそのうち会うだろうよ。
 その時までに、お前も考えておけばいい。
 ○と×の向こうの世界の事をな‥‥。


 男は立ち上がり、木戸を押して夜の街に消えた。
 やがて三つの月の間に‥‥紫に輝く船が飛び去って行くのが見えた気がした。
 だが、気のせいだったのかもしれない。酔いの見せた幻だったのかも。
 私はそのまま酒をあおり、幻について考えを馳せていた。
 紫色をした、○×の幻について。
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魔法ロバのルーシー なかやみか様
なかやみか様 m-robas.jpg (1797 バイト) 

 

 ぱかぽこ ぱかぽこ。ヒヅメの音。
 わたしはルーシー、魔法ロバ。
 でもみんなに魔法が使える事がわかっちゃうと、みせもの小屋に売りトバされちゃうから内緒なの。
 大きなお耳に、まんまるくりくりお目々が可愛いねってみんな言ってくれるの。
 でも下あごはプランプランしてるの。しまりないわね。


 普段はね、畑でとれたじゃがいもを馬車につんで売っているの。
 私の売るじゃがいもは、ほこほこおいしくて天下逸品。
 でも夜中の12時を過ぎると、おいもはガマ親分になってエライ事になるから、気をつけてね。
 けれど評判のじゃがいもも、毎日そんなにたくさん食べないし、
 町にガマ親分があふれかえったりしちゃったし、そろそろ商売替えをしようと思うの。
 何がいいかしら。


 ここいらあたりは冬が寒いから、あみもの屋さんはどうかしら?
 ヒヅメじゃむりか。
 栄養満点、キリッとさばいてジュージューおいしそうなうなぎ屋さんはどうかしら?
 ヒヅメじゃむりね。
 タブレットで自由自在。CGペインターはどうかしら?
 ヒヅメじゃむりみたい。
 きれいな花嫁さんのベールを、しずしずとささげて歩く介添えなんてどうかしら?
 ヒヅメ以前にロバじゃあムリよ。


 意外とむずかしいのね。万策つきて途方にくれちゃったわ。
 そんなところに犬さんがやってきたの。
「やあルーシー。不景気な顔だね、どうしたんだい」
「じゃがいも売りからほかの仕事にかわろうと思っているんだけど、なかなかいいのがないのよ」
「へえ、ルーシーのじゃがいもはおいしいのにな」
「でもじゃがいもも、いつもいつもそんなにたくさんの需要がないしね」
「うーん、そうかあ。……とりあえず、ひとりで考えていたって仕方ないよ。みんなに声をかけてみよう」


 ぱかぽこ、ぱかぽこ。犬さんの知り合いの、猫さんのところへ。
「あたらしい仕事?いいわ、手伝うわよ」
 きらり。私の目が光ったわ。
「お唄のおっしょさんに、高級天然素材100%品質完全保証の豪華手作り三味線を売るのはどうかしら!」
 黒い猫さんなのに青くなって
「そそそそ、それこそじゃがいも以上に需要がないわよ」
 そうかあ。しかたなく断念したわ。


 ぱかぽこ、ぱかぽこ。猫さんの知り合いの、豚さんのところへ。
「あたらしい仕事かい?いいねえ。ボクも手伝うよ」と、豚さん。
 きらりん。私の目が光ったわ。
「天然無添加熟成生ハム量産システムはどうかしら!」
 しまりないアゴから、ちょっとヨダレ。
「え、いッ、いやボクはほらあの、O-157持ちだからさ」
 豚さんアタフタ。
 なんだそれ。でもしかたなく断念したわ。

 ぱかぽこ、ぱかぽこ。うまくいかないものね。
 豚さんはファームの知り合いの鶏さんを紹介してくれたわ。
「コケッ。仕事をはじめるの?お手伝いできるわよ」
 ぎらり。私の目がかがやいたわ。
「やっぱり元手いらずにヒトの善意につけこむのが一番もうかるわよね。白い羽根強制募金てのはどうかしら!」
 もうなんだか自分をみうしなってる気もするけど。
「いいい今どき、一般市民だって情報通なんだから、あ、あやしい募金活動なんか協力しないに決まってるわよ」
 そうねえ。しかたない、断念するわ。


 ふー。みんなで土手にすわってタメイキひとつ。
「ルーシー、じゃがいも以上に需要があればいいんでしょう?」と、猫さん。
「うん」
「だったら、パンよ!パンを食べないひとなんていないもの」
「!」
「そうかあ!」
「ロバのパン屋さんっていいじゃない」みんな大賛成。
 すてき素敵!ロバのパン屋さんなんて。首にさげた鈴がちりんちりんと鳴ると、ぷーんとおいしそうな焼き立てパンのにおいがして、子供たちも大喜びで走ってくるの。
「さっそく始めようよ!」
「…………ところでパンは。どうするの?」
 一同、しーん。
「しょうがない!あるとこから持ってくるしかないわよ」
 私はヒヅメで、(気持ちのうえ)握りコブシをつくって叫んだわ。
 みんなはちょっと、どこかコイツゆがんでいるなという目では見てたけど。


 私の上に犬さん、犬さんの上に猫さん、猫さんの上に豚さん、いちばん上に鶏さんがのって
 パンを食べようとしている人たちをおどろかせて、パンを強奪する事にしたの。
 窓からのぞくと、ちょうど焼き立てのおいしそうなパンがテーブルに。
「いただきまあす」
 いまよ!みんなで声をあわせて!
「おいてけ〜〜〜〜〜〜〜、お〜〜い〜〜て〜〜け〜〜〜〜〜」
「ひいいいいいいいい!お助けええええええッ!!」
 人間はあっさり逃げちゃった。やったあ!大成功!


 こうして町ではパンが足りなくなって、ロバのパン屋さんは大盛況。
 おすなおすなの売れっぷりで、私はじゃがいもよりもほくほく。
 でもね。
 ある家が新しもの好きで、セコムしてたの。私たちのしわざは防犯カメラにばっちり。
 町のみんなやおまわりさんが私たちにじりじりとにじりよった時、犬さんが言ったの。
「ねえ、思ったんだけどさルーシー」
「な、なに?犬さんこんな時に」
「あのさ、魔法ロバなんだから、魔法でパンつくれば良かったんじゃない?」
「そういや。そこまでアタマまわんなかったわ」

 私はルーシー、魔法ロバ。
 ばかぼこ、ばかぼこ。これはみんなにタコなぐりにされた音。

                                        おしまい

〜おうちのかたへ〜
このお話は、けっこう気持ちのやさぐれた童話ですので、
不用意に感受性の豊かなお子さまにお見せにならないようにしてください。
夢見がちすぎて困るお子さま、素直すぎてヤバい団体にだまされそうな方などに、
浮世のせちがらさを教える意味で、よんでさしあげると良いでしょう。
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●魔法ロバのルーシーのウタ なかやみか様

 毎日ぱかぽこ馬車ひいて
 ほんとに商売たいへんよ
 売れりゃ天国 在庫は地獄
 路傍でひらくの アヤシイ店を
 バイトやとって演じるサクラ
 のせろ買わせろタタキ売れ
 ルール無用の商売根性
 嘘は言わぬがホントの事も
 信じるものは救われる
 命捨て身の 魔法ロバ 

 待ってそういや私って
 ホントはそうなの 魔法ロバ
 うなぎウメボシカキにカニ
 労せず出しましょ ぱかぽこピー
 バーゲンセールの雨嵐
 昇れ売り上げ 果てまでも
 ルビーの指輪も 売れたけど
 うちに帰れば ガマになる
 しまいにゃウシロに手がまわる
 いいえヒヅメね 魔法ロバ
0
マリューバロ殺し Hidy様
マリューバロ殺し…まりゅーばろごろし

1987年起こった殺人事件で、当時16才の建築技師見習いが、師であるマリューバロ=ボガード当時45を、鉋をかけて殺したという残虐な事件(嘘)
0マルバ=ホロス 大鴉様

古代アッシリア王国の記述:

「アッシリアの偉大なる太陽にして統治者であるシャルマナセル一世陛下の偉大な
なる御代の始まりである年(紀元前1274年)、北方において野蛮なる一群の人
たちが国を建てる・・・・そは(ウラルトゥ)と呼ばれ、年毎に勢力を拡大したり・・・・」

歴史学においては、ウラルトゥはこのアッシリアの時代には統合過程にあり、複数
の部族の長が、高地コーカサスに根を下ろし連合政権を形成しつつあった時代である。アッシリア帝国は彼らに臣従を要求したが、これはこばまれ、かわりに友好的な関係を築いた。大量の家畜の飼育に長けていた彼らは、やがてユーラシア大陸の東西交易路の中間点をしめるという利点から発展していき、帝国をも脅かす存在となる。東方においては古代中国の穆王(紀元前1002年〜947年)の「西方遠征」の故事にその国の領地に達したとおぼしき記述があるとされている。

アッシリア帝国が内乱から立ち直らせたのはアッシュルナシルバル2世(紀元前883年〜859年)。帝都をニネヴェからカルブーに移し、宮殿と神殿を造営させ、芸術は大いに栄えたという。このにぎわいから、さらに国力は増強し、帝国は四方への大進撃を企てる。
主神ハルディを祭るウラルトゥは、そのころコーカサスの平野と高地に要塞を100以上、神殿、宮殿を数多くたてさせ(これは今日でも見ることができる)かなりの勢威をふるっていた。ときにウラルトゥ軍は交易路を遮断し、アッシリア帝国の脅威に立ち向かったため、物産の流通を阻害された帝国の経済は大打撃を受けた。

これに激怒した帝国のティグラトピルセル3世は、ウラルトゥのサルドゥル1世を激戦の末撃破。各地に植民軍団を送り込み、ウラルトゥの領土を削り取ろうとした。しかし、ウラルトゥ側も着々と反撃の用意を調え、ウラルトゥ王サルドゥル2世は膨大な兵力を擁して、拠点防衛にでることでアッシリア帝国への経済的圧力を強めた。

ここに一人の英雄が現れる・・・アッシリア帝国中興の祖サルゴン2世(紀元前721年〜705年)である。サルゴンは低い身分の出で、帝国が後継者をめぐる内乱に突入した中で頭角を現し、卑しい出自にも関わらず帝位をとった、いうなれば「簒奪者」である。が、その能力はすぐれていた。彼はたちまち帝国を再統一すると、強大なウラルトゥのサルドゥル2世皇帝
(サルドゥル親子は国力がふるうのに伴い「皇帝」を称した)に挑戦した。
しかし攻撃は難儀を極めた・・・ウラルトゥの要塞は堅固なことで知られており、いずれも高地にあった。兵士達は戦いよりそのための山登りに疲れ、「これでは戦いに来ているのか山登りに来ているのかわからない」とグチをこぼし、挙げ句の果てにはサルゴンを呪う。そして峠道にある敵の要塞・・・雨のように降り注ぐ矢を避けながらの交戦は兵士達に消耗をもたらした。

そしてマルバ=ホロスというところでついに兵士達が切れる。「サルゴン皇帝! 俺達はもう進撃できない! 疲れ切って、もう前へ進めないのだ!」とダダた。さすがのサルゴンもこれにはどうしようもなく、「命を惜しまぬ兵士よ、汝らだけでも引き連れ、帝国の積年の災いであるウラルトゥの国を滅ぼさん!」と決死隊を徴収。ひそかに山間の裏道を通って一気にウラルトゥの中枢部へ。この奇襲に仰天したウラルトゥ王国は壊滅、時のウラルトゥの王ルサスは大規模な敗戦に苦悶して死亡。サルゴン軍はさらにウラルトゥの「神聖都市ムサシル」を攻撃しこれを破壊して、そこに逃げ込んだウラルトゥの要人ともども滅ぼした。

サルゴン2世はアッシリア帝国の「真の帝王」として、その名を刻まれている。
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0パルパタインの帽子 邪楽様

♪ンーーンーーンーー、ンーンーンー(男性コーラス「シスのテーマ」)
 ホログラフがビロロロとあらわれる。

「…なんだ」
「ジャラク卿、計画は失敗です。〈お料理ファンタジー〉で時無草紙を占領しようとしましたが、〈まるばのほろし〉が出て来てしまいました」
「この、胸のむかつく弱虫を、二度とわしの前に出すな!」
「しかし、〈まるばのほろし〉には逆らえません」
「計画を早めねばなるまい。『エイカ』本編の続きをアップせよ」
「それは、無関係では…」
「わしが関係ありにする」
「そうでした…〈まるばのほろし〉はどういたしましょう」
「このネタを出したのが間違いだ。直ちに始末せよ!」
「了解しました…ところで、お顔が丸見えのようですがよろしいのですか?」
「何! し、しまった! フードのかわりに、ナイキキャップをかぶってきてしまったーーーー!」

まるばのほろし…パルパタインの帽子…
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0まほろばのルーシィ 紫 茄子花

 なぜこの実がこんなに赤いかわかる?
 おっと、食べちゃダメよ。毒をもっているからね

   『まほろばのルーシィ』

 その少女の風体は変わっていた。
 美人というよりもチャーミングな顔立ちの少女。
 小さなマント。手には杖を持ち、全体的に赤色で統一されたファッション。
 それが決して派手でなく、小さな赤い花が歩いているようだ。
 何よりも奇妙なのは、ずっと杖の先を地面に押し当てて線を引いていたのだ。
「何をしてるんだ? お嬢ちゃん」
 声をかけて来た男に一度、視線を移したが、少女は変わらずに線を引き続けていた。
「ずっと、地面に線を描いてるみたいだが、どっから来たんだ? この村の者じゃないしな」
「まほろば……」
「は?」
「まほろば。そこが私の故郷」
 そう言った時、少女のポケットからコロリと赤い実が転がり落ちた。
「なんだ? この実は?」
「食べないほうがいいと思うよ。毒だから」
 線を引くのを一旦中断し、少女はそれを拾い上げた。
「ゴクッ 毒だって? そんなにうまそうなのに」
 男が少女に話し掛けた本当の理由。
 それはさっきから少女の傍から放たれる芳香のせいだった。
「本当は俺に取られるのがイヤで嘘言っているんだろう? 第一、なんで毒ならそんなもん持ち歩いてんだ」
「……欲しいの? 別にいいけど」
 少女が赤い実を差し出すと、男は手の中のたまらない良い香りの物をしばし見つめた。
 くんくんと 鼻を近づけて匂いを嗅いだ時、我慢しきれずに一口かぶりついた。
「ぐわぁ 何だコレは」
「言ったよね。毒だって……でもね。”魔”にはこれがとってもおいしそうな匂いがするみたい」
「ガッ!」
 吐き出そうとしてもまるで赤い実に意志があるように口の中に、喉の奥にへばりついて離れない。
そしてゆっくり胃袋へと入ってしまった。
「身体が動かないでしょ? うん。多分無理だと思うよ」
「小娘、お前は何者……」


「お前は何者……」
「ま・ほ・ろ・ば・の・ルーシィ。あ、でもルーシィっていうのはあだ名で」
 さっきまでの顔とは違って、その眼は修羅を秘めていた。
「『魔滅場の留士』ほ〜ら、描いた封印。”魔”はみんなここで滅び、さっきの実の中に捕らえられてしまうんだよ」
 “魔”。人の心に巣喰ったり、自ら肉体を持って悪業をなす存在。
 ルーシィと名乗る少女はそれを滅し、場に留める事を生業とする者だった。
「煮ても焼いても食えない”魔”……。結束することを知らず、捕まった”魔”が自分だけではなく他の”魔”を呼び寄せて引きずり込もうとする」
 ルーシィは村はずれからずっと描いてきた円の中の螺旋を収束に近づけた。
 村がまるごと入ってしまうほどの巨大なサークル。
 そしてその端から村の中心まで渦を巻くような円陣が描かれていたのだった。
 ようやく杖の先を大地から離して 一呼吸おいた。
   ま・る・ば・の・ほ・ろ・し

 ルーシィが呪文を唱えると、円陣が小さな唸りを上げて、見えない竜巻を巻き起こした。
「滅びよ。“魔”。この実に全てを留め、その怨念で仲間を呼ぶがいい」
 ぐるぐると円陣の外からおたけびのようなものが聞こえ、渦潮に飲み込まれるように中心点に集まっていた。
 そして男のいた所にその姿はなく、赤い実が落ちているだけだった。
「ふむ、またちょっと大きくなったかな。それにまた赤みが増したようね」
 ルーシィはそれを拾い上げると、数日間かけた大仕事の終わりを一人祝うために村の食堂へ向かうのだった。
 村人の中に潜り込んでいた“魔”も全て滅したのだから。
「おじさ〜ん! 何かおいしいものあるかな? もうお腹ぺこぺこ☆」


  おしまい… と、これが私がここに来る前に寄った村のお話。
 え? どうしたの? あなたにはこの赤い実がどんな風に見えるのかな?
 さっきから喉を鳴らしていたみたいだけど……


 少女が差し出した魅惑的なモノの正体をしって、“そいつ”は逃げ出した。
「……無駄だと思うけどな〜」
 事も無げにつぶやいてから、少女は大きく息を吸って、こう唱えるのだった



   ま・る・ば・の・ほ・ろ・し  と


「ねぇ あなたにはこれがどんな風にみえる?」
0
丸場の胞子  樋渡ゆうぞー様

「丸場ぁ〜、おめぇクセェんだよなー」
 また始まった。丸場は思った。それでも、いい加減聞き飽きたこの言葉に胃のあたりがキュッと締め付けられる。
 クラスでもトップの成績を誇る山口。成績がよくて人当たりもよく、先生の受けもいいこの生徒は、しかし陰ではこうして何人かの生徒とつるんで丸場をいじめてはストレス発散をしていた。
 丸場は性格はおとなしく従順な、いわば目立たない男子生徒で、成績はクラスでも下の方。太っているために運動も苦手で、余計に陰鬱に見える。そんな彼は山口たちのかっこうのおもちゃでもあった。
 暑いこの季節、ふぅふぅ言いながら登校してきて汗を拭く丸場の姿を見ては笑い転げ、そして「臭い」だの「汚らしい」だのの罵詈雑言を浴びせて楽しむのが、山口たちの日課になりつつあった。確かに、太っているために汗の分泌量が多いので、臭うのは確かだが。
 丸場はいきなり山口に胸ぐらを掴まれ、かじりつくようにしていた机から引き剥がされて教室の隅へ連れて行かれた。山口の取り巻きだけでなく、クラス中の生徒たちがその様子をおもしろそうに見守っていた。
「今日は身体検査だぜぇ〜? 丸場ぁ〜。おめぇがどうしてこんなに臭いのか調べてやる」
 山口が口元に歪んだ笑みを浮かべてそう言った。丸場にはその笑みのあとにどんな仕打ちが待っているか想像もつかない。
 いきなり両手足を掴まれて、丸場は悲鳴をあげた。太ってはいるが背が低いので、取り巻きの連中に手首足首を掴まれては動くこともできなかった。
「OK、OK、おい、ちゃんと押さえてろよ」
 山口は取り巻き連中にそう言うと、制服のポケットからナイフを取り出した。クラス中から一斉に歓声が上がる。山口はそのナイフでYシャツのボタンをプチプチと切り離した。丸場の肉の塊のようなぶよぶよした上半身があらわになるのを、クラス中のみんなが笑い声をあげながら見守っている。


「さぁ〜て、お次はお宝拝見〜!」
 バラエティー番組のテレビタレントのようなおどけた口調で、山口は丸場のズボンのチャックのあたりにナイフを押しあて、力任せに引いた。布の裂ける音とともにズボンの前が裂け、それからトランクスも同じ要領で引き裂かれた。女子の間から一斉にお約束の悲鳴が漏れ、男子生徒からは下品な笑いが飛び交う。両手両足を押さえる蹴られた丸場の下半身は、見事にさらされてしまっていた。
「うわっ こいつ包茎でやんの! こいつがくせぇのはこれが原因かぁ?」
 山口の言葉にいっせいにクラスが沸いた。
「きったねぇ〜! 丸場菌つ〜いた!」
 取り巻きの連中が山口をからかった。彼らは丸場から手を離すと、まるで汚いモノをなすりつけるかのようにお互いの背中にタッチしあう。
「丸場菌! 丸場菌! 丸場菌発生! この教室は隔離せよ!」
 山口をはじめ、クラスのみんながそうはやしたてる。
 涙と鼻水にまみれた丸場は、切り裂かれたシャツとズボンを押さえながら山口を睨み付けた。それが今彼にできる唯一のことであった。
「なんだよ、その目は。菌がうつるから見るんじゃねぇよ」
 山口はナイフをポケットにしまいながら丸場を振り返ってそう言った。いつもの見下したような視線をなげかけるだけで、丸場はうつむいてしまうはずだった。だがしかし、次の瞬間丸場から発せられたその言葉に、さすがの山口もひるんだ。
「──呪ってやる──!」
 低いその声には、確かに呪いの響きがこめられていた。山口たちは金縛りにあったかのようにその場を動けない。
 やがて、丸場の体が空気を入れすぎた風船のように膨らみ、そしてはじけた! はじけたその体は、まるで胞子が空気中をふわふわ漂うように泳ぎ、そしてそれはまさに緑色の胞子そのものであった。
 胞子はクラス中に降り注ぎ、そして机やイスだけでなくあらゆるものにとりついた。胞子にとりつかれたものは肉体であれなんであれ、即座に緑色の胞子に覆われていき、その生命力を奪いながら胞子は確実に繁殖していく。
 もはや悲鳴をあげる者はこのクラスにはいなかった。ただ緑色の毛皮に覆われたような物体が折り重なるように倒れているのを、かけつけた職員が発見したのだった。
0
0マルバ=ホロスの海賊 大鴉様

 イベリア半島の西部に、ポルトガル王国があった。日本では戦国時代から江戸初期にかけて、はじめて触れることのできた「西洋」の国の一つである。日本との関わりは、その言葉の一端が日本語になるくらい古い。

 しかし、ポルトガルは大航海時代先駆けとして登場しながら、除々に衰退を余儀なくされていた。ポルトガルの王家アヴィス一門は、1385年より王位を継承しな
がら絶対王政を完成させ、とくにマヌエル1世、別名「マヌエル大王」の御代にいたっては「全世界の海の支配者」と豪毅な称号を唱えるに至った。
 首都リスボンはとくに東洋、オリエント地域からの香料貿易で莫大な富を儲け、その繁栄は史上空前のものであった。海上においては。ポルトガル船のスタイルが流行し、武装商船がさかんに大西洋を行き来した。

 しかしこの繁栄もつかの間のことでしかなかった。陸上においてポルトガルは未だ小国であった。強大な領土を持つ隣国スペインはイベリア半島の統一を狙い、ポルトガルへの圧力を高めていた。14世紀末、セバスティアン王が即位する頃には航海路上でも、ポルトガル商人たちはその「海の男」としての代名詞を失いつつあった。スペインはもちろんのこと、オランダやイギリスといった新興海洋国家の登場により、ポルトガルの地位は凋落し始めたのである。

 そして1578年・・・セバスティアン王の死がスペイン王国に機会をもたらした。ポルトガル併合・・・それはスペインの長い野望であった。「王位継承権」を理由にポルトガルに乗り込んできた男・・・それこそ、かのフェリペ2世である。
 ハプスブルク世界帝国の一翼を担うスペインは今や「帝国」であった。ポルトガル人は昨日までの栄光をまるで幻のように思った・・・続々ときたるスペイン騎兵の怒濤の進撃を前に、「海の覇者」の国はひとたまりもなかった。嘆きと悲しみと・・・王宮から栄光ある王家の旗が取り去られ、スペイン帝国の旗が翻ったとき、心ある人々はポルトガル語で叫んだという・・・「我々はこの日を忘れない」と。


 またポルトガルには大航海時代、世界各地に残したポルトガル人の植民地があった。スペイン帝国の通達により、全ポルトガル船及びその商品、船員等はスペインに接収されることとなっていた。だが、このような命令に激怒したのが植民地のポルトガル人たちである。スペインの命令を握りつぶした総督たちもいた。だが・・・これには代償がともなった。
 今やポルトガルのそれを上回るスペイン艦隊が、次々と「謀反」を起こしたポルトガル植民地をおそったのである。ポルトガル人達は、自分たちが命がけで作り上げた財産と、自由のためにスペイン艦隊と激烈な戦闘に及んだ。そしてその多くは、東南アジアの海や、インド洋、アフリカの海へと消えていったのである。

 そんな中、インドの小さなポルトガル系植民地にスペイン人総督が派遣されることになった。人々は内心不満だらけであったが、スペイン艦隊の手強さを知っていたのでこれを受け入れるしかなかった。
 だが・・・この総督、海のことはまるで知らず、スペイン人のまさに「成り上がりもの」であった。そしてそれゆえに、着任早々から無茶な命令を乱発し出したのである。これはスペインの人材不足による面もあったのだが・・当然、人々の怒りを買った。

 ある時、この総督が全ポルトガル系武装商船をあつめて、オランダ商船艦隊と一戦交える計画を立てた。が、すでに我慢の限界に来ているポルトガル人たちは、これを「蜂起のチャンス」と見た。
 そして総督が出向する全艦隊の観閲式で、すべてのポルトガル船が一斉に今は亡き「ポルトガル王国旗」を翻したのである。愕然とした総督はあわてて逃亡し、近隣のスペイン艦隊に「蜂起発生」を告げた。
 その後、彼らは海賊となって主にスペイン艦隊に襲撃を繰り返した。彼らの本拠地はインド洋にうかぶ小島「マルバ=ホロス島」であったという。

 しかしこのような事態をフェリペ2世が許すはずもない。イギリスへの軍事行動を考える王は、南海でのこのいざこざを速やかに鎮圧するために、スペイン虎の子のガレオン艦隊を送り、マルバ=ホロス島を焼き討ちした。凄まじい砲撃の嵐の中、しかしポルトガル海賊達は巧みに船を操りここを脱出。その後もスペイン船を狙って暴れ続けたという・・・・。

 ポルトガル王家が復活したのは、1640年フランスのブルボン王朝の援助によってであった。いわゆるブラガンサ王朝である。
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0マーバ=オーシ Hidy様
古代、ジェツラド王国の王に与えられた称号。
その意味は『悲しみを知る者』あるいは『失うものの無い者』
ジェツラド王国では王となった者は、一族郎等皆殺しとなる。という法があった、
しかも、自らの手でそれを実行せねばならない、
王は深い悲しみに10日の間悲しんだ後は、失うもののないものとして王の勤めを全うする。
王は戦場においては自ら最強の兵として前線に立って戦ったという。
0マルバホロスコープ つきかげ様

 ひりつくような喉の乾きに目覚める。ベッドのサイドボードにおいたジャックダニ
エルを瓶ごとつかみ、一口飲んだ。焼け付くような液体が喉の乾きを押さえる。
 おれは、起きあがると端末を置いたデスクに向かう。デスクの前の窓から傲慢な日差しが、容赦なくおれの部屋へ差し込んでいた。おれの住む廃ビルは空調なんぞ動いていないため、昼近くになると暑さで目覚めてしまうことになる。
 おれがこの東京・新宿にある自衛隊のバリケードに封鎖された治安放棄地区、通称「ヤクシマ」にきてもう三ヶ月だ。この街で三ヶ月生き延びるというのは、幸運というより奇跡に近い。
 おれは端末に接続された「リストバンド」を手首にはめる。おれの手首にはクロー
ン培養技術によって移植された疑似視神経や、聴覚神経があった。見た目は自殺の傷跡のようなそこに、リストバンドを接続することによって電子的に構成されたバーチャアルワールドへ接続することができる。
 端末は宅配ピザの箱程度の大きさのブラックボックスに接続されていた。そいつの中には通称マルバ・ホロスコープと呼ばれる魔法的インターフェーサが格納されている。
 魔法的インターフェーサ。そいつはつまり、ヴォルグ・マルバと名乗る自称グルジ
ェフの弟子が発明した通信装置であり、ユングのシンクロニシティ理論と量子力学の成果を結合させたものである。
 難しいことはおれには判らないが、理屈はこうらしい。同じ呪術的属性を持たせた魔法的文様は、同じ量子力学的波動関数に基づく電磁的場を構成する。つまり魔法的文様に与えた電磁気的刺激による測定結果は、別の同一種類の魔法的場でも同様の結果が観測されるということだ。
 この原理を応用して通信装置を開発したヴォルグ・マルバはATTとNTTへ同時
に売り込みをかける。ATTは全く相手にしなかったが、NTTのジャップはそいつ
を採用した。おかげで世界の通信方式は全く入れ替わってしまう。

 何しろ、マルバ・ホロスコープはミリセック単位でギガ単位の情報転送が可能なのだ。そのための設備コストは魔法文様を描いた紙切れが二枚必要なだけである。
 ほんの数年で光ファイバーによる情報ネットワークは過去のものとなり、魔法的ネットワークが世界を支配することになる。
 リングを通じて仮想視界が展開された。ごみためのような廃ビルのおれの部屋に
可憐な少女が出現する。多少趣味が悪いかもしれないが、おれの使用しているAIの姿だ。少女はおれに語りかける。
「はぁい、シド。メールが届いてるわよ。ウィルスチェックはOK。差し出しはジョ
ニーから。開けてみる?」
「頼む」
 おれの言葉に応え、おれの目の前に、ヴァーチュアルなメモボードが出現する。そこには、簡単な走り書きがかかれていた。
『よう、シド。おまえエディからブラック・ホロスコープとかいうのを預かってるの
か? JFBIの連中がおまえを探してたぞ』
 おれはため息をつく。ジャップのいいところはFBIをちゃんと四文字言葉にした
ところだ。警察が解体され、交通警備、免許更新処理といった仕事が民営化されていく一方、デテクティブとSWATの精鋭部隊がJFBIとして組織されていった。J
FBIはかつて優秀と呼ばれた日本警察のノウハウを結集した特殊機動警察であり、おれには手強すぎる相手だ。
 エディは一週間ほど前、おれのところにブラック・ホロスコープとかいうやつを預
けていった。そいつは従来のマルバ・ホロスコープの数百倍の情報転送能力を持つらしい。とりあえず、おれはそいつを使ってみることにした。それ以来おれは奇妙な夢を見るようになる。
 目覚めるとよく覚えていない。とにかく夢の中にでてくるのはマホロバの民と名乗
る女だ。
 突然、おれの部屋が轟音と閃光に包まれる。スタングレネードだと思う間もなく、
おれは押さえつけられ、銃口を額に突きつけられる。

 おれの額に銃口を押しつけた男が言った。
「エディ・コールマンから受け取ったホロスコープはどこだ?」
 おれが応えるより前に、おれの部屋の中を探し回っていた連中の一人が、おれの端末からホロスコープを引き剥がした。
「ありましたよ、こいつです」
 おれの額に銃を押しつけていた男が口の端を歪めて笑う。男は引き金を引いた。
 世界が凍り付く。
 おれの回りの時間が止まった。
 見上げると頭上に一人の光り輝く女がいた。再三、夢の中に現れた女だ。
「なんだよおまえは、おれはもう死ぬんだ。ほっとけよ」
『あなたがたは、禁断の扉を開けてしまったのです』
 輝く女、夢の中でマホロバの民と名乗った女は美しいがどこか沈痛で哀しげな表情で言った。
『あなたがたがマルバ・ホロスコープと呼んでいるもので接続している魔法的空間には、滅死とよばれる魔が封じられていました。私たちマホロバの民はその滅死を監視しつづけてきましたが、マルバ・ホロスコープから流れ込んでくる情報は滅死を眠りから醒ませてしまいました。このままでは、あなた方は滅死に滅ぼされるでしょう』
「それがどうした、おれはもう死ぬんだって」
『あなたに力を与えます。滅死と戦う力を』

 輝く女は消え、時間が動き出す。おれの額に銃弾が食い込むと同時に、ブラックホロスコープから黒衣の男が出現した。黒衣の男は一瞬にしてJFBIのSWAT隊員を食らいつくす。
 おれの額に食い込んだ銃弾が床に落ちて乾いた音をたてる。おれの身体に流れ込むエネルギーがおれの身体を変貌させてゆく。
 黒衣の男は、おれを見ていた。おれの身体は野獣のそれへと変形する。おれはうんざりしたように言った。
「なんでおれが、こんなことしなきゃあいけないんだ」
0

0Marine Force はっぴー☆様

マリンフォース隊員募集
 21世紀初頭の海面上昇以来、わがChikyu上の海の占める割合は急増し、残された陸地はそれぞれが諸島国家として独立いる。 世界的に石油の大量供給が不可能になったことや航空機産業の壊滅により人類の活動は多く海上に依存するようになってきた。
 Chikyu上におけるわれわれNippon連邦の国土もさらに小さい島々の集まりとなってしまったのであるが、またその一方各島々で資源の確保は熾烈になり、侵略行為、海賊行為と海上の秩序は乱れる一方である。 そのため、われわれマリンフォースはNippon海域における一般市民の自由で安全な活動と繁栄とを保証するために、サーフェスおよびサブサーフェス領域においての安全確保、警備活動に日夜努力しているところである。
 いまこの誇り高きマリンフォースは、人々の安心への期待にさらに応えるために装備の拡充や基地の強化をおこなってきたが、なによりもその活動の原動力ともなる、若い君たちの力を今以上に必要としているものである。
 充実した装備の上に諸君の若々しい熱意と行動力があってこそ、商用海上交通の保護、海上コロニーでの一般市民の自由活動、安全確保等がなされるのである。
 若い君たちの活動は人々の尊敬の対象となり、また後輩たちの憧れとなりうるのである。さらに諸君がマリンフォースに入隊すれば、1年間の基礎訓練をはじめサーフェスビークルやサブマリナーの操縦、諸機器の取り扱い、ベアダイバーとしての順応訓練などいまのChikyuでの生活に重要かつひとより一歩先を行くスキルと資格を身に付けることができるようになっている。基本課程の5年を修了したときにはChikyuにおけるあらゆる仕事のエキスパートとなることができる。
 さらに希望すれば士官、将官と昇進してゆき、わがマリンフォースの幹部となることも夢ではない。 いま 若い諸君の希望と意気込みをマリンフォースは期待している。

Nippon連邦
マリンフォース 総司令官
海将 諸星 譲
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妖精マルバノホロ・シー 絵夢様

 マリューバ
マルバノホロ・シーは、海ではない。
 妖精である。
 森に住む、気まぐれで不可思議な妖精である。

 だが、海でもあった。
 その大きな瞳は、光を散らす青い波に満ちていた。
 その態度は、穏やかで底知れず、時に苛烈な、深海のうねりだった。

 この妖精に行き会った者は、出会えぬはずの海を見た。
 そして言葉をかわした者は、出会えぬはずの真実を聞いた。
 人の嘘と真(まこと)を見抜く、それが妖精マルバノホロ・シーだった。

 ある時一人の男が、先を急ぐ旅の途中、この妖精にでくわした。
 森の木陰の岩の上、泡立つような白い髪と輝く瞳のその姿は、
 言い伝えどおりの不思議さだった。

 一文無しのこの男は、一儲けをたくらんだ。
 この妖精のその姿、嘘を見破るその力は、見せ物にできる。
 疑心暗鬼に駆られてやまぬ、孤独な王の役にもたつ。

 「俺と一緒に来ないか、マルバノホロ・シーよ」
 男は大胆にも、その妖精に話しかけた。
 妖精の動かぬ細い横顔の中、瞳だけがきらりと青く輝いた。

 「なぜ?」
 「困っている者を助けるために」
 「うそ」

  男は戸惑った。確かにこれは本音ではない。
 「……困っている者を助け、そうではない者を楽しませるために」
 「うそ」

 「………困っている者を助け、そうではない者を楽しませ、
 そして俺を救うために」
 「ふぅん、それから?」

  それから? だが、ぐずぐずしてはいられない。正直に、正直に。
 「…俺は金持ちになって、王様にもとりいって、悠々自適だ。
 あんたにも、礼はたっぷりする」
 「うそ」

 うそ? これのどこが嘘だと言うのだ? まさか…
「…俺はあんたに礼をする」
「うそ」
「……俺は金持ちになる」
「うそ」
「………王様にとりいる」
「うそ」
「…俺に悠々自適は無縁だ…」
「それから?」

 男は動揺した。
 マルバノホロ・シーは、この先の事を予言しているようだった。
 こんな事は、はじめて聞く。
 ますますこの妖精を手放すわけにはいかない。だがその前に…

 男は自分が恐れているのに気づいた。
 妖精の青く輝く大きな瞳が、どんどん深海の暗い色になっていく。
 それは、この森の中で、海の底に引き込まれていくかのようだった。
 ……自分の身の安全を、まず確かめなくては。

「…俺は、領主の館から財宝を盗もうとした」
「ふうん」
「俺には追っ手がかかっている」
「それで?」
「だが、あんたが助けてくれるはずだ」

 瞳以外は無表情だった妖精が、はじめて笑った。
「うそ」

 男は、海中にいるかのようにもがいた。
 だがまとわりついているのは、水ではなく、縄だった。
 いつの間にか追いついていた、激怒する領主の家来たちが放った縄だった。

 だが男は溺れていた。
 冷酷非情な領主へではなく、マルバノホロ・シーへの恐怖に溺れていた。
 深い海を抱えた妖精は、いつのまにか姿を消していた。
0
0●まほろば乃漆 絵夢様

 走る黒雲に見えかくれする月が、都の四ツ辻にはかない光を落としていた。
 そこには、黒い文箱をささげ持つ、被衣姿(かづきすがた)の女が一人。
 少年は息を殺した。身を隠している大木が、あまりにも頼り無く感じられる。
 不吉な夜…。不吉な女の低い声……。
   まるばのほろし ほし ほろし
   この世忌み世も 欲し 滅し ……
 と、
 「小僧、わが仕掛けに近寄るな。死ぬるぞ」
 白っぽく光る女の瞳が、冷たく少年を射抜いていた。

 風が消えた。
 物音も失せた。
 少年の体は、ぴくりとも動かなくなった。
 ただただ、白い闇が少年をおおっていた。
 ……それから、どれほどの時がたったのか。
 突然、低く鋭い声が、少年の耳にとどろいた。
 「これを噛め! はやく!」
 口の中に刺すような苦みが広がる。この世のものとは思えぬほどの、だが、懐かしいこの世の味だった。
 白い光が薄れていく。
 少年は、ようやく瞳を動かした。
 かたわらに、幻惑破りの木の実を手に持つ、浅黒い主人の顔があった。
 涙が出てきた。力が抜け、幹によりかかった体が、ずり落ちていく。

 「ほう…破幻の実か。珍しいものを持っている。
  だが、その小僧をうつし世に引き戻したのが、賢明と言えるかどうか…」
 静かな女の声には応えず、男は振り向いた。
 大柄な体を、簡素な烏帽子直衣(えぼしのうし)につつんだ姿で、腰の太刀を押さえている。
 「その手元の文、箱ごと返してもらおうか」
 男の荒々しいまなざしが、女の白い瞳に斬りこんでいった。
 「これは、わが主(あるじ)への文。ほかの誰に渡せよう?」
 「これ以上、あやかしのものに姫の命を削る事は、させん!」
 「文を交わしたとて、死にはせぬ。わが主は、死なせはせぬよ。それでは楽しめぬ」
 「よくも言った!」
 破幻の実がひとつかみ、男の手から放たれた。
 同時に、抜き身の刀で男が踏み込む。
 女の被衣(かづき)が木の実をはらった。
 そして。

 男は動けなかった。刀の先に女がいた。その胸元に触れていた。
 力を入れればひと突きだ。だが、男は動けなかった。
 真珠色に輝く瞳。朱の唇。細い顎。
 闇とみまごう黒い髪。
 かすかな月の光を受けて、被衣のかげにほの見える、あやかしの美しさ。
 女は、白い瞳をほそめて薄く微笑んだ。
 「破幻のつぶてとは、乱暴な。わが正体を知りたいか? 我は我よ。この身以外に正体はない。確かめてみよ」
 だが、男は動けなかった。
 女がずいと前に出た。胸元に刀が飲み込まれる。かすかな血の匂いが、たき染
められた不思議な香とともに、ただよってきた。
 女は薄く笑っている。
 「おまえは…何者だ…?」

 少年は木のかげで身を起こした。
 自分の主人が、あの女の妖気に飲み込まれそうに見えた。
 いけない…!
 だが、数歩前に出て、少年は立ち止まった。身が潰されるように苦しい。
 そのままでいられず、膝をつく。全身に、石の衣を着せられたようだ。
 思わず、主人の名を呼んでいた。

 「ほ、…ほろ、ば、さま……」
 背後から聞こえたそれは、断末魔のうめきともとれた。
 瞬間、女から刀を引き抜き、男が少年に駆け寄る。
 「ほろば…。ほう、保呂羽、か。なるほど」
 その名をころがし、慈しむかのような女の声に、男の背筋が怖気立った。
 保呂羽。鷹の羽。矢羽として尊ばれるほどに、見事な羽。
 それは通り名にすぎない。
 だが、あまりにもよく、この男の鋭い気性と抜きん出た力量を表わしていた。
 この妖しの女にその名を知られる事は、自分の本性をつかまれる事と同じだった。それは、自分をあけわたす危険にほかならない。
 今まで、どんなあやかしと対峙しても、これほどの恐怖を感じた事はなかった。 
 男はその恐怖を殺して、少年の方にかがみこんだ。地面にはいつくばり、浅い呼吸で瀕死の態だ。
 「この子に何をした?」
 「警告はした。わが仕掛けに近づけば死ぬる、と」
 「何をしたっ!?」
 「落ち着くがよい、保呂羽。
  この仕掛けが受け止めるは、ただ一人。他の者が入れば、すべてつぶされる。
  お前を受け止め、仕掛けが動き始めただけの事だ」
 いつの間にかあたりの気配が変わっていた。
 四ツ辻には間違いない。だが、風の止んだその薄闇には、別の何かが透けて見えた。
 あやかしどもの異界だ。
 少年は、この重なる世界の薄暗闇に、圧し潰されようとしていた。
 「おい、しっかりしろ」
 その名を呼ぶことはできず、保呂羽は少年を抱き起こした。ぐったりとして、主人を見上げる事もできないようだ。
 女をにらんで、叫ぶ。
 「止めろ! この子は関係ない!!」
 「動き始めたものは、止められぬ」
 「おまえの術だ! できぬはずはなかろう!」
 「私のではない。これはこの世の術だ。
  この世の理(ことわり)を多く知るものが、そこに自在の仕掛けを作れるだけだ」
 「嘘だ!! 止めろ!」
 「保呂羽よ。
  今は夜。我に命じるな。
  我を信じよ。
  夜はわれらのものだ。
  おまえたちが昼の主(あるじ)であろうとも、夜には従え」
 反駁しようとした男は、女が続けたひとことに、捕らわれた。
 「まほろば……」
 女の白い瞳に、とらえられない光が宿っている。
 「やまとは国のまほろば……
  そう、いにしえ人は詠んだそうだな。
  だが、あのたたなづく青垣の地は、おまえたちだけのものではなかった。
  人だけでは、うるわしの地などできぬ。昼だけでは、地は枯れる。
  この都でも同じ事よ。
  おのれらがすべての主だなどと驕る限り、都は枯れる。
  主となり従となることを知れ」
 保呂羽は表情をなくした。心のうちで、呆然としていた。この女はいったい、何を見てきたあやかしなのか。そして、この女が伝えようとしている事に、惹きつけられている自分は、何なのか。
 その時、かかえていた少年が血を吐いた。その身から出るには多すぎる量だった。いやな臭いがあたりに満ちる。保呂羽の直衣も、血を吸って重くなっていった。
 呼びかける間もなく、少年の体が静かになった。
 こと切れていた。
 月の光と静寂の中、すべてが幻のように思える。それゆえ保呂羽は、被衣のかげの女をふりあおいだ。
 「助けてやってくれ。……頼む」
 胸元を血に染めた、月の下の女もはかなげだった。
 「保呂羽よ。
  人の世に、やり直しはきかぬものであろう。
  その子を我の見張りとした自分のうかつさを、おのが身に刻み込め。
  その傷をかかえて生きよ」
  保呂羽は、くいしばった歯の間から、うなるように問うた。
 「…おまえはいったい、何者なんだ?」
 「知りたくば、探し出せ。
  おまえなら、できるかもしれぬ。
  我の言葉が通じる、おまえならば。
  保呂羽の名を冠されながらも、一門の陰で生きるおまえならば。
  われとおまえの間にあるものが、わかるかもしれぬ」
 保呂羽はついに、驚きを顔にあらわした。
 読まれていた。自分の素性まで。
 一門を名乗る事は許されず、だが、姉姫の危難に、あやかしと対峙できるその力量を見込まれて、ひそかに呼び出された保呂羽だった。
 「だがな、おまえにも警告しておこう」
 女の顔が冷たく変わった。白い瞳が光る。
 「我にうかつに近寄れば、おまえも死ぬるぞ」

 女がすうっと、身を引いた。
   ほろば まほろば 我に来よ
   まるばのほろし 我に来よ
   破幻の夢織り 夢幻の破織り
   織りたるこの世 ほし ほろし…
   ほろば まほろば 欲し 滅し…

 女が保呂羽にむかって、輝くように微笑んだ。
 今は黒雲に隠れた月が、地上に降りたかのようだった。
 そして、消えた。
 
 保呂羽は立ち尽くしていた。
 ついに、あの女に魅入られたまま、一言も返せなかった。
 胸に、じりじりと焦げるようないらだちがある。
 と、かたわらの少年が動いた。
 「保、呂羽…さま……」
 骸となったはずの少年が、咳き込みながら見上げていた。
 「おまえ、生きていたのか…!」
 「は、はい。…からだが潰れると思ってから後は、気が遠のいて、何がどうなったものや
  ら、よくわかりませんが…」
 保呂羽は、少年をかき抱いた。鮮血も、その腐臭も、どこにもなかった。
 「すまなかった……。すまなかったな」
 「ほ、保呂羽さま…?」
 戸惑う少年をその場に残し、保呂羽は、女が消えた場所に近づいた。
 今は何もない。
 黒い文箱以外は。
 その文箱を取り上げた。
 中の文は消えていた。かわりのように、黒一色だったはずの蓋の面が、新たに漆絵で飾られている。
 小さな花咲く、破幻の木のひと枝。
 その意は明らかだった。
 『だまされるな』
 女の声が、戻ってきた風にのって聞こえる気がする。
 それは嘲笑であり、奇妙な事に、励ましでもあった。そう、保呂羽は感じた。
 心がひりついた。やるせない敗北に、全身がひりひりした。
 漆にかぶれたような痛がゆさだった。
 そう、漆……。
 「…とりあえずは、おまえの事を漆姫と呼ぶぞ」
 保呂羽は、文箱に向かってひとりごちた。

 雲がまた走り出した。
 時折すがたを見せる月の光の下、少年は保呂羽に従って帰り道をたどっていた。
 あの、あやかしの女の恐怖は薄らいだ。が、新たな不安に心が落ち着かない。
 少年は、主人が抱える文箱を見やった。自分には持たせてくれなかったものだ。ぞんざいに扱っていたはずが、いつのまにか、大事そうに抱えこんでしまっている。
 主人の目には、荒々しい光が宿っていた。あるいは、熱にうかされたような光か?
 少年は、主人の何かが変わってしまったことを、感じていた。
 それは、あの女のせいだった。
 これから何が起こるのか?
 それが、不安だ。
 また、月が隠れた。夜明けはまだ遠い。
 風が吹く夜の道を、保呂羽と少年は静かにたどっていった。     完
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0●マローヴァとフォールとロッシィーノ 辻桐葉

 時は古……。
 とある国に、たいそうな美姫がいた。その名をマロアヴェリッタ・ド・チェッツィーナ。人々はマローヴァと呼んで、この姫をそれは深く愛していた。
 マローヴァは花が咲き誇るように美しく、夜半の月の滴のように清純で、冬の初めの初霜のようにはかなく、春の曙の霞ように優しかった。まこと、一点の翳りもなき乙女であったが、惜しむらくは、幼き日の病のために、その瞳は何も映すことはなかった。
 哀れな盲目の乙女は、その自らの美しさすらその目にすることはなかったが、しかしそれ故に開いた瞳が見る以上のものをその心に見ることが出来た。人の真実を見ることができた。
 さて、美しき姫マローヴァを愛する男は多く、求婚者は後を絶たなかったが、その中でも特に熱心に通う二人の男が居た。
 男の名は、フォール。そしてもう一人はロッシィーノ。
 二人はさても対照的な男たちであった。
 フォールは清廉実直なる武人であり、立てた手柄は数知れず、ひとたび戦に出れば必ずや勝利をもぎ取る国の誉れであった。性格も真っ直ぐで高潔な人物であったが、如何なる神の悪戯か、その容姿はとんでもなく不出来であり、あまりに醜悪なため、人の目を避けて常にマスクをつけているほどであった。
 さて、もう一人のロッシィーノ。彼は貴き血筋の子息で、生まれながらにして人を惹きつける才を持っていた。きらめく才気、爽やかな歌声、艶やかな立ち居振る舞い、そしてなによりも秀でていたのがその姿の美しさ。一目その美に触れたものは、たとえ悪魔であろうとも虜にすると噂された。それ故、彼もまた常々マスクを着けてその過ぎた美を人の目より隠していた。

 ロッシィーノは日毎夜毎マローヴァの屋敷へ通い、その想いを口にした。
「マローヴァよ、心の眼で人を見る姫よ、ならば私の哀しみを、我が孤独を知るであろう? 世の女という女は、私の見目にばかり気を奪われ、誰も真実を愛してはくれぬ。私自身を見つめてはくれぬ。しかしそなたならば、姿にとらわれぬ本物の愛を注いでくれるに違いない。マローヴァ、私にはそなたが必要なのだ」
 しかしフォールとて負けてはいなかった。
「マローヴァよ、この世で私こそがそなたを必要とする男。哀れに見えぬその瞳は、このマスクの下の世にもおぞましきものを見ずにすむ。己ですら目を背けるこの顔を永遠に闇に包んでくれる。ああ、マローヴァ、私を救ってくれ。私の心の清らかさを感じるならば、私の傍で私を愛しておくれ」
 ある夜のこと、鈴虫が鳴く庭で、マローヴァは二人の騎士に言った。
「フォールよ、ロッシィーノよ、貴方たちの愛は深くこの身にしみわたり、その真なる高貴さを心より感じます。また、同じだけ貴方がたが私を欲していることも。その愛は同等、その孤独は同等。私には選べませぬ。ならば、私のたったひとつの望みを叶えてくれた者にこそ、この身を委ねましょう」
「マローヴァよ、その望みとは?」
「望みは、私の瞳を開けること。私の見えぬ目を癒してくれた方を、私は真実愛しましょう」
 フォールとロッシィーノは絶句した。姫の望みは、自分たちが姫を愛し、選んだ理由に真っ向から対するものであったがために。
 それでも、二人の騎士は姫の望みを叶える物を手にして、再び姫の前に現れた。マローヴァは彼らから受け取った小さなクリスタルの薬瓶を両手に持ち、静かに告げた。
「フォールよ、ロッシィーノよ、今これから、私はこの薬を試しましょう。右の目にはフォールの、左の目にはロッシィーノの、それぞれより与えられし薬を注ぎましょう。その後私の見た者こそが、私の愛する夫となる……」
 マローヴァはそう言うと、男たちが持ってきた薬をゆっくりと両の目に注ぎ入れた。
 そしてマローヴアは誰を見たのか……。
 いや、マローヴァは誰も見なかった。閉じた瞳は開かれることなく、代わりに真紅の血の涙がさめざめと流れ出た。二人の騎士が持ってきたのは、そのどちらもが毒であったのだ。
 哀れな姫は宝石のような赤い滴りで頬を濡らしながら、二人の騎士に顔を向け、哀しげに語った。
「なんと愚かな者達でありましょう。それほどまでに人の心が信じられぬか……。フォールよ、貴方は、私が貴方の醜い顔を見て、心冷めて逃げ出すものとお思いか? ロッシィーノよ、貴方は、私が貴方の上辺の美だけしか見つけられぬとお思いか? 貴方がたは、そんなにも私の愛が信じられませぬのか? フォールよ、ロッシィーノよ、なんと哀れな男たち、なんと惨めな魂の器……」
 マローヴァは闇に瞳を向けた。
「私の見たものは深い闇、私が見たのは真の絶望。私はそれこそを夫とし、寄り添いて生きましょう。永遠に……」
 その後、マローヴァは薔薇の花が咲き乱れる小さな尼僧院で静かに暮らした。そしてその館に、日毎夜毎密やかに訪れる二人の男があった。
 男の名はフォール、そしてもう一人はロッシィーノ……。
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●まるばのほろし 沖 美沙都様

 朝露が空気に溶けるといっそう草の匂いがたつ。見渡すかぎり花と葉におおわれた中に木の小屋があって、人の動く気配がした。
「姉さん、今日は早いねえ」
 入り口から小さな足がのぞくと、土の中からしゃがれた声がする。
「わたしはいつも早いから」
 足の主が答えると、柔らかい泥を押し上げて物の怪が姿を現した。
「お客さんが来るんだね?」
「わたしのお客さまが来る」
 言葉が終わらないうちに、晴れかけたもやの中から風采のあがらない汚れた男が見え始めた。物の怪は首を伸ばしてようすをうかがっていたが、やがて鼻を鳴らした。
「なんだい、綺麗な男じゃないよ。姉さんの客になるには役者が不足なんじゃないのかい」
「さあ」
 そう言いながら戸口に出てきたのは、小柄な体には不釣り合いなほど大きな頭巾(ずきん)をかぶった女だ。かぶりものの陰からつややかな髪がひとふさのぞいている以外に容姿を知らせるものはない。左の手で頭巾の口をしっかりと抑え、誰にも見られまいとしているようだった。

 汚れた男は物の怪にかしずかれている女を認めると、そばへ寄って膝をついた。丸く太って人は好さそうだが、どこか無頓着な感じがある。
「毒姫さま、私は売れない絵師でございます」
 物の怪は口をとがらせて
「へえ、売れないのかい」
 と、合いの手を入れた。
「願いがあってきました。目と手と足以外のものはなんでも差し上げますから、お聞き届け下さい」
 頭巾の女は少しのあいだ沈黙していたが、
「目や手や足ぐらいにしておいた方が良くはないの?」
 と尋ねた。
「私は絵師でございますから」
「絵を描くためには目と手がいる。ここから帰るために足がいるというのね」
「馬鹿な男だねえ」
 茶色いしわくちゃな顔をゆがめて、物の怪は言った。
「胃袋とられりゃ物が食べられないし、心の臓でも取られれば、その場でおっ死んで絵なんか描けやぁしないよ」
 絵師は小さな物の怪を睨んだ。
「おまえ人間みたいな姿をしているな。ひとめ見れば人ではないと分かるその姿、化けそこなったのか?」
 物の怪はへらへら言った。
「そりゃだんな、おいらは人間の化け物だからね」
「人でない物が化けるから化け物というのだろう」
「狸だって狐だって傘だって化けるご時世に人間だけが化けないなんて、そいつぁちょっと違っちゃないか?」
「おまえ子供だな」
「よくある話さ。飢饉のころに……」
「飢え死にしたので餓鬼になったのだな?」
 物の怪は笑った。
「人の話は最後まで聞くもんだ。腹が減って腹が減って死にそうだったとき、おっかあがこっそりおいらを領主さまの山へ連れ出して言ったんだ。
『ほれ太郎、おっかあが見張っててやるからそこに生えてる花を食べな。領主さまが召し上がる特別な花なんだから、そりゃあたいしたもんなんだ。』
 その花ってのは白くて可愛くていい匂いがして柔らかそうで、いま思い出しても生唾が出てくるぐらい旨そうだったよ」
 物の怪は思い出し思い出し、首を振る。
「おっかあは言ったんだ。『次郎……』」
「太郎じゃなかったのか?」
「話の腰を折るなよ。おっかあは言ったんだ。
『次郎、おっかあはずっと先の山の入り口へ行って人や馬が来ないか見張ってるから、急いで食べるんだよ。食えるうちにたくさん食っとかねえと、今度いつ口にはいるか分からねえ。』
 …で、おいらは急いでほおばった。そりゃ、神様の食い物かと思うほど旨かったね」
 男はうなった。
「領主に見つかって殺されたのか。慈悲のない」
 物の怪はちょっと黙った。その顔は笑っていなかった。
「おっかあはおいらに毒の花を食わせたんだ」

 沈黙が落ちた。
「慰めておくれよ」
「ひどいおっかあだな」
「おっかあはその花が毒だと知らなかったに違いねえとか、さすがに腹を痛めた子をじかに手にかけられなかったんだとか、花を使ったのはせめてもの手向(たむ)けだったとか、たいがいの大人はそんな風に慰めてくれるんだけどねえ」
「じかに手にかけようがかけまいが、殺したには違いない。死ぬのを目のあたりにしなかったからたいして悪くはなかった、使ったのが花だったから温情があったと言い訳しようとは、狡くはないか?」
 不意に頭巾の女が笑った。男は雷に当たったようにすくんだ。
「いや、あの……」
 絵師は唾を飲んでうなだれた。
「悪かった」
「悪かった、とは?」
「そこの…人間の化け物の…、母親の悪口を言って、悪かった」
「そこの人間の化け物の母親の悪口」
 オウム返しに繰り返したあと、女はなんて言い方、と笑ったようだった。
「その子の名前はセキというの。わたしは覚えてあげているんだけど…この子は朝教えても昼ころには忘れてしまって」
 女はゆっくりと体をまわして歩み寄ってきた。
「願いごとは」
 すぐそばにくぐもるような声が響いた。絵師は怖じ気づいたようだ。
「おまえはわたしに気に入られたわ。なにかひとつねだりなさい」
 一歩寄られるたびごとに、男は平伏したままじりじりとさがっていった。
「花を教えて下さい」
「花を教えるという意味は」
「私は学問のない男でして。絵師であれば花の名を聞いただけで筆をとれるぐらいでなければならないのに、それが分からないばかりに風流が解せないのです」
「この世のすべての草花の名と姿を知る知恵が欲しいのね?」
 男は首を振った。
「ひとつだけでよいのです」
「ひとつだけ?」
「まるばのほろし、とはどういうものなのか」
 女あるじと従者は顔を見合わせた。
「そんなことのために目と手と足以外の物をなげうつというの?」
「はい」
「とんまなだんなだねえ」
 セキは声をあげた。
「悪いこた言わない、すぐにこのお花畑を出て行きな。大事な体や命を投げる必要なんかないじゃあないか。金を払えばいいんだよ、金を。誰かが教えてくれるに決まってる」
「その程度のことなら、お金も必要ないでしょう」
「あの…、でも私の里では誰も知らないのです」
「里を出てみれば。現にこうして出てきたんだし」
「それが…、まるで呪いにかかったようにその姿に行き着くことができません。知ってる、と言った者が底意地の悪い人間でなにも教えてはくれなかったり、あそこの者なら知ってるからというので行ってみると旅に出ていたり」
「そりゃお笑いだ」
 セキは呟いた。
「あすこに咲いていたからというので行ってみると馬にけちらされて色すら分かりませんでした」
「そんな馬鹿な呪いをかけるような者が本気でいると思うの」
「霊山の巫女に占ってもらったら、ここへ来いと言われました。毒姫の薬草畑に」
 お付きの魔物がさらに口を差し挿もうとするのを手で制すると、毒姫は
「おまえが花に行き着けないそのわけは? 呪いだ、と告げられた?」
 と確かめた。
「分かりません。でも取り憑かれてしまった。幻の花に」
 女はしばらく考えていたが、やがて
「おまえはどんな花だと思うの?」
 と尋ねた。男は一瞬言いよどんだ。しかし、きっと振りあおいだその眼には、激しく明るい光が宿っていた。
「美しい名です。美しい響きです。きっと美しい花に違いありません」
「どんな風に美しいの」
「それは……」
 頭巾の女はセキを見遣って合図を送るようなようすをした。
「ではわたしにその幻の花の絵を献上しなさい。気に入ったらお前が花と出会えるようにしてあげる。条件は絵を描きあげるまでは決して本物の花の姿を写さないこと。くだんの花の姿を知ろうとしないこと」
「約束を違えれば目をもらい受ける」
「目を……」
「絵師の命をね」
 女は低く呟く。
「その覚悟なしに毒の姫に会いに来たとは言わないはず。ではまたそのときに」
 男がもう一度平伏してから頭を上げると、草花も魔物たちも消えていた。

 男が絵を持ってきたのは、それから三月もたってからだ。相変わらず地面にへばりつきながら、毒の女の顔を見ないようにして頭上に巻物をかかげていた。姫は目の前で絵をとくと、描き手の反応を試すようにゆっくりと視線を走らせていった。
「あの……」
「なに」
「いかがで……」
「おまえはどうなの」
「え、」
「気に入ってるの」
 一瞬の沈黙を認めると、女は見ている前で絵をふたつに裂いた。
「セキ、どう思う」
「それがおいらの名前なの? 姉さんは花の絵を姉さんの気に入るように描けとは言ったけれど、だんな自身が気に入るようにとは言わなかったはず」
 答えながらそろそろ近づくと、セキは引き裂かれた絵の片方を拾って目を通した。
「ああ、こりゃ下手くそだなあ。絵なんかやめちまいなよ」
「そんなこと言ってはだめ」
「もう一度描き直してきます! 私は約束を違えていません。絵が気に入らなくとも目はとらないのでしょう?」
 救いを求めるように見上げた頬は、情けないほどに震えていた。
「確かにとるとは言わなかったわね」
「もう一度描きます!」
 絵師はうさぎのように跳んで姿を消した。
 最初の十数枚は、毒の姫の手によって破り捨てられた。絵師はまばたきもせず、土の上に紙切れとなって落ちる絵を凝視して耐えた。
 一年近くが経ったころ、やっと女は手をとめた。
「この花は菓子のよう」
「気に入ったの、姉さん」
 女は首を振った。
「破るのはやめておくわ。でも、おもちゃのようでもあるわね」
 絵は持ち主の膝元へ投げて返された。男は唇を咬んで睨んだかと思うと、口を利かずに去った。セキは眉根を寄せた。
「姉さん、だんなは痩せたと思わねえか?」
「そう?」
 あるじは腰をかがめてそばにある毒草をいじりながら
「あの男、なにを生業(なりわ)って食べているのか」
 と呟いた。

 岩だらけの山道茶屋になまけものの下働きがいることは、立ち寄った者なら誰でも知っている。険しい山道に老夫婦とあっては文句も言えず、いたしかたなく薪はこびなどに使っているのだ。男はなんだかんだと言って山奥の岩屋へ足を運び、なかなか戻ってこない。いつもずた袋のようなものを持っていくが、中身は絵描き道具であるという。
「少うし、いかれておるのじゃろう」
 茶屋の老婆は思わず客にぐちをこぼした。
「だけどあんな者でもなければ、こんなところへ働きに来てくれる奴なんぞいやしないよ。年はとりたくないもんでなあ、お客さん」
 そのときの客は身なりが良く、供を連れているようだった。
 と、奥の方からなにを思ったか噂の手伝い男が何枚もの紙を抱えて出てきた。
「お、お客さん、見たところ学問のあるお方のようですが」
 客はびっくりして
「学問というほど立派なものを修めたわけでもないが……」
 と答えた。
「風流を解する方とお見うけしました。これを…」
 男はうやうやしく紙を捧げるまねをする。
「おや、絵か」
 客は目を丸くし、しかし絵の内容には触れてこなかった。
「私が描きました」
「紙をどこで手に入れた」
「…え、あのう。家が紙問屋でして、恥しながら勘当される前に、ちょっと…」
「放蕩息子というわけか」
 男は手を組んでもじもじして見せた。
「悪いことは言わない。帰って親孝行してやったらどうだ」
「……………」
「心がない」
「心というと…」
「親が苦労をしてもっている店の売りあげからは紙だの絵の具だのを取り、年寄りが苦労をしてもっている店ではぐうたらの道楽ざんまい。人の苦しみや汗まみれの生きざまをなんと思っているのか」
「私は……」
「草も生えぬ岩山で作り物の花など描いて、誰がおまえの絵にまことを感じる。なぜそこにある命を写さないのだ」
 男は、不意に口ごもると言い訳をした。
「この世の物ならぬ美しさを描きたいのです。本物を写してはならないのです」
 客は嫌な顔をした。
「風の音を知らずに草のなびくさまを本当に見たと言えるのか? 触れもしないでおなごの姿が写せると思うのか? きらびやかではないが深みのあるものの美しさが分からないのか? こんなものは虚ろだ。お前が写しとっているのは、作り物の美すらも持たないがらくただよ」
 客は投げるようにして茶代を置いた。
「心を知らずに絵などやるな」
 客の従者はあるじのあとを追おうとして、ついでのように絵道楽の男に近寄ってきた。
「いまの方は絵の先生なんだよ。あんた、悪い人柄じゃなさそうだ。真面目にやればいいことあるんじゃないのかい?」

 毒姫のもとへ運ばれた絵は四十を越えた。男はあちこちすすけてやつれ、絵筆を握っているはずの手に大きなたこが幾つもできあがっている。
 いま、毒の女は首をかしげて渡された絵を食い入るように見つめていた。
「月の光で作った細工物のような儚(はかな)さだこと」
 それからようやく微笑んだ。
「確かに幻の美しさと言える。望みを叶えてあげましょう」
 しかし絵師は顔をあげなかった。
「どうしたの」
「なにかが足りないはずだ」
 女は首をかしげた。
「細工物のような…、作り物のような…、魂のこもらない絵だと言わないのか?」
 女が驚くと、凄じい勢いで
「言えばいい!」
 と叫んだ。
「こんな物で良しとされてはかなわない!」
 物の怪たちは沈黙した。
「…困っただんなだねえ」
 セキがおずおず差し挿む。
「もう充分やったじゃないか。初めのころから比べたら、この絵は考えられねえよ。姉さんがいいと言うんだから、いいじゃあないか」
「良くはない!」
 男は姫の手から絵をひったくり、泣きながらずたずたに引き裂いた。
 それからのことだ。男は持ってきた絵を物の怪たちが誉めると火のように怒り出し、見ているまえで滅茶苦茶にしてしまうようになった。

 四年が去り、花の絵は六十を越えたが、いまだに絵師は描くのをやめようとしない。
「姉さん、あの絵描きのだんな、許してやったら」
 セキは言った。
「許すというと?」
「たかが花ひとつ教えるだけのこと。黙って見せてやりゃ終わるじゃないか。姉さんが出るまでもない、花に行き着けないような呪いをかけられたなんて、だんなの考え違いだよ。そのくらいはおいらにも分かる」
「そうね」
「可哀想じゃないか。どうして教えてあげなかったの? だんなが最初に来たときに。おまえの足元に咲いてる花がそうだよって」
「…………」
 空と土のあいだを、風がわたっていった。
「……がっかりさせると思って、つい言いそびれたのよ」
 あるじは思い起こすように少しのあいだ言葉を切った。
「どうして? この花、おいらは好きなんだけどなあ」
 大きな口を開けて食いつこうとするのを見咎めると、毒の姫君は
「食べてはだめ」
 と軽く頭を叩いたが、子供の姿をした者がびっくりしてやめると、今度はそっとなでてやった。
「……そのことだけれどね、セキ。そろそろ最後の手段をとることにしたわ」
 あるじが言いかけたとき、絵師が血相を変えて飛び込んでくるのが見えた。

「どういうことなんだ!」
 たどり着くなり絵師は叫んだ。
「どうしたの?」
「絵、私の描いた絵……」
「お前の描いた絵が?」
「描いた絵にそっくりな花があるんだ!」
「そう……」
「全部、全部幻の花のはずなのにひとつ残らずみんなあるのはどういうわけだ!」
「花の姿を知ろうとしたの?」
「違う!」
 男の姿は、魔物退治に来たかのように、殺気に満ちている。
「歩いていたら、そこに咲いているんだ。そこにも、ここにも、世にも醜い花が!」
「世にも醜い……。おまえはそんな絵を描いていたの」
「あんな姿を求めて描いたわけではない、知っているはずだ! おまえは私の絵心を奪ったんだな、そうなんだな? 目よりも大切な心を奪ったんだな? 畜生!」
 飛びかかろうとすると、女はするりと腕を伸ばした。漆塗りのようにつややかな衣の袖から、真っ黒な蛇が何匹も飛び出したかと思うと、男の顔をめがけて毒を吐いた。
 絵師はぎゃっと呻いて顔を覆い、その場に転がった。
「目、目……」
「セキ、その人を起こしてあげて」
 あるじは短く言った。
「目…、私の目……」
「泣くのはやめなさい」
 女は命じたが、男は泣きやまなかった。
 セキがおろおろと言った。
「姉さん、だんなのなにが気に入らないの?」
「わたしは気に入ったといったはず。目は奪っていないわ」
 女は頭巾の下で息をつくと、低く囁いた。
「……目を開けてわたしを見なさい」
 男は目を開けた。まだ涙が流れていた。
「おまえのことは気に入ったけれど、残念ながらお前の絵は気に入らないわ。絵の中に咲いた花を地上に植えたのはわたしだけれどね。
 ……もう諦めなさい。生みの親すら醜い花だというのなら。
 労せずして都合よく願いを叶えてもらおうなんて思ってはいけないのよ。本当はわたしの望みを満たすことができなかったら、約束を破らなくとも目はもらわなくてはならないのだけれど」
 毒姫はそっとセキの顔を見た。
「この子がおまえを好きらしいから簡単な呪いをかけるだけで許しておきましょう。このさきどんなことがあっても、生涯おまえは望みの花の姿を知ることはないと」
 毒と薬の草花が、むせるように匂いたちながら揺れている。セキがおそるおそる口を切った。
「だんなはやつれたねぇ」
 男は頬をゆがめ、鼻で笑いながら顔をそむけていった。
「見る目のない化け物なんぞに絵の良し悪しを言われるのだから、やつれもする」
 子供の姿をした物の怪は、長く重い沈黙をおいた。
「おいら心配してたのさ」
 絵師は振り向いた。
「だんな、怒ったのかい? おいらみたいな汚い化け物なんかに心配されても、そりゃ仕方ねえけど」
 セキはへらへら笑った。男は肩を落とし、しばらく自分の手を見つめていた。
「物の怪ですら心配というのだな」
「もとはだんなのお仲間だからね」
「私は今だって人ではない」
「え?」
「昔からそうだ」
 草の陰で虫の動く音がかさこそと響く。
「最初に会ったとき、おまえに
『おっかあは腹いっぱい食わせてやりたかっただけなのに、間違えたのだ。』
くらいの慰め方ができないのかと言われたな?」
「……………」
「わたしにはそんな優しい言葉…、普通の者ならすぐに思いつくような……。それが欠けている」
 セキは口をぱくぱくさせて何か言いかけたが、男が切るような眼差しを草の波へ向けるのを見ると、黙ってしまった。
「おまえたちが悪いのではない。私だよ」
 日が落ちかけてくる。全てのものの影が少しずつ伸びて柔かく緑になびく。
「最後になるわ、セキ」
 毒の姫が静かに言った。セキは一瞬、目をつむった。
「あのときひどいおっかあだと言ってくれて、ありがとう」
 しわくちゃの目元に小さく涙がにじんだ。
「おっかあがどんなに優しかったとしても、おいらは殺されたんだ。殺してくれた相手が良かったから少しは救われたはずだ、そう思え、なんてよけいなお世話じゃあないか。
 ……それが本音だったんだよ」
 絵師は息を飲んだ。しばらく呆けたように座り込んでいたが、やがてふらつきながら去っていった。



 後年、都に不思議な絵を描く男が現れた。献上されて三月とたたないうちに戦に焼かれた蒔絵は、不世出の傑作だったそうだ。そこに描かれた花はどれひとつとってもこの世にはない幻想的な姿と、山道ひとつ違えて迷い込めばもしや足もとに揺れているのではと思わせる命とを持ち、見る者の心をうった。
 にもかかわらず、
「このように深く美しい花は、どのような響きの名を持つのであろうか」
 という問いには実在のみすぼらしい薬草の名を答え、識者の失笑をかったという。
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★★  マメ知識  ★★
Microsoft Bookshelf マルチメディア統合辞典より抜粋

まるば‐の‐ほろし【丸葉のほろし】
まるばのほろしナス科のつる性多年草。本州、四国、九州の山地に生える。葉は柄をもち卵状披針形ないし長楕円形で長さ五〜二〇センチメートル。八〜九月、茎の節間にまばらな集散花序をなして、先の五裂した紫色の小花が咲く。果実は球形の液果で赤く熟し、有毒だがリューマチに効くという。やままるばのほろし。

まる‐ば【丸刃・円刃】
まるば刀に刃のついていないもの。また、刀の刃のつぶれたもの。まろば。

ほろし
ほろし植物「ひよどりじょうご(鵯上戸)」の古名。

なかやみかさんに手紙を出そう! きっと、もっとすごいことをやってくれるに違いない!
もひとつおまけに、なかやみかさんの抱腹絶倒サイトはここだ!


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