ショージ君のよたよた海外旅行
イタリア・トスカーナ


February 1998 / Firenze Italy

走るバスから撮ったトスカーナの風景。走りながらの撮影はむつかしい。
未熟な私の腕では、なんとかこの一枚がいいとこ。



トスカーナを見た

 私の好きなイラストレーターに永沢まことさんという人がいる。
この人はアメリカや南ヨーロッパに住んだり、旅をしながらその土地の風景
や暮しぶりを軽快なタッチで描き続けている。特に1992年にイタリア・
トスカーナの田舎に滞在中のスケッチはことのほか楽しい。
 もう一人、石井崇という画家が描くスペインの風景もいい。この人はイタ
リアのトスカーナ地方によく似たスペイン・アンダルシア地方の田舎をもう
20余年も描いている。いまでは、グラナダに近いフィレローラという片田
舎に住みつき、そこから素晴らしいスペイン漂泊の記録を日本に送り続けて
いる。
 ここ10年このかた、この2人の描いた画文集を時おり眺めては、こんな
素朴でおだやかな田舎の風景に囲まれてスケッチをしながら過ごせたらいい
のに、と、一途にあこがれてきたものである。
 今回の旅は、こんな画文集でしか知らない憧れのトスカーナ地方を縦断す
るのだ。うれしい。期待に胸が膨らんだ。

       *     *     *     *
 
さて、私の見たトスカーナは、これまで繰り返し見てきたあのスケッチ絵
と寸分違わない、ひたすら美しくゆったりとした表情で迎えてくれた。葡萄
畑にオリーブ園、糸杉の列、傘の形をした松の木立ちが緩やかな起伏の田園
地帯に見事な調和をみせている。時折、日本の桜を思わせる数本のピンクが
絶妙のアクセントになって通り過ぎる。遠くに連なる丘の上には、いかにも
古い家々の集落が近づいては遠ざかっていく。まさに「トスカーナの奇跡」
と呼ばれているのにふさわしい景観がてんこもりだ。
 初日のコモ湖周辺のたたずまいといい、都市部の古い石畳の路地裏。そし
てこのトスカーナの景色。イタリアはこれでもかこれでもかというぐらいに
私を虜にしてしまうのである


 
思うに、これまで私はあまりにもイタリアのことを知らなさすぎた。例え
ば、このトスカ
ナの丘の上の家々がスケッチにはもってこいのロケーショ
ンをしているのは知っていても、何故あそこに集落をつくり、しかも不便な
高台の上に集まっているのか、疑問に思ったこともない。ガイドブックには、
イタリアは近代まで小国に分立し長く互いに覇を争ってきた。そのため防衛
を目的とした丘のうえに建てられた集落や城壁で囲まれた町が多い。地方の
村や小さな町も一般に高密度であり街路や広場などのオープンスペースース
は石畳で舗装されている・・・などと解説がある。

 いずれにしても、今度の旅で、剥れて壊れかけた壁をあちこちで見かけた
が、それすら何故か美しいと思えてしまうのである。実は、それにはそれな
りの理由がある。彼らは一気に修復しないのである。彼らは考えているので
ある。どうすれば自分たちの歴史を正しく残せるかじっくり構えているのだ
という。決してお手軽にはことを起こさないのだというのだ。

 今回の旅、こんな、にわか仕込みの事前学習がこの旅をとても面白くした。
イタリアには、修復のための資金調達、規制、公共性との連携など思うにま
かせない問題を抱えながらも都市も町も、人がめったに訪れることもない鄙
びた村落までもが、イタリア全域おしなべて博物館にしてしまう気の遠くな
るような努力には頭がさがる。あちこちで気になった落書についても、その
ことに彼らは眉をしかめてみても、これは長い歴史のなかのほんの一時的な
湿疹みたいなものだと考えているのかも知れない。それよりも、あの高速道
路からみえる沿線に不似合いな看板を、一切許さず、不釣り合いな建物を建
てずに、ひたすら美しい田園地帯をわれわれに提供してくれたイタリアのこ
だわりにこそ頭がさがる。いつかきっと、あの丘の上の小さな集落の路地を、
ゆっくりとたっぷりと歩いてみたいと思う。

                        

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Last updated: October 5. 2001