ショージ君のよたよた海外旅行
中国・丹東


対岸が北朝鮮
 August 1998 /Tangtong China

国境の川、鴨緑江を挟んで手前が中国、丹東市。
対岸に緑豊かな北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が望める
 


鴨緑江
      
 一昨年の八月末、私は中国・丹東市(旧満州・安東市)を旅した。
丹東は鴨緑江を隔てた対岸に北朝鮮が間近に見える国境の街である。
列車で、大連からぐるっと瀋陽をまわり、一日がかりの旅だった。 
 昭和十九年、七才の私はこの街に住んでいた。その年の、夏の盛り
の一日を鴨緑江の河原で遊んでいる。この旅は、そんな子供の頃のほ
んのわずかな記憶の淵をたどる郷愁の旅でもある。        

 夏の日が斜めに差し込むホテルの窓からは、一番のお目当てとして
いた鴨緑江が見える。その先には、逆光にかすむ北朝鮮の姿もある。
私は、一息いれることもなく河原を目指して歩いた。近づいてみると
私の残像にあるゴロタ石の広がる河原はなく、この日の鴨緑江は水量
も豊かな汚泥色の流れだった。護岸の様子も記憶のそれとは違う。そ
れでも、川をまたいだ大きな鉄橋、街をとり囲むように連なる背の高
い水防壁、朽ちかけた民家のレンガ色など、いろいろなものが私に五
十余年の空白を埋めようと手助けしてくれる。          

 あの日の私は、焼けつくような河原を裸足のまま歩いている。少し
年上の女の子に手を引かれるようにして水辺に向かって歩いている。
そのひとは近所に住んでいた朝鮮人の子女である。彼女の弟も一緒だ
った。私は、姉弟が遊ぶ水の深さまでは怖くて近づけなかった。水溜
りに坐り込むだけの私に彼女は大きく笑ったのを覚えている。そして
もうひとつ、あの笑顔と一緒に、水に濡れた下着を透して、彼女の胸
にふたつの膨らみのあったことを鮮明に覚えている。思うに、私は七
才の男の子。幼いとはいえ、この時、はじめて目にする異性そのもの
姿にとまどい、驚いている自分がいるのだ。           

 ここ丹東で過ごした頃の、とぎれとぎれの記憶のなかで、この瞬間
のことだけが唯一鮮度を保ちながら色あせしないでいる。年を重ねて
昔を回顧することが多くなるほどに、この河原での思い出が自分にと
ってとても大事なことに思えてならない。            
 旅の二日目も川岸の道を歩いた。対岸に見える北朝鮮は緑に覆われ
土手には牛が草を食み、子供達が廃船を囲んで泳いでいる。この穏や
かな眺めからは緊張する国境地帯という雰囲気はまるでない。前夜、
ホテルで見た朝鮮中央放送は、日本上空を越えたテポドンの成功を報
じ、金日成、金正日父子のこれまでの偉業をたたえる番組を延々と続
けていたが、あの緊迫感は何だろうとも思う。          
 そして、旅から二年。南北首脳会談が行なわれ、南北統一に向かう
ための対話が始まった。この朝鮮半島の人々にとって何事にも代え難
い平穏な日々がやって来そうな予感がする。           

 あの、夏の河原で水浴びをした遠い遠い記憶のなかひとも、年老い
たとはいえまだ七十には届くまい。いまもご健在で、たまには鴨緑江
の近くの、夏の日がこぼれる木陰あたりで座っておられるような、そ
んな気がする。    
(四国新聞読者文芸「随筆」2000/8/23.掲載)  
 
Copyright ©1993-2001 by Shoji Doi
Last updated: October 5. 2001