ショージ君のよたよた海外旅行
中国・丹東

 May 2001/Tangtong ・China
このおじさんのこと、下のエッセイに詳しく書いてあります。
どうか、これだけは読んでみてください。

 

イチゴの味

先頃、とてもいいものを食べた。中国東北部(旧満州)・丹東
市でのことである。丹東は一昨年に続いて二度目の旅。この日
は、早朝から通訳とともに古い民家が軒を並べる集落を訪ね、
子供の頃に住んでいたかすかな記憶を探していた。      
 昼を過ぎ、ホテルに帰って昼寝でもしようかと思っていたら
うしろから「リーベンレン(日本人)」と呼ぶ声がする。振り
かえると、陽に焼けた柔和な顔が笑っていた。七十歳を少し過
ぎたかというくらいの老人だ。古びた煉瓦づくりの家の前でブ
リキ仕事をしながら、かたわらの小さな椅子を指差し、ここへ
座れと言う。やや興奮気味に、途中、涙さえにじませながら長
い話を切り出した。                   
 終戦前のこと、この老人は日本人の経営するブリキ屋で、使
い走りをしていたそうだ。十四、五歳の頃のことになる。当時
はオンドル(床暖房)の掃除や煙突の修理を手伝ったりしなが
ら毎日が忙しくて楽しかったと言う。名前は忘れたが優しい日
本人だったそうだ。やがて終戦を迎え、その日本人は、ある日
突然、道具類を置いたまま居なくなった。「いま、ここにある
道具類には当時の物がたくさんある。これもそうだ」と、手に
とって見せてくれるのだ。                
 老人は、勤め先を定年退職。その後、鋳掛け屋まがいのこと
を始めてもう十年になる。ここ丹東市も、このところ大変な建
築ラッシュが続いている。だから、「こんな私にも厨房やダク
トをつくる仕事が次々と舞いこむ。おかげで生活に困ることは
ない。日本人の残していったこの道具類が、今の私を支えてく
れる」と、声を震わせた。                
 にわかに、道路の先を指差しながら駆け出した。七十歳とは
とても思えない身のこなしで、車を避けながら通りの向う側を
行くリヤカーを追いかけた。持ち帰ってきたのがイチゴであ
る。小さなムスビくらいはある立派なものだ。食べろと言う。
イチゴとは思えぬ弾力のある噛みごたえだ。同時に甘い果汁が
っぷりと口中にひろがる。うまい! 一気に四個も食べた。 
 老人は、あのリヤカーのイチゴは特別うまい。でも、いつだ
って予約済だから簡単には買えない。今日は、「いま、わが家
にいる日本からの客人に、お前のつくった中国一うまいイチゴ
を食べさせたい」こう言ってやったと、笑うのだ。     
 私の、おぼろげな記憶をたどる旅は、今回もまた、五十年余
という空白を埋めることは難しかった。だが、偶然通りかかっ
た私を見つけて、ひとりの日本人への積年の想いを語ってくれ
た中国人に逢うことができた。このことだけで、私の旅はとて
もいい旅に仕上がったと思っている。           
 うまいイチゴを食べさせようと、道路へころげるように飛び
出していった老人の姿と、あの味のことを、私は忘れない。 
         (四国新聞読者文芸「随筆」2001.9.3.掲載)


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Last updated: October 5. 2001