2010年11月16日:フム(ムフ)



が−ん

客先のムスメさん。
かな−り可愛いですが、どっちかって言うと「俺にこんな娘が居たらエェなぁ」と言う感じっすねぇ(年齢も倍くらい違うと思うし)。

2010年11月4日:きんきょ



会社勤めが出来ないので転職しましたよ。
まぁ・・・案外向いてるかも知れない。

2010年9月1日:武侠小説の登場人物2



さて。

が−ん

公孫堺モさん。

可哀相な人です。

2010年8月17日:武侠小説の登場人物



が−ん

ちと小龍女のイメージが違うな・・・(楊過は、多分ま−こんな感じでイイと思いますが)。

以下、wikiからテキトーに抜粋・編集(神雕侠侶の項目参照。小説は徳間書店から『神雕剣侠』のタイトルで全5巻。前編となる『射雕英雄伝』ともども、オススメです)。

[楊過]

宋の売国奴・楊康の息子として生まれるが、両親ともに既にこの世にはなく、父・楊康が生前、王子として君臨した金国も既に滅んでいた為、14歳の頃には浮浪児に落ちぶれていた。

父の義兄弟・郭靖とその妻黄蓉(ともに、名高い侠客)に出会う事で桃花島へ引き取られるが、悪行を重ねた楊康の資質を引き継いでいる事を黄蓉に警戒された楊過は郭靖、黄蓉から武術は教えてもらうことができず、郭靖夫婦の知らない所で郭靖の弟子(武敦儒、武修文兄弟)や郭芙に虐められて過ごす。
ある日、浮浪児時代に欧陽鋒の養子となった際に身につけた武術『蝦蟇功』が原因となり、桃花島を追い出される事となる。

楊過の将来を案じた郭靖は終南山にある武林の名門『全真教』に楊過を預けるが、そこで楊過を待ち受けていたのは師や兄弟弟子たちによる陰湿ないじめだった。

全真教を飛び出した楊過は全真教と浅からぬ因縁を持つ古墓派に身を投じる。世に隠れた古墓派の美しき宗主小龍女はまだ20歳にもならぬ少女であり、楊過はその弟子となり飛躍的な武術の成長を遂げる。
小龍女を唯一の家族として慕っていた楊過だったが、年月を経てそれは愛に変わってゆくのだった。

楊過の性格:

かなりの知恵者であり性格も積極的、そして美男子。武術も天才的で習得はすこぶる早く、隻腕となった楊過は「黯然銷魂掌」という武術を作り出している。

全真教との関係から礼儀知らずと思われやすいが、意外なことに礼儀正しい。楊過を軽んじる者、楊過の友人と敵対する勢力などに対しては仇のように接する。全真教とのトラブルも郭靖が全真教道士に襲われたことが そもそもの原因となっている。
小龍女と出会うまでは行く先々で迫害、いじめにあったため性格的には歪んだところも見られる。

世間のしきたりを気にしないことなどは黄薬師から好意をもたれており、一概に短所とは言えない。

小龍女との愛:

師匠の小龍女と互いに恋愛関係に発展するが、ある行き違いから小龍女は楊過のもとから去ってしまう。 楊過は小龍女を捜す一方で、義父・欧陽鋒、洪七公から打狗棒術を初めとするさまざま武術を習得しつつ各地を放浪した。

英雄大宴で小龍女と再会を果たすが、郭靖らから小龍女との結婚については反対される。師匠と弟子の恋愛は、当時近親相姦にも比肩するほど人倫に反する行為だと考えられていたからである。 小龍女との愛を貫こうとする楊過であったが、楊過の将来を考えた小龍女は行方不明になり、ふたたび楊過は小龍女をもとめて旅に出ることになる。

絶情谷で小龍女に再会するも、小龍女をめぐり公孫止と戦いで楊過・小龍女ともに解毒が困難な毒にあたり余命わずかになってしまう。 さらに楊過は右腕までも失うという重傷を負うが、独孤求敗の墓から見つけた剣術を身につけた楊過は公孫止を撃退。 小龍女の毒だけは治療が不可能であったため楊過も自分の治療を拒否するが「16年後に再会しましょう」と小龍女が書き残し、三度失踪。 黄蓉の「南海神尼により小龍女は救われた」と言う話に半信半疑ながらも小龍女との16年後の再会を信じ、楊過は治療を受けるのだった。

神雕侠:

小龍女との再会を待つこと16年の間、楊過は至高の剣術を極めた『独孤求敗』の武術を巨大な鳥『神雕』より受け継ぐ事で更なる武術を身に付ける。以降、義侠心から人助けなどをしながら各地を放浪していた。 顔を仮面で隠し名を明かさないため、江湖では巨大な鳥を連れている侠客『神雕侠』と呼ばれるようになっていた。 小龍女との再会まで幾日、南海神尼の伝説は黄蓉の嘘だということが発覚し絶望、自殺を図ることもあった。

小龍女との再会を果たした楊過は襄陽に攻めてきたモンゴル軍を蹴散らし、宿敵である金輪法王を撃破。更に当時のモンゴル皇帝・モンケ・ハンを討ち取っている。
こうして武術の至高に経った楊過は、天下五絶(五人の達人)のうち「西狂」に選ばれる。

没年は不明。郭靖黄蓉夫妻の二女、郭襄が一生涯を掛けて探し回ったが結局楊過は発見されることがなかったという。
続編『倚天屠龍記』に謎の「黄衫の女」が登場するが、彼女は「楊姓だ」と発言していることからファンの間では「楊過の子孫ではないか?」と言われている。 また、楊過の活躍から半世紀以上を過ぎた『倚天屠龍記』においては、楊過の襄陽での活躍が歌となっているといい、郭靖とともに楊過の名前が語り継がれているという記述がある。

[小龍女]

美貌に自信の有る女性ですら恥じ入る程の絶世の美女(そんなん描けねぇw)。

重陽宮に捨てられていたところを全真教に拾われる。女児だったために師父(名称不明)に引き取られ李莫愁とともに古墓で修行を開始するが、修行を終える前の14歳のときに師父が死亡。李莫愁は既に破門されていたため、以後、孫ばあやと二人っきりで過ごす。

小龍女の性格:

幼少時より、古墓派に伝わる玉女心経の内功(喜怒哀楽を捨て去る事で習得する)を教えられ育った為、初期においての小龍女は冷たく人間味は薄い。生来18年間の人間関係は古墓における李莫愁、孫ばあや、師父だけであったため、世間知らずでコミュニケーション能力に乏しいところがあり、困ったことがあると十分な説明をせず楊過の前から姿を消して行方不明になることが多かった。楊過に対したびたび「世間の人は恐いわ、二人で古墓に帰りましょう」などと発言することも多く、これは生涯変わることはなかった。

彼女が18歳のとき楊過(当時14歳)を弟子にとった事で徐々に人間味を取り戻す。

楊過との恋:

初期はまるで相手にしていなかったが、楊過が心を捧げたことにより徐々に楊過と恋仲になった。欧陽鋒と楊過が修行中、全真教の尹志平が原因となり楊過の前から失踪してしまう。

英雄大宴で楊過と再会、その場にいた楊過の義伯父・郭靖らに楊過と結婚したい旨を宣言する。 世間知らずな小龍女は知らない事であったが、武林では師匠と弟子は親子同然、つまり小龍女と楊過の恋は近親相姦にも等しいほどに人倫に反する行為にあたり、世間のつまはじき者にされると聞かされる。「世間が認めなくても一生を古墓で引きこもって楊過と二人っきりで生活するのならかまわない」と考えるのが小龍女であり、楊過もそれに賛成したのだが、「にぎやかなところが好きな楊過が一生を引きこもって生活するなんてできるはずがない」と言われ、楊過のために身を引き再び失踪した。

放浪の末、絶情谷で再び楊過との再会を果たしたのだが、絶情谷の主・公孫止により楊過・小龍女は情花の毒に冒されてしまう。 郭靖夫妻の長女・郭芙のせいで楊過が右腕を失い、毒のせいで死に掛けるということがありながらもなんとか公孫止を倒すが、小龍女の毒だけ治療ができなかった。 「小龍女と一緒に死ぬ」と主張する楊過に治療をさせる為「16年後に再会しましょう」と書き残し、みたび度姿を消した。これは自分が死んだ後、16年も経てば楊過も自分を追って自殺しないだろう、と考えての事である。

しかし、楊過の小龍女への気持ちが16年で色あせることは全く無かった。
奇跡的に解毒したものの絶情谷に16年間閉じ込められていた小龍女は、自分を追って谷底へ身を投げた楊過と再会。

モンゴル軍と金輪法王を撃破した後、楊過、神雕とともに華山から去っていった。










当シリーズは映像化もされてますが神雕侠侶はまだ観ていません。金庸作品の映像化では『射雕英雄伝』、それと『天龍八部』が面白いです(阿朱役の女優さんが俺的に、めちゃストライク)。多分レンタルでも置いてると思うので、興味の有る方はドゾー。

2010年5月19日:ウム・・・



が−ん

アゴ尖らせ過ぎちゃいました(笑)。

どうでもイイんだけど、ようつべでBreaking the habit(Linkin ParkのPV)観てたら「あぁ・・・課長王子の人かぁ」と思った。
ナカザワ氏作品にしては、正直イマイチだな、と言う印象を受けた。

2010年4月29日:



さて。

が−ん

時間は有り余ってますが、時間を掛けられずの走り描き。

学生サンが続くなぁ・・・(以前に比べると、全くってくらい興味無いのだが・・・)

2010年4月15日:春なの−に−



ヒマです(笑)

が−ん

と、絵とは関係なく・・・。

最近うららジオ聞いて腹がチギれそうなくらい爆笑してま−す(笑)

2010年3月6日:どうでもいいですけど



ドラを甥っ子達と見てたんですけど、劇場版って線がアニメっぽくなかった(カブラって言うか、竹ペンっぽぃタッチ)。
あ−言うのってすきだなぁ。

が−ん

と言うのと関係なく。
わが道から踏み外せないボクでした(笑)。

自分の絵柄思い出してきたので・・・ぼちぼち、オパーイーンとか水着っこだな(=>変化無しw)

2010年3月3日:ハンパw



が−ん

清書する時間が足りなひ。

あ。

足りてないのは根気でした(笑)。

2010年2月14日:カキカキ



が−ん

最近スーパーのチラシに赤丸つける習慣が・・・。

が−ん

メガネさん見て初めて「お、かわいいやん」とか思ったとか、思ったとか(笑)。

2010年2月11日:大体見える様になりました



が。
極彩色だと少しチカチカしちゃうので今日もモノクロ。

が−ん

と言っても・・・いっつも彩度低めなんですけどね(苦笑)。

2010年1月25日:すみませんです



視界がボヤけて描けません。

が−ん

片目で描くとこんな感じ。
ちゃんと見える様になったら更新します。

2010年1月19日:まだ途中



俺ルール「なんか描かない限り何も書かない」は、まだ継続中。

が−ん

とりあえず、まだ途中なのでグレースケールで。

色塗りしながら、線も直すってやり方は効率悪いです。主線が適当になりがち(=>それは元からw)。
でも、これが一番「作業」って感じがしないから好きです。

2010年1月15日:turns around 2001



そう言えば、過去どんなん描いてたっけ?

と言う名目で、HDDの中身を漁って過去のを廃物利用。基本的に描いた当時のまま。
で、余りにヒドぃのは自分でも辛いので、割愛。2001年で「ふ−ん」と思える奴、有ったっけ?

趣旨としては・・・今後ど−言うのを描いて行こ−か、とか。何を描きたかったのか、その確認。

が−ん

左上は、多分2000年に描いたやつ。
全般的に・・・この当時は・・・ごっつぅLOLIだった模様(苦笑)。

と言うか、色々パクってますね。パクり切れてないのばっかりだけど。

が−ん

ホントは、この系統で行きたかったのかも知れません。
右は、多分美術書かなんかを見てインスピ受けたやつ。即ち脳内パクリ。背伸びし過ぎって事ですね。無理です。
左は、何を思って描いたのか・・・? 男性は今とあんまり描き方変わらない。

が−ん

この年は版権もんばっかり描いてた様子。上はベッキー、下はナル−Aか・・・。激しくアニヲタだったしなぁ。
ここ数年動画追いかけてね−です(見ても描く気にはならんです)。

が−ん

今も昔も、全く動かないメカニカル。で、下はやっぱりパクリで太陽のエステバン(違)。

が−ん

アーマーゾーン。これは(当時お絵かき始めたばかりにしては)奇跡の一枚かと。
まぁ・・・雑ですけど(変わらずw)。

↓と構図カブった(笑)

2010年1月14日:構図掴めない



が、キニシナイ(笑)。

が−ん

真面目に描こうとしたら、画像サイズの大きさが気になりました。

どうも、狭いねぇ・・・(そして体型が変なのは変わらずw)。

が−ん

色塗りってどうやる・・・んでしたっけ。
でもまぁ、これもキニシナイ(笑)。

2010年1月8日:挨拶



元気で挨拶(笑)

が−ん

しょっぱなから白黒な(そして雑線な)時点で・・・。
タブレット・・・ちゃんと動いてくれなぃの。あと、やっぱり根気が続かない。

ま−、絶好調でも大体こんな感じですけどね(笑)。

あ。

2月から(2ヶ月だけ)プーです(笑)。