第五話

「ここと・・・ここと・・・ここ・・・」 「こっちにもあるわね」 「・・・・一つずつ見ていきますか」 スクリーン上に映し出された地図をマコトと、ミサトが覗き込んでいる。 その様子に苦笑いしながら、シゲルが珈琲を入れた紙コップを三杯持ってきた。 彼らは、土地所有者や、工事記録などから目標を特定する策に出たのである。 そのために彼らは、冬月を誘拐したのは政府である。という仮定を導入した。 それは、当たる確率が極めて高い物だったが。 「衛星で調べて見つからなかった時のことも考えて置かなくちゃね。ま、保険って所かしら」 成功率が3%を切るような作戦を、何度も遂行してきた彼女にしては慎重な作戦であった。 その事について、ミサトに言わせると、 「私はいつも、成功する確率を出来る限り高めるようにしてきたわ。 ただあの時は、高めた最善の確率が、それでも低かったというだけよ」 まず、国有地を探したが、これは無駄であった。 無かったわけではなく、あまりにも広くて意味を成さなかったのだ。 次に、自衛隊所有の土地、農水省の土地、と分けて見ていった。 自衛隊の土地は通信関係施設が主であった。 もっとも、これらの土地は最近では意味を成さなくなってきている。 15年前の戦争で、電波による通信は、電子戦の発展によって、 極めて信頼性に乏しくなってしまった事が露呈した。 そのため、陸上の通信はほとんど光ファイバーケーブルに置き換えらたのだ。 これならば、妨害を受けにくいし、爆発によって発生する電磁パルスの影響を受けない。 一方で、電波による通信は二次的な物になってしまった。 おかげで、通信施設の建設予定地が使用されずに放置されているのだ。 ざっと見て、半分がそういった土地で、 もう半分が、使用されなくなった施設のようだった。 「それでも、けっこうな数がありますね・・・一つずつ調べますか?」 「・・・そうね・・・とりあえず、諜報部にやらせるわ」 面倒な仕事を任される諜報部の苦労を思って、シゲルが苦笑いを浮かべた。 もちろん、自分がやりたいわけではない。 「やあ、みんな忙しそうだ」 と言いながら、彼自身忙しくても、珈琲片手に暇そうにしてみせるのが、 シゲルの病癖と呼ぶべき物であった。 「おもしろそうじゃないか」 「そうですかねえ」 加持のつぶやきにシンジは首を傾げた。 「前々から思ってたんだが、この体は諜報活動にもってこいだよ」 「はあ・・」 加持の声に、シンジは気の抜けた返事を返した。 『体』という表現が当てはまるのか、疑問であったが。 「ま、葛城の手伝いをすると思ってさ」 「・・・そういうことなら協力しますけど」 シンジはあまり乗り気ではない。 加持はやや苦笑して、シンジについてくるように合図した。 「どこへ行くんですか?」 「第二新東京市だよ。直接乗り込んだ方が早い」 「え・・・じゃあ」 「そうだな、とりあえず、内務省に行って・・・ そのあと、統幕議長の部屋にでも張り付いておくか」 シンジには理解不能な単語を用いながら、加持は普段よりも早い足取りで歩いていく。 シンジが振り返ると、ミサトが珈琲をすすりながら、地図と格闘していた。 ミサトは疲労感を隠してはいたが、シンジにはそれが解った。 「僕も手伝います。ミサトさん」 彼の宣言は自分自身に対して向けられた物だった。
レイ、アスカが並んで歩いている。 朝早くから歩かねばならないことに、脳細胞が抗議の声を上げているが、 それも次第に小さくなってきた。 アスカは、何度目かのあくびと共に、隣を歩くレイを見た。 レイは、いささかの眠気も見せていない。 シンジが居たときは結構低血圧気味で、眠そうな様子を見せるときもあったが、 今はシンジの仕事をレイがやるようになって、早起きになった。 アスカも、少し早く起きるようになった。 ミサトは変わりなかったが。 そのミサトは、久々の夜勤を終えて、朝食を食べているときに帰ってきた。 自室のベッドに倒れ込んだミサトを見て、呆れたアスカは、 タオルケットをかけてあげたのだった。 「ミサト、一体何やってるのかしら?」 ミサトが夜勤する時と言えば、たいがい使徒との戦いの後始末か、 あるいは新しい実験の準備であった。 だが、今はその両方の可能性がない。 色々な事を考えているうちに、目的地が見えてきた。 一種の懐かしささえ覚える。 「さ、久々の学校ね」 「ええ」 校門の所と、表玄関の前には、大きな紙が張り出されていた。 その前には生徒達の人だかりができている。 クラス分けを書いた紙だった。 「え〜と・・・あった」 クラスはそれ程多くなかった為見つけ出すのは容易であった。 学校の施設の数はそのままだが、人口や教師の数が以前の4分の1にも満たないのだ。 当然、クラスの数も少なくなる。 無論、これからどんどん人が戻ってくることが予想されたので、 このクラス分けが意味を成す物なのか、甚だ危ぶまれる所であった。 「レイ、見つけた?」 「ええ、同じクラスよ」 どうやら、レイの視力はアスカのそれよりも良いらしい。 すでに下駄箱に向けて歩き出していたレイを、アスカは小走りに追いかけた。 アスカが教室に入ってまず一番にしたことは、教室を見回すことだった。 その視線が一点で停止する。 「ヒカリ!おはよ!」 「あ、おはようアスカ」 「元気だった?」 「元気って、昨日も会ったじゃないのよ」 「へへ、まあいいのいいの」 ある意味、アスカが学校に行く理由の99%は、 この親友と会うためである。 アスカの表情が途端に生き生きとしたものに変わった。 そして、残りの1%がその隣にいる少年をからかうことなのだろう。 「おう、惣流か、お前も同じクラスかいな」 「あら、アンタにしては珍しく早く来てるじゃない。さては・・・」 「う、な、なんもあらへんで」 アスカは、ヒカリとトウジを等分に眺めやった。 その視線を受けた二人は、一様に顔を赤くする。 からかわれる要素に事欠かない二人だった。
「結局、衛星が決め手でした」 「諜報部が付近に潜入したところ、数人の男達が出入りしているのが目撃されたそうです」 ミサトの報告を受けて、ゲンドウはいつものポーズで考え込んでいる。 報告と、今後の対策を決める重要な会議だが、終始ゲンドウは黙ったままだ。 「使用されていないはずの施設に人影。地下に隠された施設。 それに、表には警備の兵士。明らかにここでしょう」 ミサトは、撮られた衛星写真と、施設の様子を写した写真を示した。 「罠である可能性は無いのですか?」 「罠?」 「ええ、関係ない施設を襲わせて、賠償を求めるという・・・」 「いや、今ネルフを陥れても意味はない。ネルフの技術は必要なはずだから、 その技術が確立されるまでは、ネルフ自体に工作を掛けてくる可能性は少ないだろう」 マヤの疑問に、マコトが応える。 彼の意見はやや楽観性を含んではいたが、時間差こそあれ、全員納得したようだった。 もっとも、ゲンドウの表情から考えを見透かすことは、 困難を極めるため、それ以外ということになるが。 マコトが続けた。 「副司令の安全が確保されるまで様子を見ますか?」 「いや、この一週間何もなかったのは、おそらく目的が果たせていないからでしょう。 だったら、早いうちに救出を敢行すべきです」 マコトの慎重論にシゲルが反論する。 しかし、発言者がマコトでなければ反論する気になったかどうか怪しい物である。 「いずれ救出しなければ成らないことは確かです。でしたら、 早い間にやっておいた方が、相手の策に怯えなくてすむでしょう」 ミサトが彼女らしい積極策を唱える。 賛成、賛成と、呟いたのはシゲルだった。 その意見に動かされたわけではないだろうが、ゲンドウが初めて動いた。 「諜報部は力押しが苦手だろう。作戦部が指揮を執ってくれ」 「解りました」 「準備が出来次第、敢行してかまわん」 ゲンドウの言葉は短かかったが、その意味は明白で、誤解の余地はなかった。 『第一班準備完了』 『第二班準備完了』 『工作班準備完了』 ミサトはやや不機嫌な表情で腕を組んでディスプレイを睨み付けている。 目標の施設はフェンスも穴だらけで、表だけを見るなら狭い一部屋だけの施設である。 だが、衛星からの分析による地下の構造は結構大きいらしい。 地下だけに、その構造は測りかねる。 よってミサトは慎重策を選んだ。 「作戦開始」 ミサトの宣言は決して大きな声ではなかったが、マコトは聞き逃さなかった。 まず、見張りを倒す。 その見張りは二人だった。 正確な射撃が浴びせられ二人は、声上げることも出来ずに倒れる。 『成功』 「工作班」 『了解』 ミサトが直接指示を出して、工作班が物陰に隠れながら接近する。 ドアを開けて、ドアの向こう側で休んでいた見張りを倒すと、地下への入り口を探した。 『発見しました』 「第二段階、総員第二装備」 『了解』 工作班が入り口まで大きな装置を持ってくると、手早く作業を開始する。 また、数人が上に回り込んで太陽電池パネルを調べる。 おそらく、蓄電池が地下にあるだろうから無駄であろうが、切断しておいて損はない。 それ以外の部隊は、ガスマスクを装備して待機する。 『作業完了』 「じゃあ、離れて良いわ。しばらく待機」 ミサトの作戦は、ガス攻めという彼女にしては気の長い作戦であった。 冬月の安全を考えて、最も慎重な策を選んだわけだ。 「・・・暇ねえ」 ミサトが厳しい表情から一変して言う。 マコトは苦笑するしかない。 「ちゃんと眠ってくれると良いんですがねえ」 相手がガスマスクを用意している可能性もあったが、 そうだとしても、ガスで視界は遮られる。 赤外線暗視装置はさすがに用意していないだろうという判断であった。 想定では、10分でガスが充満する予定である。 余裕を見て、15分後に突入するのである。 15分というのは長い。 特に、待つとなると。 「そろそろかしら」 「そうですね、まだ34秒ありますけど」 「じゃあ、みんな起きてよ」 実際に寝ていたわけではなかろうが、ミサトは陽気に声を掛けた。 「突入」 ・・・作戦自体はあっけなく終了した。 ガスマスクを付けていた見張りも居たが、それは少数であり、 ましてこの状況下では戦闘力など無きに等しかった。 ミサトは眠っている冬月を確保すると、早々に撤退させた。 証拠を残して後々面倒が起こるのは避けた方がよい。 暗い部屋に閉じこめられていた冬月は、開口一番、 「眠い・・・少し眠らせてくれ」 と言って、ミサトとマコトを苦笑させた。
街はまだ工事中の立て札が目立つ。 街の地面に開いた、ジオフロントまで通じる穴は6ヶ所あったが、 これらの修復はいささか困難であった。 なにせ、二、三区画分に相当する大きさの穴もあり、杭を打ち込んで、 作業場を確保し、転落防止用のネットを張るだけでも一苦労であった。 その間、道路はふさがれ、迂回せねば成らず、 人が戻ってくるにつれて渋滞する箇所も出てきた。 「でっかい鉄板で塞いじゃえば?」 「そんな物どっから持ってくるのよ。直径だけでエヴァの背丈ぐらいあるのよ」 渋滞でいらだつミサトの愚痴を、リツコが受け流している。 「ほら、地下の装甲板をどこかひっぺがしてさあ」 「・・・ミサトの怪力でやるの?」 「・・・・あ、そうだ、エヴァでやれば良いじゃない」 「・・・決戦兵器も形無しね」 リツコはやや自嘲的に呟いた。 一方のミサトは、エヴァが土木工事をする場面を思い描いて、苦笑していた。 とは言え、今、不必要にエヴァを動かせば色々と雑音が増える。 タダでさえ、エヴァの力を狙っている輩は多いのである。 口実を与えるのは得策ではなかった。 もっとも、その時になれば、リツコが猛反対するだろうが。 「人もだんだん増えてきたわねえ」 「・・・人の居ない街は15年前にもう見飽きたわ」 「・・・そうね・・・」 ミサトが短く切った言葉の裏には、多量の記憶が含まれていたが、 それを表現できるほどに、彼女の心は整然としていなかった。 「・・・そう言えば、今日から学校が再開されたらしいわね」 「・・・ふ〜ん、そう」 リツコは関心がなさそうに応じたが、実際の心の内は解らない。 彼女の心を覗くことは、長年付き合ってきたミサトを持ってしても容易ならざる事である。 「あの子達が元気になってくれればいいのだけれど」 「・・・心配いらないわ」 「・・・ずいぶんと突き放した言い方ね」 「自信に溢れたと言って欲しいわね」 「・・・また何かやらかすの?」 「そうね・・・・今度見せてあげるわ」 ミサトは嫌な予感がした。 リツコが何も言わずに事実だけを突きつけるときは、ろくな事がない。 ミサトの微妙な表情の変化を知ってか知らずか、 リツコは車の窓を通して映る街の光景をただ眺めていた。 冬月は、未読の報告書の数を見て、ややうんざりしていた。 彼がいない間に、代理でも立てれば良いだろうが、ゲンドウが許可しなかった。 本来、ゲンドウは重要書類に目を通すことは有っても、 その他の書類について細かく見ることはない。 それらは冬月の所へ送られ、まとめられた内容が、会話の中でやり取りされるだけなのだ。 「秘書では無いのだがな」 と、いつも冬月はぼやいていたのである。 リツコはそれを知っており、要点をまとめた報告書のみを提出し、 残りは口頭で伝える事で、冬月の仕事を減らしていた。 しかし、その他の部署があげてくる量だけでも、かなりの物である。 先ほど開かれた会議の中で、今回の救出作戦の報告がなされた。 だが結局、犯人達が何を目的としていたかについては解らずじまいであった。 様々な推測は存在したが、当の冬月すら解らない状態では、 推量の域を出ることは出来なかった。 警護の強化、特に技術系に携わる者に対する警護を強化することを決めて会議は終わった。 「追っかけが増えて大変ね」 「人気者は辛いわ」 ミサトのやや皮肉まじりの言葉を、リツコは受け流していた。 「俺が護衛についてあげようか?」 「ストーカーは困りますよ」 マヤの受け流し方はやや強烈だったが。 「・・・・・これか?」 冬月は、ディスプレイに表示される報告書を読み飛ばしていたが、 彼のつぶやきと共にその表示が止まった。 「・・・なるほど」 彼は納得した表情を見せると、受話器を取ったが、 思い直したように、また元の場所に置いた。 「まだ時間はある」 彼は席を立つと、自分で入れた珈琲をすすりながら思案の海へと沈んでいった。 つづく

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