短いなあ









「ねえ、綾波・・・」

ようやく絞り出されたような小さな声だったが、その発言者にとっては最大音量であったし、声を掛けられた対象者にとっては、12分な存在感を内在させた声であったようだ。
レイの視線がゆっくりとシンジをとらえた。

「・・何?」

その反応もまた静かだったが、聞こえないということはない。
良く通る声、その声はあらゆる雑音を切り裂くだけの鋭さを持っているようであった。
もっとも、シンジの方は自分の思考の海に埋没しており、そのような事を考えるだけの余裕を持ち合わせていなかった。

「・・・え〜と、その・・・・一緒に、帰らない?」
「・・・・」

シンジにとって、レイに話しかける事にこれほどの緊張感を伴うのは久しぶりだった。
別に、一緒に帰るのが初めてであるわけでは無いのだが、その時はシンジに誘うだけの理由があったり、アスカが一緒であったはずだ。
彼の焦りとは裏腹に、目の前のレイは無反応であり、次第にシンジは聞こえなかったのだろうかと不安になり始めた。

だが、その不安が頂点に達する前に、それまで視線のみを向けていたレイはシンジの方へ向き直った。
レイと見つめ合うような格好になったシンジは、レイの瞳を見つめたまま吸い込まれるように動けなくなってしまった。
その視線を外したのはレイだった、シンジの肩越しに外れた視線の意味を、少しの間、シンジは理解できなかった。

「・・・あ、アスカは委員長と先に行っちゃったんだ、何か買い物があるらしくて・・・」
「そう・・・」

初めて反応らしい反応を返したレイは、自分の荷物をしまった鞄に視線を移した。
その表情は、無表情以外の表現を排除する物であったが、シンジには少し怒っているようにも映った。
彼は、自分が気に障るようなことを言っただろうかと不安になり始めた。
その答えを見つけられないシンジの不安は、増大することはあっても、減少することは無かった。
何事にも、すぐに自分の落ち度を気に掛けるのは、彼の病癖とも呼ぶべき物であったが、簡単には治りそうになかった。

いや、一つだけ思い当たる点をシンジは見つけた。

「いや、その・・アスカが居ないからって訳じゃなくて・・・・・綾波が・・寂しそうだったから」
「・・・さびしい?・・・・私が?」
「うん・・・・」

考え込んでしまったレイと、それを見守るシンジ。

「・・・そうかもしれない」
「・・これから出来るだけ誘うようにするよ。だから・・・」

そう言ってシンジが差し出した右手を見たレイは、再び顔を上げてシンジを見つめた。
レイはその右手の意味を計りかねていた様だったが、シンジの笑顔を見てそれを悟ったらしい。

「さ、帰ろうか」
「ええ」

そう言って右手と、鞄とをつかんだレイをシンジが引き寄せると、二人は並んで歩き出した。
その時、レイが微笑んだ様に見えたのはシンジの錯覚ではないだろう。



その日以来、その笑顔を見るためにシンジは誘うようになった。
その日以来、その笑顔を返すためにレイは一緒に帰るようになった。

「ほら、二人ともさっさと帰るわよ」
「じゃ、アスカが怒りださない内に帰ろうか」
「うん」

シンジの差し出した右手をレイが取る。
そのシンジの首に、アスカが腕を回した。

「ほら、見つめ合ってないで帰るの!」
「ぐ、ぐるじい・・・」

アスカに引きずられる様に三人は教室を出ていくのであった。








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