おきょ
強引な設定だこと
けっこう長く成っちゃったな

おまけに、オチが無いじゃないか





「アスカ・・・さん?」 「ア・ス・カ!、『さん』はいらないの」 アスカが、シンジに迫る剣幕は相当な物だ。 シンジは記憶喪失・・・と呼ばれる物とは少し違うらしい。 これを説明するとなると、リツコの長い講義を引用しなければならなくなるが、 彼女の言葉の『要するに』以降だけを引用すると、 「記憶は初号機のコアから再現された物だから、定着するには時間が掛かるわ」 という事になる。 当のシンジに言わせると、 「よくよく考えていくと思い出せて来るんだけど、瞬間的には出てこないんだ」 という状況である。 「アタシの顔は覚えてるんでしょうね!」 「う、うん・・・アスカさん」 「『さん』は余計だって言ってるでしょ!」 逃げ回るシンジと、それを追いかけるアスカを見ながら、ミサトは微笑んでいた。 久々に見る光景のような気がしたからである。 実際、そうなのだが・・・ 「碇くん・・・」 「ん、何?」 「あ、あぶない」 「え?」 『ど〜ん!』 レイの指差した方角を振り返る暇もなく、アスカとシンジは衝突した。 「ちょっと、バカシンジ!急に立ち止まらないでよ」 「そ、そんなこと言っても」 レイはシンジとアスカが起きあがるのに手を貸す。 アスカは手で服の埃をはたきながらも、シンジの首をつかんで、 逃げられないようにしていた。 「ねえ、碇くん」 「ん、何?」 「私は解るの?」 「え、綾波だろ」 「ちょっと、バカシンジ。なんでレイだけすぐ出てくるのよ」 「そ、そんなこと言ったって・・・」 シンジの受難は当分続きそうだった。
「バカに拍車が掛かったんじゃないかしら」 アスカの、嘆きの要素を99%、残りの1%に諦めを込めた言葉を受けて、 シンジは苦笑以外の物を返すことが出来なかった。 「まあ、しゃあないな」 「・・・勉強が辛くなるんじゃないの?」 「もともと、辛かったからあんまり変わらんやろ」 自分の事を遠い遠い棚に放り上げて、トウジがこき下ろしている。 当のシンジは、反論すると墓穴を掘ると見たのか、無言を通して弁当を食べていた。 「ま、良く考えれば思い出せるんやろ?」 「うん、それに、だんだんましに成ってきたし」 「なんや、おもろない」 「・・・もうあんな事はごめんだよ」 それは、数日前の騒動を指しているらしかった。 シンジに記憶が無いことを知ったクラスメートや、ミサト、 おまけにネルフの職員達までもが、シンジに色々なことを吹き込んで楽しんでいたのである。 トウジやケンスケが、金を貸した等と言っているうちはまだ良かった。 アスカは、自分が幼なじみだと吹き込んだり、マヤが、自分は姉だと言ってみたり、 シゲルがバンドを組んでいた、と宣言して、 周りから猛烈な反発を受けたりと、色々なことがあった。 そして家に帰っても、ミサトによってビールの肴にされるのだった。 特に、クラスメートの一人が、自分は恋人だと言い出したときの騒動は、 ケンスケに言わせると、 「なかなか見応え・・・いや、撮り応えがあったよ」 という事になる。 憤慨したアスカとの間で起こった騒動は、 主にシンジを巻き込んでかつて無い規模で展開された。 「ちょっと、マナ!シンジを離しなさい!」 「いや、シンジ君はあなたの物じゃないでしょ」 机の間を軽快なステップで駆け抜けるマナは、十分賞賛に値する動きであった。 だが、マナに腕を引っ張られているシンジに、その動きを期待するのは無理という物であった。 あらゆる椅子と机と人に衝突し、二人の少女が気がついたときには、 既に意識と呼べる物をシンジは持ち合わせていなかった。 二人の少女に両側を抱えられて保健室に直送される様を見ながら、 トウジはやや深刻な舌打ちを禁じ得なかった。 「うらやましいやっちゃ」 シンジに同情を寄せる声は無かったという。 ・・・弁当を食べているシンジの後ろから、アスカが組み掛かってきた。 シンジは、何とか、弁当箱が落ちるのを回避する。 「ねえ、シンジぃ」 抗議の声を発しようとしたシンジだが、その猫なで声に沈黙を余儀なくされる。 この声を聞く時にはろくな事がない。 少なくとも、その事だけは瞬間的に思い出すことが出来た。 「な、何?・・・アスカ」 彼が少し言葉に詰まったのは、記憶をたどったからではなく、 その声を警戒しての事なのだが、微妙に眉をひそめたアスカを見ると、 そうとは取らなかったようだ。 「・・・今度の日曜日、買い物に行くから」 「・・ふ〜ん・・・・で?」 「はぁ?決まってるでしょ、荷物持ちよ。いつもやってたでしょ」 「え・・・もしかして僕が?」 「もしかしなくても、シンジがやるの!」 やや不機嫌そうな口調で、不機嫌に言い放ったアスカは、 シンジの首を絞めながら揺さぶった。 「ぐ、ぐるじい・・・」 「ふん、思い出した?」 「・・・そ、そうだったかなあ・・・ぐえ」 「思い出した?」 「・・が、はい」 荒い息と、あきらめの溜息とを同時に吐き出しながら、 シンジは少し赤くなった首をさすった。 その様子を眺めていたトウジは、彼の観察眼から導き出される素直な感想を口にした。 「記憶が無くても変わらんな」 一方その様子を窓際から眺めていた赤い瞳は、しばらく思案の色を浮かべていたが、 考えがまとまらないうちに、その視線が遮られた。 レイが見上げると、彼女と同じショートカットだが、髪の色は少し赤みがかった黒で、 利発そうな少女が、やや冷たい表情と笑みを浮かべて立っていた。 「提案があるんだけど、綾波さん」 「・・・何?」 レイの記憶に照らし合わせて、 彼女から声を掛けられたのはこれが初めてのような気がした。 レイは、事務的という言葉以外の形容が難しい、素っ気ない返事をした。 「今度の日曜日・・・・」 「・・・・・」 彼女の説明は短い物だったが、レイの瞳の色を変化させるのに、 十分な内容を含んでいた。
二人がやってきたのは、街の中でも良く目立つデパートである。 以前にも二人は買い物に来たことがあるのだが、その事について尋ねられたシンジは、 「う〜ん、来たことがあるような気もするし・・・ハッキリしないなあ」 と応えて、アスカをやや不機嫌にさせた。 一方、その後ろで柱の影から様子を伺うマナは、不機嫌そのものであった。 「シンジ君はあなたの物じゃ無いって言ったでしょう!」 その隣で遠くを見るような目で二人を追うレイは、無表情と無言を貫いていた。 その後ろで、二人を見比べながら、カメラを構えるケンスケは舌打ちをしたが、 その内容は大いに深刻さを含んでいた。 「来るんじゃ無かった」 二人は衣類売場にいる。 「服なら沢山あったじゃない」 と、シンジは言ってみたものの、彼が抱えている服の量を見れば、 その言葉が無駄であったことは明白である。 シンジには、季節によってこうも服を変えなければいけないのか、と呆れてしまう。 彼の、春物と秋物の違いはどこなのか、 という疑問は永久に迷走を余儀なくされるであろう。 彼自身は、冬着る服と、夏着る服があればそれで良い、という考えである。 彼はそれを四つに増やそうとは思わないし、 まして毎年のように変えるつもりには成れなかった。 「ねえ、アスカ・・・服はいいから日用品を買おうよ、でないと持てなくなっちゃうよ」 「アンタ男でしょう。それぐらい持ちなさいよ」 「いや、重さじゃなくて、量の問題なんですけど・・・」 「何か言った?」 「・・・いえ、何も」 実際、服というのは、重さと大きさの不均衡が著しい。 両手に抱えきれなくなった紙袋をいかにして持つかがシンジの大きな課題となっていた。 一方、マナの大きな課題は、いかにしてシンジとアスカを引き離すかにあった。 いきなり割り込んでいって邪魔をする方法もあるが、安全性と芸術性に欠ける作戦であった。 「安全性については問題ないわ。代わりが居るもの」 とはレイの言葉である。その赤い視線によって、代わりにされてしまったケンスケは、 自らの安全性を確保するために別の策を示した。 「それで行きましょう」 マナの言葉によって救われたと感じたケンスケであったが、 果たして本当に救われたのかどうかは、後の評価では意見の分かれるところであった。 「ねえ、アスカ。今呼ばなかった?」 「はぁ?アタシは呼んでないわよ」 「いや、そうじゃなくて」 ようやく衣類売場を離れた二人は、 とりあえず必要でない荷物を届けてもらうことにして、別の物を買うことにした。 『・・・流・アスカ・ラングレー様、一階のサービスカウンターまで・・・』 「ほら」 「・・・一体何なのよ!」 途端に不機嫌になったアスカを前に、シンジは首をすくめて苦笑いした。 「ほら、荷物持っておくから、早く行ってきなよ」 「・・・ちゃんと居るのよ!」 「はいはい」 苦笑いを含んだシンジの返答が信用出来ないのか、アスカはその青い瞳でひと睨みすると、 軽快な速度を従えて駆けていった。 「う〜ん、走ってみんなに迷惑かけないでよ」 という言葉はアスカに追いつかず、再び苦笑いしたシンジは、 疲れた手と足を休めるために、ベンチで座って待つことにした。 「・・・・あれ・・・霧島さんじゃない」 シンジが休憩所の方へ歩いていくと、マナが一人座っているのが視界に入った。 驚いたシンジであったが、一方のマナの方は、内心の笑みを外に漏らさぬよう、 かなりの精神力を動員していた。 「あ・・・あら、シンジ君」 「ん・・・どうしたの、霧島さんも買い物?」 「そ、そうなのよ。ちょっと疲れて休んでいたの」 マナは、偽装のために慌てて買ったジュースを口元へ運んだ。 ・・・・と思ったが、缶の蓋を開け忘れていた。 慌てて缶を開けるマナの隣に、何気なしにシンジは座った。 「シンジ君は一人で買い物?」 「いや、アスカの買い物に付き合ってるんだ。霧島さんは一人?」 「え・・・そ、そう、一人なの」 ピタッ その二人の後ろでレイの足が止まった。 作戦では、この時、レイが後ろから現れてシンジを包囲し、 そのまま連れ去るという予定だったが、どうやら予定を変更しなければ成らないようだ。 レイはそのままの位置で、しばらく思案していた。 一方のマナは、殺気よりも冷気を含んだ視線を背中に感じながら、 彼女の作戦を実行に移すことにした。 「ね、ねえシンジ君。アクセサリー買いに行きたいんだけど、一緒に選んでくれない?」 「え、・・・それは別に構わないけど、今、アスカ待ってるから」 「ねえ、ちょっとだけで良いから」 困った表情で考え込んだシンジだが、隣のマナには、 彼が導き出すであろう結論が予想されていた。 「じゃ、こうしない?アスカと一緒に三人で買い物しようよ」 「え、う〜ん。別に良いわよ」 シンジは、それで困難が解決されたかのような笑顔を見せた。 一方マナは、ケンスケから渡された小型トランシーバーが振動するのを感じた。 マナは、神経を集中させて振動の数を数える。 『2回・・・エスカレーターね』 「じゃ、惣流さんに知らせに行きましょ」 「あ、そうだね。アスカに確認しておかなくちゃ」 シンジの腕を取って立ち上がったマナが、エレベーターの方へシンジを引っ張っていく。 「あ、待ってれば来るはずだよ」 「いいの、こういう事は早い方が良いわ」 おそらく、アスカは急いで戻って来るであろう。 エスカレーターを駆け上がってくるかも知れない。 その間にエレベーターで降りれば行き違いになれるはずである。 もし、アスカがエレベーターを利用するのなら、エスカレーターで降りれば良いのである。 その為に、ケンスケが下で見張っていた。 強引なマナに引きずられるようにエレベーターに乗り込んだシンジは、 落ちそうになった荷物を直していた。 「・・・あれ、何でアスカが居る場所が解ったの?」 「え、あ・・・ほ、ほら、さっきアナウンスが有ったでしょ」 「あ、そっか」 冷や汗が頬を伝わるのを感じたマナだったが、エレベーターが下るにつれ、 作戦成功の笑みを隠しきれなくなっていた。 「一階でございます」 ドアが開いた。 と同時に、マナの笑顔が凍り付いた。 「あ、綾波じゃないか」 「碇くん・・・」 とりあえずエレベーターの前から歩き出した三人の表情は、 観察者にとって見応えのある・・・・・いや、撮り応えのある代物であった。 シンジの笑顔を中心に、左に並んで歩くレイの表情は、人に比べると無表情ではあったが、 それを見てきたシンジにとっては、やわらかい表情に映った。 シンジを挟んで、右側を歩くマナは、明らかに沈んでいた。 もっとも、その観察者たるケンスケはそれどころではなかったが。 「ふ〜ん、なかなか手の込んだ作戦じゃない」 「そ、そうだろ」 「誉めてるわけじゃ無いの!」 ケンスケの首を絞めながら、アスカはゆっくりと物陰から歩き出した。 ケンスケも引きずられていく。 「だいたい怪しすぎるわよ、落とし物が届けられるっていうのは解るけど、 何で落とし主が最初から解ってるのよ」 「店員に納得させるのに、苦労したんだぜ」 「呆れてるのよ!だいたい、何でアタシのリボンをアンタが持ってるわけ?」 「いや・・・ちょっと」 「言・い・な・さ・い」 「ぐ、ぐえ、は、はい。言います。・・・実は体育の時間に教室で・・・・」 「・・・・アンタ、死刑ね」 すぐ後ろで、深刻を通り越して、残酷な会話が交わされていることも知らず、 三人はカウンターまで来ていた。 「じゃあ、綾波も一人で買い物か」 「そうなの」 「ふ〜ん」 レイが一人で買い物に来るというのは、少々説得力に欠けるのだが、 シンジはそれをレイの変化ととらえたようで、嬉しそうな表情をしていた。 『なかなか綾波さんもやるわね。ま、当初の予定通りと考えましょう』 「え、何か言った?霧島さん」 「い、いえ、何でもないわ、何でもないのよ」 「ねえ、アスカ居ないみたいだ」 「そ、そうみたいね」 「急いで戻ろう。たぶんアスカ探してるよ」 振り返ったシンジが二人の手を引っ張りながら駆けだした。 慌てて付いていく二人だが、マナの意識の中では作戦会議が開かれていた。 『ここからは、当初の作戦にはないわ。行き当たりバッタリね』 作戦と呼ぶには、実に簡素すぎたが。
「あれ、居ない・・・」 シンジは表情を曇らせた、同時に、不安感から顔色も悪くなる。 シンジの脳裏には『アスカのお仕置きを受けるの図』と題された情景が浮かんでいた。 はぐれたと有っては、帰ってから何をされるか解った物ではない。 場合によっては命も危うい。 彼は、脳細胞をフル回転させて、彼なりの最善策をはじき出した。 「ごめん、みんなで手分けして探そう」 「ええ、そうね」 マナの思考内では、途中でシンジを連れ出してふたりっきりになる作戦が構築されていた。 レイも無言で頷く。 レイのその表情から考えを読み取ることは困難を極めたが、 マナはそこから、同じ事を考えているであろう事を読み取っていた。 「チャ〜ンス」 アスカが物陰に隠れながら様子をうかがっていた。 アスカが考えていたことも、マナの考えと大差があるわけではなかった。 「これで、あの邪魔者達を振り切れるわ」 大差無いどころか、全く同じと呼べるかもしれなかったが。 「さて、その前にアンタにお仕置きを・・・・ ・・・あ、いない。あのカメラオタク・・・・逃げたわね」 ケンスケにとっては実に賢明な判断であったのだが、 アスカにとっては不遜な考えと映った。 「探し出してやる」 アスカの宣言は、死刑宣告に近かった。 「どこ行ったんだろうなあ」 広いデパートだけに、探し出すのは至難の業である。 サービスカウンターまで行って、呼び出してもらうという事も可能だが、 シンジにとっては、そういうことは恥ずかしい。 恥ずかしいだけならまだしも、その後の経過がどうなるか知れた物ではなかった。 「アンタ、自分で迷っておいて、呼び出すとはどういうつもり!」 シンジの脳裏には再び、『アスカのお仕置きを受けるの図』と題された情景が浮かんでいた。 「早く探さなきゃ」 シンジは商品が所狭しと並べられたフロアーを小走りに見て回った。 その時、あの独特の髪が視界を覆った。 「キャッ」 「っと、危ない」 衝突は回避されたが、気が付くと、互いの体につかまるような格好になっていた。 「あ、アスカ」 「なんだ、シンジじゃないの。カメラオタク見なかった?」 「へ・・・・何のこと?」 「もういいわ」 そう言うと、アスカは再び商品の海の中に飛び込んでいった。 シンジは、突然のことに唖然としながら手を閉じたり開いたりしていた。 「・・・やわらかかった・・・・・・・じゃ無くて」 シンジは我に返って、アスカが消えていった方角を見回したが、 その姿を捉えることは出来なかった。 「ま、待ってよアスカ」 シンジは、アスカが走り去った方向を探し回ったが、 その影すら捉えられなかった。 「どこ行ったのかなぁ・・・わぁ」 「きゃ」 今度は遠くを眺めていたために衝突を回避できなかった。 「あ、霧島さん・・・ごめん」 マナを押し倒すような格好になっていたシンジは、慌てて起きあがると、 マナが起きあがるのに手を貸した。 「シンジ君って強引なのね」 「え?」 「あ、いえ、何でもないの。それより惣流さんは見つかった?」 「う〜ん、それが、見つかったには見つかったんだけど、走って行っちゃって・・・ ・・・追いかけようとしたんだけど、見失っちゃったんだ」 「そう、じゃあ二人で追いかけましょう」 そう言うと、マナはシンジの手を取って走り出そうとした。 「あ、霧島さん、そっちじゃなくて。こっちの方だったんだけど」 「・・・・」 走り出そうとする格好で固まったマナはゆっくりと振り返った。 「その、シンジ君。惣流さんが走っているとして・・・ ・・・二人の足で追いかけて追いつくと思う?」 「・・・・・・思わない」 「じゃあ、先回りした方が良いわ」 強引な論理を展開したマナは、シンジの手を取って走り出した。 シンジは引きずられるように付いていく。 しかし、いつまでたってもアスカに出会わないばかりか、 次第に最初の場所を離れていくように思われた。 ・・・・・実際、そうなのだが。 このまま時間が過ぎていけば事態は悪化する一方である。 シンジはアスカに対する言い訳を考えはじめていた。 と、突然マナの足が止まった。 シンジは、危うくぶつかりそうになったが、何とか衝突寸前の距離で停止する。 マナの厳しい視線の先には、独特の髪を揺らすレイが居た。 「あ、綾波」 「碇くん」 「アスカは見つかった?」 「いいえ、まだ出会ってないわ」 「・・・あ、そだ」 シンジはレイの手を取ると、マナを振り返った。 「ちょっと、霧島さんは待っててもらえるかな」 「え・・・ええ、いいわよ」 一瞬だけ表情を曇らせたマナだったが、 その表情を自分にすら悟られることなく切り替えた。 シンジは、少しだけマナから離れると、レイに近寄った。 「ねえ、綾波・・・その・・・解らないかな?・・・アスカの居場所」 シンジとしては、命が掛かっているので焦っていたが、 レイはすぐには答えなかった。 「・・・・碇くんにも・・・解ると思うけど・・・」 「・・・・そ、そうだね・・・・ごめん、綾波・・・・」 「何故謝るの?」 「それは・・・何だか、僕が綾波を特別な目で見ちゃってさ・・・ホントにごめん」 「いい・・・碇くんも同じだし、それに碇くんだったら許せるから」 シンジは少しうなだれたが、レイは少しだけ笑ったような表情を見せた。 「・・・・よし、僕がやってみるよ」 シンジは頭を起こすと、目を閉じた。 精神力を集中させようというのだが、一度もやったことが無いことだけに、 それで旨くできるかどうかは解らなかった。 「う〜ん、良く解らないけど・・・・上のような気がする」 「・・・正解よ、碇くん」 「あ、はじめっから解ってたら、教えてくれても良かったのに」 シンジは、口をとがらせて抗議したが、しかめっ面もそこまでで、 二人は互いの顔を見ながら笑い出した。 レイが、笑う表情を見たことがなかったマナは驚いていた。 無理もないことで、アスカがこの場に居たとしても、 「明日は雨ね」 ぐらいの事は言ったであろう。 そんな二人を等分に眺めながら、マナは首を傾げていた。
シンジ達三人は、上の階にあがったが、どうやらシンジの勘によると、 もっと上のようだった。 瞑想するシンジを見ながら、マナは首を傾げていた。 「どうして上だと思うの?」 「何となく解る気がするんだ。きっと心の壁が解るんだと思うよ」 「心の壁?」 「そう、心の壁・・・・僕にも良く解らないけどね」 「・・・そう」 マナの反応は短い物だったが、そこに込められていた思いは複雑だった。 実際、シンジの勘は当たっていた。 屋上にアスカは居たのだった。 「はぁ、はぁ、追いつめたわよ」 「うっ」 壁際に追いつめられたケンスケの顔色は、この上なく青ざめた物だった。 彼は、持ち前の戦術眼を総動員して、起死回生の策を探したが、 彼我の戦力差は圧倒的だった。 「あ、碇!」 「え?」 一瞬だけだがアスカの注意がそれた。 ケンスケはそれを逃すわけには行かなかった。 「そう言えばシンジの事すっかり忘れてたわ ・・・・って待ちなさいカメラオタク!」 デパートの屋上は、ちょっとした遊び場に成っていて、 子供が喜ぶような遊具や、屋台などが並んでいる。 このような場所で、中学生がはしゃぎ回っているのは実に違和感がある。 シンジが屋上にやってきて、二人を見つけたときに得たのは、そのような感想であった。 シンジには、はしゃぎ回っているようにしか見えなかったが、 実際には、アスカはともかく、ケンスケは真剣そのものであった。 だが、そのケンスケの真剣な逃げ足も、アスカの怒りの前には無力であったようだ。 ケンスケは再び柵へと追いつめられた。 「いい加減に、罰を受けなさい」 「俺が何したって言うんだよ」 「言って欲しいの?」 「・・・いえ、いいです」 アスカは徐々に距離を詰め、ケンスケは荒い息をしながらも、 状況打開の為の策を探した。 「あ、碇!」 「ふん、その策にはもう乗らないわよ」 「いや、ホントなんだって」 「観念しなさい」 アスカは今にも飛びかかるような格好をした。 ケンスケは何とか横に飛び退こうと体勢を整える。 「アスカぁ、何やってるの?」 「え?」 空中で声を掛けられたアスカが、一言とはいえ反応を示したのは称賛に値するかも知れないが、 この場合、賢明な行動とは言えなかったであろう。 『ガシャ〜ン』 金網に激突するやや乾いた音に続いて、アスカが地面に崩れ落ちた。 「あ、アスカ!」 「いった〜」 慌てて駆け寄ったシンジが抱え起こすと、 アスカは半分涙目になりながら痛みを噛み殺していた。 見ると、腕の部分に、金網の網の部分が、赤い色で残っている。 どうやら寸前で手を出したようで、頭などは打っていないようだ。 「お、おい・・・大丈夫か惣流・・・・って、大丈夫じゃないか」 横に飛び退いて、巻き沿いを回避したケンスケが、 罪悪感を感じるのか、シンジの上から覗きこんでいた。 「大丈夫?アスカ?」 「いたたた、平気よ」 「ホントに?立てるかなアスカ。手当てしてもらいに行こう」 片手をシンジの肩に置き、もう一方で金網をつかみながら、 アスカは何とか立ち上がった。 後ろから、ようやくマナとレイもやってきた。 「何かしたの?惣流さん」 「ちょっと、金網に突っ込んだんだ」 声の出せないアスカに代わってシンジが答えたが、 それだけでは状況が全くつかめず、マナは首を傾げた。 「いた〜、全く、アタシの綺麗な肌にあとが付いちゃったじゃないの」 アスカは自分の痛みを金網にも知らしめるかのように、 片手で網を握りしめた。 「・・・もう良いわ、シンジ、なんとか歩け・・・・キャ〜」 「危ないアスカ!」 アスカがもたれていた金網が、不快な金属音と共に外側に倒れ込んだ。 それと一緒に、外側に放り出されたアスカの腕をシンジが慌ててつかむ。 だが、その勢いは止まらず、シンジはコンクリートの上へと引きずり倒された。 「くっ・・・」 シンジの腕がコンクリートの角で擦れ、その痛みが意識を負の方向へと押しやった。 シンジは、歯を食いしばってそれに何とか耐え抜いた。 「・・・大丈夫かい、アスカ」 シンジは恐る恐る目を開けて、その腕の先に居るであろうアスカの方を見た。 確かに、アスカはシンジの腕に片手でぶら下がっていた。 だが、恐怖のためか目を閉じていて、良くこれでシンジの腕をつかむ事が出来たと思われる。 そして、アスカの足の向こう側には・・・ 「・・・へ?」 「・・・・・なるほど、デパートだけに、安全には気を使ってるみたいだな」 ケンスケが上から覗き込みながら、そう評した。 シンジの腕の先につかまっていたアスカだが、その足元には別の床があったのだ。 確かに段差はあるが、3メートル無いぐらいの高さであり、 アスカとシンジが腕を伸ばしてつかまっているので、ほとんど足が着きそうだった。 言われたアスカも、恐る恐る下を向いて、状況をつかんだようだ。 途端に、真剣な表情から、やや気の抜けた表情へと変化する。 その表情を見ていたマナとケンスケは、笑いを噛み殺すのに苦労していた。 シンジも、苦笑いを浮かべたが、腕の痛みで、その笑いは少しひきつっていた。 「もう!笑い事じゃないわよ。ほら、シンジ!放して」 言うよりも早く、シンジの手のひらを叩いたアスカは、 すぐ横にあった梯子を伝って上がってきた。 「まあ、笑っていられるだけ良かったって事でさ」 「もともとはアンタが悪いんじゃないの」 「え・・・そうだっけ」 「明日、覚悟しときなさいよ」 ケンスケに対する死刑執行は一日延期されたようだった。
結局、平謝りする店員に曖昧な返事をしながら、 簡単な治療だけ行って帰ることにした。 時間的には、まだ太陽が赤みを帯びる前であり、大事な休日が勿体ない気がしたが、 けが人が居る状況では、如何ともしがたかった。 「あ、そうだ。今日はごめんね」 「え・・・何?」 「今日は買い物だったんでしょ。変な事になっちゃって」 「あ、良いの。気にしてくれなくても」 シンジが突然振り返って、マナの方へ声を掛けた。 突然だったので、マナは驚いたようだ。 彼女は並んで歩く三人をぼんやり眺めながら、考え事をしていたのだ。 「良いなあ・・・絆があるって」 「え、何?」 「さて、今日の所は諦めるとして、邪魔者は退散しましょうか、相田君」 「・・・ああ、そうだな」 「そう?じゃあ、また明日」 ケンスケは苦笑いを、マナは意味深で解析が困難な笑いを残して、去っていった。 「あ、そう言えば、綾波も買い物だったんだよね」 「え・・・いいのよ、別に」 レイは相変わらず、無表情だったが、アスカはそんなレイに顔を近づけた。 「そうねえ、レイ。今日の事は黙っておいてあげるから、 代わりに何か美味しい物を作ってよね」 「・・・・・・解ったわ」 「ん、何の話?」 「シンジが怪我してるから、レイに夕食頼んでたの」 「あ、いいよ、これくらい」 「けが人は大人しくしてるの」 そう言うと、アスカはシンジの腕を取って眺めた。 アスカの腕も外見は似たような物なのだが、 シンジの方は擦り傷なので、血が出ていたのだ。 今は、二人とも手当を受けているので、外見からでは解らない。 「それより、シンジ。前、あそこに買い物に行ったこと、思い出した?」 「・・・うん、思い出したよ・・・・ついでにあの時も服を買ってたこともね」 シンジは意地悪く笑ったが、アスカは動じた様子を見せなかった。 「あ〜、今日は疲れた」 わざとらしくアスカは嘆いたが、アスカ以上に、シンジは疲労感を感じていた。 今日は早く寝なければ、明日起きられないかも知れない。 ・・・・そう言えば、ケンスケは何やってたんだろ? シンジに、そんな疑問が浮かんだ。 ・・・・明日学校で聞いてみよう もっとも、次の日、ケンスケは半死半生の状態で発見される事になるのだが。 平和な第三新東京市の一日が、また過ぎていった。 例によって、平穏では無かったが・・・・ おわり

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