予定していた外伝です
話としては、壱幕の前に当たります。
予定よりも短く成っちゃいました。ホントはもっと学園するつもりだったんだけど
でも、ライアーって見たこと無いのね
結局、ハープって事にしたけど
それじゃ、吟遊詩人だって



辻音楽士

じっと静止したまま動かない少女は何を考えているのだろうか。 少年は、何度となく漂ってきた思考の入り口に再び立っていた。 目の前にいる少女はただ前を見つめるだけで、少年のことを見向きもしていない。 じっと一日中、ベッドの上で静思している。 いや、本当に何か考えているのだろうか。 少年は恐ろしい考えに行き当たって、思わず首を振った。 そうすることで、その考えをかき消せるかのように・・・ そうすることで、辛い事を否定できるかのように・・・ だが、それによって振り払われたのは、少年の流した涙の滴だった。 「アスカ・・・・・・つらいよ・・・壊れそうなほどつらいよ・・・」 振り払っても流れ出てくる滴が、床に偽りの雨を降らせる。 「・・・アスカ・・・・僕を見て・・・お願いだよ・・・・」 ・・・それでも少女は前を見つめたままだ 「・・・・また来るよ・・・・アスカ・・・」
「何の音だろう・・・・」 「・・・澄んだ音・・・・それに歌が聞こえる・・・・」 「・・・あっちかな?」 その道を少し行くと、大きな菩提樹が見えた。 その木の下から音が聞こえてくる。 少女は吸い寄せられるように、その音を奏でる少年のもとへ歩いていった。 「・・・・・」 『パチパチパチ』 「なかなか上手じゃない。とっても良い歌声だわ。あなた名前は?」 「・・・僕かい?・・・・そうだね、僕は誰なんだろう」 「アンタばかぁ?自分が誰だか解らないなんて。若いくせにボケてるの?」 「そう言う君は誰なんだい?」 「アタシ?・・・アタシは・・・・え〜と・・・・誰だっけ?」 「ほら、やっぱり思い出せ無いじゃないか」 「うるさいわね・・・ちょっと調子が悪いのよ」 「ははは、それはすまなかったよ」 「それにしても、良い歌だったわ。もう一度聞かせてくれない?」 「別に構わないよ。歌は好きだからね。君はどうなんだい?」 「アタシ?・・・どうかな。けっこう好きな方だけど」 「歌は良いよね。リリンの生み出した文化の極みだよ」 「何、わけの解らないこと言ってるのよ。それより早く聞かせて」 「じゃあ」 少年は歌を歌い出した。 ハープの音と相まって、少女の心に染み通っていく。 いつしか少女は、目を閉じて深い音の世界へとその身を漂わせていった。
『ジリリリリン』 目覚まし時計が、旧時代的な音を上げてその存在意義を行使した。 「ふぁあ〜」 時間はまだ早い。 「ったくぅ」 少女は眠い目をこすりながらも、シャワーを浴び、 テキパキと服を着替えて、朝の慣例をこなしていく。 鏡の前に座った少女は、その友人が羨んで嘆息止まない長い髪を、 ゆっくり、とかすと、最後に細かい部分をチャックしていく。 「よし!今日も完璧!」 彼女は傍らに置いてある鞄を取って立ち上がった。 「いくわよ。アスカ」 「くぉらぁ!バカシンジ!!起きなさ〜い!!」 そう呼ばれた少年は、眠そうに目をこすりながら、渋々といった様子で起きてきた。 だが、彼の頭は起きていなかったようである。 「なんだぁ・・・アスカか・・・」 「なんだとは何よ!せっかく幼なじみが起こしてあげてるっていうのに!」 シンジは、その賢明とは言えない発言の報いを、 その頬に赤い形で残しながらも、学校への道を走っていた。 「ったくぅ。まだ痛むよ・・・」 「なんか文句ある?」 「・・いえ」 シンジはこれ以上口実を与えないためにも、走る速度をわずかに早めて、 アスカの前を走った。 アスカはシンジの背中を見ながらも、別の思考に浸っていた。 「ねえ、シンジ。今日、アンタの誕生日でしょ」 「・・え、ああ、そう言えばそうだね」 「あきれた・・・アンタ自分の誕生日ぐらい覚えておきなさいよ」 「うん・・・それにしても、アスカは覚えていてくれたんだね」 「あ、あ、アタシは・・おばさまが昨日言っていたのを、たまたま覚えていただけよ」 アスカは慌てながらも、自分が何を慌てているのかと自問していた。 『素直じゃないわね・・・』 自分の中にいる別の自分の嘆きに、アスカはただ頭を振ることしか出来なかった。
「へえ、今日はシンジの誕生日か」 「うん。そうなんだ」 「じゃあ、パーティーでもするんか?ちょうど明日は土曜日やしな」 「どうしようかなあ・・・みんなが来てくれるのならやっても良いよ」 「そか、ほなケンスケ、お前も来るか?」 「ああ、別にこれといった用事は無いしね」 「よっしゃ、それと・・・惣流は来るとして・・・」 トウジは指を折りながら、参加人数を数えている。 どうやら、何としてもパーティーを開催させたいらしい。 目当てが料理であるのは明々白々である。 シンジとケンスケも笑いを抑え込むのにやや労力を要していた。 「お、イインチョ!どや、今日は暇か?」 「え!な、な、何か用?鈴原」 突然声を掛けられたヒカリは慌てた。 その理由は、他にもあったかもしれないが。 「今日はシンジが誕生日なんや。それで誕生パーティーに出られるんか聞いたんやが」 「・・・そう、別に用事は無いから、構わないわよ」 少し、ヒカリは残念そうな表情をしたが、 それに気が付いたのはケンスケのみであった。 「碇くん・・・」 その時、意外な人物から声が掛かった。 「そのパーティーに私も行っても良いかしら・・・」 レイは、やや驚きの要素を含む視線を見返すこともなく、 ややうつむいてシンジの隣に立っていた。 「え、綾波も来てくれるの?嬉しいよ」 「あ、ありがとう」 安心した表情を浮かべたレイに、シンジは笑顔を返す。 「ほ、ほな。これで六人やな。これだけおればええやろ」 「ん〜そうだね・・・あ、待って、一応アスカにも聞いておかなくちゃ」 もちろん、一連の会話はアスカの超高性能ソナーによって伝わっていたのだが、 当のアスカは、レイが会話に加わったため、参加の機会をつかみ損なっていた。 「ねえ、アスカ。今日は用事ある?」 「ん、何?シンジ?」 それでも、聞き返してしまう自分に、アスカは苛立ち以上の物を感じていた。 「今日みんなが、僕の誕生パーティーを開いてくれるって言うから、 アスカも誘ってるんだけど・・・」 「ん〜、今日は別に用事ないし・・・暇つぶしに出てあげても良いわよ」 「そう、よかった。これで決定だね」 「アンタ感謝しなさいよ。アタシが出てあげるんだから」 「うん」 『なんで、あんな事言ってしまうんだろう・・・』 アスカは授業中、ずっとその事ばかりを考えていた。 その考えには、彼女の明晰な頭脳を持ってしても、回答を与えられそうになかった。 『だいたいバカシンジも、なんでアタシに聞いてくるのが一番最後なのよ』 そう考えて、思わず彼女は机に伏せてしまった。 何故、自分の頭の中ですら、素直に成れないのだろうか。 先ほどの、レイの言葉が蘇った。 あの、何事にも消極的で、普段は感情と呼ばれる物をどこかに置き忘れているかのような レイでさえ、シンジに対して自分の気持ちを伝えているのである。 『よし!今日という今日は自分の気持ちを伝えるんだから・・・待ってなさいよシンジ』
放課後に成ると、シンジはパーティーの用意の為に買い物に行った。 アスカはヒカリを誘ってプレゼントを買いに行く。 実のところ、一週間前から、何を買うべきかを悩み続けていたアスカなのだが、 結局何も出来なかったのである。 それをやや遠回しに、だが明白に打ち明けられたヒカリは、 「気楽に考えた方が良いわよ。碇くんはそう言うの気にしないし、 心がこもっていれば良いと思うの。ただ問題なのは、渡す時ね」 「・・・え、どういうこと?」 「今のアスカは・・・素直に渡せるかしら・・・・本当の心をこめられるかしら」 「・・・・・」 ヒカリの指摘は、正確にアスカの最も大きな不安に命中した。 確かに、それが簡単に出来れば苦労はない。 出来ないからこそ、そこに苦悩が付いてまわっているのだ。 発言者の予想をはるかに超えて効果を発揮した指摘に、 ヒカリはすまなそうな表情をした。 「ごめんね・・・悪気は無かったの」 「・・・・いい・・・ホントの事だもの」 意地悪な天使が二人の間を飛び回っている。 二人の会話がいつもの調子に戻るまでには、かなりの時間を要する事になる。 その時間が、アスカの不安の深刻さを物語っているのであった。 「遅いね・・・アスカと洞木さん・・・」 「そやなあ、惣流はともかくイインチョが遅れるってのはなあ」 すでに、ケンスケとトウジとレイは、シンジの家に来ていた。 シンジが自分に作った手製のケーキをトウジが食べている。 シンジの方は、まだ参加者が揃っていないので、手を付けていなかったが、 この目的のために来たトウジは、その弱い抑止力をとうに使い果たしてしまった。 ケンスケは、シンジの隣でやや顔を赤く染めたレイを写真に撮っている。 レイの誕生日プレゼントは本だった。 読書家としてクラスはもとより、学年中に知られるレイらしいプレゼントだった。 だが、それ以上にシンジの心に響いたのはレイの言葉だったであろう。 「碇くん・・・誕生日おめでとう・・・」 「あ、ありがとう・・綾波・・・」 「いいの・・・碇くんが私の事を想ってくれるから、 私も碇くんを想い続けるの・・・・」 「・・・綾波は僕のことを想ってくれるの?」 「ええ、誰よりも強く碇くんの事を・・・」 それっきり二人は真っ赤になってしまった。 トウジとケンスケの、ひときわ息のあった冷やかしの集中砲火を、 シンジは真っ赤になりながら受け続けているのであった。 『ピンポーン』 ともすれば旧時代的な響きとも思える音がして、 シンジは救いの光とばかりに立ち上がった。 シンジが集中砲火を逃れるように、玄関まで出迎えに行く。 「おそかったね。アスカに洞木さん」 「ごめんなさいね、ちょっと手間取っちゃって」 「さ、みんな待ってるから上がってよ」 シンジは、アスカが後ろで隠れるようにしていたので、ヒカリに声を掛けたが、 その言葉は、シンジの後にケーキを食べながら登場したトウジによって、説得力を失ってしまった。 「お、イインチョ!遅かったな」 「・・・鈴原、もしかして一人で先に食べてたのかな〜?」 「う・・・」 楽しい一時がはじまった。 手作りのケーキを見て驚嘆したヒカリは、料理の話に花を咲かせた。 そこから、お弁当へと話題が移ると、引け目のあるトウジは更に小さくなってしまった。 一方ケンスケは、シンジの写真を持ってきていた。 それをネタにシンジが小さくなっているところへ、追い打ちを掛けるように、 写真のにおいを感じ取ったと称して、ケンスケが昔のアルバムを見つけてきた。 シンジの小さい頃の写真。 泣いているシンジ。笑っているシンジ。遊んでいるシンジ。 中には、女装させられたシンジなる物まであった。 そして、その傍らには、同じく小さなアスカが映っている物が多かった。 「はい!これ!」 「え、プレゼント?・・・ありがとう、アスカ」 シンジが綺麗な模様の紙でラッピングされた包みを開けると、 中から音楽用のS−DATが出てきた。 『Schubert 冬の旅』 「アスカありがとう・・・」 「ほぉ、なんか解らん題名やの」 トウジが興味深げにのぞき込んだ。 「ちょ、ちょっと視聴してみたら何となく聞いた事があるような気がしたから」 「ふ〜ん、ありがとうアスカ」 「幼なじみとしての義理よ!」 言い終わる前に後悔していたアスカだったが、それを表に出すことはなかった。 ヒカリの怪訝な視線がアスカを捕らえる。 「・・・・」 ヒカリは、今は何も言うべきでないと悟った。 一番辛いのはアスカなのだろうから。 それから、パーティーが終わるまで、アスカは打って変わって静かになった。 時折賛同を求める声に、頷いて相づちを返すぐらいだ。 「ごちそうさま、碇くん、また来週ね」 「おう、ケーキうまかったで」 「うん、じゃ、みんな今日はありがとう」 ようやくパーティーは終わりを迎えた。 シンジは片づけながらも、テレビを見ると言うよりも、眺めてボーっとしている アスカに声を掛けた。 「今日はアスカはこっちで食べるの?」 「・・・・うん」 「じゃ、どうするアスカ?今日の夕飯はちょっと遅くにしようか?」 「・・・そうしてくれる。アタシちょっと風にあたりに行くわ」 アスカはそう言うと、シンジと目を合わすこともなく外へ出ていった。 そんなアスカの背中を不思議そうに見送るシンジの視線が追った。
「はぁ」 何度目のため息だろうか。 夕日の赤さもそろそろ暗さを帯びてきた時間になっても、アスカのため息は途絶えることは無かった。 ・・・素直になれない ・・・自分の気持ちを表現できない ・・・自分に仮面を被せて人と話す そんな自分が嫌い・・・・大嫌い 「誰か・・・私を助けて・・・・」 ・・・こんな自分が嫌になる ・・・そのうち、みんなだって嫌になる ・・・みんな私を置いていく ・・・そんなの嫌 「私を見て・・・・お願い・・・・」 ・・・でも私は自分を偽る ・・・それじゃ、だめ ・・・自分に素直にならなくちゃ 気が付くと、アスカは丘を登っていた。 沈む夕日がよく見える場所。 市街地を一望できる場所。 「そうよアスカ・・・自分から見せなければ何もはじまらないわ」 自分に言い聞かせる。 そうしないとまた不安に取り憑かれそうだった。 「・・・何故自分を変えてまで・・・素直になる必要があるの?」 もう一人の自分がささやく。 アスカは背筋に悪寒を感じた。 それを振り払うかのように首を振る。 すると、少年の笑顔が頭に浮かんできた。 「・・・そうよ。あの笑顔には自分を変えるだけの価値があるわ」 言い返すように強い口調の言葉が暗くなりかけた丘に響く。 「待ってなさいよ・・・シンジ」 アスカは駆けるようにして丘を降りはじめた。 その勢いに驚いたのか、木にとまっていた小鳥達が一斉に飛び立つ。 その羽ばたく音に混じって歌声がアスカの耳に聞こえてきた。 「えっ?」 アスカは立ち止まった。 アスカの目の前には大きな菩提樹と、その下で歌う少年がいた。 少年の歌が終わった。 代わって、風に揺らめく木の葉の音が心地よい夜想曲を奏でる。 「どうだい。自分が誰だか思い出せたかい?」 少年は唖然としているアスカに声を掛けた。 その声でアスカは全てを理解した。 「・・・・・ええ、アタシはアタシ」 「そう、正解だよ」 再び静かになった丘に小鳥達が舞い戻ってくる。 「自分を責めて、嫌いになることもたまには必要かもしれないけど、 それだけでは自分を見失ってしまうだけだよ」 「・・・ええ」 「君は何かを見いだせたかい?」 「・・・もちろんよ」 アスカは少年の横に腰を下ろした。 「ねえ・・・ところで、アンタは誰なの?」 「僕かい?・・・・そうだね・・・今までいろいろな呼ばれ方をされてきたからね」 「・・ふ〜ん」 「それより、そろそろ君が帰るべきところへ帰った方がいいよ」 「えっ?」 「ほら」 そう言うと、少年は、近くにある水たまりを指し示す。 そこには、思い詰めた表情をしている少年が映っていた。 「・・・・シンジ・・・」 「君なら彼の笑顔を取り戻せるよ。僕も彼の笑顔を見たいしね」 そう言うと、少年は再びハープを奏ではじめた。 その音と共に、世界が少しずつ揺らいで、光に支配されていく。 「君の魂に祝福あれ」 最後の音と共に少年の言葉がアスカの心に流れ込んだ。
・・・・・・・・ ・・・・ ・・ ・ 「ア、アスカ?」 少年は気が付いた。 少年が握る手に一瞬、力がこもった事に。 少年はゆっくりと顔を上げた。 「アスカ?」 もう一度呼びかける。 その視線に、少女の視線が重なった。 「アスカ・・・・・・・僕を・・・・・見てくれるの?・・・・」 確かに少女は少年を見ていた。 その瞳に意志を込めて。 少年の瞳に涙があふれた。 「ありがとう・・・・・ありがとう・・・」 夕日の紅い光が、少年の流した涙の滴に反射した。 「ありがとう・・・・アスカ」

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